最終的には鎖国時代の日本と唯一貿易をすることができたのはヨーロッパのオランダ。でも、オランダが国交として貿易していたというように習っている日本史では、オランダ政府が親書を持って日本の徳川将軍に貿易させてくれというように嘆願してきたわけじゃない。実際にはオランダ東インド会社が会社として契約してくれと頼んだようなものである。しかし、そのオランダから日本にもたらした各種の情報や技術と言うのは、当時の日本人には刺激的な要素がたくさんありすぎて、時代を先んじて知ろうとした知識人たちにとっては、憧れの人たち・団体だったことだろうというのは予想できる。
そんなオランダが日本に対して影響を及ぼしたのは江戸時代から徐々に入ってきた西洋技術を日本に取り込んできたことでかなりの広範囲に及ぶことができた。これはその前にやってきたポルトガル人とは大きく異なり、商売のためにオランダの会社は日本にやってきて、日本のものを購入し、日本に西洋のものを売ったということを純粋にやって、文化を押し付けたことではないところがポルトガルとは違うところだ。
そんな東インド会社について、知っていそうで知らないなあとおもったことと、何度かオランダに行った経験があるが、その至るところで日本文化の片鱗を見ることがあり、なぜオランダにはここまでと日本文化に傾倒しているのがあるんだろうと感じたことがあるのだが、それはなんといっても東インド会社の活躍のためだったんだろうとは容易に想像できるところ。しかし、出島に出入りして、そこに密かに忍び込んで西洋文化をしろうとした日本人がたくさんいたというくらいしか、実はあんまり東インド会社についてしらなかった。そこで今回講談社学術文庫から出ていた永積昭著の「オランダ東インド会社」というのを買って読んでみようと思った。学術文庫だと本当にアカデミアな本が多いので、研究者には必読の本が結構多いので、理解できるか不安だったが、かなり構成が面白かったので、ついつい一気に読みきってしまった。
まず読み始めて、ああ、なるほどーとおもったしょうげきの初歩的定義として、「東インド会社」というのは、これを読む前には「インド東部に本拠地を置いていた貿易会社」だとずっと本気で思っていた。ところが、インドとは全く、いや、ほとんど関係なく、それまでヨーロッパからみるとインドくらいまではよく知られていたのだが、それより東部アジアについては、日本も含めて十把一絡げで括られる地域でしかなく、その地域をヨーロッパ人は「東インド」と呼んでいたようだ。アジアに住んでいる自分たちにとっては、オランダが活躍した地域をみると、インドネシア、台湾、日本と東南アジア地域といえるところだとは言えるのだが、当時のオランダ人にとってはその概念がなく全部東インドといっていたのはびっくりだ。だから、彼らの言う「東インド」地域を貿易として商売をする会社が東インド会社であるということだ。のちに、オランダのあとを追ってイギリスも東インド会社を発足し、同じように貿易をしはじめるのだが、考え方は基本的に同じである。現在のインドネシアがなんでインドとは関係ないのに国名にインドなんていう名前がついているかというと、それはオランダ植民地時代に、それまでバラバラの王国で存在していたこの地域を全部ひっくるめて「オランダ領東インド(Nederlands-Oost-Indië)]とで呼んでいたことから現在に至っている。
もうこっから自分で勝手に理解していた東インド会社という定義について、ズバッと斬られた感じだ。
本書においては、東インド会社と日本に関係する流れで内容が書かれているわけではない。内容の大枠としては次の内容に分類することができ、それが上手に交わって解説されていると考えてよい。
① オランダ東インド会社の設立の背景
② オランダ東インド会社の現地での役割
③ オランダ東インド会社の歴代提督の紹介と、提督ごとの実績について
④ オランダ東インド会社が各地域間で貿易をした品物の輸送方向とその規模
⑤ オランダ国家と東インド会社の関係
⑥ オランダ東インド会社とインドネシア地域各王国との関係
こうやって書き出すと、台湾を日本に併合したあとの、日本政府と台湾総督府と台湾住民との関係がどうなっているのかというような論理と似ているような気がするが、台湾の場合は日本の国家にするために台湾をどのように換えていくかということが最大の命題であった。しかし、東インド会社が行った現インドネシア地域に対する行為というのは、あくまでも自分たちが商売をするために必要な材料・物資・販路・生産を確保するために、現地を搾取することと奴隷化することが命題であり、決して現地をオランダ化しようということは毛頭もなかったことが大きな違いである。これは西洋各国がアジアの列国を植民地化したときに何を現地に行ったかということと、日本が植民地にしてなにをしたかのちがいだ。ただ、よく勘違いするのが、太平洋戦争がはじまったあとの関東軍を中心とする南侵後、日本軍が現地で何をしたかということと、正式に植民地化した地域でおこなったことは大きく違う。南侵後の日本軍の行為は、まさしく東インド会社が行ったことと同じである。
①の背景は、もう結構有名なので高校の世界史を履修したことがあるひとなら誰でも知っていることだが、スペイン・ハプスブルグ家から独立して、自力で連合地域を生きていくためには、商売するしかほかに生き残りがないというために、海洋国家として生きていこうと決断したことによるものだ。連合地域と記載したのは正式に国家と呼ばれていたものがあったわけじゃなく、スペインから独立した地域が集まっていただけであり、それらの総称として「ネーデルランド」と呼ばれていたからでしかない。そのときに作られた会社なのだが、これが有名な、世界で初めて株式会社として設立されたものである。それまで国家がかかわる貿易については、国王へ利益を渡すことが条件であったのだが、それがなく、株主に利益を還元するというものを初めて採用したのがこの東インド会社である。もちろん、出資者はそれなりに金を持っていた人たち。貿易地での活動はすべて会社の判断によって行われるものであり、国家がからんでいたというわけじゃない。なにしろまともに王を立てて国家を形成しているひとたちではなかったからだ。やっていること、思想としては、殿様がいなかった堺や船場の商人と同じである。
③の歴代提督の話に付いては、なかなか面白かった。やっぱり何代も提督がかわると、優秀な人も居れば愚かな人も出てくるという典型的な人事の現れであることは、ここでも読み取れる。いくつか目立つひとの紹介をしているので、詳しくは本書のなかで見て欲しいと思う。あくまでも提督というすごい名前がついているのだが、会社組織の社員であり、考えようによっては、現地駐在員の組織長であるしか権限が無いのだ。どうするかは全部オランダ本国のほうに随時報告しなければならないし、本国にある会社の本部からの命令は絶対なので、それに従わざるを得ないことになる。だからどうしようもないような人が提督になった場合には解任される。今みたいに電子化されたような情報ネットワークが発達していない当時においては、正式な文書というもののみが唯一の情報連絡手段になる。従って、たまにやってくる本国からの指令文書が現地に到着するたびに、提督は一喜一憂していたことなのだろうというのは想像できる。
そして、本書における一番読んで理解するべき点というのは、インドネシア各地域をいかに自分たちの手下にしていったかということだ。インドネシアはたくさんの島からなる今でこそ1つの国家として存在しているが、オランダ(正確にいえば東インド会社)が支配する前も支配していた間も、実はたくさんの分裂王国国家として存在していたのである。国家間の微妙な紛争やいがみ合いをたくみに利用して、東インド会社がどちらかの地域に加担してその見返りに加担したところから利益を搾取するという方法を採っていった。最終的には、朝鮮の歴代国家が中国王朝に宗主国でもなんでもないにも関わらず、必ず新しい国王が就任するときには、中国の皇帝に形式上でも承認を貰わないといけない関係だったのと同じように、インドネシア地域の各王国も最終的には国王が変わるたびに東インド会社の承認を得ないといけない状態にまで成り下がっていたらしい。この結果、インドネシアの各国家が東インド会社の下僕となりたっているので、結果的にはオランダを宗主国としてみなすことになったという形が出来上がったわけである。しかし、その統治時代の現地東インド会社とそれを引き継いだオランダの国家としての植民地経営は酷すぎた。搾取するだけ搾取しただけで、現地の文化や産業向上には全く関与しようということは考えなかったからである。そういう状態のところに、日本が南侵してオランダを蹴散らしたというのは、どんなにインドネシアの住民にとって喜ばしいことだったかというのがよくわかる。
ただでさえ、よくわかっていないインドネシアあたりの歴史と言うのは、どこかでまとめてくれた本があればいいのになーとおもっていたところ、意外なつながりでインドネシアの歴史も知ることとなってしまった。もちろん、本書には記載されないのだが、マレー半島との関係はインドネシアは切っても切れない関係である。そこについては別の書物で知ったほうがいいだろう。
オランダ東インド会社
著者:永積 昭
文庫: 304ページ
出版社: 講談社学術文庫
出版日:2000/11/10
2013/08/03
2012/10/11
コーヒーショップで大麻を一服
大麻というと、なにやら廃人になるための手段の1つというイメージしかないのだが、たぶん、それは大麻のことをあんまり知らないからなんだと思う。ただ、大麻について、本当にダメなものなのか、それともストレス等を発散するための珈琲と同じような嗜好品なのかというのを問われると、本当のところはどちらなのかというのはよくわからない。わからないという状態では、大麻を麻薬の一種に位置づけて、これを利用する人はダメなひとであるという、短絡的な判断はしたくないところだ。麻薬という一言で片付けられると、なんでも麻薬に入ると思うからである。それはアルコールだって、そうだろうし、タバコだってそうだろうし、珈琲だってそうだろうし、常習性があるかないかということも1つの麻薬かどうかという判断手段かもしれないが、それなら常備薬になっているようなものは麻薬じゃないのか?といわれると、実にその判断が分からない。だから、大麻を利用するということ自体がどうのこうのというよりも、大麻を使っている人たちでしか知りえていないことや、大麻利用者では常識と思っていることというのは、大麻非利用者からすると、全く未知の世界なのである。未知の世界というのは、無理やりこじ開けて中の様子を見るか、それともみないで良いものは見ないで通り過ぎたいかというのも、個人の主観や考えによるところだろう。
自分は大麻を吸うことは無いが、大麻の言葉だけで感じる、勝手な妄想というのは一度棄ててみたいという感じを持っており、大麻を吸ってラリっているひとたちの幻想の世界というのがどういうものなのかということも含めて、大麻全般のことを知りたいと思っていた。とは言っても、分かりやすい本、それも常識に基づいて淡々と事実を紹介しているような本がなく、ラリった状態で書いただろうというような内容の本しか知らなかったので、なにか良い本がないか探していた。
「コーヒーショップで大麻を一服」は、大麻大好きの愛好者が書いたものであるため、大好きな大麻をいろいろ紹介してくれている本だった。ただし、多少、大麻についての予備知識がないと、書いている内容が分かりにくいという点は否めない。何でもそうだとおもうが、その分野では当然と思われて使っている単語というものは、未知の人にとっては全く検討もつかないモノであるため、これには解説が欲しかったところである。しかし、全く解説が無いというわけじゃない。本文の下に、分かりにくいことや補足しておくべき情報については欄外という形で説明が書かれているのである。その説明でもわからないものは多々ある。
大麻といったらアムステルダムとネパールが本場だと思っていたのだが、それだけじゃなく、大麻自体は結構いろいろなところで少量なら解禁というところがあるようで、いろいろな場所に出かけて、大麻を吸いまくって、種類や味や環境についてレポートをしているというものである。決して、大麻を吸ったことで、自分が見えてきた幻想的な世界のことについてレポートしているというわけじゃない。幻覚の世界は、他人に理解できる範囲を超えているからだ。
オランダに行くと大麻の本場であるかのように、コーヒーショップがたくさんある。本の題名にもなっている「コーヒーショップ」とは、オランダでは大麻吸引場兼売り場のことである。決して、コーヒーを飲んで談笑するような場所ではない。そういう喫茶店というのはオランダではカフェである。だから、道端で「この近くでコーヒーショップはどこにありますか?」なんていう質問をした場合には、普通に大麻を売られているところを紹介されるのだが、これはオランダではあたりまえ。他の国ではそういうのは無い。そして、オランダの街中の道を歩いていると、大麻を吸っているまたは吸ったあとの匂いが結構分かりやすく臭ってくる。大麻を吸ったことがなくても、あの甘ったるく、そしてタバコとは違うような匂いというのはすぐに分かるというものだし、別にそれが不快な臭いに感じないから、大麻を吸う人の気持ちも分からなくも無い。タバコを吸う人の気持ちは全くわからないし、あんな臭い匂いのものをなぜ嗜好品として吸い続けるのかがわからない。嗜好品というのは何がその人の高感度をあげるポイントになるのかわからないから困るのだが、タバコをそのポイントに上げる人は個人的にはわからない。たぶん、それは大麻を吸っている人に対する一般人の主観と同じなのだろうと思う。
大麻はやっぱり天然であり、太陽の光をたくさん浴びているものが絶対良いといわれている。たまに、大麻の種を日本に持ち込んで、押入れなどの人目につかないところで、始終電気をつけて擬似太陽とみなして育てている人がいる。それでも育つようだが、やっぱり天然の太陽を浴びて育てているのと、擬似太陽とでは、育ったあとの葉っぱとしては全然味が違うようである。見た目は似たようなものでも、全然品質としては違うみたいだ。これは、天然ハマチと養殖ハマチの違いと同じなんだろう。そういう違いもこの本を読まないと知ることは無かった。
大麻解禁を望んでいる人たちがこのほんの中では出てくる。タバコやアルコールは習慣的中毒を喫煙者にもたせる。もちろんシャブも同じだ。大麻の場合は、習慣性要素を含まないために、タバコやアルコールを飲むひとよりもずっと実は健康的なのであるということを主張している。これもどこまで本当なのかわからない。大麻が習慣性を生み出さないかどうかはその人の意思次第だとおもうが、タバコやアルコールのように、しばらく吸ったり飲まなかったりすると、イライラしてくるというようなことは大麻の喫煙者にはないようだ。なければないで生活ができる。あればあったでより楽しい生活が出来るという。ここで言う楽しい生活というのは、辛いことを全部忘れさせて、現実から逃避させる気分になれるということなのだろう。シャブの場合も同じような効能はあったとしても、副産物として中毒性もあるし、体を蝕んでいくという悪影響がある。葉が抜けるとか、髪の毛が抜けるとか、幻覚を常に見ているとかなどだ。ところが大麻にはそれが無いという。
じゃ、なぜ大麻は禁止されているのか?アヘンは中毒性があるためにシャブと同じように禁止されているのはわかる。大麻の場合はわからない。そしてタバコを禁止せずに大麻だけは禁止しているのは何故か?喫煙者・非喫煙者の誰もがたぶんまともに応えられないのだろうと思う。この本の筆者やその支持グループは、この問いに対して大麻が禁止される理由がまったく見つからないと主張する。世界各地でも少量の個人利用であれば所持しても全然問題ないというところはたくさん出てきた。宗教的儀式には大麻は欠かせない物質である。キリスト教会の聖香や神社などの護摩焚きなどには大麻は使われている。だが、それは見なかったことにするのか、存在しないことになっているのか、よくわからないのだが、一般人には知られていない。大麻はなにか一般正常者と呼ばれるようなひとは触れてはいけないものに神格化されてしまっている感もある。
本を読んでみて、結果のところ、大麻の大枠についてはなんとなく理解できた。決してこの本は大麻をみんなで吸ってみようというようなことも書いていないし、大麻のことをみんな理解してくれというようなことも書いていない。大麻の事実と喫煙者からみた大麻に対する思いだけは読み取れる。そして、大麻を取り巻く環境についても分かった。意外にオーストラリアが大麻大国であるということがショックだった。よく、オーストラリアに留学して帰ってきた人が大麻を吸った経験があるという話を聞くのだが、それはオーストラリアが大麻は一般的に手に入りやすいからなのだからだ。普通では知ることができないことを書物を通して知ることが出来るというのは、1つの有効な手段だろう。そんな本に出合えたという感じだ。
コーヒーショップで大麻を一服
著者:久保 象
単行本: 220ページ
出版社: データ・ハウス
発売日: 2007/9/7
自分は大麻を吸うことは無いが、大麻の言葉だけで感じる、勝手な妄想というのは一度棄ててみたいという感じを持っており、大麻を吸ってラリっているひとたちの幻想の世界というのがどういうものなのかということも含めて、大麻全般のことを知りたいと思っていた。とは言っても、分かりやすい本、それも常識に基づいて淡々と事実を紹介しているような本がなく、ラリった状態で書いただろうというような内容の本しか知らなかったので、なにか良い本がないか探していた。
「コーヒーショップで大麻を一服」は、大麻大好きの愛好者が書いたものであるため、大好きな大麻をいろいろ紹介してくれている本だった。ただし、多少、大麻についての予備知識がないと、書いている内容が分かりにくいという点は否めない。何でもそうだとおもうが、その分野では当然と思われて使っている単語というものは、未知の人にとっては全く検討もつかないモノであるため、これには解説が欲しかったところである。しかし、全く解説が無いというわけじゃない。本文の下に、分かりにくいことや補足しておくべき情報については欄外という形で説明が書かれているのである。その説明でもわからないものは多々ある。
大麻といったらアムステルダムとネパールが本場だと思っていたのだが、それだけじゃなく、大麻自体は結構いろいろなところで少量なら解禁というところがあるようで、いろいろな場所に出かけて、大麻を吸いまくって、種類や味や環境についてレポートをしているというものである。決して、大麻を吸ったことで、自分が見えてきた幻想的な世界のことについてレポートしているというわけじゃない。幻覚の世界は、他人に理解できる範囲を超えているからだ。
オランダに行くと大麻の本場であるかのように、コーヒーショップがたくさんある。本の題名にもなっている「コーヒーショップ」とは、オランダでは大麻吸引場兼売り場のことである。決して、コーヒーを飲んで談笑するような場所ではない。そういう喫茶店というのはオランダではカフェである。だから、道端で「この近くでコーヒーショップはどこにありますか?」なんていう質問をした場合には、普通に大麻を売られているところを紹介されるのだが、これはオランダではあたりまえ。他の国ではそういうのは無い。そして、オランダの街中の道を歩いていると、大麻を吸っているまたは吸ったあとの匂いが結構分かりやすく臭ってくる。大麻を吸ったことがなくても、あの甘ったるく、そしてタバコとは違うような匂いというのはすぐに分かるというものだし、別にそれが不快な臭いに感じないから、大麻を吸う人の気持ちも分からなくも無い。タバコを吸う人の気持ちは全くわからないし、あんな臭い匂いのものをなぜ嗜好品として吸い続けるのかがわからない。嗜好品というのは何がその人の高感度をあげるポイントになるのかわからないから困るのだが、タバコをそのポイントに上げる人は個人的にはわからない。たぶん、それは大麻を吸っている人に対する一般人の主観と同じなのだろうと思う。
大麻はやっぱり天然であり、太陽の光をたくさん浴びているものが絶対良いといわれている。たまに、大麻の種を日本に持ち込んで、押入れなどの人目につかないところで、始終電気をつけて擬似太陽とみなして育てている人がいる。それでも育つようだが、やっぱり天然の太陽を浴びて育てているのと、擬似太陽とでは、育ったあとの葉っぱとしては全然味が違うようである。見た目は似たようなものでも、全然品質としては違うみたいだ。これは、天然ハマチと養殖ハマチの違いと同じなんだろう。そういう違いもこの本を読まないと知ることは無かった。
大麻解禁を望んでいる人たちがこのほんの中では出てくる。タバコやアルコールは習慣的中毒を喫煙者にもたせる。もちろんシャブも同じだ。大麻の場合は、習慣性要素を含まないために、タバコやアルコールを飲むひとよりもずっと実は健康的なのであるということを主張している。これもどこまで本当なのかわからない。大麻が習慣性を生み出さないかどうかはその人の意思次第だとおもうが、タバコやアルコールのように、しばらく吸ったり飲まなかったりすると、イライラしてくるというようなことは大麻の喫煙者にはないようだ。なければないで生活ができる。あればあったでより楽しい生活が出来るという。ここで言う楽しい生活というのは、辛いことを全部忘れさせて、現実から逃避させる気分になれるということなのだろう。シャブの場合も同じような効能はあったとしても、副産物として中毒性もあるし、体を蝕んでいくという悪影響がある。葉が抜けるとか、髪の毛が抜けるとか、幻覚を常に見ているとかなどだ。ところが大麻にはそれが無いという。
じゃ、なぜ大麻は禁止されているのか?アヘンは中毒性があるためにシャブと同じように禁止されているのはわかる。大麻の場合はわからない。そしてタバコを禁止せずに大麻だけは禁止しているのは何故か?喫煙者・非喫煙者の誰もがたぶんまともに応えられないのだろうと思う。この本の筆者やその支持グループは、この問いに対して大麻が禁止される理由がまったく見つからないと主張する。世界各地でも少量の個人利用であれば所持しても全然問題ないというところはたくさん出てきた。宗教的儀式には大麻は欠かせない物質である。キリスト教会の聖香や神社などの護摩焚きなどには大麻は使われている。だが、それは見なかったことにするのか、存在しないことになっているのか、よくわからないのだが、一般人には知られていない。大麻はなにか一般正常者と呼ばれるようなひとは触れてはいけないものに神格化されてしまっている感もある。
本を読んでみて、結果のところ、大麻の大枠についてはなんとなく理解できた。決してこの本は大麻をみんなで吸ってみようというようなことも書いていないし、大麻のことをみんな理解してくれというようなことも書いていない。大麻の事実と喫煙者からみた大麻に対する思いだけは読み取れる。そして、大麻を取り巻く環境についても分かった。意外にオーストラリアが大麻大国であるということがショックだった。よく、オーストラリアに留学して帰ってきた人が大麻を吸った経験があるという話を聞くのだが、それはオーストラリアが大麻は一般的に手に入りやすいからなのだからだ。普通では知ることができないことを書物を通して知ることが出来るというのは、1つの有効な手段だろう。そんな本に出合えたという感じだ。
コーヒーショップで大麻を一服
著者:久保 象
単行本: 220ページ
出版社: データ・ハウス
発売日: 2007/9/7
ミッフィーの本
ユトレヒトにあるディック・ブルーナ・ハウスに行ったときに、ミッフィーのキャラクターは知っていたけど、作者も知らなかったし、ミッフィーが「お話」のある本であるということもしらなかった。まるで「リラックマ」のキャラクターに対するものと同じである。しかし、ミッフィーについてのことを含めて本全般にことを良く知っている友人がいて助かった。ミッフィーは小さい子供が読む本であり、結構大人が読んでもうならせる内容だったりするものであり、たまにブラックなミッフィーも出てきたりするから面白いというもの。
かわいいだけのミッフィーとおもっていたのに、これに「ブラック」が付くとなると、俄然、それはどういう話なのだ?というのが気になるというもの。ただ、その「ブラック」という程度というのが、ミッフィーがいきなりグレるとか、ミッフィーが友達を殴るとかそういうアナーキーなものではない。ミッフィーが友達と遊んでいるというような可愛らしいところだけを話にしているのではなく、死と直面するという話も堂々と紹介しているというものがあるというものだった。そういう話がプリティキャラクタで紹介されているなんていうのは、想像できなかったので、どういうものか見てみたかった。リラックマでいうところでは「子リラックマが死んじゃった」という話を書いているようなもんである。日本では絶対こういう話を子供が読む本の題材にすると、どこかのクレージーなPTAのババァたちから不謹慎だというようなクレームを出版社と作家につけてきて、出版社と作家が謝罪をするという意味不明なオチに陥ることなんだろうが、死についても生の反対で避けては通れないものだから、題材から削除するということ自体がおかしいのである。
ディック・ブルーナ・ハウスに行ったときには、同じ話の物語を複数の言語に翻訳されたバージョンが売られているのは知っていたので、そこでこの死について書かれた本「ミッフィーのおばあちゃん」の各国語版を買ってみた。
今回購入したのは、オランダ語、フリースラント語、中国語の言語だ。日本語があればよかったのだが、これは日本でも買えるだろうとおもっていたので、あまり熱心に探していなかった。それにしてもフリースラント語ってなに?とおもったのだが、これはオランダ北部にある古いオランダ地域で話されている言語であり、いまはフリースラント地方でしか使われていない言語である。だからここではオランダ語よりもフリースラント語じゃないと通じないと言われている。多少、現代オランダ語と似ているところもあるようなのだが、2つの言語は扱われ方が違うようだ。中国語の本は、台湾で出版された本なので、これは台湾で買えばよかったかなとは思った。
話の内容としては、唯一わかる中国語で各ページの内容を理解する。それも変な話だが、ドラえもんのように、全巻全部読んだことがあるというようなものではないので、手がかりになる物語が記載されている参考資料は、ここでは中国語でしかなかった。確かに、いろいろな人が書かれている通り、淡々とディック・ブルーナは、ミッフィーのおばあちゃんが死んだことを生の反対の状態であるという意図でしか記載しておらず、決して「あっちの世界に行った」というような表現を使っていないところに、子供がどこまで理解できるのかという難しさはあるだろう。ただ、これは人間が住んでいるときにはどうしても避けて通れないところなので、幼いながらも知っておくべき事象であることは必要だとは思った。
そのほかにミッフィーの本として、「女王様のミッフィー(Koningin nijntje)」と「ミッフィーどうしたの(nijntje huilt)」も買ったが、それは表紙で選んだだけ。話としてはどうでもよかったが、どちらもオランダ語。やっぱりこういう話は一度原語で読んでおいたほうが良いだろうと思ったので、時間があったら読んで見たいと思う。
かわいいだけのミッフィーとおもっていたのに、これに「ブラック」が付くとなると、俄然、それはどういう話なのだ?というのが気になるというもの。ただ、その「ブラック」という程度というのが、ミッフィーがいきなりグレるとか、ミッフィーが友達を殴るとかそういうアナーキーなものではない。ミッフィーが友達と遊んでいるというような可愛らしいところだけを話にしているのではなく、死と直面するという話も堂々と紹介しているというものがあるというものだった。そういう話がプリティキャラクタで紹介されているなんていうのは、想像できなかったので、どういうものか見てみたかった。リラックマでいうところでは「子リラックマが死んじゃった」という話を書いているようなもんである。日本では絶対こういう話を子供が読む本の題材にすると、どこかのクレージーなPTAのババァたちから不謹慎だというようなクレームを出版社と作家につけてきて、出版社と作家が謝罪をするという意味不明なオチに陥ることなんだろうが、死についても生の反対で避けては通れないものだから、題材から削除するということ自体がおかしいのである。
ディック・ブルーナ・ハウスに行ったときには、同じ話の物語を複数の言語に翻訳されたバージョンが売られているのは知っていたので、そこでこの死について書かれた本「ミッフィーのおばあちゃん」の各国語版を買ってみた。
今回購入したのは、オランダ語、フリースラント語、中国語の言語だ。日本語があればよかったのだが、これは日本でも買えるだろうとおもっていたので、あまり熱心に探していなかった。それにしてもフリースラント語ってなに?とおもったのだが、これはオランダ北部にある古いオランダ地域で話されている言語であり、いまはフリースラント地方でしか使われていない言語である。だからここではオランダ語よりもフリースラント語じゃないと通じないと言われている。多少、現代オランダ語と似ているところもあるようなのだが、2つの言語は扱われ方が違うようだ。中国語の本は、台湾で出版された本なので、これは台湾で買えばよかったかなとは思った。
話の内容としては、唯一わかる中国語で各ページの内容を理解する。それも変な話だが、ドラえもんのように、全巻全部読んだことがあるというようなものではないので、手がかりになる物語が記載されている参考資料は、ここでは中国語でしかなかった。確かに、いろいろな人が書かれている通り、淡々とディック・ブルーナは、ミッフィーのおばあちゃんが死んだことを生の反対の状態であるという意図でしか記載しておらず、決して「あっちの世界に行った」というような表現を使っていないところに、子供がどこまで理解できるのかという難しさはあるだろう。ただ、これは人間が住んでいるときにはどうしても避けて通れないところなので、幼いながらも知っておくべき事象であることは必要だとは思った。
そのほかにミッフィーの本として、「女王様のミッフィー(Koningin nijntje)」と「ミッフィーどうしたの(nijntje huilt)」も買ったが、それは表紙で選んだだけ。話としてはどうでもよかったが、どちらもオランダ語。やっぱりこういう話は一度原語で読んでおいたほうが良いだろうと思ったので、時間があったら読んで見たいと思う。
2012/09/30
Chez Amuse (ロッテルダム)
デルフトで夕御飯を食べるというのもありだったが、あまりにもなにもないところだったので、結局はロッテルダムまで戻ってから御飯にしようかと思った。デルフトからロッテルダム自体はそんなに遠くないので、井の頭線で吉祥寺から渋谷に行くような感覚と同じである。しかし、ロッテルダムに到着したあとも、最初に行こうかなとおもっていたレストランが、なんと満員で、お店の人に聞いたら「いま満員なので21時ごろに来たら良いと思うよ。」といわれた。そこでしばらく時間を潰すつもりで、あちこちうろうろしていた。再びお店の方に行ってみようかと思ったのだが、もう行くところも無いので、隣りのカフェで時間が来るまで待っていることにしたら、なんとその店にレストランの人がやってきて、「ごめーん、今日は21時で店を閉めることにした」と言われてしまった。なんじゃいっ、ごらぁー。だったら最初から今日は無理と言っとけ!無駄な時間が過ぎてしまっていて、その間に他のレストランを探すという手段もあったのに、それができなかったのは不覚。
そこでアムステルダムで発見したアルゼンチンからやってきた焼肉屋であるGauchosに行こうと思っていて、そちらに移動してみた。しかし、こちらも人気店であるために、どうみても入口にすごい人数が並んでいることを見てしまったため、それを見たらもう入る気がなくなった。
困ったのはそれ以外に持ち駒として、事前にどこにレストランがあるかというのを知らなかったので、本当に困ってしまった。ロッテルダム最後の夜だというのに、しょうもなくご飯を食べないというので終わりというのはダメだと思っていたので、なんとかして探そうと思ったのである。ホテルに近いところの広場にある観光客用のオープンスペースのレストランが何軒かあることは知っていたので、そちらに仕方なく移動する。どこのレストランもそんなに期待するようなところはなかったのだが、その中でもまぁ良いだろうとおもったところにしたのがChez Amuseというところ。
普段は普通のカフェだったりするのだが、別にカフェがメインではなく、ちゃんと御飯も食べられる。オープンスペースになっているデニーズみたいなものだ。Chez Amuseがあるエリアでは、この店だけ結構人が入っていたので、なにか違うのかな?とおもったのが選択の理由。だから安心して入ったというのもある。すっからかんのような店にはさすがに入りたいとは思わないからだ。
この店も、セットメニュというのは存在していたので、それを選択したのだが、もちろんア・ラ・カルトで選ぶことができる。でも、ア・ラ・カルトで選ぶよりは、セットメニュのほうが断然安いのでそちらのほうで選ぶことにした。1人あたり3メニュ(前菜・メイン・デザート)を選んで27.50ユーロというのはお徳感満載だ。ただ、いまは円高だからいいかもしれないが、これが一時期のように1ユーロ180円くらいだったら、このセットメニュも選ぶことはなかっただろうと思う。やっぱり今の時期じゃないと円高の恩恵は受けられない。
今回選んだのは下記の通り。
・ Salade Nicoise : (単品なら) EUR 10.50
・ Vissoep (fish soup) : (単品なら) EUR 9.50
・ Tonijn met gamba's en linguini : (単品なら) EUR 19.50
・ Biefstuk met zomergroenten : (単品なら) EUR 16.50
・ Creme brullee : (単品なら) EUR 6.50
・ Tiramisu : (単品なら) EUR 8.00
まさかロッテルダムでフランス・ニースの名物サラダ料理である「サラダ・ニソワ」が出てくるとは思わなかったので、これを選ぶ。魚のスープは、見た目はそんなに美味そうに思わないのだが、ブイヤベースみたいな濃厚のシーフードスープであることは分かった。もう時計は22時を廻っていた頃だったので、何を食べても美味いとおもってしまう時間帯であるのは言うまでも無いのだが、このまま食べないで寝ていたら、きっと深夜に腹をすかしてうなされていただろうと思うと、遅い時間でも食べておいて正解かなと思った。
メインは、骨付きビーフステーキと豚肉が載ったリングイネを食べてみた。別に感想を述べるほど特徴のあるものでもなんでもないのだが、腹が減っているので、結構満腹だし美味く感じたし。しかし、ここまでずっと肉料理ばっかり食べていたので、さすがにそろそろ魚肉を食べたいとおもっていたのだが、残念ながらこの店はろくな魚肉がなかったので、注文しないでいた。
デザートは普通にクレーム・ブリュレとティラミスである。
店全体は悪い雰囲気ではないし、ここはデニーズだ!と思えば、お気楽に入れるところである。気になっているのは、店員の多くが中国系が多かったこと。なぜかロッテルダム全体では、中国系のひとたちをよく街中でみるのだが、そういう人たちはどこで何をしているんだろうと思っていた。こういう店で日銭を稼いでいるんだということを知る。そして、どうして中国系のひとはぶっきらぼうな対応をするんだろうか?しかし、欧州人の場合はどんなお客さんに対しても丁寧に対応をするところが良い。
Chez Amuse, Rotterdam
URL : http://www.chezamuse.nl
Address : Karel Doormanstraat 284-286
Phone : 010 - 214 18 78
E-mail: info@chezamuse.nl
そこでアムステルダムで発見したアルゼンチンからやってきた焼肉屋であるGauchosに行こうと思っていて、そちらに移動してみた。しかし、こちらも人気店であるために、どうみても入口にすごい人数が並んでいることを見てしまったため、それを見たらもう入る気がなくなった。
困ったのはそれ以外に持ち駒として、事前にどこにレストランがあるかというのを知らなかったので、本当に困ってしまった。ロッテルダム最後の夜だというのに、しょうもなくご飯を食べないというので終わりというのはダメだと思っていたので、なんとかして探そうと思ったのである。ホテルに近いところの広場にある観光客用のオープンスペースのレストランが何軒かあることは知っていたので、そちらに仕方なく移動する。どこのレストランもそんなに期待するようなところはなかったのだが、その中でもまぁ良いだろうとおもったところにしたのがChez Amuseというところ。
普段は普通のカフェだったりするのだが、別にカフェがメインではなく、ちゃんと御飯も食べられる。オープンスペースになっているデニーズみたいなものだ。Chez Amuseがあるエリアでは、この店だけ結構人が入っていたので、なにか違うのかな?とおもったのが選択の理由。だから安心して入ったというのもある。すっからかんのような店にはさすがに入りたいとは思わないからだ。
この店も、セットメニュというのは存在していたので、それを選択したのだが、もちろんア・ラ・カルトで選ぶことができる。でも、ア・ラ・カルトで選ぶよりは、セットメニュのほうが断然安いのでそちらのほうで選ぶことにした。1人あたり3メニュ(前菜・メイン・デザート)を選んで27.50ユーロというのはお徳感満載だ。ただ、いまは円高だからいいかもしれないが、これが一時期のように1ユーロ180円くらいだったら、このセットメニュも選ぶことはなかっただろうと思う。やっぱり今の時期じゃないと円高の恩恵は受けられない。
今回選んだのは下記の通り。
・ Salade Nicoise : (単品なら) EUR 10.50
・ Vissoep (fish soup) : (単品なら) EUR 9.50
・ Tonijn met gamba's en linguini : (単品なら) EUR 19.50
・ Biefstuk met zomergroenten : (単品なら) EUR 16.50
・ Creme brullee : (単品なら) EUR 6.50
・ Tiramisu : (単品なら) EUR 8.00
まさかロッテルダムでフランス・ニースの名物サラダ料理である「サラダ・ニソワ」が出てくるとは思わなかったので、これを選ぶ。魚のスープは、見た目はそんなに美味そうに思わないのだが、ブイヤベースみたいな濃厚のシーフードスープであることは分かった。もう時計は22時を廻っていた頃だったので、何を食べても美味いとおもってしまう時間帯であるのは言うまでも無いのだが、このまま食べないで寝ていたら、きっと深夜に腹をすかしてうなされていただろうと思うと、遅い時間でも食べておいて正解かなと思った。
メインは、骨付きビーフステーキと豚肉が載ったリングイネを食べてみた。別に感想を述べるほど特徴のあるものでもなんでもないのだが、腹が減っているので、結構満腹だし美味く感じたし。しかし、ここまでずっと肉料理ばっかり食べていたので、さすがにそろそろ魚肉を食べたいとおもっていたのだが、残念ながらこの店はろくな魚肉がなかったので、注文しないでいた。
デザートは普通にクレーム・ブリュレとティラミスである。
店全体は悪い雰囲気ではないし、ここはデニーズだ!と思えば、お気楽に入れるところである。気になっているのは、店員の多くが中国系が多かったこと。なぜかロッテルダム全体では、中国系のひとたちをよく街中でみるのだが、そういう人たちはどこで何をしているんだろうと思っていた。こういう店で日銭を稼いでいるんだということを知る。そして、どうして中国系のひとはぶっきらぼうな対応をするんだろうか?しかし、欧州人の場合はどんなお客さんに対しても丁寧に対応をするところが良い。
Chez Amuse, Rotterdam
URL : http://www.chezamuse.nl
Address : Karel Doormanstraat 284-286
Phone : 010 - 214 18 78
E-mail: info@chezamuse.nl
プリンセンホフ博物館(デルフト)
プリンセンホフ博物館(Museum Het Prinsenhof)はもともと修道院としての機能をもっていた建物だったのだが、オランダの各州がスペインから独立するために戦ったときに先導した立役者が、その後のオランダ王国の基礎を作ったウィレム1世であり、そのひとが執務兼住居として使っていたのがこの建物である。1572年から1584年と意外にもそんなに長くは無い。なぜなら、ウィレム1世は自宅であるこの家でフランスのカトリック教徒に銃殺されたからである。
館内に入ると、主にウィレム1世の功績に関する展示が所狭しと飾られている。特に、スペインと戦ったときの肖像画や風景画については、その後の歴史を知るためにもすごく有益であるために、ぜひ彼の生き様や生き方を知りたいのであれば、この建物を訪問しないでは語られない。
最初のほうはオランダがスペイン統治下にあったための名残として、神聖ローマ帝国皇帝カール5世のことが紹介されていたりするのだが、まぁそれはオランダの歴史を知るためにはどうしても避けて通れないところだとはいえよう。
オラニエ公ウィレムの銅像が出てきたあたりから、ちょうどこの建物の見所が増えてくる。
特に、オラニエ公が銃殺されたところの階段では、弾痕が壁に残っているし、またオラニエ公を撃った鉄砲がそのまま展示されている。その生々しさというのは、傍に立ってみると、そこでは逃げ場は無いなというのがよくわかるし、きっと至近距離で撃たれたんだろうから、即死だったことは否めないなとはよくわかった。面白いのは、その銃殺されたときの事件を、新聞形式で紹介しており、それを電子化して読めるようになっているところだろう。当時は新聞があったのかどうかは知らないが、もし、新聞が存在していたら、たぶんこういう見出しになっていたんだろうというのは想像できる。
この建物の中で一番広い場所が上の階にあるのだが、そこの大広間はレセプションルームとして使われた模様である。この部屋の壁には、オラニエ公のほかにオランダを統治した各種の有名な絵画が掲載されているので、これを鑑賞するのも楽しいだろう。
そのほかは、ここデルフトが陶器の有名な場所なので、その陶器に関する紹介としてくつかの作品があるのだが、これは見る価値がほとんど無い。デルフト自体はいい陶器を作っているところだとは思うのだが、デザインとしての白・青の色彩が、すごいボケているものばかりなのだ。だから、もっといい作品の皿等があったとおもうのだが、それを選ばなかったこの博物館はもうちょっと頑張って欲しいところだ。
プリンセンホフ博物館(Museum Het Princenhof)
URL : http://www.prinsenhof-delft.nl/ (日本語版あり)
Address : Sint Agathaplein 1
Phone : +31 (0)15 260 23 58
Open : 11:00~17:00(火曜~日曜)
館内に入ると、主にウィレム1世の功績に関する展示が所狭しと飾られている。特に、スペインと戦ったときの肖像画や風景画については、その後の歴史を知るためにもすごく有益であるために、ぜひ彼の生き様や生き方を知りたいのであれば、この建物を訪問しないでは語られない。
最初のほうはオランダがスペイン統治下にあったための名残として、神聖ローマ帝国皇帝カール5世のことが紹介されていたりするのだが、まぁそれはオランダの歴史を知るためにはどうしても避けて通れないところだとはいえよう。
オラニエ公ウィレムの銅像が出てきたあたりから、ちょうどこの建物の見所が増えてくる。
特に、オラニエ公が銃殺されたところの階段では、弾痕が壁に残っているし、またオラニエ公を撃った鉄砲がそのまま展示されている。その生々しさというのは、傍に立ってみると、そこでは逃げ場は無いなというのがよくわかるし、きっと至近距離で撃たれたんだろうから、即死だったことは否めないなとはよくわかった。面白いのは、その銃殺されたときの事件を、新聞形式で紹介しており、それを電子化して読めるようになっているところだろう。当時は新聞があったのかどうかは知らないが、もし、新聞が存在していたら、たぶんこういう見出しになっていたんだろうというのは想像できる。
この建物の中で一番広い場所が上の階にあるのだが、そこの大広間はレセプションルームとして使われた模様である。この部屋の壁には、オラニエ公のほかにオランダを統治した各種の有名な絵画が掲載されているので、これを鑑賞するのも楽しいだろう。
そのほかは、ここデルフトが陶器の有名な場所なので、その陶器に関する紹介としてくつかの作品があるのだが、これは見る価値がほとんど無い。デルフト自体はいい陶器を作っているところだとは思うのだが、デザインとしての白・青の色彩が、すごいボケているものばかりなのだ。だから、もっといい作品の皿等があったとおもうのだが、それを選ばなかったこの博物館はもうちょっと頑張って欲しいところだ。
プリンセンホフ博物館(Museum Het Princenhof)
URL : http://www.prinsenhof-delft.nl/ (日本語版あり)
Address : Sint Agathaplein 1
Phone : +31 (0)15 260 23 58
Open : 11:00~17:00(火曜~日曜)
旧教会(デルフト)
デルフトの旧教会(Oude Kerk)は新教会のときに入場券を買ったものをそのまま保有していれば、入館ができる共通券形式だ。それはいいのだが、ここの教会はなんだか変な感じがすることばかりである。
パッと見では、立派なステンドグラスもあり、巨大なオルガンもあり、中央部には祭壇があるのだが、どれもこれも変なのだ。
まずはステンドグラスだが、キリスト教に関するもの、またはオラニエ公に関するものがデザインにされているのであれば、それはキリスト教国家にはありがちなことだとおもうので理解できよう。しかし、ステンドグラスの一部のデザインは、別に教会である必要がなく、一般的な建物であればいいじゃないかとおもった量子力学の基本方程式「E=MC^2」が書かれていたときには、「えっ?一体、この教会はいつ構築されたんだろう?」と思った。
主祭壇の位置だが、普通の教会は入口から一番遠いところに半円形の形で祭壇があり、よくありがちなのは天蓋があったりするものだとおもうのだが、ここの主祭壇は、教会のほぼ中央で壁側に存在する。要は縦長に見える教会なのだが、実は横長になっている教会なのだ。だから、祭壇と客席のところが異様に短いし、近い。
でも、この教会を中心とした街全体を見るような景色を遠目から見るのが一番絵になる。
デルフトの旧教会 (Oude Kerk)
URL : http://www.oudekerk-delft.nl
Address : Heilige Geestkerkhof 25
パッと見では、立派なステンドグラスもあり、巨大なオルガンもあり、中央部には祭壇があるのだが、どれもこれも変なのだ。
まずはステンドグラスだが、キリスト教に関するもの、またはオラニエ公に関するものがデザインにされているのであれば、それはキリスト教国家にはありがちなことだとおもうので理解できよう。しかし、ステンドグラスの一部のデザインは、別に教会である必要がなく、一般的な建物であればいいじゃないかとおもった量子力学の基本方程式「E=MC^2」が書かれていたときには、「えっ?一体、この教会はいつ構築されたんだろう?」と思った。
主祭壇の位置だが、普通の教会は入口から一番遠いところに半円形の形で祭壇があり、よくありがちなのは天蓋があったりするものだとおもうのだが、ここの主祭壇は、教会のほぼ中央で壁側に存在する。要は縦長に見える教会なのだが、実は横長になっている教会なのだ。だから、祭壇と客席のところが異様に短いし、近い。
でも、この教会を中心とした街全体を見るような景色を遠目から見るのが一番絵になる。
デルフトの旧教会 (Oude Kerk)
URL : http://www.oudekerk-delft.nl
Address : Heilige Geestkerkhof 25
新教会(デルフト)
デルフトは、オランダがユトレヒト同盟によって軽い複数の州の結合が決まったときに、統率的な役割を演じることになったオラニエ公ウィレム1世が住んでいたところでもある。だから、デルフトは陶器の町というよりも現在の王家とかなり深い街でもあるのだ。それを納得させるものがデルフトにある新教会(Nieuwe Kerk)なのだが、この教会にはオラニエ家の代々の王およびその親族が葬られているところなのである。王への宣誓をする場合には、デン・ハーグで。死んだらデルフトが王にとっての舞台になる。
歴代の王が葬られているからということもあるのだが、普段の新教会では、ここに歴代の王の紹介と、その歴史についてがパネルで紹介されている。それを読んでいくだけでオランダの歴代の王を知ることができるのだが、ハプスブルグ家と違って、顔に特徴がないから、すぐに顔を忘れてしまうのである。今の女王のベアトリクスくらい強烈な顔ならば覚えていられるだろう。
教会はプロテスタント教会なので、祭壇らしいものが存在しないのだが、キリスト教の教会というよりは、ここは本当にオラニエ家を祀っている場所であり、それをみながお参りのためにやってくる場所というような建物になっているとしか思えないようなつくりだ。全くキリスト教の匂いがしないのである。どちらかというと、オラニエ家の礼拝堂といったほうが良いかもしれない。祭壇がありそうな一番入口から遠い場所に、ウィレム1世の墓が別枠になって見られるようになっている。さらに奥には大理石でできたオラニエ家の象徴を意味するような巨大な置物もあるので、それを見るのも良いだろう。四角形になっている4つの角にはそれぞれのギリシャ神がいる。
ステンドグラスにも実はウィレム1世の像があるのだが、それに気づいた自分が凄い。
でも、他のステンドグラスもプロテスタント教会なのに、かなり派手めに作られているので、それを見ているだけでも溜息がでそうだ。
しかし、意味がわかんないのは、この教会に、ベアトリクス女王の妹でプリンセス・マルフリーテ(H.K.H. Prinses Margriet)の顔をモチーフにしたステンドグラスがある。顔、手・蝶の3つのアイテムを1つのステンドグラスで表現しているものである。下品ではないのだが、この教会のイメージには全く合わないので、誰もコメントしないのかな?と本当に疑問だ。これは Annemiek Punt による作品である。
広場を挟んで対面にあるのは市庁舎。内部の観覧もできるのだが、どこから入れば良いのかわからなくて内覧は結局しなかった。しかし、青い屋根に、紅い窓枠というのは遠めで見ても結構綺麗に見える。
デルフトの新教会 (Nieuwe Kerk)
Address : Markt 90
Open : 9:00~18:00
URL : http://www.nieuwekerk-delft.nl
Admission Fee : EUR3.50
歴代の王が葬られているからということもあるのだが、普段の新教会では、ここに歴代の王の紹介と、その歴史についてがパネルで紹介されている。それを読んでいくだけでオランダの歴代の王を知ることができるのだが、ハプスブルグ家と違って、顔に特徴がないから、すぐに顔を忘れてしまうのである。今の女王のベアトリクスくらい強烈な顔ならば覚えていられるだろう。
教会はプロテスタント教会なので、祭壇らしいものが存在しないのだが、キリスト教の教会というよりは、ここは本当にオラニエ家を祀っている場所であり、それをみながお参りのためにやってくる場所というような建物になっているとしか思えないようなつくりだ。全くキリスト教の匂いがしないのである。どちらかというと、オラニエ家の礼拝堂といったほうが良いかもしれない。祭壇がありそうな一番入口から遠い場所に、ウィレム1世の墓が別枠になって見られるようになっている。さらに奥には大理石でできたオラニエ家の象徴を意味するような巨大な置物もあるので、それを見るのも良いだろう。四角形になっている4つの角にはそれぞれのギリシャ神がいる。
ステンドグラスにも実はウィレム1世の像があるのだが、それに気づいた自分が凄い。
でも、他のステンドグラスもプロテスタント教会なのに、かなり派手めに作られているので、それを見ているだけでも溜息がでそうだ。
しかし、意味がわかんないのは、この教会に、ベアトリクス女王の妹でプリンセス・マルフリーテ(H.K.H. Prinses Margriet)の顔をモチーフにしたステンドグラスがある。顔、手・蝶の3つのアイテムを1つのステンドグラスで表現しているものである。下品ではないのだが、この教会のイメージには全く合わないので、誰もコメントしないのかな?と本当に疑問だ。これは Annemiek Punt による作品である。
広場を挟んで対面にあるのは市庁舎。内部の観覧もできるのだが、どこから入れば良いのかわからなくて内覧は結局しなかった。しかし、青い屋根に、紅い窓枠というのは遠めで見ても結構綺麗に見える。
デルフトの新教会 (Nieuwe Kerk)
Address : Markt 90
Open : 9:00~18:00
URL : http://www.nieuwekerk-delft.nl
Admission Fee : EUR3.50
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