セルビアにきたら、南スペイン独特の文化はできるだけ吸収したいとおもうのが旅心に思うことだろう。代表的な文化の1つはフラメンコ。フラメンコと言っても、実はスペインのフラメンコにはいくつか流儀があることを後で知るのだが、その中でもセルビアのフラメンコは、日本人が考える典型的なフラメンコだと思う。
そのフラメンコを見るためにはセルビアのサンタ・クルス地区にたくさんフラメンコバーが存在し、客はそこでアルコールを取りながら熱いフラメンコを見ることが可能である。それは大人の社交場の1つとしてフラメンコバーがあるのであって、子供が入って見ることが出来る場所では決してない。だけど、子供でもフラメンコを見ることが出来る場所は存在する。それがフラメンコ舞踏博物館(Museo del Baile Flamenco)である。
普段はフラメンコの歴史や文化についてを解説してくれる博物館だが、毎晩19時からフラメンコショーが行われていると聞いていたので、ここの博物館にいってみることにした。夕方からのショーも兼ねて観るのが良いだろうと思ったので、17時くらいにホテルを出て博物館に行ってみた。
博物館がある場所は、フラメンコの店が結構たくさん存在しているサンタ・クルス地区に存在しており、このサンタ・クルス地区自体が迷路のように細い路地とぐにゃぐにゃになっている道から成り立っているから、地図無しでは博物館には到達ができるものではなかった。道中はフラメンコに関係するような衣装関係の店やら、化粧道具の店やらが結構存在する。それを見ているだけでもフラメンコの気分が感じられるところだろうと思われる。
フラメンコショーなんて、行けばすぐ見れるんでしょうと思っていたのだが、実はそうではない。博物館に到着してみたところ、受付のところで「今日のショーはもうソールドアウトよ」とあっさり断られる。しかし「明日の分だったら、まだ大丈夫」とのこと。そこで最初の日は、翌日のショーも兼ねた入場券を購入することにした。値段は1人あたり、博物館見学料も含めて24ユーロ。だけど、「地球の歩き方」を持っていると、実は読者割引で10%オフになるので、1人あたり21.6ユーロになる。ところが地球の歩き方を見せれば良いと地球の歩き方に記載されているのだが、なにをどうみせればいいのかわかんない。そこで「この日本語のガイドに読者割引があるって書いているんだけどー」と話をしたら、係員が「あっ、そうなの?じゃ10%オフね」という対応をしてくれた。結構緩い。なお、チケットには名前と人数を記載されるので、転売なんかは出来なさそうだ。当日は、このチケットを見せれば入場できるようになっている。
ショーは自由席になっているので、どこに座ってもいい。が、そうなると良い場所を確保したくなる。人によっては鞄を椅子において館内をうろうろしているひともいるのだが、貴重品が入っているかもしれないとおもうと、盗難にあってもおかしくない。これはいいなとおもったのは、スタバあたりのテイクアウト用の飲み物のカップを椅子においておくという方法だった。これだと誰も片づけをしないので場所取りは便利だろう。
場所なのだが、ステージを囲むように漢字の「凹」の字のように椅子が数列ならんでいるのだが、できれば正面側の前のほうを確保したほうが良い。前のほうというより、一番前に座ったほうが良い。客いじりなんかは無いし、かぶりつきで見られるので絶対いいし、なにしろ、椅子が階段状になっているわけじゃないので、前に背の高い人が座った場合には、前がまったくみられなくなるので、絶対一番前に座ったほうが良いのである。ちょっと奥ゆかしく、前から三番目くらいでいいかなとおもったのが今回は間違いだった。前に頭を頻繁に動かす座高の高いおばさん、その前にはデブの座高の高いおっさんが座ったのが失敗だった。
ショーが始まる前には、博物館の中で時間を潰しておけば良いと思う。ショーが行われるのは1階の中央部分。そこには常にステージが作られているので、まぁ、普段は意味が無い場所だ。そして、少し離れたところに、なんとフラメンコ教室用のスタジオがあるし、当日もスタジオ内で練習をしているひとたち、といってもおばさんたちがいたのをみた。
2階から博物館は始まる。2階はインタラクティブ形式で、フラメンコの種類や歴史というのを映像と選択画面で体験できる。もちろん、その画面には日本語の選択画面があり、日本語の文字と音声で説明を聞いて見ることができるのは嬉しい。
フラメンコも地域性によって特徴があることを今回初めて知った。それもスペイン国内での特徴が違うことに驚きだ。ただ、フラメンコはもともといまのような芸術的な領域になるものではなく、単なる地域住民がたのしみのときに踊る盆踊りや祭りの余興みたいな位置づけだったようである。それを藝術の域にさせたのは、やはりフラメンコを「見世物」としてショーを始めたカフェからの始まりだろうとおもう。ウィーンでいうところの社交場としてのカフェは有名だが、フラメンコの店も当時は最先端のクラブのようなものだったと考えて良いとおもう。それも店に来た人たちが全員参加するというものではなくあくまでも見るために来ているという意味だ。当然こういう店は当時の政治権力者にとっては「目障りなもの」になるために、何度も排除されることになる。そのあとの藝術領域になり、自分たちが今知っている激しいタップのようなものになっているのは、あえてそういう動きにしたという商業的な要素のせいであることもよくわかった。
フラメンコの衣装についても、博物館内には展示されている。男用の衣装と女用の衣装があるので、どちらについても興味がわく展示エリアだとは思う。
フラメンコのショーは、全部で5つのパートから分かれて演じられる。
①ギターと男女フラメンコダンサーによる演技
②フラメンコギター演奏者によるソロ演奏
③女性フラメンコダンサーによる演技
④フラメンコ歌手とギターによる音楽の演技
⑤男性フラメンコダンサーによる演技
どのパートも大枠の「フラメンコ」という意味では必要なジャンルではあるのだが、個人的には踊りが無いショーはもう観ているだけで苦痛でしかなかった。
間近で見られるショーは結構興奮なのだが、ここに出ている人たちの演技が、正直めちゃくちゃ巧いものかというと、全然そうではなかった。もうちょっと巧いダンサーが演技してもいいんじゃないのだろうか?まぁ毎日行われているようなものなので、たまたまそんなに巧いひとではなかったのかもしれない。
ショーは1時間であるため、厭きることは無いのだろうとは思う。
<フラメンコ舞踏博物館 - Museo del Baile Flamenco>
URL : http://www.museobaileflamenco.com/
Open : 10:00 - 19:00
Address : Calle de Manuel Rojas Marcos, 3, 41004 Sevilla (Map)
Phone : +34 954 34 03 11
2014/05/10
2014/01/04
2014年の新年末廣亭
新年の初詣と同様に自分のなかでは既に恒例になっている新年末廣亭の落語を聞きに、またしても朝っぱらから並んでいくことにした。今年の新年興行は、ほとんど例年と同じような人たちだったので、見えていても安心だった。
さて、いつも第二部から見ることにしているので、それにあわせて並ぶようにしている。今年もちょうど第一部が始まる時間にあわせて並び始めれば良いかなと思って、11時ごろに末広亭に到着できるように家を出た。たぶんまた一番前に並べるだろうと思っていたら、なんと自分より早くから並んでいる人が1人居た!物好きにもほどがあると思うのだが、おそらくどこかのウェブサイトで「すごい並ぶから早く行ったほうがいい」というのを鵜呑みにして並んだんだろう。たぶん、そういう情報を書いている人の1人は自分なので、自業自得であるというのは否めない。12時ごろまでは、その人と実は2人きりの並びが続いた。
ところが、いつもなら入口傍にある切符売り場あたりを先頭に末廣亭がある建物側に沿ってずらっと並ばせるのだが、今年は違った。末廣亭がある建物側ではなく、道の逆側に並ばせていたのだ。おそらく末廣亭の並びにある店は、正月から商売をやっている店が結構あって、その店に列が邪魔をして入れないというクレームがあったんだろうとおもう。道の逆側はどちらかというと、夜に開店する店が多いので、昼間に列で並んでもなんの影響も無い。たぶん、そういう配慮から列の出来方が変わったのだろうと思う。しかし、列の出来方が変わったとしても、やはり第二部が始まる前までにできる列の長さは、いつもと同じでかなり長い。
それにしても興行として毎年行っていることだとはいえ、なんでこうも末廣亭のスタッフのひとたちは、客の出入りをマネージメントできないんだろうか?と思う。これだけは全く進歩しない。正月ボケで頭がまだ酒から抜けていないからなのだろうかわからない。長蛇の列になっている様子について、なんの手はずも打たないし、第二部ではなく第一部を途中からでもいいから観たいという人がいた場合も処理できないみたいだし。さらにいうと、いつも表に出している火鉢の前で木偶の坊のように座っている図体がでかいだけの人は一体なにをしているんだろうか?責任者のオッサンだけは頑張って仕事をしているし、周りの店にも仁義を切っているところは素晴らしい。この人だけは仕事が出来る人だと思う。
出演者のネタはいつもの通りというのは、安心してみていられる反面、厭きて来るというのもある。小遊三、歌若、歌丸の持ちネタは去年と同じであり、落とし方も同じなので、こういうベテランの人も、お披露目公演で毎日やるのも面倒くさいということもあるのだろうが、いちおう長年やっているプロなんだから、もうちょっとネタを換えて欲しいとおもうところだ。自分の弟子が出演していたりもするんだから、それならお手本として見せて欲しいところ。そういえば、ベテランでは、鶴光が今年は出ていなかったような気がする。
落語の合間に出てくる芸人を「色物」というが、その色物の代表的なものは奇術と紙きりだと思っている。今年は紙きりの人はとても素晴らしい芸を見せていたと思う。別に型紙があるわけでもなんでもないが、客から御題を貰って、即効でなんでも作ってしまうあの技は本当に素晴らしい。たぶん、暇だからと言って、電車の中で紙きりなんかをして、それを乗客に見せたら、おそらく周りの人たちはビックリするだろうな。
おばさんネタをしていた人は、昔ちょっとだけ一世風靡をしたバッテン荒川みたいな感じだったが、あまり客イジリが上手くないのか、客のあまりにも反応がないのが可愛そうだった。
隣りに座っていたカップルが、女性のほうが落語好きで、男がそれにあわせて付き合わされた感じになっていたが、笑点に出演している人たちの各キャラクタをわざわざ説明していたのが面白かった。そういう付属情報を伝えるのもいいのだが、残念ながら、正月公演のような場面ではどこまで有益だったのかどうかはわからない。
さて、いつも第二部から見ることにしているので、それにあわせて並ぶようにしている。今年もちょうど第一部が始まる時間にあわせて並び始めれば良いかなと思って、11時ごろに末広亭に到着できるように家を出た。たぶんまた一番前に並べるだろうと思っていたら、なんと自分より早くから並んでいる人が1人居た!物好きにもほどがあると思うのだが、おそらくどこかのウェブサイトで「すごい並ぶから早く行ったほうがいい」というのを鵜呑みにして並んだんだろう。たぶん、そういう情報を書いている人の1人は自分なので、自業自得であるというのは否めない。12時ごろまでは、その人と実は2人きりの並びが続いた。
ところが、いつもなら入口傍にある切符売り場あたりを先頭に末廣亭がある建物側に沿ってずらっと並ばせるのだが、今年は違った。末廣亭がある建物側ではなく、道の逆側に並ばせていたのだ。おそらく末廣亭の並びにある店は、正月から商売をやっている店が結構あって、その店に列が邪魔をして入れないというクレームがあったんだろうとおもう。道の逆側はどちらかというと、夜に開店する店が多いので、昼間に列で並んでもなんの影響も無い。たぶん、そういう配慮から列の出来方が変わったのだろうと思う。しかし、列の出来方が変わったとしても、やはり第二部が始まる前までにできる列の長さは、いつもと同じでかなり長い。
それにしても興行として毎年行っていることだとはいえ、なんでこうも末廣亭のスタッフのひとたちは、客の出入りをマネージメントできないんだろうか?と思う。これだけは全く進歩しない。正月ボケで頭がまだ酒から抜けていないからなのだろうかわからない。長蛇の列になっている様子について、なんの手はずも打たないし、第二部ではなく第一部を途中からでもいいから観たいという人がいた場合も処理できないみたいだし。さらにいうと、いつも表に出している火鉢の前で木偶の坊のように座っている図体がでかいだけの人は一体なにをしているんだろうか?責任者のオッサンだけは頑張って仕事をしているし、周りの店にも仁義を切っているところは素晴らしい。この人だけは仕事が出来る人だと思う。
出演者のネタはいつもの通りというのは、安心してみていられる反面、厭きて来るというのもある。小遊三、歌若、歌丸の持ちネタは去年と同じであり、落とし方も同じなので、こういうベテランの人も、お披露目公演で毎日やるのも面倒くさいということもあるのだろうが、いちおう長年やっているプロなんだから、もうちょっとネタを換えて欲しいとおもうところだ。自分の弟子が出演していたりもするんだから、それならお手本として見せて欲しいところ。そういえば、ベテランでは、鶴光が今年は出ていなかったような気がする。
落語の合間に出てくる芸人を「色物」というが、その色物の代表的なものは奇術と紙きりだと思っている。今年は紙きりの人はとても素晴らしい芸を見せていたと思う。別に型紙があるわけでもなんでもないが、客から御題を貰って、即効でなんでも作ってしまうあの技は本当に素晴らしい。たぶん、暇だからと言って、電車の中で紙きりなんかをして、それを乗客に見せたら、おそらく周りの人たちはビックリするだろうな。
おばさんネタをしていた人は、昔ちょっとだけ一世風靡をしたバッテン荒川みたいな感じだったが、あまり客イジリが上手くないのか、客のあまりにも反応がないのが可愛そうだった。
隣りに座っていたカップルが、女性のほうが落語好きで、男がそれにあわせて付き合わされた感じになっていたが、笑点に出演している人たちの各キャラクタをわざわざ説明していたのが面白かった。そういう付属情報を伝えるのもいいのだが、残念ながら、正月公演のような場面ではどこまで有益だったのかどうかはわからない。
2013/01/06
新宿末廣亭正月公演(2013年)
今年の新年も例年通り、新宿・末廣亭の正月落語を観に出かけた。いつもなら三が日のどこかで行くようにしているのだが、今年は仕事始めのあとの週末である1月5日に行ってみることにした。いずれにしろ一般的にはお休みのときなので、14時半から始まる第二部から入館するためには、例年通り早くから並ぶ必要があるんだろうとおもって、当日は11時には末廣亭には到着するように計画を立ててみた。いつもなら11時頃に到着しようとおもっていってみると、既に数人の人が第二部から入るためにもう並んでいて、早すぎーとおもったのだが、今年は11時に行ってみたところ、誰も並んでおらず、ちょうど11時から第一部が始まるため、それを観るために入館しようとする人がチケットを買って中に入ろうとする人が結構いた。
やっぱり三が日の正月にやることがなくなってしょうがないから落語でも観にいくかというような人が多いときと異なり、少し日数が経過したあとにいく末廣亭はそんなに並んでまで観ようとするひとは少ないのかな?と思ってしまった。だいたい、第二部から観るために早めにきてしまい、それが先頭になるようなことはこれまで無かったので、どうしていいか末廣亭の前であたふたしてしまった。支配人みたいな人で、入口で仕切っていた係りの人に「第二部から見たいんですけど、どこで待っていたら良いですか?」と聞いてみた。そうしたら「第二部からですか?ちょっと早すぎません?1時半ごろからお並びになっても十分座れると思いますよ」と言われた。でも、変な席になるのがイヤだったので「いえ、いまから待ってます」と答えて、その辺で待っていた。
同じように、後から二部からの観覧で入館しようとする人がいたのだが、その人たちが入口付近で仕切っているひとに「二部って予約制ですか?」とか「いまから並ばないとダメですか?」というようなことを聞いていた、そのたびに同じような回答を係員の人が答えていたが、既に1人並んでいることがこの人たちの目には見えていないんだろうか?とだんだん不安になってきた。結局11時から12時くらいの1時間の間に、自分の後ろに並ぶような人は全然おらず、みんな「1時半くらいから並べばいい」という言葉を信じてかしらないが、その時間がくるまで伊勢丹や丸井で買い物かご飯でも食べてこようとするひとばっかりがいた。ようやく12時くらいになったときに、落語好きの子供を連れた親子が並び始めたのである。そのひとたちも最初は自分たちが一番最初にきたものだと思っていたら、並び列が出来る定位置のところに1人ぽつーんと人がいるのに気づいて、「二部からの観覧ですか?」と聞いてきたので「ええ、先頭として待ってます」と答えると、その後ろに並んでくれたのである。やっとこれでここに列が出来ているというアピールができたというものだが、それまでの1時間は、末廣亭の店の前で、黙って本を読んでいる奇特な人が1人ポツンと立っているというように見えていたことだろう。
12時半ごろになって友達がお茶とお菓子を持参して現れた。先に列の順番に待つのが自分の仕事で、そのあと、外気は寒いから温かい飲み物となにか食べ物を持参してくるのが友達の役割だった。さすがに1時間半、寒風の中に単に突っ立っているだけの状態は寒くて仕方なかったし、第一トイレに行きたくて仕方なかったのだが、ちょうど良いタイミングで合流できたので、そのまま即効で近くのトイレに行く。こういうときのトイレ問題は本当に困る。末廣亭で並ぶときにはこのトイレのことは先に情報を仕入れておかないと、いざというときにどこにトイレがあるのかわからないで大失態になることはいやだから。
やはり三が日のときと列の出来方が違うようで、この日は係員のひとが言っていたように、1時半ごろになっても末廣亭から寿司屋方向に伸びる列の最後尾が角を曲がっていなかったことに驚く。三が日だったら、既に1時過ぎにはあの角を曲がったところに最後尾のひとは並んでいて、始まるまであと1時間以上もあるのに、自分も含めて並んでいることにご苦労様というようなことになるのだが、今回は全然そうではなかった。でも、最終的には2時くらいになったときには結構な長蛇の列が出来ていたようで、あとから並ぼうとする人が、横入りでもしようと企んでいたのか「何時から入れるんですか?」と係員に聞いていたようだが、2時15分頃ですねという冷たい返答と、お並びになってお待ちくださいという冷ややかな対応に、ショックを受けていたみたいである。なぜなら、正月の落語は、すべて予約制ではないので、並んで入れたひとだけが席を選べるというものである。楽しては観られないのだ。
さて、今回の正月公演、無理やりでも実は1月5日までには行きたいと思っていた。それは松旭亭八重子アンドプラスワンが出演するからで、プログラム上は元日から10日までの1月上旬公演のうち、上半期だけが登場するということが書かれていたからである。彼らのマジックショーを観ないと、やはりお正月が来たという感じがしないのだ。芸としては大体同じようなことをするのはわかっているのだが、それはもう寅さん映画を観ているかのように、そこでそれを出すのが定番というのを、観ている観客側も期待しているというところもあるのだろう。出た!観た!笑った!の三拍子をその場の観客と演者で共感できるための瞬間が気持ち良いのである。
それから第二部のトリは歌丸さん。この人のネタも毎年同じようなネタなので、正直厭きてきたところもあるのだが、まぁまだ高座に立っているということだけで、許そうではないか。だいたい、「人が高座で一生懸命しゃべっているのに、バリバリお菓子を食べながら観ているひとがいる。あっ、そちらのお客さんのことを言っているんじゃないんですよ」という客イジリから始まり、笑点ネタを少し披露して、落語の本題に入るというもの。最後に緞帳が下りるときに、いつもなにかごにょごにょ言っているんだが、これが何を言っているのかいつも分からないでいる。「どうもありがとうございました」くらいのことを言っているんだろうが、ちょっと気になるところだ。
あとは、1回中休みが入るだけで、第二部だけでも15人くらいの落語家や芸人が出てくるものである。やっぱり漫才は良い。勢いがある漫才は、観ていてワクワクしてくる。夫婦漫才の人が出てくると、始終頬が垂れてしまいそうになるのだが、それでも違う漫才のひとたちが出てくると笑えるので良い。
そういえば、今回は紙切り芸人の人が出てきたのだが、師匠とその弟子の2人が共演するというのを初めて観た。御題を観客からもらって、それに即した紙きりをするのだが、毎度ながら即興で作り上げる紙切りの技術にブラボーと賞賛したいところだ。師匠よりも弟子のほうが早くて綺麗に出来上がるというときがあったので、そのときには師匠の面目丸つぶれだなと少し思ったことがあったが、その緊張感もなんとなく伝わってくる。
今回は高座に上がる芸人たちは定番ネタを引っさげてきたために、安心して観られるものだったが、どうも観客側がよくなかった。特に、入館前に自分たちのすぐ後ろに並んでいた子供が鬱陶しかった。本人落語好きだというのは、列に並んでいるときに、落語家や芸人の名前をさすとき、オマエは関係者か?といわんばかりに「~さん」付けで呼んでいることから、こいつ何様?と思っていたのだが、これが入館して芸が始まったときにも、他の観客とは違うところで大声で笑っていたりしているし、なにか芸人に対して目立とう、目立とうとする嫌な態度を取っていたのがイヤだった。保護者のひとが放置プレーで子供の好き勝手にさせていたのが一番原因なんだと思うが、あのポイントの外れた笑いをされることで、きっと高座に上がっている芸人たちも、やりにくいなーと思ったことに違いない。
それにしても、末廣亭アリーナ席(?)は当然ながら、両サイドの座布団席までずらーっと満員で入館しているのは、いつもながら圧巻だ。毎日こんだけ人が入っていれば我々も楽しいし、儲けが多いですよねーと、どこかの落語家が正月お披露目公演のときによくつかうネタなのだが、まさしくこれは本心だろう。正月だけじゃなく、普段からもこれだけ人が来てくれたら良いのにと思っているに違いない。いずれにしろ、ちょっと前にジャニタレによる落語を舞台としたドラマがあったせいで、頭がパーの女性ファンが本場落語を観たいがためにやってきていたようだが、もうそういう話題にのることがステータスと思っているバカ女がいなくなったことは嬉しい。
新宿・末廣亭
URL : http://www.suehirotei.com/
やっぱり三が日の正月にやることがなくなってしょうがないから落語でも観にいくかというような人が多いときと異なり、少し日数が経過したあとにいく末廣亭はそんなに並んでまで観ようとするひとは少ないのかな?と思ってしまった。だいたい、第二部から観るために早めにきてしまい、それが先頭になるようなことはこれまで無かったので、どうしていいか末廣亭の前であたふたしてしまった。支配人みたいな人で、入口で仕切っていた係りの人に「第二部から見たいんですけど、どこで待っていたら良いですか?」と聞いてみた。そうしたら「第二部からですか?ちょっと早すぎません?1時半ごろからお並びになっても十分座れると思いますよ」と言われた。でも、変な席になるのがイヤだったので「いえ、いまから待ってます」と答えて、その辺で待っていた。
同じように、後から二部からの観覧で入館しようとする人がいたのだが、その人たちが入口付近で仕切っているひとに「二部って予約制ですか?」とか「いまから並ばないとダメですか?」というようなことを聞いていた、そのたびに同じような回答を係員の人が答えていたが、既に1人並んでいることがこの人たちの目には見えていないんだろうか?とだんだん不安になってきた。結局11時から12時くらいの1時間の間に、自分の後ろに並ぶような人は全然おらず、みんな「1時半くらいから並べばいい」という言葉を信じてかしらないが、その時間がくるまで伊勢丹や丸井で買い物かご飯でも食べてこようとするひとばっかりがいた。ようやく12時くらいになったときに、落語好きの子供を連れた親子が並び始めたのである。そのひとたちも最初は自分たちが一番最初にきたものだと思っていたら、並び列が出来る定位置のところに1人ぽつーんと人がいるのに気づいて、「二部からの観覧ですか?」と聞いてきたので「ええ、先頭として待ってます」と答えると、その後ろに並んでくれたのである。やっとこれでここに列が出来ているというアピールができたというものだが、それまでの1時間は、末廣亭の店の前で、黙って本を読んでいる奇特な人が1人ポツンと立っているというように見えていたことだろう。
12時半ごろになって友達がお茶とお菓子を持参して現れた。先に列の順番に待つのが自分の仕事で、そのあと、外気は寒いから温かい飲み物となにか食べ物を持参してくるのが友達の役割だった。さすがに1時間半、寒風の中に単に突っ立っているだけの状態は寒くて仕方なかったし、第一トイレに行きたくて仕方なかったのだが、ちょうど良いタイミングで合流できたので、そのまま即効で近くのトイレに行く。こういうときのトイレ問題は本当に困る。末廣亭で並ぶときにはこのトイレのことは先に情報を仕入れておかないと、いざというときにどこにトイレがあるのかわからないで大失態になることはいやだから。
やはり三が日のときと列の出来方が違うようで、この日は係員のひとが言っていたように、1時半ごろになっても末廣亭から寿司屋方向に伸びる列の最後尾が角を曲がっていなかったことに驚く。三が日だったら、既に1時過ぎにはあの角を曲がったところに最後尾のひとは並んでいて、始まるまであと1時間以上もあるのに、自分も含めて並んでいることにご苦労様というようなことになるのだが、今回は全然そうではなかった。でも、最終的には2時くらいになったときには結構な長蛇の列が出来ていたようで、あとから並ぼうとする人が、横入りでもしようと企んでいたのか「何時から入れるんですか?」と係員に聞いていたようだが、2時15分頃ですねという冷たい返答と、お並びになってお待ちくださいという冷ややかな対応に、ショックを受けていたみたいである。なぜなら、正月の落語は、すべて予約制ではないので、並んで入れたひとだけが席を選べるというものである。楽しては観られないのだ。
さて、今回の正月公演、無理やりでも実は1月5日までには行きたいと思っていた。それは松旭亭八重子アンドプラスワンが出演するからで、プログラム上は元日から10日までの1月上旬公演のうち、上半期だけが登場するということが書かれていたからである。彼らのマジックショーを観ないと、やはりお正月が来たという感じがしないのだ。芸としては大体同じようなことをするのはわかっているのだが、それはもう寅さん映画を観ているかのように、そこでそれを出すのが定番というのを、観ている観客側も期待しているというところもあるのだろう。出た!観た!笑った!の三拍子をその場の観客と演者で共感できるための瞬間が気持ち良いのである。
それから第二部のトリは歌丸さん。この人のネタも毎年同じようなネタなので、正直厭きてきたところもあるのだが、まぁまだ高座に立っているということだけで、許そうではないか。だいたい、「人が高座で一生懸命しゃべっているのに、バリバリお菓子を食べながら観ているひとがいる。あっ、そちらのお客さんのことを言っているんじゃないんですよ」という客イジリから始まり、笑点ネタを少し披露して、落語の本題に入るというもの。最後に緞帳が下りるときに、いつもなにかごにょごにょ言っているんだが、これが何を言っているのかいつも分からないでいる。「どうもありがとうございました」くらいのことを言っているんだろうが、ちょっと気になるところだ。
あとは、1回中休みが入るだけで、第二部だけでも15人くらいの落語家や芸人が出てくるものである。やっぱり漫才は良い。勢いがある漫才は、観ていてワクワクしてくる。夫婦漫才の人が出てくると、始終頬が垂れてしまいそうになるのだが、それでも違う漫才のひとたちが出てくると笑えるので良い。
そういえば、今回は紙切り芸人の人が出てきたのだが、師匠とその弟子の2人が共演するというのを初めて観た。御題を観客からもらって、それに即した紙きりをするのだが、毎度ながら即興で作り上げる紙切りの技術にブラボーと賞賛したいところだ。師匠よりも弟子のほうが早くて綺麗に出来上がるというときがあったので、そのときには師匠の面目丸つぶれだなと少し思ったことがあったが、その緊張感もなんとなく伝わってくる。
今回は高座に上がる芸人たちは定番ネタを引っさげてきたために、安心して観られるものだったが、どうも観客側がよくなかった。特に、入館前に自分たちのすぐ後ろに並んでいた子供が鬱陶しかった。本人落語好きだというのは、列に並んでいるときに、落語家や芸人の名前をさすとき、オマエは関係者か?といわんばかりに「~さん」付けで呼んでいることから、こいつ何様?と思っていたのだが、これが入館して芸が始まったときにも、他の観客とは違うところで大声で笑っていたりしているし、なにか芸人に対して目立とう、目立とうとする嫌な態度を取っていたのがイヤだった。保護者のひとが放置プレーで子供の好き勝手にさせていたのが一番原因なんだと思うが、あのポイントの外れた笑いをされることで、きっと高座に上がっている芸人たちも、やりにくいなーと思ったことに違いない。
それにしても、末廣亭アリーナ席(?)は当然ながら、両サイドの座布団席までずらーっと満員で入館しているのは、いつもながら圧巻だ。毎日こんだけ人が入っていれば我々も楽しいし、儲けが多いですよねーと、どこかの落語家が正月お披露目公演のときによくつかうネタなのだが、まさしくこれは本心だろう。正月だけじゃなく、普段からもこれだけ人が来てくれたら良いのにと思っているに違いない。いずれにしろ、ちょっと前にジャニタレによる落語を舞台としたドラマがあったせいで、頭がパーの女性ファンが本場落語を観たいがためにやってきていたようだが、もうそういう話題にのることがステータスと思っているバカ女がいなくなったことは嬉しい。
新宿・末廣亭
URL : http://www.suehirotei.com/
2012/10/28
ルーマーズ(演劇)
毎年秋に公演している黒柳徹子の海外コメディ舞台を今年も行ってきた。今回は「ルーマーズ」という題名のもの。2012年10月18日(木)~11月4日(日)の3週間、銀座のル・テアトル銀座 by PARCOでの公演だったが、ここ数年、公演期間中の数日だけは、舞台が終わったあとのトークショーを行うことをし始めているので、そのトークショーのある日にあわせて行く事にした。トークショーといっても、黒柳徹子が舞台の上でひとりで、好き勝手に喋るというもので、誰かコメンテーターがいたり、聞き役がいたりするというものでは全然ない。「徹子の部屋・独りバージョン」と思ったら良いだろう。このトークショーの内容が、その前にやっている舞台の内容を忘れてしまうくらい面白いことばっかり言うので、こちらも調子に乗って、毎回トークショーがあるときしか席の予約をしたくなくなってきたのである。
お話は、ニューヨーク郊外に建つ市長代理の豪邸へ結婚記念日のパーティーに呼ばれた4組のセレブカップルが起こす、ドタバタコメディで、最初のウソがだんだん尾ひれをつけてしまい、最初にウソを作ったカップルのあとにこの家にやってくるカップルがさらに別のウソを作って・・というような、典型的なお笑いもの。話の内容を記載してしまうと、お話をこれから観ようと思っていた人に種明かしになってしまうので、これ以上は述べないことにしよう。
途中休憩20分間を挟んだとしても全部で2時間40分のお芝居は、そのおかしさで一瞬たりとも気を抜けないものだったが、いくつかこの芝居で気づいたことがあったので、話に関係ないところの部分だけ述べたいと思う。
以下、黒柳徹子を「徹子ちゃん」と呼ぶことにするが、このお芝居では、2階建ての家の内部を想定した舞台つくりになっているので、話の流れによってはたまに2階に行かねばならないことがある。他の共演者は、何度も1階と2階の行き来をする芝居をしており、そのたびに舞台につくられた階段を上り下りすることをしなければならないから、結構足腰が大変だなーとみていて思った。しかし、徹子ちゃんの場合は、もう御歳80歳になるくらいの年齢であるため、さすがに階段の上り下りをさせるのは演出家としても忍びがたいとおもったのか、この舞台上の家には、家の持ち主の親のために、エレベータを作ったということにして、徹子ちゃんのみが1階と2階の行き来するための道具に使っていたという点だろう。演出の台本によくいれたなーと感心したのはこの点。全然不自然にエレベータを使っていないのだ。だけど、やっぱり、階段をドタバタ下りることで、あたふたしている様子を演出しようとする本来の動きを表現するには、エレベータは「間」を空けてしまうものだった。エレベータが動いている間は、芝居は止まってしまうのである。徹子ちゃんが移動する間は、芝居は先に勧めないのだ。ましてやエレベータが巧く動かなかった場合には、まさしく「どうした徹子?!」と観客もそうだが、舞台に立っている俳優たちも思ってしまうことだろう。
以前からもそうなのだが、周りの俳優・女優が個性派ばかりを集めていることにもよるが、徹子ちゃんの芝居をよくサポートしていると感じる。それは演技もそうなのだが、徹子ちゃんもさすがに歳には勝てないのか、言葉の切れが悪くなっているのは否めないところで仕方ないが、それを別の俳優や女優が言葉をアドリブで補っているところだろう。あれは観ていてすぐにわかるのだが、さすがに、事前稽古も含めて数ヶ月一緒に行っているということを考えれば、互いに全部のセリフを覚えてしまうことなのだろうから、そこで相手のセリフを補うことも可能なんだと思う。不自然に行わないところがプロだ。
トークショーのほうは、当初は20分間の予定だったが、結局90分も独りでしゃべくりまくったというオチ。これは毎度のことながら、徹子ちゃんが勝手に約束を破って「まだいいでしょ?」とどこかのスタッフに言いながらしゃべくりまくるというものだ。これがもう芸能界の裏話みたいなものを伝える定例会みたいになっているのでおもしろい。が、どうしても前年と同じ話をかぶしてしまうというところもご愛嬌。寅さん映画のように、毎回話しに出てくるのは分かっていることを前提に聞くのも楽しいではないか。それにしても、ザ・ベストテンのときの徹子ちゃんのときと同じように、喋る勢いは全く衰えなし。全部入れ歯にしてしまったので、シャカシャカした喋り方になってしまっている点だけは仕方ないと思うが、どこにあんな元気なパワーがあの歳であるんだろう?と本当に不思議に思うし、すばらしい女優だと思った。
さて、ル・テアトル銀座での徹子ちゃんの芝居は、今回で実は終了。ル・テアトル銀座は旧・銀座セゾン劇場と名乗っていたときに一度倒産したが、サポートしてくれるところが出てきて再建して芝居ができるところとして復活したという歴史があるが、これで2回目の営業停止だ。また新たなサポート会社・組織が出てくれば、劇場として復活するかもしれない。しかし、徹子ちゃんの芝居は今後は渋谷のBUNKAMURAで行うことになるようだから、徹子ちゃんファンはこれまでと同様に芝居にいって、徹子ちゃんの健在ぶりを見ることができるのは嬉しい。
黒柳徹子主演海外コメディ第26弾「ルーマーズ 口から耳へ、耳から口へ」
公演日程:2012年10月18日(木)~11月4日(日)
作 :ニール・サイモン作
演出:高橋昌也
出演:黒柳徹子
羽場裕一 かとうかず子 大森博史
茅島成美 鶴田 忍 平栗あつみ
石田登星 森レイ子 石田圭祐
会場:ル テアトル銀座 by PARCO
お話は、ニューヨーク郊外に建つ市長代理の豪邸へ結婚記念日のパーティーに呼ばれた4組のセレブカップルが起こす、ドタバタコメディで、最初のウソがだんだん尾ひれをつけてしまい、最初にウソを作ったカップルのあとにこの家にやってくるカップルがさらに別のウソを作って・・というような、典型的なお笑いもの。話の内容を記載してしまうと、お話をこれから観ようと思っていた人に種明かしになってしまうので、これ以上は述べないことにしよう。
途中休憩20分間を挟んだとしても全部で2時間40分のお芝居は、そのおかしさで一瞬たりとも気を抜けないものだったが、いくつかこの芝居で気づいたことがあったので、話に関係ないところの部分だけ述べたいと思う。
以下、黒柳徹子を「徹子ちゃん」と呼ぶことにするが、このお芝居では、2階建ての家の内部を想定した舞台つくりになっているので、話の流れによってはたまに2階に行かねばならないことがある。他の共演者は、何度も1階と2階の行き来をする芝居をしており、そのたびに舞台につくられた階段を上り下りすることをしなければならないから、結構足腰が大変だなーとみていて思った。しかし、徹子ちゃんの場合は、もう御歳80歳になるくらいの年齢であるため、さすがに階段の上り下りをさせるのは演出家としても忍びがたいとおもったのか、この舞台上の家には、家の持ち主の親のために、エレベータを作ったということにして、徹子ちゃんのみが1階と2階の行き来するための道具に使っていたという点だろう。演出の台本によくいれたなーと感心したのはこの点。全然不自然にエレベータを使っていないのだ。だけど、やっぱり、階段をドタバタ下りることで、あたふたしている様子を演出しようとする本来の動きを表現するには、エレベータは「間」を空けてしまうものだった。エレベータが動いている間は、芝居は止まってしまうのである。徹子ちゃんが移動する間は、芝居は先に勧めないのだ。ましてやエレベータが巧く動かなかった場合には、まさしく「どうした徹子?!」と観客もそうだが、舞台に立っている俳優たちも思ってしまうことだろう。
以前からもそうなのだが、周りの俳優・女優が個性派ばかりを集めていることにもよるが、徹子ちゃんの芝居をよくサポートしていると感じる。それは演技もそうなのだが、徹子ちゃんもさすがに歳には勝てないのか、言葉の切れが悪くなっているのは否めないところで仕方ないが、それを別の俳優や女優が言葉をアドリブで補っているところだろう。あれは観ていてすぐにわかるのだが、さすがに、事前稽古も含めて数ヶ月一緒に行っているということを考えれば、互いに全部のセリフを覚えてしまうことなのだろうから、そこで相手のセリフを補うことも可能なんだと思う。不自然に行わないところがプロだ。
トークショーのほうは、当初は20分間の予定だったが、結局90分も独りでしゃべくりまくったというオチ。これは毎度のことながら、徹子ちゃんが勝手に約束を破って「まだいいでしょ?」とどこかのスタッフに言いながらしゃべくりまくるというものだ。これがもう芸能界の裏話みたいなものを伝える定例会みたいになっているのでおもしろい。が、どうしても前年と同じ話をかぶしてしまうというところもご愛嬌。寅さん映画のように、毎回話しに出てくるのは分かっていることを前提に聞くのも楽しいではないか。それにしても、ザ・ベストテンのときの徹子ちゃんのときと同じように、喋る勢いは全く衰えなし。全部入れ歯にしてしまったので、シャカシャカした喋り方になってしまっている点だけは仕方ないと思うが、どこにあんな元気なパワーがあの歳であるんだろう?と本当に不思議に思うし、すばらしい女優だと思った。
さて、ル・テアトル銀座での徹子ちゃんの芝居は、今回で実は終了。ル・テアトル銀座は旧・銀座セゾン劇場と名乗っていたときに一度倒産したが、サポートしてくれるところが出てきて再建して芝居ができるところとして復活したという歴史があるが、これで2回目の営業停止だ。また新たなサポート会社・組織が出てくれば、劇場として復活するかもしれない。しかし、徹子ちゃんの芝居は今後は渋谷のBUNKAMURAで行うことになるようだから、徹子ちゃんファンはこれまでと同様に芝居にいって、徹子ちゃんの健在ぶりを見ることができるのは嬉しい。
黒柳徹子主演海外コメディ第26弾「ルーマーズ 口から耳へ、耳から口へ」
公演日程:2012年10月18日(木)~11月4日(日)
作 :ニール・サイモン作
演出:高橋昌也
出演:黒柳徹子
羽場裕一 かとうかず子 大森博史
茅島成美 鶴田 忍 平栗あつみ
石田登星 森レイ子 石田圭祐
会場:ル テアトル銀座 by PARCO
2012/09/29
ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館(ロッテルダム)
ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館(Museum Boijmans van Beuningen)はアムステルダムの国立博物館にならんで、オランダを代表とする美術館であることは間違いない。オランダ、ベルギーのフランドル地方の画家を中心とした作品が並べられていて、その展示物の多さを舐めていると、あとで館内で「疲れた」ということになる。オランダの絵画が好きな人たちにとっては、ここはもう天国みたいに楽しいと思うことだろう。
開館する時間が11時からというのが、観光客にとってはちょっと嬉しくない遅いスタートなのだが、それもご愛嬌。ミュージアムカルトを持っていればここでは無料で拝観できる。しかし、無料とはいえ、いちおう入館チェックをするので、11時開館同時に人が入ろうとするのだが、結構開館時には長蛇の列ができることになる。11時までなかなか時間を潰せない人は、入口前にあるカフェでお茶でも飲んで時間つぶしでもしていればいい。
建物の入口は、敷地内の内側にあるのだが、建物の入口まえの中には、建物内部から作品全体を眺めることになるのだが、建物全体を刑務所に似立てて、その中に檻を作って、開放的な閉鎖空間という作品を作っているからおもしろい。でも、それは内部の作品を観にいったときにはじめてわかるのだが、それを観るまでは、単なる檻にしか見えず、なんでこんなのがここにあるんだろう、邪魔だなという思いが出てくる。
入場する前にクロークがあったのだが、そのクロークがとても面白い。ロッカーと上着をかけるスペースがあるのだが、ロッカーはいわゆる箱型なのだが、それも全部格子状の透明。駅のコインロッカーのような何も中身が見られないという状態ではないというのもおもしろい。また、コートなどの上着も、まるで狭い店でたくさんの品物を売るかのように、上着を上のほうにかけられるようになっている。どちらも観覧者が自分でそれらのツールを使って預かってもらうという形式だ。
基本的に2次元の絵画の世界についての知識というのは、ほとんど皆無に等しいが、それでも各画家の特徴というのはなんとなく知っているので、それを観る。しかし、フランドルのひとたちの絵画は、まぁ、どれもこれも個性が強い画家ばっかりなので、特徴がありすぎる!さすがの素人の目でもこれらの違いくらいは分かるが、おぉ、これがあの有名な絵ですか!といわれても、それはさぁ・・・?という感じだ。
マグリットやダリのような現代絵画の巨匠なんかもここにはあるので、実に展示物には幅広い。それでも、やっぱりここのメインはブリューゲルの名作「バベルの塔」だろう。これを観ないでここに来たとは言えない。
館内は絵画だけじゃなく、3次元の作品も用意されているのだが、これがまた敷地面積の多くをつかっているのに、そんなに面白くないのである。だから、この建物では、2次元の作品が終わったら、そのまま館内のカフェにいって休憩するのをオススメしたい。
カフェから眺める巨大な庭をも思わせるような公園は、これもひとつの芸術作品と思えば良いだろう。ここが都会とはとても思えない。
ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館
Museum Boijmans van Beuningen
URL : http://www.boijmans.nl/nl/
Address : Museumpark 18-20, 3015 CX Rotterdam , the Netherlands
Admission Fare : 12.50EUR
Open : Tuesdays to Sundays, 11 am to 5 pm.
Phone : +31 (0)10 44.19.400
Fax : +31 (0)10 43.60.500
E-mail: info@boijmans.nl
開館する時間が11時からというのが、観光客にとってはちょっと嬉しくない遅いスタートなのだが、それもご愛嬌。ミュージアムカルトを持っていればここでは無料で拝観できる。しかし、無料とはいえ、いちおう入館チェックをするので、11時開館同時に人が入ろうとするのだが、結構開館時には長蛇の列ができることになる。11時までなかなか時間を潰せない人は、入口前にあるカフェでお茶でも飲んで時間つぶしでもしていればいい。
建物の入口は、敷地内の内側にあるのだが、建物の入口まえの中には、建物内部から作品全体を眺めることになるのだが、建物全体を刑務所に似立てて、その中に檻を作って、開放的な閉鎖空間という作品を作っているからおもしろい。でも、それは内部の作品を観にいったときにはじめてわかるのだが、それを観るまでは、単なる檻にしか見えず、なんでこんなのがここにあるんだろう、邪魔だなという思いが出てくる。
入場する前にクロークがあったのだが、そのクロークがとても面白い。ロッカーと上着をかけるスペースがあるのだが、ロッカーはいわゆる箱型なのだが、それも全部格子状の透明。駅のコインロッカーのような何も中身が見られないという状態ではないというのもおもしろい。また、コートなどの上着も、まるで狭い店でたくさんの品物を売るかのように、上着を上のほうにかけられるようになっている。どちらも観覧者が自分でそれらのツールを使って預かってもらうという形式だ。
基本的に2次元の絵画の世界についての知識というのは、ほとんど皆無に等しいが、それでも各画家の特徴というのはなんとなく知っているので、それを観る。しかし、フランドルのひとたちの絵画は、まぁ、どれもこれも個性が強い画家ばっかりなので、特徴がありすぎる!さすがの素人の目でもこれらの違いくらいは分かるが、おぉ、これがあの有名な絵ですか!といわれても、それはさぁ・・・?という感じだ。
マグリットやダリのような現代絵画の巨匠なんかもここにはあるので、実に展示物には幅広い。それでも、やっぱりここのメインはブリューゲルの名作「バベルの塔」だろう。これを観ないでここに来たとは言えない。
館内は絵画だけじゃなく、3次元の作品も用意されているのだが、これがまた敷地面積の多くをつかっているのに、そんなに面白くないのである。だから、この建物では、2次元の作品が終わったら、そのまま館内のカフェにいって休憩するのをオススメしたい。
カフェから眺める巨大な庭をも思わせるような公園は、これもひとつの芸術作品と思えば良いだろう。ここが都会とはとても思えない。
ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館
Museum Boijmans van Beuningen
URL : http://www.boijmans.nl/nl/
Address : Museumpark 18-20, 3015 CX Rotterdam , the Netherlands
Admission Fare : 12.50EUR
Open : Tuesdays to Sundays, 11 am to 5 pm.
Phone : +31 (0)10 44.19.400
Fax : +31 (0)10 43.60.500
E-mail: info@boijmans.nl
2012/03/04
オセロ中島問題
オセロの中島が、自称・占い師と同居しはじめて、レギュラー番組を全部降りたというのは記憶に新しい。そして、当人は全くテレビにも出ることはないし、週刊誌や芸能レポータとの直接のインタビューに関しても全く報道されていない。そして、外出すらしていないという状態では、いったい自宅で何をしているんだろう?と誰もが気になるところだ。それだけだったら、単なる引きこもりになってしまった芸能人というだけで、ちょっと話題になっただけで後は忘れ去られるだけというオチになるのだが、ここへ来て家賃滞納問題というのが出てきて、訴訟されるという事件が出てきたのでは、もう芸能レポータも黙っていられない。それも家賃滞納した大家というのが、これまた芸能人の本木雅弘だということになったら、本木の後ろにいる内田裕也と樹木希林のおもしろ夫婦が出てきてしまうわけだから、話題に欠けることはないのである。連日連夜、芸能取材陣たちが中島の住んでいるマンション前に張り込んで、いつ出てくるかわからない本人の顔・姿を激写しようと待ち構えているというのは、ある意味滑稽に思える。噂で入ってくる中島のデブ化した変体ぶりを期待して、芸能レポータたちは週刊誌の記者も含めて誰よりも早くスクープを撮ろうと必死になっており、24時間体制で寒い冬の空の下でも張り込んでいるというのは、ご苦労様としか言いようがない。ただ、芸能レポータとしては、中島の姿を撮るだけではなく、実は一緒に住んでいるこれまたデブの自称・占い師の姿も撮りたがっているようなのである。
占い師の目的は、中島と親しくなって、自分の思い通りに動かし、最終的には中島の資産を全部かっぱらって、そのあとポイ捨てするという宗教まがいの行為をしているのは誰の眼から見ても明らかである。そして、暗喩ながらも報道機関は、占い師の行動よりも、中島が囲われていて可愛そうというような、これまたいわゆる「お涙頂戴」要素のところを強く表に出し、占い師の悪行については眼をつぶっているような報道の仕方をしているのは、きっと多くの視聴者から見て「なんかおかしい」と思っているに違いない。だいたい、これだけ話題に成っているのにも関わらず、いまだにあの占い師のことを「占い師」としてしか紹介しておらず、占い師がこれまで数多く使ってきた自称の名前についての報道は表立っては報道していない。ネットでの「噂の真相」的なサイトでのみ、その名前と顔は出ているのだが、出版されている週刊誌には一切合財、名前も顔も掲載されていない。これはもしかしたら、意味不明な出版社同士の報道規制になっているのだろうか?それとも、これまた報道機関の自己責任回避をするために、わざと占い師の特定情報を公表せず、公表した途端に占い師のほうから「名誉毀損」で訴えられることを恐れて掲載をしないようにしているかのように見える。
芸能レポータたちの「中島をなんとかして救ってあげたい」というようなことばかり宣伝しているような報道の仕方、気持ち悪いと思わないのだろうか?なぜ、過去に同じような占い師に囲われて、こんな被害にあったというような被害者をたくさん例として出してきて、占い師を徹底追及しないのだろうか?ちょっとだけ占い師の実家の様子が報道されることはあった。実家が商売に失敗して、家が抵当に出されたというのはあったが、そんなの単に自分が商売の能力が無かっただけなのに、さも商売が上手くいかなかったのは世間が悪かったのだというような言いっぷりになって、占い師に同情しているような報道もあったのには驚かされた。
そして、もっと不思議なのは、毎日中島の部屋に大量の紙袋と一緒に食料を調達し、それを運搬している占い師の関係者のこと。占い師はどうみても悪者であり、その協力者も悪者であるにも関わらず、なぜか報道陣の前を無言で通ってマンションの中に入っていく姿は、顔はぼかしているし、ひどい所は全体像さえもぼかして報道している。この運搬屋は、おそらく最初のころは、報道陣の前を歩くことによって自分が全国的にさらしものになるのではないか?という不安があったに違いないのだが、ある程度日数が経ってくると、どこのメディアも顔写真を掲載することはないことがわかったために、そりゃぁ、もう堂々とマンションの中に、さも自分が住民ですというような顔をして歩いていくような姿に変化していくのを見て、報道陣がナメられているというのはよくわかった。
どうして、ここまで報道陣はどこもかしこも占い師とその取り巻きに対して、一般的名芸能レポータのようにマイクを突きつけて「どうしてなんですか?」とか「あなたは何者ですか?」というような逃げ道を失って観念したように白状するような追及をしないのだろうか?報道陣たちは、占い師になにか秘密でも握られているのだろうか?あれだけどこの報道陣も集まっているのであれば、占い師から個人名誉毀損で訴えてやると言われても、団結して「あぁ、かかってこんかい!」といわないところが不思議だ。政治の報道に関しては横並び報道をして協定を結び、記者クラブという団体に属していない報道者は報道陣ではないとのけ者にしているくらいなのに、宗教関係となるとどうしても報道機関が及び腰になっていること自体がおかしい。宗教だからこそ、弾圧してもいいと思う。確かに憲法では信条の自由は保障されているので、宗教が悪いと報道すると、憲法違反として逆に訴えられてもおかしくはないのだが、なんでもかんでも宗教だからといって許されるというわけではない。小規模な統一教会のマインドコントロールのようになってしまっているのではないだろうか?と思ってしまったのは言うまでもない。
ただ、オセロ中島は、たとえ軟禁から解放されたとしても、芸能界復帰は難しいだろうと思う。コンビの間の溝は埋まらないし、常に「変な占い師を囲っていた変なお笑い芸能人」というレッテルから逃れることは出来ないだろう。大整形をして、20歳代のひともビックリのようなプロポーションになるのであれば、再起もなくもないだろうが、もうすっかり過去の人になってしまっているのは言うまでもない。
それと、この中島問題ばかり報道することによって、他の芸能プロダクションは、なにか良い話題を出そうにも、全部世間の注目が中島に注がれているので、せっかくの企画も宣伝の無駄になるのではないだろうか?と思っているようなところもあるのだと思う。つまんないネタでお披露目されるよりは、宗教ネタでドロドロしているようなネタのほうが視聴者はもちろん喜ぶし、注目するに決まっている。各プロダクションとしても、早く中島問題を終わらせてほしいと思っているに違いないのだが、なぜかこのあたりも横のつながりで協力しないためか、全く進展が進まない。どうせ各プロダクションがタッグを組むのであれば、占い師をさらし者にしてしまって、表に出てきたら、二度と生きていけないような辱めにあうようなネタを出し合えば、それで中島問題は決着するものだと思う。それができない芸能プロダクションも情けないし、また後ろめたいものがあるのだろうとも思う。
基本的、人間は他人の不幸を見たり聞いたりするのがすきなのである。うらやましいネタより、泥仕合になっているようなものを見ているのは、自分に影響が無いから気楽に見られるのですきなのである。このバランスで不幸ネタのほうがインパクトがある間は、どこのプロダクションも新しいネタを出そうにも、視聴者は全く見向きもしないことだろう。どのように今後は動くのかは注目だ。
※(2012年3月14日追記)
オセロ中島問題は、中島邸から中島本人を連れ出したことで、ちょっとだけ進展した。しかしながら、家賃滞納問題はクリアしていないし、占い師の姿はいまだに見えてない。そして、中島を救出というドキュメンタリーにした途端に、マンション前に陣取っていた報道陣の数はあっさり少なくなった。もう占い師も逃げたことだろう。逃げたとしても、報道陣の前から逃げずに裏口から逃げたのだとおもうのだが、その裏口を押さえなかった報道陣はマヌケそのものである。救出したら最後、今度は占い師を徹底的にペンの力でボコボコにすればいいのだが、なんとなく全体的に報道陣たちのトーンは「中島問題終了」という雰囲気になっているのが気に食わない。物事の本質を追求しないで、当たり障りの無いところで勝手に騒いでいる今の芸能報道陣たちのやりかたに、おそらく多くの人たちがイライラしていることだろう。
2012/02/24
アジアHOTプレス
おっさんがプラプラいろいろなところを歩いて、行き当たりばったりで出会った人たちと、なんだかいろいろなことをするという番組はテレビに最近多くなってきた。「ちい散歩」「ぶらり途中下車の旅」「鶴瓶の家族に乾杯」などなど。「ぶらり途中下車の旅」は、題名がいかにも行き当たりばったりという感じを醸し出すような名前をつけているが、実際には全く行き当たりばったりではなく、もうあらかじめ訪問するのがわかっているところばかりを集めた、地域の紹介番組になっている。こういうあらかじめ決められたようなものを紹介するのは、火曜サスペンス劇場くらいで十分だから見るに値しない。その他の番組に付いては、本当にいきあたりばったりなので、何が出てくるのかハプニング続出だらけだろう。でも、生放送じゃないので、変なやつが出てきた場合にはあとからカットをすればいいと思う。しかし、以前関西の放送局で深夜に放送していた「夜はクネクネ」という番組くらい、すごい楽しい番組を、実は最近観たことが無いなと思った。だいたいこういう行き当たりばったりの番組の場合、メインのパーソナリティの人間臭さが一番引きだつので、その魅力が無いと全く番組として成り立たない。と思っていたら、見つけました、とうとう。それもBSの番組で、しかもまだまだマイナーなテレビ局のトゥエルビ(TwellV)というところで。無料のBSのテレビ局としては最近数局出てきたのだが、これがなかなかまだ認知度が低いがいい番組を作っているのだ。そのテレビ局で放送している行き当たりばったりというのが、「アジアHOTプレス!」という番組である。
この番組、高田純次がアジア各国の町に出向いて、本当にぶらぶらするという番組である。たまに、通訳兼町の案内人の役割として、現地のコーディネータの人と一緒につるんでいる場合もあるのだが、だいたい高田純次がこっちに行きたいという希望通りに事が運んでいって、現地のコーディネータは単なる通訳に徹するという感じになることが多い。その際に、高田純次のキャラクターどおり画面を通して、現地のひとをナンパしたり、適当に町のなかを歩いていたり、通る人を捕まえてインタビューを取ったりしているのは面白い。画面に出てくる人がサクラのような人だったり、事前に仕込みがあるような人が出てくるわけじゃないので、高田純次に呼び止められたときに「なに、なに?」と慌てている様子を見ることができるのはもっと面白いのである。
番組としてはまだそれほど回数が多くないのであるが、これまで見てきたシンガポールやホーチミンの様子を見ていると本当に現地に行って同じようにぶらぶらしたくなるのはなぜだろう?それだけアジアに魅力があるからということなのかもしれない。それにしてじも、高田純次に風貌も酷いものがあると思った。なにしろ、Tシャツ+ジーパンくらいならまだ許してあげてもいいのだが、どこに行っても、藍色の甚平を来ているのである。これじゃ、現地のひとに「あれはなんなんだ?」と不思議に思われても仕方ないのだが、注目を浴びるようになるということはそれだけ戦略に適っているのではないだろうか?自分も台北の街並みのなかで、浴衣+下駄で歩いてみたいと思ったことがあるのだが、それを本当に実施すると、きっと台北っ子は好奇心旺盛なので、携帯電話のカメラでパシャパシャ写真を撮られるのは容易に想像できるだろう。まだその撮られる勇気が無いので、実践していない。目立ちたがり屋だったり、売れない俳優やモデルの人だったらやればいいのだと思う。
番組を通して現地の最新のトレンドや考え方を知りうることができるというのでは、近々その土地へ行く人にとっては有益な情報手段だと思われる。しかし、今後どこの地域を放映するのかわからないのだが、あまり変態的な地方都市を紹介されても、そんなのは一般的には行く人がいないと思うので、全く参考にはならないと思う。バックパッカーの人たちにとっては、番組で放映されるようなところは全く興味が無いだろう。なにしろ、金が掛かったり、都会だったりするわけで、人間臭いとか、田舎臭いとか、小汚いとか、長期間居ないと良さが解らないというようなところを紹介されるわけじゃないのだからだ。バックパッカー向けの番組もそのうち放映されてもいいのだろうと思うが、それだとかなりヤバそうな内容だったりすることもあるので、放映も出来なかったりするのだろう。やっぱり、怪しそうな番組としては、ナショナルジオグラフィックとか、CBSドキュメントみたいなところで放映すればいいと思う。
さて、アジアHOTプレスだが、毎週放送されているとはいえ、実際には再放送を含めて同じ内容の番組を2週間で4回も放映しているし、毎週新しい内容で放映されるというわけじゃない。2週間に1度、番組の内容は更新されるというようである。これはおそらく広告収入があまりないトゥウルブのお家事情に因るものなのだろうとは想像できる。そして、番組は1時間みっちり放映されるのだが、その間全部が高田純次のぶらぶら話ばかりが放映されるかとおもったらそうでもない。途中で渡辺真理が出てきて、その国の一般的な常識的データが挟まれるときがあるのだ。渡辺真理みたいな堅い人が出てきた場合には、いかにも宣伝という感じがしておもしろくないのだが、どうせなら2人であちこち行けばいいのになとおもった。でも、それをすると、高田純次が現地でナンパして番組が破天荒になるという醍醐味が薄れるのかもしれない。高田純次がひとりでぶらぶら歩いて、途中であーでもないこーでもないと独り言を言いながら、たまにはカメラのひとや通訳のひとに「だよね?」と言いながら歩き回るというのは、「夜はクネクネ」っぽくて楽しい。この適当感がアジアにすごいマッチしている感じだ。
すべてがふざけているとおもわれがちの高田純次だが、ご本人が宝石鑑定の資格を持っているだけあって、実はモノを見る価値についてはかなり正しい眼をお持ちのようである。骨董品なんか売られているときに、それをたまたま見つけたら「これって、このくらいだよね?」と日本円で言うと、だいたいそれが当地での相場だったりするわけで、必ずしも当てずっぽうで値段を言っているというわけでもなさそうだった。
これからアジアの各国を廻るのだと思う。インドやスリランカ、またはアジアというのであればサウジアラビアあたりまでいくのだろうか?それとも、アジアというのは名ばかりに、東南アジア程度で終わってしまうのは解らない。しかし、高田純次にはいろいろなところにいってもらって、こういう変なおっさんが日本はいるのだというのを知らしめて欲しいところである。真面目ばかりが日本人じゃない、おきらくごくらくな日本人もいるのである。
アジアHOTプレス!
URL : http://www.twellv.co.jp/event/asia/index.html
放送時間 : 土曜日 21:00 ~ 22:00
チャンネル: BS12 (TwellV)
2012/01/19
5時に夢中
東京の民放の中で1局だけどうしても下に見られてしまうのがTOKYO MX TV。東京地方ローカル局であるため、基本的には東京都内の人しかみないが、やっている番組がどれもこれもパッとしないものばかりだと思われがちだが、実は大間違い。他の民放では、いろいろなしがらみがあって放映できないだろうというようなものをバンバン放映している。ノリとしては、ちょっと前の深夜の民放番組のようなものが結構多いのだ。その中でも最近特に個人的に注目をしているのが「5時に夢中」。でも、この番組を最初に知ったのは、土曜日の午前中に放送している「5時に夢中サタデー!」のほうだった。5時に夢中サタデーが放映していた時間帯は、以前は、「談志・陳平の言いたい放題」が放映されていた時間帯であったが、この番組はもうずっと前に終わってしまっている。たまにボケていて、まだ放映しているのを間違ってMXTVをつけてしまうときがあるのだが、そのときに5時に夢中サタデーの存在を知った。
1時間番組のこの番組は、月曜日から金曜日の夕方5時に放送している本放送のアーカイブ版という役割と、土曜日独自の番組内容というのを放送している。笑っていいとも!の平日版と日曜版の役割みたいなもんだという感じだろうか。その中で、各曜日でどういう爆弾的発言があったかというのをダイジェストで放送しているのだが、それを見たときに「こんなものが、毎日夕方の5時に生放送されているなんて」と衝撃を受けたのは言うまでも無い。他の民放では、絶対ピー音ばかり入って放送にならないようなものも、ここでは堂々と暈かし無しで放送しているところがすばらしい。ほとんど、出演者全員が酔っ払っているんじゃないのか?というようなことを言っているのが面白い。
ここの番組に出演しているひとのほとんどは女性だ。司会をやっている逸見太郎は別にして、あとは個性の強い女性ばかりだ。あっ、全部女性ではない。女性まがいもいる。マツコとか。それぞれの人たちのコメントは過激なものばかりで、ウソではないし、誰もがそう思っていることを平気で口にしている。他の民放ではしがらみがあるのかないのか知らないが、だいたい爆弾発言が出来ないようにほとんど録画になっているのにも関わらず、この番組では怖いもの知らずで全部生放送。これは素晴らしい。やっぱり生放送の緊張感から生まれる発言ほど一番面白いものは無い。
それと見逃せないのが、「黒船特派員」と呼ばれる外国人または外国人風にみえるタレントの存在だろう。毎日、入れ替わりで出演するこのタレントたちも、なかなかの個性溢れる人たちばかりだ。個人的に好きなのは、木曜日レギュラーのジョナサン・シガーと、金曜日レギュラーの杉山ハリー、そして土曜日レギュラーのティアナさんだ。何と言っても、ティアナさんは、他の出演者に負けず劣らず、結構発言が過激だ。誰かに媚を売っているような発言をする人が多い芸能界では、過激な発言をすることを避けたがる人たちが多すぎる。外国人タレントはそんなしがらみが全く無いので、好き勝手に言いたい放題ではあるが、それは素直に日本を見ているからの発言なので、こういう改革的な意見をじゃんじゃんいってくるひとは素晴らしいと思う。杉山ハリーとジョナサン・シガーは、もう外人の領域ではなく、日本人的感覚を持って日本人と同じような綺麗で流暢な日本語を話すタレントだ。法外な講演料を取っているわりには、いまだに日本語がへたくそなアグネス・チャンに聞かせてやりたいくらいだ。
しかし番組は夕方の5時からであり、これをリアルタイムで見るにはまず無理がある。午後年休を取るか、それとも祝日の日かしかない。そうじゃなければ、録画をして見ることになるのだが、毎日録画しても観ていたいくらい楽しい。実際に、いまも毎日録画している。が、まとめて深夜か土日に見ることになるので、結構時間がなかったりする。でも、録画してでも観たい番組だとおもう。平日のゴールデンタイムに数時間の枠を使って、内容が薄く、「衝撃」なんて書かれていても、「どこがじゃ?」と疑問に思うような愚番組が多かったりするのだが、そういう愚番組をみているんだったら、録画した5時に夢中を観ていたほうがよっぽど楽しいし、精神的にも気持ちがいい。
パーソナリティもこれからどんどん替わって行ったりするのだろうが、番組のスタンスとして、本音で暈かしなくズバズバ斬っていってほしいものである。
5時に夢中
URL : http://www.mxtv.co.jp/goji/
放送時間:月曜日から金曜日 17時から18時
土曜日 11時から12時
2012/01/02
2012年新春顔見せ興行(末広亭)
今年もやってきました新宿末広亭の新春顔見せ正月初席。去年からは正月2日に行くようにしたこの正月寄席だが、やっぱり正月3日よりも質がいいということは改めて感じた。正月3日は、必ずNHKのテレビ中継が入るために、今年も3日に行われたようなので、通常出演する人ではない人が出てきて、つまんない芸をすることになるが、2日だと予定されていた芸人が出てくるので、楽しみをそのままキープできる。しかし、正月3日のほうが待ち行列が絶対長いとおもうのだが、それはどういう理由なんだろう?ひとつは、正月も3日もすれば、だんだん行く所がなくなってきて、つまんないから、寄席でも見ようという気になって来場する人が多いのか、それとも、テレビの中継司会ではいる爆笑問題をみるためにやってくる人が多いのか、それがわからない。いずれにしろ、落語を心底から好きな人が見に来ているわけじゃないということは確かだろう。本当に好きなら1月3日を外して末広亭に来るべきだと思う。
今年は去年と同様、11時頃には新宿末広亭に到着するようにしたのは大正解。自分より早く来る人なんか居ないだろうとおもったら、更に早手の人がいたのには吃驚した。つまり自分たちのグループが2番目。しかし、入館するのは2時10分頃なので、ここから約3時間以上の待ち行列に耐えられるかどうかは、個人の忍耐による。一人で待っているのはとても辛いところだが、仲間がいたほうが絶対いいはずだ。一人でいると、一番困るのはトイレの問題。仲間がいると、誰かが順番を守ってくれているのであれば、その間にちょっと列から離れてトイレにいくことができるが、一人で待っているとそれが出来ない。だから、一人で待っている人は一体どうしているんだろう?と毎回思う。もしかして、オムツでもして来ているのだろうか?
そうそう、今回初めて知ったことがある。正月公演の場合、第一部と、第二部および第三部は、それぞれ入れ替え制になってしまうため、第一部で入館した人は、第二部をみるとき、一度外にでてから並びなおさないといけないのかと思っていた。ところが、今回並んでいる間に末広亭の人が言うには、第二部を開演するまで外で並んでいるのもいいが、別途第一部の料金を払ってくれれば、第一部は二階の末席になるかもしれないけど、そのまま外に出ないで第二部以降も移動してもいいから見られるというもの。これは、寒風吹きさらしになっているところで長時間並んでいるよりは便利なシステムだとおもった。しかし、それでも第一部に空き席がある場合にだけ有効であるため、正月3日のように、爆笑問題をみるためだけに来るような人が多い日の場合には適用されないんじゃないのだろうか?詳しくは末広亭のおじさんに聞いてもらったほうがいい。
今回の正月公演では、いつもと違うようなメンバが第二部で見れることができたのは嬉しい。通常、第三部には出てくる、唯一上方落語から参加している笑福亭鶴光が二部に出てきたことだ。鶴光だけにエロ落語でも出てくるかなーとおもったら、桂小枝が探偵ナイトスクープでよく行っている「小ネタ集」みたいに、短い駄洒落のオンパレードみたいなものをしゃべくっていた。そういえば、鶴光のときだけ、都都逸みたいに前に机を用意していたのは不思議だ。落語ならばあんな机はいらないだろうに、あんまり用意された机を有効につかっていなかったんじゃないのかなとおもった。
それと、予定では、もともと第一部に出てくる予定だった「ナイツ」が第二部にやってきていた。いつものようにヤフーネタでもやるのかと思っていたのだが、そうじゃなくサッカーネタをやっていたのには驚いた。しかし、顔が老けている分、他の落語家の人と変わらない堂々とした態度だったのが印象的。でも、内容の面白さは、それほど抱腹絶倒というわけじゃなかった。
奇術で見たかったのは、松旭斎八重子とプラスワンの手品。それほど落語みたいに、ドッというような笑いがあるわけじゃないし、ミスターマリックみたいに、誰もが驚くような芸を見せるわけじゃないのだが、これを見ないとお正月が来ないなというのは個人的はある。八重子と一緒にやっている助手の「プラスワン」さんが、いつも同じネタで失敗するような手つきをするのが面白い。あんな単純な技をうまくごまかせないとは、あれはわざとなのか!?
それと圧巻だったのは紙切りの林家今丸の芸。一枚の紙から、下書き無しで、鋏ひとつであらゆるものを作ってしまうというひとの芸である。最初は自ら御題を考えて作っていたのだが、そのほか2種は、会場のお客さんから御題を貰って作っていた。1つは「昇り竜」もうひとつは「凧揚げ」である。どちらも新年に相応しい御題だったとは思う。それを見事に作り上げた芸は芸所的だとおもった。作った作品はそのまま御題をだした人に差し上げていた。
それと、今回の公演で一番良かったのは、夫婦漫才の東京太・ゆめ子を見られたこと。なかなか最近夫婦漫才というのをテレビも含めてみることがなくなったのだが、舞台でそれを生で見られるとはいい経験だった。どこまで本気でボケているのかわかんないし、酒が入って単なる酔っ払い状態になっているのか、正月だから全然わからない。でも、いいのだ。お正月だから、楽しい話を舞台でしてくれれば、観客としてはそれで楽しいのである。そして、拍手喝さいは出るし、それで大きな口を開けて笑えればいいのである。
やっぱり忘れてはならないのは桂歌丸。第二部の主任を務めている彼は、落語協会の会長。副会長は笑点でもおなじみの三遊亭小遊三だが、ベテラン真打の落語家は、この会長に関することを結構いじっていた。「まだくたばんないんですよねー」とか。特に、歌丸の一番弟子の桂歌春が面白い。「早く死んで、歌丸の名前をくれ」とか、「歌丸の師匠である米丸の名前でもいい。どっちでもいいから、早く死んでくれー」といっていたのは笑えた。毎年桂歌春は似たような歌丸ネタをしてくれるのだが、今年が一番面白かったと思うし、お客さんもそれに合わせてすごいノリで笑ってくれていたのは、高座にいる落語家にとっては、こんなにやりやすい観客はいなかったんじゃないのだろうか?
過去の記事
・2011年新春顔見世興行(末広亭)
・末広亭での新春落語(2010)
・末広亭の新春落語(2008)
・新宿末広亭(2007)
2011/11/26
談志が死んだ
23日の昼ごろ、ツイッターを見ていると「速報:談志が死んだ」というのが流れてきた。最初、ウソでしょう?という衝撃しかなく、本当にそのニュースは正しいのかというのを検索してみたのだが、どこにもそんなニュースは載っていない。そうこうしているうちに、次々とどうやら本当かもしれないとか、なんとかかんとか、いろいろ議論が始まってきた。あの2chでさえも最初は情報が載っていなかった。でも、談志の体調が悪いことはもう昔から分かっていたことなので、そのうち死んでしまうだろうということは分かっていた。分かっていたのだが、そう簡単にあの人がくたばるということは無いだろうというのを誰もが思っていたのに違いない。だから、談志ニュースが流れてきたときには、誰もがその真相を疑ったのは間違いない。たぶんまともなニュースサイトで一番最初に報道したのは日刊スポーツだったと思う。そのニュースが出たあとに、ようやくテレビでニュース速報が出て、ただ一言「立川談志氏死亡」だけ。いつ死んだか、どういう病状で死んだかというのは一切無い。まるで「革命が始まりました」といわんばかりの程度の短さ。
ようやくまともなニュースソースからのニュースが出たあとのツイートの上がり方はすごかった。もうHOTワードの上位20個が全部談志ばかり。こういう状態もすごい。だいたい談志の落語を聴いたことも無いような人がツイート上で談志が死んだことに対して、リツイートしたりしているから、言葉だけ先行猛威になっているだけなんだろう。
ちょうど出かける寸前だったので、このニュースを見たときに、はっきりいって、今日は出かける気合が全くなくなってしまったのである。それだけ落語ファンにとっては惜しい人を亡くしたという気分になったに違いない。緊急ニュースで盟友の石原都知事へのインタビューが出たりとか、一番弟子の志の輔が出たりとしたけど、誰もが「そんなぁ・・」という顔をしていたのはとても理解できる。分かっていたことだけど現実が目の前に出てくると、それは認めたくない事実なんだろうが、認めざるを得ないというジレンマが誰もに出てきたのだろう。
さて、それほどまでの立川談志師匠は、ご存知の通り、立川流一門の長であるが、その門下には落語家だけではなく、結構有名人が加盟している。ビートたけしや上岡龍太郎もそうだったし、デイヴ・スペクターのようなひとまでも実は立川何某という名前を持っているくらいである。そしてもともと談志自体が最初から一門を作るつもりで落語の世界に入ったわけじゃない。落語協会などの協会をはずれた、いや、外されたところから彼の人生が始まったようなものなのだ。
キャラクターとしては破天荒でハチャメチャな言動を起こす、ちょっと危ない人とテレビのなかでは見られるのだが、たぶん彼の中での照れ隠しの逆表現なんだろうと思う。本当の談志はとても常識人であり、弱いところを見せたくないという強がりなひとで、弟子に対しては厳しくもあるが愛情を持って接し、博学であったひとだったと思う。そうじゃなければ、談志が生涯をかけて落語の歴史や落語にまつわるすべての事象や噺、そして各落語家の特徴というのを研究し、書物化し、後世の落語を学ぼうとするひと、または現在でも活躍や学んでいるひとたちへの教科書的な辞典を残そうとは思わないだろうからだ。弟子に厳しくもあり優しさがあるような人情溢れるひとでなかったら、きっと立川流を立ち上げたとしても、たくさんの弟子は出来るわけが無かったと思う。それでも志の輔を筆頭にたくさんの弟子および孫弟子がいるということは、それだけ人望厚く、そして誰もが落語の実力を知っており、それに学びたいと感じていたからなのだろうと思う。
各テレビでめちゃくちゃなことをしでかしたこともあり、徐々に全国区のテレビからは消えていったのだが、それはテレビの中で本当のことをズバっと反論の余地もない意見を言ってしまうため、本来なら反論を100倍にして返したいところ、返せない論客やテレビ関係者が嫌がったからだろう。人間、本当の事を言われると逆切れするか、または無言になるものである。落語家だから口が達者だというように簡単に言われればそれまでなのだが、実はそうじゃない。すごい社会や政治そして歴史についてよく勉強をされているからこそ、その豊富な知識と経験から物事が言えるんだろうなと思う。本当の事を言われるのが怖いからとか、自分の実力の無さが露呈されるのがイヤだからという理由で、徐々に談志との共演を嫌うタレントが増えたことも、談志がテレビからだんだん消えていった理由なのかもしれない。談志とまともにやりあえるような人だった場合、これほどテレビを見ていて楽しいものはなかった。別に談志と喧嘩をしてほしいと視聴者は期待しているわけじゃない。談志からいろいろなものを引き出してくれるサポータの重要な役割を見たいのである。だから、MXテレビで放映されていた、野末陳平とのコンビで土曜の朝にやっていた「言いたい放題」は見ていてすごい楽しかった。野末陳平も辛口コメンターだし、両者とも国会議員をやったことがある人なので、政治というものも良く知っている。そして、お互い芸に関してはよくご存知の人たちなので、番組の内容の幅も広くて飽きることはなかったのである。
談志は落語家としての実力はもちろん誰もが認めるものだろう。談志の落語のDVDを見ればそれは一目瞭然。生で高座を観にいった事が無いのだが、是非現役時代の談志の落語を見たかったと思う。神降臨!と言われた「芝浜」の落語を会場で生で見たかった。幸いにもこの芝浜については、NHKで放映されたので、自分の家にも録画したものが残っているから、あとで観直して見たいと思う。あとは、談志が10時間落語というのをいつかの正月特番で行ったことがある。それも録画でとってある。これらの落語は、弟子へのお手本もあるだろうが、手を抜かないで演じるし、芝浜なんかで言えば、落語は本来言葉を発して面白さを伝えるところを、言葉なしで、顔の表情と体の動きだけで話しの流れを観客に見せたという神業的な落語を演じた。同じように体全体で落語を表現した枝雀の落語とは、また系統が異なる。江戸落語と上方落語の違いなんだろうけど、やっぱり東京に住んでいるので江戸落語のほうが個人的には好き。上方落語はリズムがあって、それも楽しいのだが、やっぱり大阪文化を生粋から知っているわけじゃないので、それを知らずして上方落語を心底聴けるような環境には自分には無いからというのが、自分に対する根本的な言い訳だと思う。
演出家としての談志も捨てられない特徴だった。あの長寿番組である「笑点」を企画し演出した最初のひとは談志。いまでは演者が1つのお題目に対して、いろいろ面白いことをいう「大喜利」を持ち込んだのも談志だし、その大喜利は、いまでは演者同士の掛け合いだったりして、アドリブのように振舞っているけど、最初のころの笑点では、すべて談志がシナリオを書いており、演者その台詞回しを台本の通り演じていただけということ。それを台本が無い様に見せるのが落語家としての演技の1つであるということだったらしい。確かに、落語の噺はすべてだいたい話の筋は決まっている。それを演者によってどのように工夫するのかというのは落語家としては当然必要な演技力の1つなのだろうからだ。その本質を分かっている演者のみが、談志の誘いに乗って、笑点で長く活躍しているんだろうと思う。ちなみに、そのときの初代ざぶとん運びは、今では老人たちのアイドルになっている毒蝮三太夫。毒蝮三太夫という名前を付けたのも談志であり、最初は談志がつけた名前を芸名につけることを嫌がっていた毒蝮三太夫に対して、「俳優として演技が下手糞でも、喋りが達者なのだから、落語の世界に来ればいいのに」としきりに誘っていたというエピソードを本人が言っていたのを聞いて、いまのラジオ番組で茶の間を沸かせている原点をすでに談志が早い段階で見抜いていたんだというのを知って、談志はやっぱりすごいとおもう。
そのうち、テレビでも追悼番組をするんだと思う。が、本当に追悼番組をするんだろうか?死人にくちなしだから、死んだひとのことをとやかく言う人は少ないとは思うのだが、それでも談志のことを嫌っているタレントは結構いたと思う。そりゃぁ、存在否定されるようなモノの言い方をされたら、今では偉そうに言っているそのタレントも腹が立つことなのだろう。追悼番組をするんだったら、余計なタレントの懐かしいコメント集なんか要らないから、談志の落語をバンバン流して貰いたいものだ。余計な演出は要らない。談志は落語のためにいきて、落語のために命を削って集大成を作り上げようとしていたのだから。だから、談志の落語をみんなで聴いてあげて、彼が落語を通して何を伝えたかったのかを各人で考えればいいのである。
立川談志、また一人、偉大なる芸人がいなくなった。小粒のどうしようもない芸人は見飽きた。談志のような毒があるが、可愛げがある芸人だけが残るような世界であってほしいものである。そして、家元の落語を本当に生で観れなかったことだけが悔しい。
最後に、「談志が死んだ」という超有名な回文があるが、もうこれは使えない。「かの談志が死んだのか?」というほうが適切な回文なのではないだろうか?
ご冥福をお祈りしたい。
2011/11/23
草間弥生
初めて草間彌生の作品を見たときは、確か2001年に開催された横浜トリエンナーレだったと思う。そのときに展示されていたのは、銀色の少し大きめな球体が広いスペースにこれでもかぁというくらい敷き詰められていて、これが芸術か?とよく理解ができないという印象があった。それまでも前衛的な芸術を掲げるアーティストの作品はたまに見ていたいのだが、それでもこんな単純でしかもそのときには、その球体に対してなんのメッセージ性も感じ得ないという自分の未熟さは棚において、この芸術家はいったい何が言いたかったのだろうか?と常に疑問に思っていた。
そのあと、草間彌生作品として、香川県の直島に水玉模様のカボチャのオブジェを展示したり、携帯電話に水玉模様をあしらったデザインを発表したりと、やたら水玉模様を演出した作品を世の中にぶちかます。このあたりから、「草間彌生=水玉模様の作家」と勝手に自分の中で思うようになっていった。何かしらの水玉模様の作品が発表されたり、それが眼に衝撃的なデザインだったりすると、だいたいが草間彌生だろうという認識はあった。
しかし、これまで草間彌生の作品集として集合体では見たことが無く、この人は若いころからどういう作品を出していたんだろうと常に疑問になっていた。芸術家になったころから水玉模様をあしらったものを作品の基本とし始めたのだろうか?それともあるきっかけで水玉模様に異様にして固執したのか?というのが拭えなかったのである。だいたい、ちょっと前にNHKで放映されていた草間彌生に関する特集番組を見たときにも、一心不乱に巨大なキャンバスにキチガイじみた色使いで水玉ばっかり描いており、その気持ち悪い色の水玉には何か意味があるのか?そして100枚もの水玉ばかりの作品を作るということに固執していたことに何のメッセージ性があるのかということばかりを気にして放映された番組を視聴していた。
そこに青山のワタリウム美術館で草間彌生展が開催されるという話を聞いて、草間彌生のこれまでの作品を大量に展示するということから、ぜひ行ってみたいとおもっていくことにした。だいたい、草間彌生の作品集といっても、最近美術書籍で作品が載っている本も出ているのだが、それを見るよりは、実際に作品を見たり、解説を聞いたりするほうが楽しいだろうと思って乗り込んでみた。
渋谷駅からハチ公バスという渋谷・原宿界隈を走るミニバスに乗り込んで、ワタリウム美術館近くの停留所まで乗る。このバス、どこまで乗っても100円であるので重宝するが、ちょこまかとへんてこりんな場所を通るので、渋谷のような坂道を歩く必要がある場合には大変重宝しそうなバスだと思われる。ただし、乗るのであれば、ハチ公前のバス停から乗ることをお勧めしたい。なぜならこのバス停の始発がハチ公前なのだが、そこから乗らないとバスはまず座れないからである。
ワタリウム美術館では、チケットは開催期間中何度も見ることができるシステムである。最初にチケットを買うときに名前を書き、次回からの入場の際には、その名前を証明する身分証証明書と一緒に提示すれば入館できるのである。なかなか何度も出入りできる美術館というのは存在しないので、なんども同じアーティストの作品を見たいという人にとってはありがたいシステムだ。
ワタリウム美術館自体はそれほど大きな美術館ではない。地下2階、地上4階建てのスペースに作品が展示されている。吹き抜けの場所もあるため、巨大な作品はここに設置されたりするのだろう。配置の工夫は美術館のひとのセンスによるものだと思われる。
草間彌生展では、2階の作品展示から、草間彌生の生い立ちから始まる説明に出くわす。小さいころから絵を描くことに執着し、戦後の大混乱の時代にも関わらず、そんなときに松本からアメリカへ旅立ってしまうという勇気はどこから沸いてきたのだろうか?渡米した年齢が28歳ごろだったと思うが、そのころに渡米したいという気持ちを確固たるものにしたものはなんだったのだろうか?説明資料にはそのあたりのことは全く書かれていない。たぶん、精神的にイッちゃっている危ない子が絵を描くことで、本人の存在性をアピールできるものと認識したのは良いが、その行動があまりにも田舎の一般人には理解できなかったために、閉鎖的な環境から逸脱し、なんでも許容するアメリカへ逃げたほうが幸せなのかもしれないという思いがあったのだろうというのは推測される。
今回のワタリウム美術館で見た作品を通してわかったことが1つある。「草間彌生=水玉模様」というのは後から形成された代物であるということだ。元々は、草間彌生自体が世間一般からイッちゃっている子として認識されていたため、本人のコンプレックスとしては「自己の存在をこの世から消したい」という思いが小さいころからあったようだ。だから、作品の当初としては、自分を消せるのは何かしらの布という思いを発想する。ところが布を被せたのではまるっきり何を描いているのかわからない。そこで少し本人の姿が見える「網目模様」に変えた。なんでも網目にすることで、全体像の大枠は見えるが、すべてをさらけ出さなくても良いという環境を二次元の中で形成することに固執する。さらにこの網目の作品を派生したのがいまの水玉模様に発展するのだが、網目の空間部分だけを今度はフォーカスし、さらに網の目の形を単純化したものが「○」であることを発見する。そこからの草間彌生作品は水玉模様の作品に一気に花が開いていくというわけである。
しかし、水玉模様にたどり着くまでもかなり紆余曲折をしていた模様である。それは本人が写っている写真集およびビデオインスタレーションを見ればよくわかることなのだが、まず、キャンバスという枠を超えたところで、世界全てを水玉模様にしてしまえという発想を起こす。この生存しているすべての物象及び環境を水玉模様にしてしまい、どこまでがその物象なのか境をなくすことを模索する。水玉というフィルターを通してしまえば、全て眼に見えるものが水玉模様なのであり、その裏側にあるであろう対象物も境をなくすことで、水玉模様の中にいる草間彌生自体も隠れるのではないかと思ったようだ。だから、作品製作過程の映像が残っていたりするが、牧場の牛を水玉にしてそこに寄り添っている草間彌生や、池の蛙、蓮の葉、水面、すべてを水玉模様にしてしまい、そのなかに草間彌生が存在しても水と同化しているように見せるということをしている。まるで水玉によって自分を隠すかのようにだ。
かといって、アメリカ生活では時に意味不明な活動をし始める。たぶん、「水玉模様による個体の消滅」を演じるための延長活動だとおもうが、男女ヌードを公開写生したり、ヒッピー社会が流行してしまったことにも影響を受けたのだろうが、屋外乱交を企画したりしているのである。こんなことをしたら当然アメリカ当局に眼をつけられるのは当たり前である。さらに日本に帰国した際には、アメリカでの活動の過激さから、危ない女芸術家のレッテルを貼られてしまい、せっかく自分を認めてほしいためにアメリカに行っていたのに、日本では罵倒され続けることになるため、苦悩したことが良くわかった。最近まで、やっぱり「草間彌生=精神病的芸術家」と思われ、岡本太郎のように、常に麻薬でも打っているかのような感覚を持っている人と思われていたかもしれない。違うのだ。彼女は常に自分を何かで隠したいと思っているのである。この世から消滅したいと思っているのである。でも、本当に消滅するということは、生きている自分がいるのでしたくない。ならば、作品の中だけでも消滅したいという思いがあるのだ。
ただ、NHKのアーカイブで放映されていた草間彌生の映像の中で、見たくない部分も放映されていた。それは、草間彌生を全面的に売り出すことをサポートする人がいたのだが、そのサポートするひとがとても優秀であり、オークションに草間彌生作品を出すことでも、高値をつける結果になるきっかけを作った人がいた。その人のおかげで、草間彌生作品の多くを見ることができる機会を作ってくれたわけだが、草間彌生自体も、作品が高く売れるということにどうやら気づいたらしく、「どこか高く買ってくれるところはないかしら?」と映像の中で言っている。金儲けに芸術家が走ると、ろくなことは起こらない。芸術性が失われるのである。現に、ビデオの中で100枚の巨大キャンバスに水玉模様の作品を描くということを「体力的無謀な挑戦」と称して紹介していたが、1枚でも大きなキャンバスを描くことで、高く作品が売れるかもしれないから描いているというように見えて成らなかった。だから、作品自体が100枚並んだ映像もあったのだが、「んで、それで?」と思ったのは言うまでもない。なんの芸術的なメッセージ性を感じ得なかったからである。これは自分が鈍感だからなのか、それとも作品自体に本当に100枚全部を通して伝えたいことが何なのか特に無いというものなのか、よくわからない。
ワタリウム美術館を出るときに、地下に売られていたお土産屋の中に、草間彌生のニューヨーク滞在時代の書簡や作品作成途中の写真、それといろいろ事件を起こしたときに彼女が思った事柄などを紹介した本が売られていたので買ってみた。作品集ではない。ニューヨークで何を感じて、それを作品化したのかというのを知りたかっただけである。ただ、読んでみてわかったが、今より相当自由奔放に作品つくりを精力的に行っており、どんな縛りも気にしなかったという思いと、それと平行して、作品つくりには、法律ギリギリのラインを通らないと実は感動は得られないということを良く心得ていて、そのために個人弁護士を10人も抱えていたことを知ったことだ。用意周到の上で、奔放な作品つくりをしていたということが読み取れる。いまはどうだろうか?なにか、自分の中で大きな殻を作ってしまい、その殻のなかで動ける範囲を決めちゃっているように草間彌生は見える。年齢も年齢なので、いまから水玉以外の、自分を隠せる集合体を探しきれれば作品に奥味が出てくると思うが、もうその発想は無いのだろう。そこがなんとなく残念に思う。
よくわからないのは、草間彌生作詞・作曲という意味不明な歌を映像インスタレーションとして紹介しているのだが、これ、彼女がその歌の中で何を伝えたかったのだろうか不思議だ。映像だけ見ていると、本当にイッちゃっている人に見える。
ワタリウム美術館での開催は2011年11月27日(日)まで。そのあとはまたどこかで草間彌生作品を見る機会があるかもしれない。それまで待ってみたい。
そのあと、草間彌生作品として、香川県の直島に水玉模様のカボチャのオブジェを展示したり、携帯電話に水玉模様をあしらったデザインを発表したりと、やたら水玉模様を演出した作品を世の中にぶちかます。このあたりから、「草間彌生=水玉模様の作家」と勝手に自分の中で思うようになっていった。何かしらの水玉模様の作品が発表されたり、それが眼に衝撃的なデザインだったりすると、だいたいが草間彌生だろうという認識はあった。
しかし、これまで草間彌生の作品集として集合体では見たことが無く、この人は若いころからどういう作品を出していたんだろうと常に疑問になっていた。芸術家になったころから水玉模様をあしらったものを作品の基本とし始めたのだろうか?それともあるきっかけで水玉模様に異様にして固執したのか?というのが拭えなかったのである。だいたい、ちょっと前にNHKで放映されていた草間彌生に関する特集番組を見たときにも、一心不乱に巨大なキャンバスにキチガイじみた色使いで水玉ばっかり描いており、その気持ち悪い色の水玉には何か意味があるのか?そして100枚もの水玉ばかりの作品を作るということに固執していたことに何のメッセージ性があるのかということばかりを気にして放映された番組を視聴していた。
そこに青山のワタリウム美術館で草間彌生展が開催されるという話を聞いて、草間彌生のこれまでの作品を大量に展示するということから、ぜひ行ってみたいとおもっていくことにした。だいたい、草間彌生の作品集といっても、最近美術書籍で作品が載っている本も出ているのだが、それを見るよりは、実際に作品を見たり、解説を聞いたりするほうが楽しいだろうと思って乗り込んでみた。
渋谷駅からハチ公バスという渋谷・原宿界隈を走るミニバスに乗り込んで、ワタリウム美術館近くの停留所まで乗る。このバス、どこまで乗っても100円であるので重宝するが、ちょこまかとへんてこりんな場所を通るので、渋谷のような坂道を歩く必要がある場合には大変重宝しそうなバスだと思われる。ただし、乗るのであれば、ハチ公前のバス停から乗ることをお勧めしたい。なぜならこのバス停の始発がハチ公前なのだが、そこから乗らないとバスはまず座れないからである。
ワタリウム美術館では、チケットは開催期間中何度も見ることができるシステムである。最初にチケットを買うときに名前を書き、次回からの入場の際には、その名前を証明する身分証証明書と一緒に提示すれば入館できるのである。なかなか何度も出入りできる美術館というのは存在しないので、なんども同じアーティストの作品を見たいという人にとってはありがたいシステムだ。
ワタリウム美術館自体はそれほど大きな美術館ではない。地下2階、地上4階建てのスペースに作品が展示されている。吹き抜けの場所もあるため、巨大な作品はここに設置されたりするのだろう。配置の工夫は美術館のひとのセンスによるものだと思われる。
草間彌生展では、2階の作品展示から、草間彌生の生い立ちから始まる説明に出くわす。小さいころから絵を描くことに執着し、戦後の大混乱の時代にも関わらず、そんなときに松本からアメリカへ旅立ってしまうという勇気はどこから沸いてきたのだろうか?渡米した年齢が28歳ごろだったと思うが、そのころに渡米したいという気持ちを確固たるものにしたものはなんだったのだろうか?説明資料にはそのあたりのことは全く書かれていない。たぶん、精神的にイッちゃっている危ない子が絵を描くことで、本人の存在性をアピールできるものと認識したのは良いが、その行動があまりにも田舎の一般人には理解できなかったために、閉鎖的な環境から逸脱し、なんでも許容するアメリカへ逃げたほうが幸せなのかもしれないという思いがあったのだろうというのは推測される。
今回のワタリウム美術館で見た作品を通してわかったことが1つある。「草間彌生=水玉模様」というのは後から形成された代物であるということだ。元々は、草間彌生自体が世間一般からイッちゃっている子として認識されていたため、本人のコンプレックスとしては「自己の存在をこの世から消したい」という思いが小さいころからあったようだ。だから、作品の当初としては、自分を消せるのは何かしらの布という思いを発想する。ところが布を被せたのではまるっきり何を描いているのかわからない。そこで少し本人の姿が見える「網目模様」に変えた。なんでも網目にすることで、全体像の大枠は見えるが、すべてをさらけ出さなくても良いという環境を二次元の中で形成することに固執する。さらにこの網目の作品を派生したのがいまの水玉模様に発展するのだが、網目の空間部分だけを今度はフォーカスし、さらに網の目の形を単純化したものが「○」であることを発見する。そこからの草間彌生作品は水玉模様の作品に一気に花が開いていくというわけである。
しかし、水玉模様にたどり着くまでもかなり紆余曲折をしていた模様である。それは本人が写っている写真集およびビデオインスタレーションを見ればよくわかることなのだが、まず、キャンバスという枠を超えたところで、世界全てを水玉模様にしてしまえという発想を起こす。この生存しているすべての物象及び環境を水玉模様にしてしまい、どこまでがその物象なのか境をなくすことを模索する。水玉というフィルターを通してしまえば、全て眼に見えるものが水玉模様なのであり、その裏側にあるであろう対象物も境をなくすことで、水玉模様の中にいる草間彌生自体も隠れるのではないかと思ったようだ。だから、作品製作過程の映像が残っていたりするが、牧場の牛を水玉にしてそこに寄り添っている草間彌生や、池の蛙、蓮の葉、水面、すべてを水玉模様にしてしまい、そのなかに草間彌生が存在しても水と同化しているように見せるということをしている。まるで水玉によって自分を隠すかのようにだ。
かといって、アメリカ生活では時に意味不明な活動をし始める。たぶん、「水玉模様による個体の消滅」を演じるための延長活動だとおもうが、男女ヌードを公開写生したり、ヒッピー社会が流行してしまったことにも影響を受けたのだろうが、屋外乱交を企画したりしているのである。こんなことをしたら当然アメリカ当局に眼をつけられるのは当たり前である。さらに日本に帰国した際には、アメリカでの活動の過激さから、危ない女芸術家のレッテルを貼られてしまい、せっかく自分を認めてほしいためにアメリカに行っていたのに、日本では罵倒され続けることになるため、苦悩したことが良くわかった。最近まで、やっぱり「草間彌生=精神病的芸術家」と思われ、岡本太郎のように、常に麻薬でも打っているかのような感覚を持っている人と思われていたかもしれない。違うのだ。彼女は常に自分を何かで隠したいと思っているのである。この世から消滅したいと思っているのである。でも、本当に消滅するということは、生きている自分がいるのでしたくない。ならば、作品の中だけでも消滅したいという思いがあるのだ。
ただ、NHKのアーカイブで放映されていた草間彌生の映像の中で、見たくない部分も放映されていた。それは、草間彌生を全面的に売り出すことをサポートする人がいたのだが、そのサポートするひとがとても優秀であり、オークションに草間彌生作品を出すことでも、高値をつける結果になるきっかけを作った人がいた。その人のおかげで、草間彌生作品の多くを見ることができる機会を作ってくれたわけだが、草間彌生自体も、作品が高く売れるということにどうやら気づいたらしく、「どこか高く買ってくれるところはないかしら?」と映像の中で言っている。金儲けに芸術家が走ると、ろくなことは起こらない。芸術性が失われるのである。現に、ビデオの中で100枚の巨大キャンバスに水玉模様の作品を描くということを「体力的無謀な挑戦」と称して紹介していたが、1枚でも大きなキャンバスを描くことで、高く作品が売れるかもしれないから描いているというように見えて成らなかった。だから、作品自体が100枚並んだ映像もあったのだが、「んで、それで?」と思ったのは言うまでもない。なんの芸術的なメッセージ性を感じ得なかったからである。これは自分が鈍感だからなのか、それとも作品自体に本当に100枚全部を通して伝えたいことが何なのか特に無いというものなのか、よくわからない。
ワタリウム美術館を出るときに、地下に売られていたお土産屋の中に、草間彌生のニューヨーク滞在時代の書簡や作品作成途中の写真、それといろいろ事件を起こしたときに彼女が思った事柄などを紹介した本が売られていたので買ってみた。作品集ではない。ニューヨークで何を感じて、それを作品化したのかというのを知りたかっただけである。ただ、読んでみてわかったが、今より相当自由奔放に作品つくりを精力的に行っており、どんな縛りも気にしなかったという思いと、それと平行して、作品つくりには、法律ギリギリのラインを通らないと実は感動は得られないということを良く心得ていて、そのために個人弁護士を10人も抱えていたことを知ったことだ。用意周到の上で、奔放な作品つくりをしていたということが読み取れる。いまはどうだろうか?なにか、自分の中で大きな殻を作ってしまい、その殻のなかで動ける範囲を決めちゃっているように草間彌生は見える。年齢も年齢なので、いまから水玉以外の、自分を隠せる集合体を探しきれれば作品に奥味が出てくると思うが、もうその発想は無いのだろう。そこがなんとなく残念に思う。
よくわからないのは、草間彌生作詞・作曲という意味不明な歌を映像インスタレーションとして紹介しているのだが、これ、彼女がその歌の中で何を伝えたかったのだろうか不思議だ。映像だけ見ていると、本当にイッちゃっている人に見える。
ワタリウム美術館での開催は2011年11月27日(日)まで。そのあとはまたどこかで草間彌生作品を見る機会があるかもしれない。それまで待ってみたい。
2011/02/13
Pak Jung Min
Podcast の番組「Asian Station」は名前に「アジア」と書いているのに、ほとんどK-POPの音楽しか流れない。たまに華曲が流れたりするが、日本の曲はまず流れない。たぶん、K-POPはなんとなく著作権がゆるいために、いろいろなメディアに勝手に紹介されて世界的にアピールするのであれば別に許可するという国家としての政策があるからなのかどうかは定かではない。あんまりK-POPには個人的には全く興味が湧かないのであるが、昨今のおばさん以外の人たちにも韓国の文化がとても人気が出ているのは言うまでも無い。裏で必死になって電通が韓国の宣伝をしているのは有名。
さて、そんなAsian Stationを聞き始めたときに、最初に、おっ?これは売れそうな曲だなと言うのに出くわしたのが、パクジョンミンの「Not Alone」。だいたい韓国の歌手は誰が誰だかちっともわからないのだが、Asian Station のなかで「あのSS501のパクジョンミンがソロシングルをリリース」と言っていて、そのSS501ってまず何?という基本情報からチンプンカンプンだった。
あとでウェブで調べてみたら、韓国ではかなりの人気の男性グループだったらしく、そこからのソロデビュだということ。しかし納得いかないのは、「韓国のGACKT」と紹介されていたことだろう。顔を実際に見るまではどんな美形の顔をしているんだろうと想像したのだが、実際に顔写真を見たら、化粧が濃いにいちゃんとしか見えなかった。どこがGACKTじゃい!ともちろん思ったのは言うまでも無い。
顔は別にして曲なのだが、これは売れ線のメロディラインと、最初はクラシック調のバラードから入り、メインのクライマックスのところではアゲアゲになっているのがとてもよい。曲は韓国語で歌われているので、何を言っているのか全然分からない。SS501の最後のビッグソロデビュだからということなのか、リリースする際に韓国のあらゆる売れ筋のことを盛り込んだつくりになっているということらしい。
実際にはPVでも聞いてみた貰ったほうが早いかもしれない。
しかし、知り合いに聞いてみたら「気持悪い顔だ」と一言言っていた。なんとなく納得できる。
ちなみにこの人日本語も少しできるようである。韓国での活動より日本での活動を希望しているようで、徐々に日本での活躍ができるように日本語を勉強中。個人のファンクラブ用サイトに、プライベートビデオを日本語で紹介していたりするのだが、決してその発音は上手ではない。ありがちな韓国人の日本語の発音である。撥音便の発音ができないところが悲しいところだ。
パクジョンミン 日本公式ファンクラブサイト
URL : http://www.parkjungmin.jp/index.asp
Asian Station Facebook
URL : http://www.facebook.com/pages/Asian-station-podcast/198783663470966
Asian Station itunes
URL http://itunes.apple.com/us/podcast/asian-station/id391238330
さて、そんなAsian Stationを聞き始めたときに、最初に、おっ?これは売れそうな曲だなと言うのに出くわしたのが、パクジョンミンの「Not Alone」。だいたい韓国の歌手は誰が誰だかちっともわからないのだが、Asian Station のなかで「あのSS501のパクジョンミンがソロシングルをリリース」と言っていて、そのSS501ってまず何?という基本情報からチンプンカンプンだった。
あとでウェブで調べてみたら、韓国ではかなりの人気の男性グループだったらしく、そこからのソロデビュだということ。しかし納得いかないのは、「韓国のGACKT」と紹介されていたことだろう。顔を実際に見るまではどんな美形の顔をしているんだろうと想像したのだが、実際に顔写真を見たら、化粧が濃いにいちゃんとしか見えなかった。どこがGACKTじゃい!ともちろん思ったのは言うまでも無い。
顔は別にして曲なのだが、これは売れ線のメロディラインと、最初はクラシック調のバラードから入り、メインのクライマックスのところではアゲアゲになっているのがとてもよい。曲は韓国語で歌われているので、何を言っているのか全然分からない。SS501の最後のビッグソロデビュだからということなのか、リリースする際に韓国のあらゆる売れ筋のことを盛り込んだつくりになっているということらしい。
実際にはPVでも聞いてみた貰ったほうが早いかもしれない。
しかし、知り合いに聞いてみたら「気持悪い顔だ」と一言言っていた。なんとなく納得できる。
ちなみにこの人日本語も少しできるようである。韓国での活動より日本での活動を希望しているようで、徐々に日本での活躍ができるように日本語を勉強中。個人のファンクラブ用サイトに、プライベートビデオを日本語で紹介していたりするのだが、決してその発音は上手ではない。ありがちな韓国人の日本語の発音である。撥音便の発音ができないところが悲しいところだ。
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2011/02/12
上村松園
恵比寿にある山種美術館の存在はよく知っていたのだが、実際にはまだ行ったことが無くてどういう内容の展示物を保有しているのかどうかは不明だった。国立博物館のような規模を持っているわけではないので、結局は何かに特化したような内容を展示していることになる。今回は「歴史を描く」というテーマで展示されていた日本画を見に行ってみた。
明治から昭和にかけて活躍した日本画の大家たちが描いた、歴史的な主題や宗教的な主題を西洋から取り寄せて、それを日本画にまで押し上げて作り上げることになった内容を一挙に見ることが出来た。平家物語の一場面や伊勢物語の場面を描いたものなど、なかなか見ごたえがあるものがたくさんあり、浮世絵と違い、細い筆一本一本まで細かく描写されており、さらに色使いがとても繊細に描かれているのが結構観ているだけで見事だ。細かい説明は全く無いのだが、歴史的な一コマを描いているので、その描かれている背景のことが分からないと、この主題は一体なんなのか?という初歩的な疑問にぶち当たり、絵の構成や技術や題材の選択と言う良さについて全く分からないことになる。
その中でも目を引いたのは、上村松園が描いた作品群だろう。
あまり絵画についての知識が無いため、上村松園という名前さえも正直、全然知らなかった。しかし、名前は知らなくても、その絵画に描かれている作品の素晴らしさはため息をつくものばかりだった。もちろん筆使いのこともそうなのだが、フレームの構成がとてもすばらしい。真ん中に主題となる人間を持ってくるだけという単純なことだけではなく、あえて端っこにだけ描いて、フレーム全体を写真のように使うという描き方が他の絵画に比べて違うなーというようなことが分かった。
主題「蛍」というものが個人的には大好きだ。画集で紹介されると、人間が描かれている所だけがフォーカスが当てられるのだが、そんなのは彼は書きたいとはおもっていなかったはず。画集として発行する際の編集者の美術に対する理解のなさをかなり痛感した。あの作品は構成が一番重要なものなんだと思う。それを潰してしまうなんていうのは、全く作品として、作家の意図を全く無視してしまっているだけに過ぎない。これで分かったのは、美術館で売られているものがすべて正しい作品として本として掲載されているわけではないということである。
山種美術館において、初めて上村松園という日本画家に出会った気がした。是非、他の美術館でこの画家の作品を展示する機会があった場合には、探してでも見に行ってみたいと思う。それと思ったのは、郵便切手の世界においてもこのひとの作品を使ったものがあるに違いないと思った。切手はあの小さいスペースなのにも関わらず、結構題材としていろいろなものが描かれているものである。日本画なんて一番利用するのに便利なものだろうと思うからだ。
上村松園の画集が売られているのであれば買ってみたい。あっ・・・そういえば、山種美術館で売られていた気がする。でも買うのを忘れた。
明治から昭和にかけて活躍した日本画の大家たちが描いた、歴史的な主題や宗教的な主題を西洋から取り寄せて、それを日本画にまで押し上げて作り上げることになった内容を一挙に見ることが出来た。平家物語の一場面や伊勢物語の場面を描いたものなど、なかなか見ごたえがあるものがたくさんあり、浮世絵と違い、細い筆一本一本まで細かく描写されており、さらに色使いがとても繊細に描かれているのが結構観ているだけで見事だ。細かい説明は全く無いのだが、歴史的な一コマを描いているので、その描かれている背景のことが分からないと、この主題は一体なんなのか?という初歩的な疑問にぶち当たり、絵の構成や技術や題材の選択と言う良さについて全く分からないことになる。
その中でも目を引いたのは、上村松園が描いた作品群だろう。
あまり絵画についての知識が無いため、上村松園という名前さえも正直、全然知らなかった。しかし、名前は知らなくても、その絵画に描かれている作品の素晴らしさはため息をつくものばかりだった。もちろん筆使いのこともそうなのだが、フレームの構成がとてもすばらしい。真ん中に主題となる人間を持ってくるだけという単純なことだけではなく、あえて端っこにだけ描いて、フレーム全体を写真のように使うという描き方が他の絵画に比べて違うなーというようなことが分かった。
山種美術館において、初めて上村松園という日本画家に出会った気がした。是非、他の美術館でこの画家の作品を展示する機会があった場合には、探してでも見に行ってみたいと思う。それと思ったのは、郵便切手の世界においてもこのひとの作品を使ったものがあるに違いないと思った。切手はあの小さいスペースなのにも関わらず、結構題材としていろいろなものが描かれているものである。日本画なんて一番利用するのに便利なものだろうと思うからだ。
上村松園の画集が売られているのであれば買ってみたい。あっ・・・そういえば、山種美術館で売られていた気がする。でも買うのを忘れた。
2011/01/02
2011年新春顔見世興行(末広亭)
毎年お正月になると新春顔見世興行の落語を聴くために、新宿末広亭に行くことにしている。もう、今年で何回目の参加になるのだろうかは分からない。そして、毎年、正月3日に見に行くことにしていた。元旦は、家でのんびり、飲んで・食べてでぐだぐだして1日が終わる。2日目は、家族全員で初詣に行くことにしていたからだ。4日から仕事があることを考えると、必然的に3日がぽっかり空いてしまうので、結局3日に見に行くことになったのだが、毎年1月3日は、NHKの中継が入るために、その中継が入るたびに、末広亭には爆笑問題が紋付袴姿でカメラに映るためにやってきて「すごい盛り上がりです」とか、末広亭の前で中継が行われる。お昼12時過ぎごろから番組はやっているのだが、その中継のたびに、それまで近くの珈琲屋で寒さを凌いでいた爆笑問題が出てきて、ちょこっと喋ってまた珈琲屋に引っ込み、中継されるたびに人垣ができてうっとうしくなる。もちろん、2時半からは末広亭の中から中継され、そのときに、末広亭からの紹介のときには爆笑問題がカメラに向かってなにか喋って、そのあと数組の落語家や漫談家がテレビ用の喋りをして笑いを掻っ攫う。ただ、そのときに出演する芸人に、必ずといっていいほど、つまらないケーシー高峰が出演して、エロ医者トークをする。ご年配のかたなら、また出てきた!と、ほとんどお決まりの芸人の登場として喜ぶのだろうが、自分から考えるとこれほどつまらない惰性で仕事をしている人っているんだろうか?となんとなく早く辞めてくれと思ってしまう。つまり、正月3日に末広亭に行くと、つまらない芸人やテレビ用に編修された特別の芸人が出演するために、純粋には楽しめない。おまけに、最近は3日にテレビ中継されるからということがたくさんの人に知られてきたために、なにを目的にきているのか良く分からない人たちがたくさん開店前から並んでいるために、かなーり早くから並ばないといけない状態になっていた。もうさすがに長時間並ぶのは勘弁して欲しいと思ったし、どうしようもないような芸人をわざわざ見るために並んでいるわけではないと思うようになってきたので、今年はいつも初詣に行っている日程を変更して、正月2日に末広亭に行くことにした。
1月3日に行くのではなく、2日に行ったからか、末広亭の傍にある伊勢丹は、朝からめちゃくちゃ人がたくさんいた。末広亭で並ぶ前に伊勢丹のトイレを借りようかと思っていたのだが、伊勢丹の中では全く歩けないし、一方通行になっていたため、これでは目的地のトイレにいけない。なので、慌てて外にでて別の手段を考えた。それだけ、1月2日というのは、東京ではすっかりデパートの発売りの日というのが定着してしまっている。ただ、最新のニュースでは、もうこの初売りというイベントは無くなるようだ。なぜなら、福袋とか初売りとか、そういう名目で人集めをしたとしても、売り上げはあっても利益が全く出ないということを「ようやく」デパートは気づいたらしく、利益が出ないのであれば、単なる従業員が忙しくなるだけであるので、従業員に休暇を与えるためにも、一般企業と同じように4日からの営業にするというのを軒並み発表したからだ。昔のデパートはどこも一般企業と同じように4日からの営業だったような気がする。それがどこかが始めた途端に、横並びで正月から営業開始し始めたのが、この騒ぎの発端。田舎に帰らず(本当は帰れずだとおもうが)東京に居残りになっている暇人たち用に開業したのが始まりなのだろう。
本来の末広亭の話からだんだんずれてきたので、話を末広亭の興行のほうに戻すことにする。
今年の正月顔みせ公演の出演者のリストは、こちらのサイトに記載されている通り。毎日見に行っても、出演者が変わっていたりするので楽しいと思うが、そこまでの暇と時間が無いのが惜しい。毎日3部構成になっているところ、2部と3部は通しで見ることができるので、2部から見に行くという人は多い。もちろん1部にお目当ての芸人が出演されているのであれば、それをみに朝から行くのはいいだろう。毎年2部から入館することにしているので、今年もそれに合わせていくことにした。しかし、毎年めちゃくちゃ並ぶことは知っているので、末人亭には11時ごろには到着するように行ってみた。
末広亭に到着したのは時間ぴったりの11時であった。毎年この時間になっても、すでに2部から入館したいと思っている人たちが並び始めている。しかし、並び始めているといっても10人から20人くらいの程度であるので、最終的な人数の多さに比べればたいした量ではない。だから早めに行くのはいい。今年は3日ではないのであるが、きっと混んでいることだろうと思っていたが、なんと先頭から2番目という位置を確保した。一番最初に並んでいた女性が、入口からちょっと離れたところで本を読んでいたので、もしかしてこの人かなーと思いつつも、劇場の人に「2部を見たいのですが、どこで並んだらいいです?」と聞いてみたところ「あの女性の後ろに並んでください」とのこと。劇場の人はちゃんとお客さんのことを観察しているのである。立派だ。第1部の始まりは11時からなので、ちょうど1部をみるために入館している人たちがまだいた時間帯の話である。
寒風さらけ出しているところで長時間を待っているのはとても辛い。おまけに座るところも無いという悪条件あるので、結構しんどいものだ。常連の人だと、釣りなんかに使われる小さい折りたたみの椅子を持って行ったりする人も要るので、長時間並ぶのを覚悟に見に行くべきである。一番の問題は、トイレの問題だろう。1人で行った場合、トイレに行きたくても、その場所を離れるわけにはいかないし、周りの人に「場所をとっておいてください」といっても、そんなに他人のことが信じられるとは思えないからだ。だから、できるだけ複数人で行くべきである。自分としては今回最初に自分が並んで、あとから友達が暖かいお茶を持ってきて並んでくれたので、ご飯を飲み物を確保できたのは嬉しいことだ。後ろに並んでいた男の人も、最初はひとりかなーとおもっていたら、行儀の悪いクソガキ2人と買い物大好き奥さんとその母親が後から合流してきた。だんなに並ばせておいて、本人と母親は伊勢丹で買い物をしてきてからの合流ということである。お父さんも大変だ。またこのクソガキが、泣くわ、わめくわ、じっとしていないわ、人に体当たりしても謝らないわと、サバイバルナイフでも持っていたら、頭の天辺からザクッと刺したくなるような気分を何度も思わせてくれた。
さて2時半になったので、入場料を払って入館。一番前の席に座ると、台座の芸人からいじられるので、そうならないためには3列目くらいが一番いい。そこで、3列目の真ん中を陣取ってふんぞり返ってみることにした。クソガキたち親子は、脳みそゼロなので、一番前に座って、相変わらず喧しくしている。親も馬鹿だが子も馬鹿だ。客が全員入る入らないに限らず、幕は上がる。バイオリン漫談のマグナム小林の今年のネタは「暴れん坊将軍」。なんでもかんでもバイオリンを弾いて笑わせてくれる人で、大学時代に、バイオリンでサザエさんやドラえもんを弾いていた友達を思い出してしまった。そして、今回はさらにタップシューズを履いて登場したので、何をするかと思ったら、馬が駆ける様子をタップにしてバイオリンで暴れん坊将軍のテーマを弾いていた。馬の鳴き声もバイオリンでやっているのも面白い。
漫才は、夫婦漫才の「新山ひでや・やすこ」。この2人、実は初めて見たような気がするのだが、なかなか面白い。基本的には自虐ネタが多いような気がするが、一生懸命やっているところが好感が持てる。独特の喋り方をするために、それがまた愛嬌の1つになりそうなのだが、流行らなさそうなギャクを一生懸命やっていたのがいじらしい。
手品は、いつもながら松旭斉八重子。個人的には「やえこちゃん」と心の中では思っている。そして、いつも手品の芸に対して、客の反応はとても薄い。オーソドックスの手品に対して反応が薄いのは、きっとミスターマリックやセロのせいで、手品師の手が目の前で見られるような手品に客がなれてしまったからなのかなという気もする。手品の好きなおばさんが舞台でなにかしているというくらいしか客がおもっていないところなのだろう。でも、本当の手品はやえこちゃんがやっているようなのが手品なのである。アシスタントの人も、実はアシスタントといえども手品師で、いちおう弟子らしい。しかし、たまにタネを明かすようなしぐさをして笑わせるところが良い。周りの反応は薄くても、わたしゃあんたの芸は楽しんでるよ、やえこちゃん。
誰もが知っている人といえば、春風亭昇太。NHKの中継があるときには、昇太の自虐ネタが爆笑を誘うのだが、この日の昇太は、独自の創作落語だった。それも時間が限られているので、創作落語でも短めのタイプのもの。へー、昇太も真面目に落語を正月からやるんだなーというのは改めてプロの凄さを感じた。それまで創作落語というのはあまり個人的には評価しなかったのだが、たまにこういう落語を聴くと楽しいのが良くわかった。
隣のばんごはんでおなじみの桂米助も出ていたのだが、これもNHK中継が入る場合には、しゃもじ持って訪れた家の話をしたりするのだが、この日は定番中の定番の古典落語のネタをやっていた。真面目にやっていたので、なんでかなーと思う。この日の客層は、いまいちノリが悪かったからかもしれない。たくさんの人数が入っているのにも関わらず、あまり大きな拍手や「待ってました」というような声も懸かりはしなかったからだ。定番の落語のネタをやれば、客も盛り上がるだろうという思いだったのだろうが、どうも間違ったらしい。
あまりテレビではお見掛けすることは無いのだが、こういう落語を見る機会のときに必ず見ることができるのが、桂歌春である。ボソボソというような語り口で、少し前のめりになって話をするスタイルがちょっと好きだ。新春落語で話す内容は、毎年同じのような気がするが、毎回聞いたあと、なにのネタを話していたのかすっかり忘れてしまう。まぁ、落語というのはその場が楽しければいいのだ。テレビでも是非見てみたいところである。
オオトリは、やっぱり桂歌丸。毎年、第2部の主任を務めているので、他の人よりもネタの時間が長いのである。前半は、一般的な時事ネタとか客いじりをすることで客を笑わせて、そのあと、知らない間に落語のほうに入るという話し方は毎年同じである。でも、最近耳障りだなと思ってきたのは、「映画館に行って、となりで煎餅食っているババァがうるさくてねー」という話から「人が話をしているのに、モノを食っている客もゆるせないんですよー。あっ、決してそこでお菓子を召し上がっているかたのことを言っているわけじゃありません」といういじり方も飽きてきた。ただ、今年の歌丸の落語は、正直「もう、この人死ぬかもしれない」というのがなんとなく伝わってきてしまった。もうすっかり入れ歯なのだろうという話し方は仕方ないとしても、用意されているお茶を、二度も手をつけていた。普通、落語ではお茶が用意されていたとしても、これは途中に1度しか手をつけないというのがエチケットのようである。そこをどうしても歳のせいで、口の中が乾いてしまうために、その渇きを補うために二度も手をつけたのだろう。
面倒くさいNHKの中継もないし、見たくもないような芸人が出るわけじゃないので、やっぱり3日に見るのではなく2日に見るのが良いと思った。残念なのは、客層。やっぱりミーハー的にテレビに映るかもしれないというのを期待して会場にやって来た人たちは、何でもかんでもキャーキャー喜ぶのだろうが、落語好きな人が本当に集まった場合には、やっぱり盛り上がりも今ひとつになるんだなーというのが良くわかった。
2010/10/22
33の変奏曲
毎年秋になると、テアトル銀座で、黒柳徹子主演の海外コメディシリーズの芝居を観にいくことにしている。今年は、その第24弾として「33の変奏曲」という芝居だ。去年は、公演初日の回に行ったので、徹子ちゃんのセリフ間違いや、セリフが出てこなかったりというようなハプニングに出くわして、ちょっと笑えた。今年はどんなことが出てくるかなと思ったのだが、芝居としては、特に間違いがなく終わって、いい芝居だったと思う。今回の出演者の顔ぶれが、またスゴイ。知っている人ばっかりだった。だいたいは知らないひとばかりで、徹子ちゃんが目立つようになっているのだが、今回はそうじゃない。どの人も、ひとくせも、ふたくせもあるような人たちが演じていた。ただ、その中で、なぜ植草なのだ?というのだけは良くわからない。演劇界のヒトエちゃん効果だろうか?
芝居の内容は、2つの話がシンクロしながら進んでいくというような作りになっており、時代と場所が異なる。この2つの話が、演者と舞台セットをうまいこと組み合わせてそれぞれの話の中での苦悩を表現していく。しかし、黒柳徹子が毎年行っている演劇は、いちおう「コメディ・シリーズ」だと思っていたのだが、この芝居は全く笑いが無い。どちらかというと、しんみりしたり、感動したり、泣けてきたりするような話である。だから、笑いを期待していくと、「なんだったんだろう・・・」というような虚無感に襲われると思う。実際に見終わったあとは、芝居が始まる前のテンションと違って、足取りが思い感じがする気がした。後ほど記載したいが、実際にはそれを払拭してくれるイベントがあったから、気持ちよくテアトル銀座を出ることが出ることができた。
芝居の内容の詳細はここでは述べないで、いろいろなところで書かれている感想文のサイトを見れば良いと思う。それより演者の芝居姿について記載したいと思う。
今回は10月17日(土)の14時からの回に行ってみた。開演前は絶対混むかなと思ったのと、ちょうど昼ごはん後の芝居になるので、あまりたんまり食べると、途中で眠くなっちゃうだろうなと思った。なので、軽く八重洲で食べて、その足でテアトル銀座まで歩いてみた。すでに入口には観客がたくさんいて、もうそれだけでイヤになる。テアトル銀座は芝居をみる劇場へは2基しかないエレベータで上がるしかない。階段で上がる元気な人はそちらを使えば良いだろう。ちょうど真ん中あたりの席だったので、全員の顔がよく見えた。ただ、毎回思うがテアトル銀座の椅子は、ちびっ子仕様なので、ほんとうに座り難い。これをどうにかしてもらいたい。
徹子ちゃんがメインの芝居なのだが、全員が主役になっても良いだろう。迫力があった。現代版を演じた李麗仙も、最初は脇役程度だろうとおもったのだが、これが全然脇役を通り越して徹子ちゃんを介護するような役割を演じているようだった。そして、娘役をしていた朴璐美の声の張りは素晴らしい。植草も頑張って演じていたのだが、他の人たちの演技に迫力がありすぎて、もう途中から出てこなくていいよと思った。ベートーベン役を演じた江守徹は、バラエティに出てくる江守徹ではなく、やっぱり文学座出身だけあって、ちゃんとした芝居をするちゃんとした俳優だというのが改めて感じた。が、勝手な思いなのだが、江守徹はもっと声を張るような役者だとおもっていたのだが、実際にはそうではなかったことが残念である。いろいろな病気が発症するベートーベンだから、元気いっぱいな姿を演じるというわけじゃなかったからかもしれない。秘書役および作曲の依頼者を演じていた人たちは、名脇役としての演じ方をしていたと思う。
前後半と2部構成で演じられるこの芝居は、とても長い。そして芝居の題名が「33の変奏曲」というだけあって、1つ1つの曲合わせて舞台の様子が変わる。舞台スクリーンに数字が映される際に、そのときには変奏曲の番号が表示する。しかし、順番にカウントアップされるような芝居構成ではない。ただ、驚きなのは、芝居は演者がいろいろと入れ替わり立ち代りと舞台で行われているのだが、33の変奏曲全部に実はピアノ伴奏が付いており、それを1人ピアニストが弾いているのである。ほとんどずっと弾きっぱなし。もちろん、演技の途中で演奏しないところもある。だが、ほとんど演奏し続けている。そして、プログラムを見て驚いたのは、このピアニストは、公演している間、替えの人が他におらず、ひとりでずっと弾いているのである。それも1日2回公演をしている場合もあるのだから、絶対これは腱鞘炎にでもなるんじゃないだろうか?一番あの芝居の中ですごい働きをしていたのは、このピアニストの方だろうと思う。
この日の芝居は、芝居の後の休憩後、徹子ちゃんのトークショーがあった。半分このトークショーを見たいがために行ったようなものだ。最初は、誰か司会がいて、その人とのトークショーかとおもっていたら、徹子ちゃん以外は誰もおらず、はっきり言って、徹子ちゃんのワンマンショーだった。往年の早口は、もはやなくなってしまったのだが、話の内容は超面白い。今回のメインは、先日亡くなった池内淳子のことをよく話していた。実は池内淳子と徹子ちゃんと、さらにもっと前に亡くなってしまった名女優である山岡久乃の3人組は昔からめちゃくちゃ仲良しだったようで、なにかにつけて集まっていたようである。面白いのは、老後は三人で同じ養老院に入ろうねと約束していたこと。あんな3人を受け入れるような許容と包容力のある養老院は一体どこにあるんだろうか?あるわけが無い。毎日喧しい3人が、あーでもないこーでもないと言っている姿を想像するだけで、このばあさん達は一体いつになったらくたばるんだろう?と職員の人は思っただろう。また、池内淳子は、日本の母というイメージがあったので、さぞかし料理も上手いのだろうとおもったのだが、それは単なる妄想で、実際には全く料理が出来ず、全部山岡久乃にお世話になっていたらしい。また、池内淳子と徹子ちゃんは、かの有名な「トモエ学園」の出身者で同じ年。しかし、2人は同じ学び舎で勉強をしていたことがなく、お互いにすれ違っただけのようである。
さらにおもしろいと思ったのは、養老院に3人が入居したら、そのときにはアッシー(すでに死語)として夏木陽介を使ってやろうと思っていたと言ってこと。夏木陽介もこの3人の大の仲良しの一人だったようである。徹子ちゃんの芸能界での交友の広さは有名だが、本当の交友というのはこういうところだったんだろうなというのは、話を聞きながら納得していた。
また、文学座で勉強をしていたことがある徹子ちゃんは、今回の芝居の中で演じていた江守徹のことはよく知っている。しかし、この2人、今回の芝居を演じるまで一度たりとも同じ芝居の場に立ったことが無いのだそうだ。それはそれで驚きである。文学座にいたときに、いつかは一緒に舞台で演じたいと約束してから、50年ぶりの約束を実現した・・・と、もう時間感覚がわからないようなトークをしていたのには驚きである。
黒柳徹子主演海外コメディ・シリーズ第24弾『33の変奏曲』
URL : http://www.parco-play.com/web/page/information/33variations/
出演者:黒柳徹子、植草克秀、朴璐美、大森博史、天宮良、李麗仙、江守徹
ピアノ演奏:浅井道子
脚本:モイゼス・カウフマン
公演日程:2010年10月8日(金)~2010年10月31日(日)
2010/09/28
Kylie Minogue 2008 Live
機内のエンターテイメントとして映画と、オンデマンドの音楽CDを聴くときはあっても、ライブ映像と見たりショーを見たりすることはほとんど無かった。その中で、なぜか眼についてしまったのは、「カイリー・ミノーグライブ」だった。カイリーミノーグ?久しく聞いていないなーと思った。それも昔の曲しか知らないし、最近何をしているのか全然注目していなかったオーストラリアの歌手である。イギリスに拠点を移したことは、なにかのニュースで見て知っていたのだが、それ以外、良く知らない。シンガポール航空の機内エンターテイメント雑誌を見ていると、カイリー・ミノーグは早期の癌を発見して、しばらく入院していたという事実を知る。そのあと、2008年にヨーロッパを皮切りに世界ツアーを2009年まで行っていたということも知らなかった。アルバム「X」のお披露目を兼ねてのツアーだったらしく、当初はヨーロッパとオーストラリアだけと思われていたツアーが拡大に拡大して、南アやアジアにも行ったというからすごい。でも、日本ではこのときツアーの中には含まれず、中華圏のみのツアー実施だったことは残念だ。ツアー名は「KylieX2008」(または単純にX2008と言われる)。シンガポール航空ではこのときのツアーを2時間にまとめた番組として放映されていた。アルバム「X」やその前に発売されていたアルバムからの選曲が多かったこともあり、あんまり聞いたことが無いものばかりだった。しかし、それよりもライブの中で使われているデコレーションやストーリー性やダンスなどのヴィジュアル的なところを見ていた。とても40歳オーバーの女性とは思えないような動きっぷりで、マドンナが同じような歳だったときにはどうだったかなーと、頭の中で勝手に比較してしまった。
全部が全部知らない曲というわけじゃないのだが、派手なショーがあったり、しっとりとしたショーがあったりとか、そのギャップが激しいので、これは観客としてライブを見ていたら楽しいだろうなとおもった。だって、アメリカのアメフトのゲームで繰り広げられるようなチアリーダのような格好をして現れたかと思ったら、社交ダンスが踊られる宮廷衣装のような格好で現れたり、小林幸子のような天井からのゴンドラにより下りて来たりと、あれやこれやとめまぐるしい。衣装の着替えなんかも、楽屋ではほとんど戦争状態のような忙しさなのだろうというのは想像できるくらい、その衣装替えの時間がすごい短い。
最後の最後に往年のヒット曲である「I should be so lucky」が出てきたとき、「いよぉ、待ってました」とばかり拍手で出迎えてしまいそうだった。それもアンコールの中での曲で、トリを務めた曲である。たまたま観たライブの最後の曲がこの曲だったが、他のライブ会場でも同じように曲の構成はしているのだろうか?それとも、気分と内容にあわせて毎回変わっているのだろうか?これからもカイリー・ミノーグはいつまでも変わらない姿でファンの前に出てきて欲しいと思う。マドンナみたいに50歳すぎたら、ハイレグのデブになって、踊れなくなっているというのだけはやめてほしい。
Kylie Minogue Official Site
http://www.kylie.com/
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