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2014/03/12

マレーシア航空機の捜索

久しぶりに飛行機に関する事故のニュースが入ってきた。

クアラルンプールから北京に向かうマレーシア航空機が、タイとマレー半島との間のところで行方不明になってしまい、墜落したのか、どこかに亡命したのかさえ、その証拠となる機体の一部ですら海上にも残っていないという事故が発生した。通常、海に墜落したのであれば、機体の一部かまたは荷物の軽いものが海に浮かんでくるということがあってもよいかとおもうのだが、その1つでさえも浮いていないというのが不思議なことだ。

乗客のほとんどは中国人。そのほかマレーシア人、台湾人、アメリカ人、ヨーロッパ人もいたらしいのだが、乗客乗員239名のうち150人くらいが中国人だった。このうち、ヨーロッパ人乗客のうちの2人は、イタリア人とドイツ人と見られていたが、実際にはそのパスポートを持っていた張本人は該当の飛行機には乗っておらず、全く関係の無いイラン人がその人たちに代わって乗っていたようだ。この2人のヨーロッパ人は、以前バンコクでパスポートを盗まれた経験がある人たちで、そのときに盗んだパスポートを偽造して搭乗したんだろうと思われる。
北京に向かう飛行機で起こった事件であるため、最初はテロではないかという噂もあった。北京政府に対する抗議行動の一部として襲ったものではということも言われたのだが、それだったら北京の空港近くで怪しい行動を飛行をしたり、または政府幹部がたくさん住んでいる中南海に911のように飛行機ごと突っ込むということも想像されるのだが、そのような事件がもしかしたら起こるかもしれないと事前に聞いていた中国政府が、極秘にこの飛行機が中国領土に入る前に飛行機を墜落させて、中国政府が関与したということの痕跡を消してしまいつつ、自爆テロを事前に抑えてしまうということをしたのではないかという噂も聞えてくる。なにしろ、直前に、昆陽でテロ爆破事件が行われた直後だから、北京政府と金持ちたちを妬んでいる人たちによる攻撃が行われるかもしれないというのは、十分警戒していたことなのだろうと思われる。

ベトナム沖に怪しい油の川の流れが見えるという報告があった。それだけで判断してはいけないのだが、このベトナム沖で実は飛行機は墜落したのではないか?という話が出ていたのだが、実際には単なる油で、飛行機から出てきた重油というわけじゃないことは分かっている。それに、航空レーダーからもあるときからパタッと消えてしまっているということも分かっているのだが、これがまた一段と謎を深めさせているものだった。

あとから分かったことだが、衛星による航空機の追跡を調べてみると、飛行機は最初は北京に向けて直線で飛んでいたが、途中から大きく左に回転して、最終的にはオーストラリアのパース沖のほうに行って、そこまでトレースは見つけられるが、その先はわからないという話になっている。ベトナム沖とは全く関係なかったわけだ。そのあと、乗客が一番多く乗っていた国籍の政府である中国の海軍や、オーストラリア政府軍、そのほかの海軍が大規模に飛行機が墜落しただろうというところの周辺地域を調べていたようなのだが、なにも見つかっていない。本当に謎の事件だ。

飛行機の機長はマレー人であり、自宅にフライトシミュレータを保有しているくらいの飛行機オタであったことが後から分かっている。そして、この機長は、プミプトラ政策の強力賛成者であり、中国系マレーシア人に牛耳られているマレーシア経済から中国人を追い出したいと思っている熱烈の支持者であることも分かっている。だから、自分が担当した飛行機には中国人がめちゃくちゃ搭乗しているから、なにかの迷いで、この飛行機をわざと墜落させたのではないかとも言われている。ムスリムによる自爆テロと似ているのだ。でも、これも実際にはどこまで本当なのか全く分かっていない。

ネット上では、衛星から撮られた写真に、なんらかの機材の一部でもいいから映っているのではないかということを、ネットの人間を大量に使って、グリッドコンピューティングの理論から画像解析させようというプロジェクトまで出来ている。ここまで来ると、ほとんど人捜し、物捜しに似ているような気がするのだが、地球の海面を探索するというのは、なかなか骨が折れる作業ではないのだろうか?

今後の飛行機の捜索はなかなか謎が多すぎるものだ

2014/01/04

原爆投下爆心地(長崎)

浦上天主堂から歩いて路面電車の停車場にいく途中で、南下するような方向に行こうとすると、公園のように広がったところが出てくる。そこが原爆が投下されたときの中心地を記念公園としている「爆心地公園」というところである・

原爆が落下し爆発したのは、この公園になっているところ上空500メートルのところであり、その爆風と放射能によって市街地は一瞬のうちに全焼。これによって15万人の死傷者を出したというものなのだが、なんで長崎なんかに原爆を落としたのかというのは、実はあんまりよくわかっていなかった。元々、原爆を積んだB29は、長崎をターゲットとしていたわけじゃなく、八幡製作所を中心とした工業地帯になっていた小倉を狙って、グアムのテニアン空軍基地を出発してきたらしいが、天候不良だったために、目標地を変更。長崎は、開国以降、重要な日本の港として貿易や大陸との乗客輸送の拠点になっていたことと、ここにはいまでは三菱造船の造船場があるが、戦時中は現三菱重工業に該当する三菱長崎兵器製作所の巨大な工場群が存在していた。アメリカ軍としては武器製造工場を潰して日本の敗戦を早めたいという思いのため、最先端の爆発兵器を使って壊滅させたのだろうと思う。

その爆心地は、広島の原爆ドームみたいに象徴になるようなものがないために、わざわざ浦上の教会の建物あとを持ってきているというところが、なんともつまらないものになっている。傍に平和記念公園があるが、それとリンクしないのも、長崎の原爆跡地に関して広島よりも一歩どうしても見劣りしているしまうことや、世間的に認知が低くなっている原因にもなっていることだろう。ただし、外国人の関心はやっぱり高いようで、自分たちがここの公園にきたときにも、ドイツ人だかフランス人だかの観光客が、地元の説明員による解説を熱心に聞いていたのを見かけた。それくらいであるが、これと言って他になにもない単なる公園になっているのがここの場所の現状だ。
というのも、あまりにも爆風が過ぎすぎて、あらゆるものが吹っ飛んだために、何も残らなかったというのが正しい話で、だから記念になるものや目立つものを残すことができなかったと言うことなのだろう。広島の原爆と同じ型なのか爆力についてもどうなのかは、それは戦争関係の人のサイトを確認することにすれば良いと思うのだが、頑丈なものはここには無くすほどの威力だったことは確かだろう。
漫画「はだしのゲン」でもそのシーンは読んだことがあるのだが、原爆が投下されたあと、大火傷を負ったひとたちがこぞって冷やすために川に入ったという内容がここの公園の説明書きに書かれている。それはどういう川なのかと思ってみてみた。ちょうど裏側に川がまだあるのだが、それを見ると、そんなに大きな川というわけじゃなく、むしろいまだとドブ川とでも言うべきくらいの狭さなのだが、ここには水があったので、それを追い求めたのだろう。ただ、漫画でも記載されていたとおり、川に辿り着いた途端に亡くなる人も多く、さらに上流で亡くなった人がそのまま流木のように流れてくるというような光景があったようだ。そのときの死体による異臭はものすごいことだったろうというのは容易に想像できる。

原爆の悲惨さについて説いている碑があるのだが、それを見てどう感じるかというのは、ここを訪問をしているひと各個人によるところだろうと思う。おそらく、買物しか興味が無いような中国人や台湾人はこういう場所にくることはない。なにしろそんな辛気臭いところを見るよりも、食う・寝る・食べるをしたほうが楽しいと思っているからだ。そういうのんきな人たちと戦時についての話をするつもりもないし、どうせ、彼らの政治家による捏造的歴史が史実だと勝手に思わされているようなので、どうでも良いと思う。

先ほども書いたのだが、広島の原爆については「はだしのゲン」で描写がいろいろ書かれているから、原爆投下直後のこともよくわかるのだが、長崎の様子というのはほとんど知らない。もちろん長崎が地元のひとは知っていることなんだろうが、他の地方に住んでいたものにとっては全くというほど知らない。広島のおまけ的なものしか思っていないのが正直なところだろう。もっと長崎の原爆投下については宣伝したほうがいいとおもう。政治的な配慮なのかしらないが、中国のように、やられたら倍以上に宣伝してこんな酷いことがあったと宣伝しても良いと思う。広島が表立ってやってくれるから、それに便乗するだけでいいというような思いが長崎にあるんだったら、それは間違っている。広島は広島であり、長崎は長崎の事情と環境があったわけだから、独自に世界にアピールするべきだとおもう。

さて、原爆が投下されたのは、実は8月9日の日曜日の午前11時過ぎごろのこと。この時間帯には浦上天主堂では日曜ミサがいつものように行われていた。そんな中でキリスト教国家であるアメリカが、同じ宗教信者がたくさん集まっているエリアに原爆を落としたということが災いしてしまい、長崎にカクレキリシタンがいたことは世界的なキリスト教徒には発見当時は大ニュースになったので、いち早く世界遺産になってよかった事実だったが、アメリカによる反対が長年あったために、世界遺産に登録されることはずっと実現されることがなかった。さすがに戦後70年近くなってくると、原爆投下を支持したひと、実際に落とした爆撃機に乗っていたひとたちも、この世からいなくなったことにより、関係者不在という棘がなくなったことで、ようやく昨年辺りから世界遺産登録の動きが活発されたことは良いことだ。世界遺産を政治に使うのは強国のいつもの手段なのだが、長崎は、もろにこの悪影響を受けていたことを改めて感じたのはこの場所に来てからだ。

2013/09/09

富士山の世界遺産登録

日本を代表や象徴になるものとしては富士山が挙げられるだろう。その富士山をどうしても世界遺産に登録させたいという動きは数年前からあったのだが、ようやくその努力が報われて世界遺産に正式に登録されることになった。富士山という自然現象で出来上がった山のことだから、てっきり自然世界遺産として登録されているんだろうなとおもっていたら、なんと文化世界遺産として登録されたというニュースを聞いて、一体、富士山のどこが文化的な遺産になるのか?というのが全く判らなかった。

報道の状態を聞いていると、富士山を取り巻く宗教的・芸術的要素が実は非常に残っているようで、それを残すためのものだということだ。ということは、実際には富士山をテーマとして取り扱った作品集が世界遺産になるものであって、富士山本体には世界遺産の価値はないんじゃないのか?と勘ぐってしまった。が、世間の動きは名目はなんでもよくて、富士山が世界遺産にさえ登録されてしまえば、あとは何でも良いのだという動きになっているのが気になる。

ここ数年前から起こっている山登りブームにくわえて、日本最高峰の富士山が世界登録になったのであれば、もちろん、富士山に登山しようとする人たちが増えてくることだと思う。しかし、個人的には富士山は登るものではなく、下から眺めるものだと思っている。自分の足でわざわざ登頂して、富士山に登ったぁーという満足感はあるのだろうけど、富士山の山頂からは富士山を眺めることができず、単なる雲海しか見えない。そんなものは飛行機の上から毎回見ることができるわけで、なにが楽しくてあんなちょっと酸素の薄いところに行って、苦労して寝不足でヘロヘロにになりながら登り、それも平坦ではなく岩だらけのところを登るなんていうところに何が魅力があるのか全くわからん。それよりは遠いところから富士山の雄大で優美な姿を観るほうが、圧倒的に精神的にも思想的にも豊かになると思うのだが、このあたりの考え方は個人の主観の問題だし、生粋のマゾのひとであれば苦労して登山したという満足のほうを採ってもいいんじゃないのだろうか。

さて、理由はなんであれ富士山が世界遺産になったことによって、色々な問題がこれからは出てくることだろうと思うので、下記に書き出してみようと思う。

まずは、中国の土地バブルと資産運用の考え方により、富士山を含めた水源地域の土地を中国人が買い漁っていたというのがここ近年の動きとしてはある。富士山が単なる自然地域であった場合には、土地所有者が好き勝手にしていいのだろうが、世界遺産になったことにより、今後は指定された地域での開発はすべて許可が必要になってくる。つまり好き勝手にはなんにも開発ができないということと、すべての自然に生じる生産物についても搾取をすることはできないという状態になるわけだ。水源を押さえて、それを商売の道具に使おうとしていた中国人にとっては、大きな痛手になったことだろう。なにしろ、世界遺産になったことで、取得した地域での開発ができないということは、金のことしか考えていない中国人にとっては金のなる木を失ったことと同じであるために、持っている資産がパーになったことと等しい。もともと日本政府は、中国人が土地を搾取していたとしても、土地は動かないものであるから、中国に持って買えることができないのでどうでもいいことだと高笑いをしていたようなのだが、それはその通りの結果になったというわけである。

また、先述の通り、世界遺産になったことでアホな登山客がこれからは数倍の規模で登山をするために富士山にやってくることと思う。一部の登山者だけが楽しんでいて、富士山の自然を守るために努力していた人たちにとっては、自分が登って降りてこれることに感謝をするためも含めて、これまで登山道の整備やごみ収集に大変な労力をかけてきたことは有名な話である。登山者たちは暗黙の行動としてこの掃除と整備をするようになるのに、アホ登山者がこの中に入ってくることになると、それまでの富士山に対する整備がいっきに崩れてくるだろう。登山料を強制的に徴収するという話が出ているのだが、これに対して賛否両論があるのはわかる。だが、上記の通り、富士山の整備のためには、変な登山者がやってきて自然をぶっ壊すというのをさえぎることと、整備をするためにはそれなりに資金が必要であるために、入山料としては1人あたり1回あたり1万円以上の徴収をしたほうがいいと思う。ただ、大金を持っている中国人観光客は、おそらく1万円くらいの徴収料を払っても、おそらく登山道の路上でのポイ捨ては当然のように行うことだろう。彼らは「公の場は好き勝手にしていい」という考え方が自然に身に付いているからである。

そして一番の心配は、自然現象である。東日本大震災の影響で富士山近郊のマグマが活発化していることは事実で、富士山がいつ爆発するかわからないという状態になっている。直接の原因かどうかはわからないが、箱根で続く群発地震もそうだし、温泉の源泉が高くなってしまっているというのも怖いところだ。さて、その富士山が本当に爆発してしまった場合には、あの優美な形が崩れるということになるだろうが、そのときには世界遺産という施策がどうなるのかは不明である。

世界遺産になることで、観光客はわんさかやってくることになるだろう。それを当て込んで儲けようとする人たちがかなり居たはずだ。世界遺産登録の動きを活発化していたのは富士山愛好家のひとではなく、富士山から恩恵を被っていた商売人たちである。ただ、このひとたちも世界遺産になったことで誤算が生じた。結局、今回の世界遺産としては、地域として登録されてしまっているため、その地域で商売をしている場合でも、好き勝手に建設物を作ることができないということと、登録時の状態を保持しなければならないという決まりになっているために、商売をしているひとたちの建物も自前でメンテナンスを随時やっていかねばならないのである。風化してはいけないうことが一番面倒くさいことなのであるが、これに商売人たちは、観光客からむしりとった金でメンテナンスをやっていけるのかどうかは不明である。

それでも世界遺産になったからと騒いで良いのだろうか?一気におそらく世界遺産になったからといっても、その熱が冷めるんじゃないのだろうか?熱しやすくて冷えやすい日本人感情もあるが、おそらく「こんなはずじゃなかった世界遺産は・・」と悲鳴を上げる人たちも出てくるんじゃないのだろうか?これから世界遺産として登録されたのだから、まもっていかねばらないのが地元住民の義務でもある。

2013/05/11

SLベンフィカ(リスボン)

ホテルから歩いていける下町っぽいところにあるレストランに行ったときに、地元のおっさんたちが、店内で放映されていたテレビのサッカー中継を齧りつく様に見ていたので、やっぱりポルトガルはサッカーが盛んなところなんだなーくらいしか思っていなかったのだが、実はこの日のサッカーの試合中継は、普通のサッカーの試合とは異なるものだったことが帰国したあとに判明してびっくりした。

リスボンには2つのクラブチームが存在しており、どちらもポルトガルのリーグの中では強豪であり、さいたまに浦和レッズと大宮アルディージャがあって、浦和ダービーと言われるくらい地元同士の試合だったら、すごい盛り上がりがあるのは有名だが、それと同じように、地元リスボンのチーム同士の試合のときは、町が二分するくらい盛り上がるものになっている。そのチームは、SLベンフィカ(Sport Lisboa e Benfica)スポルティング・リスボン(Sporting Clube de Portugal)というチーム。SLベンフィカは赤白、スポルティング・リスボンは緑白のユニフォームだから、両者の対決のときにはスタジアムに両者を象徴する色が華やかに揃うため、それは見事な状態になるだろうと思う。

それで2013年5月2日はこの両チームの試合があったかというとそうではなく、ポルトガルのサッカーリーグの試合ではなく、ヨーロッパのクラブチームが欧州チャンピオンを決めるための試合、UEFAヨーロッパリーグの決勝を進出するかどうかを決める、地元SLベンフィカと、トルコのクラブチーム・フェネルバフチェSK(Fenerbahçe Spor Kulübü)の試合が、SLベンフィカの本拠地スタジアムであるエスタディオ・ダ・ルス(Estádio da Luz)で行われたのである。そして、その試合に地元チームが勝利をし、決勝戦へ進むことができたという祭りになってしまった日なのである。地元チームがもしかしたらヨーロッパ1位になるかもしれないという期待があれば、普段おとなしいポルトガル人も熱狂するのは当然だろう。

対戦チームのトルコのチームは、一時期ジーコが監督するということになったことで日本でもちょっと知られたチームである。が、あんまりこれ以上のことはヨーロッパのクラブチームのこと、トルコのチームに付いてはよくわからないので述べられないし、詳しい人にこのあたりの説明は受け継ぎたいところだ。

ご飯を食べたあとにホテルに戻ったら、どこのテレビチャンネルを捻っても、もちろんポルトガルのテレビ局ばかりだが、サッカーの試合で勝利したことばっかりしか放映されておらず、なにか解説があるかというと、そうでもなく、試合会場からのライブ映像が延々と流れていて、アナウンサーや解説者のコメントなし。現場の興奮を視聴者のみんなで共有しようという雰囲気が伝わってきた。サッカーファンであれば、UEFAヨーロッパリーグでの決勝進出というのがどれほど凄いものかと言うのは分かるのだろうが、個人的にはよくわからない。なにしろ日本のサッカーリーグでさえもよくわかってないんだから。ただ、ご贔屓のサッカーチームがポルトガル国内ではなく、ヨーロッパ全体の中で優勝できるかもしれないということへの期待については、経済的に下降し停滞しているようなリスボンの人にとっては、ちょっとした悦びであろうというのは容易に想像できる。

なにしろ、テレビ中継で「勝った」ということが報道されはじめると、街中も知らない間に騒々しくなっていた。自分たちが泊まっていたホテルは、ポンバル侯爵広場の傍ではなかったのだが、この広場を中心にサポータたちが通りに繰り出して、勝利を祝う祭りが始まってしまったのである。その騒ぎが自分たちのホテルまで聞えてきたからビックリした。ポンバル侯爵広場のところはロータリーになっており、かなり広い広場になっているからたくさんのひとがやってきたとしても全く収容できるほどの広さはある。さらに、サポーターたちは、道路を走る車の行き来なんか無視して、通る車の運転手に「一緒に勝利を楽しもう」とわざわざ車をとめて同意を求めているというすごさだ。それをテレビ中継し、警官も出てきて「やめなさいっ!」というようなことを一切やることはないところが、リスボンのひと、ポルトガル人のサッカーに対する情熱を示していると思われる。日本だとすぐにDJポリスなんか出てきて、秩序ある行動を歩行者や集まってきたひとたちに求めるのだが、そんな幼稚な要求を市民にしないところがリスボンのひと、ヨーロッパ人の人間性が出来ているところだろう。
だいたい、テレビ中継のときに、スタジアム全体に横断幕として「Go To Amsterdam」というのが出ていたので、なんのこっちゃ?と思っていたのだ。なにしろ、最初にテレビ中継をみたときに、てっきりポルトガルリーグの試合中継でもやっているのかと思っていたので、それだったら、アムステルダムなんて関係ないじゃんと思ったからだ。ヨーロッパもそうだが、サッカーの試合はいろいろなリーグが併行して行われているので、なんの試合で盛り上がっているのか実はよく理解していない、無知な状態で見ているというところに問題があるのだろうと思う。あとで調べたら、上述の通りの状況だということであり、その決勝戦がアムステルダムで行われるということを知ったので、あの横断幕の理由が後で分かったということに気づくのだ。

ちなみに試合が行われたスタジアムは、地下鉄青線のコレジオ・ミリタール・ルス(Colégio Militar / Luz)駅の目の前にある。この駅はスタジアムの隣りに巨大ショッピングモールのコロンボ・ショッピングセンタ(Centro Comercial Colombo)が存在しているので、このあたりはそれだけでひとつの巨大な街が形成されているところだ。ポンバル侯爵広場は、同じ青線で乗ってくれば、そのままやってこれる場所なので、スタジアムの興奮のまま地下鉄に乗ってきている人も多かったのだろう。なにしろ、ここは乗り換え駅でもあるわけだから。なお、スタジアムは正式の名称以外に、いろいろな名称を持っている。地下鉄の駅にも使われている通り「光のスタジアム」と言われていたり、SLベネフィカの選手・ファンにとっては、「カテドラル」と呼ばれていたりするのだ。それだけ、ファンにとっては聖地であることは間違いない。
しかし、2013年5月15日にアムステルダム・アレーナで行われた決勝戦では、イングランドの強豪チェルシーに2対1で負けてしまって、残念ながらこの年のリーグではSLベンフィカは準優勝で終わった。1983年以来の準優勝である。

SLベンフィカ(Sport Lisboa e Benfica)
URL : http://www.slbenfica.pt/
本拠地:">エスタディオ・ダ・ルス(Estádio da Luz)

UEFAヨーロッパリーグ
URL : http://jp.uefa.com/uefaeuropaleague/index.html

2013/01/06

新年のご挨拶 2013

みなさま、2013年、明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

時間と記事の内容が増えるに従い、濃密な内容になっていければいいとおもっていた個人的ブログも、2013年になっても全然一向に進歩がなく、内容がなく、そして文字数が多いだけという、読者にとってはなんとも拷問のような記載方法しかこいつはできないのか?と毎回思われていることでしょうが、たぶん、これは2013年という新しい年になっても変わらないことなんだろうと思う。

元々が、他人に見せるためにブログを始めたというのではなく、その時に感じていたことや記録として残しておきたいことを集めて記載していただけなので、ネット上にボクという存在があるので、みんな見てみて!というようなアピール的なブログとして発展してきたというわけじゃない。あとで自分が記載した内容を自分が読み返して、このときにこんなことがあったよねーと、本来なら自分だけしか知りえることがなく、自分だけが知っていれば良いだけということを、ただ単にお節介ながらも他人にも開示してしまっているという、単純に文章の露出狂でしかこのブログはない。

毎年なにか新しい趣向でブログを発展していこうとは思っているのだが、結果としては前年度と全く変わっておらず、散文内容も変わっていないというオチになり、毎年の「今年こそは」は全く気合だけということを露呈してしまっている。旅行記が多くなってしまっているこのブログも、できるだけ幅広い分野で記載したいところではあるのだが、タイムリーな心情やニュースに対する考え方は、徐々にツイッターに以降してきた。特に転換期が2012年だったかと思われる。ブログのほうは文字数が多く記載できるために、ツイッターで複数のTLを使わなければ記載できないことをまとめることができるという面では大変効果的だ。だから、ブログはこれまでもなんとなくとおもってやってきたとおりに、タイムリーではない内容について批評を含めて記載していきたいところである。

あとは今年からアップロードする写真に対する扱い方をなんとかできないものかと模索したい。自分で撮った写真を他人に流用されるようなことを結構見てきたのだ。別に規制したいという気持ちはあまりないのだが、承諾もなしに勝手に使われるのは気分が悪い。だから、どっか別の人がなにかに使った場合には、それをトラッキングできるような仕組みを画像に埋め込んでおきたいと思うのだが、それをどうやって実現すれば良いのかは勉強中。他人の写真を勝手に流用するんじゃなく、リンクとして紹介してくれればいいのにと本当に思うのだが、なぜ自分の写真として利用したがるのかがわからない。

いきなり批判から入ってしまった。こういうクセは今年は直していきたい。

2012/10/06

アリさんマークの引越社

今回の引越しを頼んだのは、アリさんマークでおなじみの「引越社」にしたのだが、他の引越し業者にしたときにはどうだったのかというのは比較ができないので、コメントができない。ただ、今回頼んだ引越社の仕事っぷりについてはレポートができるので、それをありのまま記載したいと思う。

今回はこの引越し業者に頼んだのは①引越し荷物の梱包②引越し後の開梱③不要家具類の廃棄④詰め込み用ダンボールを好きなだけというものだった。①と②は実はセットメニュの1つのようで、いわゆる「おまかせパック」というやつである。業者から女性がやってきて、あらゆるものを引越し用のダンボールに詰め込みをする。そして、男衆が詰め込まれたダンボールと家具類をトラックに載せて引越し場所に移動する。そして移動場所では、運んだ荷物を家に入れる。最後にまた女性がやってきて開梱をし、棚などに詰め込みをするというものである。③の不要家具の廃棄は、最初は要らないものは特定できていたのだが、引越しの準備をしていくと、徐々に要らないものがもっとあるということがわかってきて、最終的には部屋1個分になるくらいの要らないものが出てきたことになる。④のダンボールはもともと契約したときに本来ならば何枚かまでは無料ということだったのだが、最終的には全部無料にしてもらった。でも、全部で大小のダンボールをあわせて100個以上になったので、引越し業者もさすがに「これは多いですね」と吃驚したくらいだったのだが、それも全部無料にしてくれたのは嬉しい。もちろん、余った場合には全部引き取ってくれるのでそれは便利だ。また、引越し先でも開梱を頼んでいるので、そのときに出てくるダンボールは引越し業者がそのまま引き取ってくれるので、後処理がとても楽だった。

家具類を除くと、全部で詰め込みダンボールが100個以上になったことは、引越し先に移動したときに、最初の夜はそこで寝るのがとても困難だった。なにしろ、ありとあらゆる場所にダンボールがタワーのように積まれていたわけで、そのときに、これを全部本当に開梱をできるのかというのはとてもじゃないが、業者に任せないと1日では絶対に終わらないなとは思った。1日で梱包および開梱をしてくれたのはとても助かったのであるが、あらゆるものをただ詰めるだけの作業を行っている業者にとっては、引越し先で、どこに何を詰められたのかをあとから発掘作業をしなければならない結果になったので、手間を考えるとこれが正しいものだったのかどうかはよくわからない。業者のひとの作業をすべて把握しながら、「あれはそこ、それはそこ」と指示できればいいのだが、体1つではさすがにそれを指示できるほどの余裕は無い。大枠として、大きなものをどこにどのくらい互いに離して設置するかとかそういう支持はまだダンボールがないときにはできるけど、ダンボールタワーになっているときには、もうダンボールをどかさないと収納できないところに場所に指示するのは結構大変である。いちおう業者の女性のなかでも、こうしたほうが使いやすいだろうということを考えて収納してくれるひともいたが、服系統を担当したひとは本当に適当に収納したから、あとから夏服どこだっけとか冬服どこだっけというようなことを個別に探すのが本当に大変だった。
廃棄物の問題として、本来ならは退居する家が市などの指定袋を利用したり、有料の廃品回収を利用して処分をしなければいけないのだが、最初はいくつかそれを利用した。しかし、引越しの片づけをしていけばいくほど、余計なものが出てきて、それをどう処分したら良いのかというのは、梱包や仕分けをするのに時間をかけなければいけないときには、後回しになってしまう。そうなると、最終的に後回しにしたものばっかりが別室に山積みになってしまうわけである。山積みになったものは全部要らないのだが、それを公共の廃品回収に廻した場合、一度にもって行ってくれる量が決まっているし、金もめちゃくちゃそれなりに掛かる。困ったなーとおもっていたところに、引越社のかたたちが「じゃ、もっていきましょうか?」と言ってくれたのは非常に助かった。本来なら数ヶ月かけて廃品回収でしょりしなければならないものを全部もって行ってくれたのである。当初の金額内にはもちろん入っていない想定外の量になってしまったのだが、それも処理してくれたのはありがたかった。しかしながら、あとからやっぱりまだ廃品にするべき物品が出てくるのである。例えば、ベランダにあった植木や、要らなくなった本棚の棚セットとか。こういうのはあとから追加料金として、かなりとられるだろうとおもったのだが、追加としてお願いをしてみた。が、すごーーーーく良心的な値段で処理をしてくれたのは大変、本当に、大変助かった。ありがとう引越社のかたたち。本来ならブロックと土については再生ができないので、引越社のほうでも処理ができないらしい。が、あまりにも困った顔をしていたのかもしれないのだが、それを見かねて「もう全部やりますよ」と引き受けてくれた。なので、最初は提示された価格で払おうとおもったのだが、もう面倒くさくなったので、その倍は一応払うことにした。それでも、一般的な廃品回収に廻した場合は、それよりも数十倍の値段がかかるのはわかっていたから、金額の差を考えるとお徳だと考えたわけだ。

それにしても、引越し業者の人たちはどこまでが社員でどこまでがバイトなのかというのは、なかなか本性が分からない。引越社の場合はどうなのか、うちにやってきたひとたちに聞いて見たところ、ほとんどが社員の人らしい。重い荷物を運ぶにはそれなりに体力が必要だし、技術も必要だったりするのだが、体力馬鹿ではこの仕事ができず、お客様のために丁寧な仕事をするというためには社員じゃないと、それはできないのだというのがモットーらしい。この心意気は吃驚した。てっきり現場監督あたりが社員で、あとは全部バイトだとおもっていたのにも関わらずである。ただ、全員が社員かというとそうじゃないらしい。バイトにはバイトしかさせない範囲があるらしく、それは社員と同じことをさせることは無いらしい。それは良いとしても、男衆の体力はハンパないものだというのは改めて感じた。なにしろ、書籍が箱一杯になっていて、1個でも持ち上げるのにひーひー言うところを、彼らは平気で2個は軽々と持ち上げて運んでいく。素人ではそんなのは持った途端に腰を痛めて、もう動けませんって言うことになりえなくも無い。「すごいですねー」と聞いて見たところ「2個ずつ運ばないと、時間がかかってしかたないですから」という返答なのだが、そういう問題なのか?と思ったが、マンションのような場所だと、1個ずつ運ぶと確かに時間ばっかりがかかって仕方ない。うちのような書籍がめちゃくちゃ多い家の場合には、箱としてはそんなに大きいわけじゃないのに、ほとんどみっちり入っている箱を何十箱も持っていくのは実は結構大変なんだと思っている。

そんな重い荷物をせっせと運ぶ引越し業者のひとたちのふくらはぎの発達と言ったら、そりゃぁもうレスリングでもやっているかのように、すごい筋肉が発達していたのには驚いた。それくらいの筋肉が無いとあの荷物や箪笥を軽々と持ち上げることは出来ないんだろう。一時期「佐川男子」という佐川急便の配達員の写真集がバカ売れしたが、あんなもん誰が買うんだろうと思っていたところ、確かにこういう写真集がゲイのひとを中心に流行ったのは分からなくも無い。あぁいうやからは顔よりも体型とか体つきとかのほうに興味があるようなので、そう考えると密かに買っているのはわかる。

もうひとつ引越社にお願いして吃驚したことがある。それは何度か引越しをお願いした過去の経験からによると、引越し業者の人が定期的に休憩をとるのはいいとしても、そのときに、引越しを頼んだ側、つまり自分たち側が引っ越し業者の人たちに対して、お茶やご飯の提供をするというのが普通だと思っていた。随分前に父の仕事の都合で転勤のための引越しをしたときに、ご飯時期になったときに、オマエは最初からいたか?と疑問視してしまうくらいのひとたちが、どこからともなくやってきて、こちらが用意したご飯に勝手にありついていた状況が、鮮明に記憶している。あのときに使った業者は、いまだにダンボールが残っているのでわかるのだが日通だ。ただ、そのときに担当した人・およびその営業所の人たちが酷かったのかもしれない。だから、その経験があるので今回も大いに集られるんだろうとおもっていたのだが、最初の契約時に「お茶やごはんの提供は一切行わないでください」と引越社のほうから言われてしまった。これには吃驚である。

のちのち箪笥の位置が気に食わなかったので移動してもらうことをお願いしたのだが、このときは1個の箪笥を移動するだけだったのに、廃品回収してもらうよりもすごい高い値段を請求された。ということは、本来ならそれくらいの費用が必要なんだということなんだろう。実際の廃品回収や引越し作業を精査してみると、値段的にはお徳だったようなきがする。

また、開梱をしたあとのダンボールというのは、後処理が結構面倒くさい。マンションによってはダンボールは自分たちで処理しなければならず、その処理費用もバカにならないということもあるだろう。大抵の引越し業者はダンボールを引き取ってくれるのだが、その際に無料でやってくれるところはなかなか少ない。引越社の場合は、引越し当日に出てきた廃ダンボールはもちろん引越社が持ち帰ってくるのだが、そのあとにまたまとめてダンボールを引き取って貰う場合でも、これはもって行ってくれるところがありがたい。

それにしても、うちはなんでこんなに荷物が本当に多いんだろう。他の人に聞くと、ダンボールで100個っていうのは、まずないよーと言われてしまった。しかたないじゃーん!しかし、引越社のひとたちの手際よさには、圧巻としてみていて、ただただ脱帽だったことは否めない。無駄な動きがまったくないのだ。また引越しをするときがあったら、またお願いしたいところである。

アリさんマークの「引越社」
URL : http://www.2626.co.jp/

引越しは大変

なにを思ったのか突然「家を買おう」と思い始め、即効で買った。自分の家は小さいころから転勤族だったので、特に引越しをするということに対してはなんの抵抗もなかったし、どこに住むかというのはこれまでは親が決めていたようなものだったが、今回は自分の金で家を買い、そこに住むようにすることにしたので、なんだかいつもの引越しとはちょっと勝手が違う。これまでもマンション住まいではあったので、庭付きが絶対良いといっている田舎出身の人とは考え方が違うから、今度もマンションにした。どうせ、30年くらいしかここには住むことは無いだろうから、その間にここを本拠地にするというのは別に悪くないなとおもっていた。おまけに今までと最寄り駅は同じなのだが、駅のすぐ傍のところに移動したので、なにをするにも便利なところだというのがまたいい。

引っ越す場所は良いのだが、引っ越すまでの準備というのが本当に大変である。まずは引越し業者の選定から。引越し業者というのはいくつもの最近は存在するので、どこにお願いしたら良いのかというのは大変迷うことになるのだろうが、1社だけじゃなく、今回は5社に見積もりをお願いすることにした。日通・ヤマト運輸・アート引越しセンタ・引越しのサカイ・アリさんマークの引越社である。即効で見積もりをもってきたのはサカイなのだが、同じ条件で各社出したのに、一番高い値段だった。そんな中でも何度も通ってくれて値段交渉に応じてくれたのが引越社だった。これまで、引越社に頼んだことが無いので、どこまでやってくれるのかは本当にわからなかったが、荷物の梱包と開梱まですべて全部やってくれるという条件でお願いしたのに値段が一番良かったからだ。

引越し業者が決まって、あとは引越しをする日の決定なのだが、これは9月の上旬にしようとおもった。というのも、それまでのマンションは賃貸だったのだが、退去するには最低でも1ヶ月前までに通知しないといけないらしく、結果的に9月の下旬までは利用できるようになったので、後片付けなんかも考えると大きな荷物は9月上旬には移動しておくことにしたほうがいいとおもったのも理由だ。結局準備としては1ヶ月以上あったのだが、あとで考えると日付が決まっているのだから、もっとテキパキと片づけを擂ればよかったと思っている。

大枠の荷物の梱包と開梱については業者がやってくれるとしても、新しい家に持っていくべきかどうかという判断というのは家主じゃないと判断がつかない。ということで、結局は業者が引越しの片づけをするまでに、自分たちで要るもの・要らないものの選別をすることと共に、棄てるものはさっさと棄てるということをしなければならないのである。一番大変だったのは書物だった。うちには底が抜けるんじゃないのかというくらい、まぁ書籍類がめちゃくちゃある。たぶん、小さなBookoffよりは多い本と種類が存在するんではないかとおもうくらい存在するのである。これを今回は1/3に減らすことを目標として片っ端から棄てた。中には希少価値のある「火の鳥」の雑誌タイプ(たぶん昭和40年代くらいに出版したもの)とか、ドカベン全巻などなどの全巻揃っている漫画も結構ある。早川ミステリーの本については父親の本だが、これも100冊以上全部棄てた。というより、全部ミステリー好きの友達に郵送で送ったというのが正解である。とにかく、本好きのひとにとっては泣いて喜ぶような本は結構たくさん存在していたが、それを片っ端から棄てた。Bookoffに持って行こうともおもったが、あまりにも古い本は買い取ってくれないという話を直接店から聞いたので、Bookoffに持っていくのは諦め、全部廃棄処分したわけである。

それから考えるべきことは、家具類のレイアウト。どこに何を配置するのかというのはとても重要なことだ。食器棚とか収納棚などのようなものはめちゃくちゃたくさんあったので、これも片っ端から棄てた。しかし、もっていく家具もどこに置くかによって、もしかしたら置く場所によってはその家具が入らないかもしれないからである。だから、何度も新しい家と前の家を往復して、部屋のサイズを結構考えてレイアウトを考えた。それでも、最終的に1つの洋服ダンスが入れようとおもっていた部屋に入らず、当初の予定とは異なり違う部屋に入れざるを得なかったという事象が起きたのは痛かった。

そして、いままではリビングも和室形式で座るときも地べたにすわるようにしていたのだが、今回はソファ形式にすることにした。いままでだったら眠くなったらリビングでも寝られることができたが、ソファだったらそれが出来なくなる。ところが、ちょうど6月にバンコクに行ったときに、ダイニングソファ形式のものがあることを発見したので、それを導入することにした。最初は部屋には小さいかもと思っていたが、入れてみるとちょうど良い大きさだったので、選択が良かったと思う。このあたりは「大塚家具」の項目で記載したいと思う。

家を購入するときも引越し業者を選ぶときも、会社のほうからいくらか補填みたいなのが出たので、それを大いに活用させてもらった。家を買うときには2%分を、引越し業者選択の場合には、割引というよりも特殊サービスを追加してくれたり、割引も交渉によってはしてくれたのである。ローンは組むことはしなかったので、ローンに関する会社からの補填は必要がなかった。

最後の最後まで引越しのときには、棄てるものも棄てるということをあんまり思ったほどできないで、結局は無理やり新しい家に持っていってしまうものもあったが、大抵の場合は、予想以上に廃棄処分をしなければならなくなったものに混ぜて廃棄したのだが、これはあとで記載する引越社の世話にとてもなったのは言うまでも無い。特に、予定以上の廃棄物質が部屋を1つ塞ぐぐらいのものが溢れていたので、これだけ無駄なものが今まで家にあったのかというのを初めて知る。普段から棄てるものはさっさと棄てるのがいいということもわかった。

ただ、問題は引越しを業者に梱包から開梱までお願いしたのだが、業者側はとにかく収納することだけが目的であり、使いやすいように収納するかは別問題だから、あとからどこに何が入っているのかというのを捜索するのがすごい大変だった。あとは、割れ物や金銭的なものは引越し日とは全く異なるときに事前に新しい場所にもっていったのは正解だった。特に金銭的な通帳や保険証や現金は、業者がなにをするかわからないので、新しいところに隠しておくのが一番いいのは最初から分かっていたので、特になくなったものはない。あとは、陶器でも割れたら困るものも事前にぷちぷちのようなもので包んでたくさん運んだのは正解だった。九谷や伊万里の焼き物や、備前などの陶器は小さいながらも価値があるものなので割れたり紛失したら泣きを見るからだ。

とにかく今回の引越しはいつもよりも酷く大変だった。棄てるのが一番大変だったが、それよりも片付けることを知らないひとが、今年は初めて引越しの手伝いをしたから、もうめちゃくちゃになった。なにしろ、自分が収納した場所を全部忘れるので、どこに何を入れたのか、そして何が足らなくなっているのかというのが誰も他に分からなくなっているからである。後は好き勝手に物を収納するので、家全体の使い方をあんまり考えていないで好きなようにやっていることも、いままでどれだけわがままにやってきたのかというのがよくわかったことだった。

2012/08/19

韓国、今度こそ許さん!

韓国の李明博大統領が、「痛惜の念(今上天皇の過去の御言葉)などという単語ひとつを言いに来るのなら、訪韓の必要はない」。「韓国に来たければ、韓国の独立運動家が全てこの世を去る前に、心から謝罪せよ」というような天皇陛下蔑視に等しい発言をしたことは、相当の日本人はびっくりしたことだろう。日本生まれで日本で育っている大統領にしてはお粗末な発言だった。天皇陛下の国家としての位置づけは、主権者ではなく日本国家の象徴として存在しているだけに過ぎないが、彼にとっては政治に参加している主権者の1人という意識がどうしても抜けていなかったのだろうと思う。

過去の韓国の大統領も、日本による植民地政策について一方的に「あれは悪いことだ」と主張することは主張した。植民地政策に付いてよく知っているひとにとっては、一国の大統領のこのような発言は無知にも甚だしいとして鼻くそ飛ばすくらいで良いことなのはよくわかっている。朝鮮民族が大和民族に負けるなんて、末代の恥だというのが根本的にあるからであり、日本からはなにも恩恵をもらったことがないというのが自負しているからなのだろう。まぁ、その程度でぎゃーぎゃー騒ぐ程度であればよかったのだが、今回の李明博の発言はその度を越えてしまった。なぜなら、過去の大統領は天皇への責任については言及しなかったからだ。というのも、それは過去の大統領は、さすがに馬鹿じゃないので、戦前・戦中の行為については過去の日本軍人の行為であり、天皇陛下には責任があるわけでもなく、また、今上天皇には戦争責任なんてあるわけが無いというのを知っていたからであり、日本には責任があるとアホのひとつ覚えのように主張したところで、天皇陛下への責任を謳ってもそれは意味が無いことがわかっていたことだったからだ。だが、今回はあの大統領は「おまえも責任がある。」ということを根本的主張として、「謝りかたが悪い」とでも言いごとくの主張を述べた。

なぜ彼はこの時期にこんなことを言ったのだろうか?日本からの独立記念日である8月15日が近いからなのだろうか?実際にはそうじゃない。これは単なる人気取りの発言にしかない。もう既にそういう意味であるというレポートは、日本国内だけに限らず、韓国国内でも良識者によって判断されている。じゃ、なぜ人気取りのための発言をしなければならないのかというと、それは政治的な裏工作が韓国にはあるからである。

竹島問題で韓国は竹島を実効支配している。そして、日本との間はこの竹島の領有権の主張合戦を繰り広げており、韓国国内では国民一丸になって、幼児から徹底した洗脳教育によって竹島がもともとの韓国領土のものであるということを教え込んでいる。その教育によって育ってきた人たちが、今度は国民をコントロールするような立場になってきたので、ますます竹島は当然韓国領土であるという主張は崩れるわけが無いし、いままだ自分たちが教わってことが全く間違ったことであるということを認めることは、自分の思想が死んだのも同じなので、絶対認めるわけが無いのだ。日本が国際裁判所で争おうと思っても、もともとが間違った主張なので、韓国がその法廷に立つと当然負けるのは決まっている。負ける戦に参加するほど韓国も馬鹿ではない。だから、むちゃくちゃな主張で韓国の領土なんだから参加する意味が無いということを言っているのは昨今の動き。

竹島というエンドレスな争いだけで日本に対する不満を撒き散らすことを国民に求めればよかった。いま韓国企業は、一部の財閥企業は国際的に競争力を持つようなことになっているので、韓国企業は一様に調子が良いように見られているのだが、貧富の差がめちゃくちゃ出てきて、貧民層のフラストレーションはそりゃぁもう酷いものである。もともとの火病を国民病としている韓国のこと、企業に対してボイコットや叩き壊しのような暴動が起こることは絶対されては困ると思っている。なぜならこういう財閥企業と政府は密着しているからであり、企業がおかしくなると国家もおかしくなるからである。過去2度も韓国は経済的にデフォルトをしてしまっている。つまり、各国へ借金している金を「チャラにして」ということを勝手にしでかしている。企業がだめになると国家がダメになり、また3度目のデフォルトになると、今度こそ韓国が世界における信用度は全く無くなってしまう。ただでさえ、信用度が低い国民および国家なのに、これ以上信用度が低くなってしまっては困るのだ。オマケに韓国ウォンがいつまで経っても全然強くならないという弱みも握られている。なので、企業への鬱憤を国民が持つことは絶対回避しなくてはならず、それを外に向けるようなことを絶対にしなければならない。日本という弱腰外交で、徹底的に叩いても自国にはなんのデメリットも無いと勝手に思っている相手を常に作ることで、国家の意見を統一できるし、国民の鬱憤を回避することができるという2重においしい事情があるからだ。だから、竹島は絶対に解決してはならず、解決した場合には韓国が日本に負けたということを意味するわけで、それを絶対に国民に知らせるわけにはいかないから、いつまで経っても解決してはならないのだ。

この状態で、李明博は天皇への戦争責任を上乗せした。

過去の大統領は、国民が国家への不満を持っているのは知っており、日本にそれを向けさせたのは今に始まったことが無い。それに日本から戦争賠償金をがっぽりせしめていたのに、それを国家のインフラに全部使ってしまって国民に配布しなかったという事実をひた隠していたから、国民は日本に対して、アホのひとつ覚えのように「賠償金出せ」ということを、かつての韓国国民は一様に貧乏だったからなおさら主張していた。これによって韓国は国民の意見を統一させていたことのだが、天皇への責任という今回の愚策はさらに日本から金をふんだくってやろうという意図があるわけじゃない。それなら可愛いものだ。

恐喝まがいでもないのに、なぜ天皇陛下に責任追及するような立場を言ったか?それは彼自体が死んでしまうかもしれないからである。そういう言い方をするとさすがに起こられると思うが、大統領自体が退職したあと、死刑が待っている可能性があるからというのが正しい言い方だろう。李明博大統領の任期は2012年の12月まで。それまでに「良い大統領だった」ということをできるだけ韓国国民にアピールしたいところなのだ。再選はもちろん無理だとしても、いい印象にしおきたいという意図はある。なにもしていないと思われる大統領だが、彼の弟が不正に不動産取得をしたことがいま話題になっている。これを気に、現大統領の身辺調査が必死になって行われることは確かだ。韓国大統領の場合、現職にいる間は、大統領府によっていかなる検察・調査はできないことになっている。現職を退官したら、単なる一国民に成り下がってしまうので、そのときに追及の手は一気にやってくるのが必須だ。逃げられない。

過去の大統領はどうだったか?というと、実はほとんの大統領が死刑か逮捕されている。大統領になった男をよくもここまでめちゃくちゃにできる国民だということにはあきれるが、それにも負けずに汚さでいえば、大統領になるような人間ほど汚い色に染まっていることができる人格じゃないと成り立たないというような国家なのだろう。だから、大統領を辞職したあとの逮捕を彼は逃れたいと思っているのである。逃れる手段としては、自分へ追及されている手を緩めたいという手段をなんとしても考えたいと思うのは、人間の情け無い性なのだろう。それと今回の大統領による天皇陛下の戦争責任の関係性だが、李明博は、天皇へも責任はとうぜんあるよね、韓国国民のみなさん?と思って人気取りを得たいと思ったのだろう。だから、その前に竹島への大統領自らの上陸を行ったりして、大統領のやることなすことは国民から支持が得られるはずだとおもったに違いない。ところが韓国国民はそれほど馬鹿じゃなかった。天皇への責任追及発言をしたことによって、「この大統領、本当はバカなんじゃないの?」と思ったところに韓国国民が知性をとりもどすことができたのだろう。

竹島については、子供から大人まで自国領土と教育されたので、大統領のやることには納得をしたとしても、戦争への話は戦後70年も経過するというのにまだ言っているのか?と思うのは若い人たちを中心としたグループ。いまの日本国民および日本の天皇陛下に責任なんかあるわけがない、悪いのは過去の人たちだというのはよくわかっている。だから、いきなり70年前の話を持ってこられても彼らには理解できないのだ。何言っているの、このオヤジ?である。

いずれにしろ、彼は12月以降、なんらからの理由で絶対投獄される。そういう理由の付けかたはアノ国では得意なことだ。やっていることは、ほとんど日本の戦中時代に赤狩りと同じである。だから、彼は今のうちにどうしても人気を取りたかったのである。奥の手のつもりだったが、予想以上に反応が悪く、「え?もっと国民の支持があってもいいのに、なぜ?」と思ったに違いない。

大統領からしてこんなくだらないことに命をかけているのだ。つまり、自己保身のために国家を使って自己アピールしているのである。サッカーのときの竹島領土主張も同じ考えなんだろう。これは韓国サッカー協会がオリンピックに出場した選手を使って、政治的主張を禁止されているのに主張したとして罰せられているのは記憶に新しいが、彼らにとって使える手段は何でも使おうというルールなんて無視なのだ。つまり、彼らが作ったルールのみが正しいルールであって、世界が決めたルールも当然だろうが、他国や団体が決めたルールは自分たちの主張にあわないので、そういうのはルールを守る必要が無いと思っているのだ。そして、文句を言われないのであれば、ルール無視をしても良いと思っている節が絶対ある。オリンピックのサッカーの試合のあと、世界中からバッシングを受けて、慌てて韓国サッカー協会の会長が自己弁護にFIFAに行ったのは、協会ぐるみで行っていたことをバレないようにするためのこと。協会全体でルールを無視して横断幕を広げたということになったら、韓国は永久に国際試合に出場できないことになるからだ。世界中にとってはそれは痛くも痒くも無い。ただ、韓国にとっては日本と試合して、国民の鬱憤を発散させると言う手段ができなくなることだけは絶対避けたかったのである。じゃないと、鬱憤は絶対内向きに働くからだ。そうしたら、また韓国は内乱の時代になる。なればいいじゃんと個人的には思うのだが。

これまで、日本ではキムチ音楽、キムチドラマに熱狂的なファンがたくさんいたし、それは最初はババァたちを中心に盛り上がっていたが、電通を中心とする宣伝媒体が、日本国民を洗脳に近いくらいの勢いで「韓国の芸能界は素晴らしい」と植えつけたことによって、キムチ音楽は日本の若者にも安定したファンをつけることもできたし、ドラマについても最終的にはあんまり伸びなくなったが、映画やドラマはいつでも日本のテレビチャンネルには放映されることになった。面白いか、面白く無いかはまったく関係ない。キムチタレントの誰が出ているから、じゃぁ、このドラマや映画を見ようという、日本の芸能人に対する考え方と同じような現象をキムチタレントに対してもできるように日本の宣伝媒体が行ったことは罪に値するが、すごい勢力だったと思う。しかし、そんな勢いがあったキムチファンたちも、さすがに竹島問題+天皇陛下への発言という2つのことが出てきてから、「韓国ってやっぱり馬鹿なんじゃないの?」という風潮がすぐに広まった。あんなところの国のことにわーきゃー言っていた自分たちは一体なんだったのだろうか?と思った人はどの程度が居たのか知らない。しかし、韓国への渡航を自粛した人たちはかなり居た。おかげで旅行会社は一気に目当ての韓国渡航のツアーを全面的にキャンセルせざるを得なくなった。一度悪い方向へ歯車が廻っていくと、その歯車は止まるところを知らない。つまり、一度熱狂的になっていた思いが「なんか違う」と分かった途端に、それまでの熱狂さは一気になくなる現象になるのだ。これは日本側の問題だけではなく、受け入れ先の韓国側にも経済的に大打撃を与えることになった。良い気味だとおもう。日本人観光客から、金をふんだくって儲けていたやつらが、いっきに儲けの手段を失った形になったのだ。韓国経済は韓国人が支えているのではなく、実は中国と日本人だったということをようやく思い知ったのである。しかし、後の祭り。さすがに脳みそゼロのキムチファンたちも、声高々で「韓国に興味があります」というような主張が全くと言って良いほどなくなった。それでもまだ韓国に興味があるというような、奇特な人たちは、本当に本当に根っからのファンなんだろうし、たぶん周りの目なんかどうでもよくて自己主張が激しい人たちなんだろうと思う。しかし、「なにがそこまでいいのか?」と聞くとまともに答えられる人たちが居ない。誰々がカッコいいとか、かわいいとか主張するが、それもこれも全部整形で頑張って塑性しなおしているんだろう?というと、一概に無口になる。事実だから仕方が無い。まだ自然の美で勝負をしている華人タレントのほうがよっぽどセンスもあるし実力もあるのだが、電通は韓国系のひとが強い企業なので、華人タレントを大々的に宣伝に用いることは無いところが痛い企業の特徴だと思う。

脱線してしまったが、日本人ババァたちがキムチ風潮からの流れから逸したことは素晴らしい流れだと思う。それの代わりに、ゴレンジャーや仮面ライダーのようなところに出演している若手イケメンタレントに目を向けて日本の芸能界をもっと盛り上げるようなことをサポートしてくれたほうが断然良いだろう。

そうそう、日本と韓国の間には通貨スワップが締結されている。金融市場の安定のため日韓における金融協力の強化の観点から行うものとして締結されているものなのだが、実際には日本が韓国の経済面を支えているというのが現状だ。この締結は、「外貨不足や通貨危機などの際にあらかじめ定められたレートで相手国の通貨と自国の通貨もしくは国際通貨などを融通し合う」というものであり、2011年10月19日に限度額が総額130億ドルから総額700億ドルへと増額が決定されたのだが、実質は韓国が日本から通貨を融通して貰っているというのが現状。この金額を「もうやめた」と日本が言えば、いっきに韓国は経済的にまたデフォルトすることになるので、日本政府は脅しのように「そこまでぐだぐだ言うんだったら、てめぇの首を自分で絞めることになるが、ええんか?」というようなことを言えばいいのだ。そうすれば、一気に韓国は「わるぅございました」と謝ることだろう。これができるのかできないかは、現内閣がどこまで強気でいくことができるのかというところなのだろう。が、そこは韓国になぁなぁになっている民主党のことなので、そこまで強気に韓国に対して出ることは無いと思われる。それだけ在日韓国人からの政治的関与があることなのだろうとおもう。

もうあんな火病の巣窟なんか潰れてしまえ。

ロンドンオリンピック終了


ロンドンオリンピックが大絶賛のうちに2週間のイベントを終えた。ロンドンで開催するのは、もう何度目になるのかわからないオリンピック大会だが、それでも今回もいろいろなドラマが繰り広げられたことは確かだし、日本にいる人たちは、深夜や真夜中に放映されたライブ映像を見るために、早起きしてテレビに噛り付いていた人たちにとっては、夏の暑さと深夜のテレビ放映観賞のため、眠気としては地獄の2週間だったことだろうというのは想像できる。

今回のオリンピックは、金メダルの数はそんなに多くはないが、総獲得メダル数では過去最多の数が得られたということで大いに盛り上がった。それもメジャーな競技だけじゃなく、アーチェリーのような地味な競技にもメダルが入ったことは、今後同じような競技をしていきたいと志望するひとが増えるきっかけになったのは確かだろう。メジャーなスポーツでも、女子の卓球がこれまでメダルから程遠かったというのを聞かされたときに、卓球愛ちゃんすごいわーと、ちょっと考え深く思えた。また、女子重量挙げも、父娘でメダルをゲットしたということはとても普通の家庭では考えられないし、とても地味な競技だっただけにメダルが取れたときには、こちらも注目されたのは当然だろう。

金メダル確実といわれていたのは、体操の内村、レスリングの伊調、同じくレスリングの吉田だ。この3人は本当に恐れ入るが、前評判どおりに金メダルを取得した。おそらく半端ないストレスが彼らには掛かっていたに違いないが、個人戦での彼らの実力は、どんな条件でさえもクリアできるほどの実力を持っていたと思う。内村選手にいたっては、個人戦よりも団体戦のほうを重要視していたから、それを逃したのを悔しがるのは無理もない。しかし、先に団体戦をしたことによって、各器具の調子がどうなっているのかというのを競技を通して知ることができ、繰り出す技をどうするかという組み立てにも影響があったに違いない。

水泳や柔道のような試合は、メダル云々よりもその競技自体がおもしろいので、じっくりテレビの前でかじりついて観ていた。

オリンピック競技を通じて、いろいろ事件があったのにも、驚きと笑いがあったのを書き留めておく。一番オリンピックが終わってもまだ引きずっているのが、男子サッカー準決勝で韓国(以下・キムチ国)が勝ったときに、観客席から「独島はわれわれの島」と書かれたプラカードをピッチ上で掲げて、そのままピッチ内を1周してパフォーマンスをしたというのがニュースになっている。これ、FIFAもIOCも政治をスポーツの場に持ち込むのは、スポーツ精神に違反すると目くじらを立ててしかり始めた。韓国側はあわてて「プラカードを持った選手が個人的にやったこと」と釈明を各方面で言っているようだが、韓国人は基本的うそつきであり、公共の場でも平気で赤を緑にし、自分たちが正しいと主張する人たちであるから、本質を見誤るとIOCやFIFAの人間は首をくくらなくてはならない。
実際には、韓国サッカーリーグの会長が直接韓国側の応援団に混ざって、前々からプラカードを作って選手に渡そうと計画していたことが、ネット上にすっぱ抜かれていたし、韓国サッカーリーグ会長が、アポ無しにFIFAへ駆けつけていたが、門前払いになって無理やりの主張を聞いてもらえずに帰ってきたということも報道されていた。もう韓国はやりたい放題である。

韓国の選手がプラカードを持ってスタジアム内を走り回ったということの理由として、韓国側は「選手の行為は、政治的ではなく、単純に突発的に起きたこと」だとFIFAへ説明しようとしている。突発的なことだとー?突発的なことということは、偶発的なことだと思っているということか?わざわざ観客に扮した韓国サッカー協会の連中からプラカードをもらったのも突発的?100歩譲って、仮に偶発的というのであれば、両手を挙げて勝利を祝っているところに、偶然にもプラカードが手にすぽっと入って、たまたまスタジアム内を廻ったということになるのか?いずれにしろ、韓国の説明は矛盾だらけだし、明らかに組織犯罪なのだが、面倒くさいことになってきたので選手1人の責任として押し付けようとしている魂胆がある。


そして20日はメダリストの凱旋パレードが銀座の一番の目抜き通りで行われて、推定50万人以上のファンがパレードを見に集まったというのがニュースになった。凱旋パレードはお祭りとして大変すばらしいイベントだと思うが、それにしても50万人もの人が沿道を埋め尽くし、パレードを楽しんだというのは、現代日本の光景としてはとても滑稽に見えたし、戦後すぐの国土復興のころのような娯楽も何にもない時代のころの様子を再現してしまったのではないか?というような感じがした。皇太子殿下の御成婚のときでさえ、あんな数のひとたちが沿道を埋めたということはないのに。ただ、もう1つびっくりしたことは、あれだけ人が集まってメダリストの凱旋を祝福したのはいいのだが、あまり日の丸の手旗を持って歓声を上げている人がいなかったことだ。マラソン大会でさえ、沿道のひとたちは手旗を振って応援をしたりするのに、なぜ今回の凱旋ではそれがなかったのだろうか?単に、ワーキャーと騒いでいるだけのものだったとおもう。有名歌手やグループが沿道を通るときに、ファンが横断幕やらグッヅやらを片手にワーワーと騒ぐのはある。それと同じことが起こるかと思ったらなかったのが不思議だ。日の丸反対の馬鹿なやつらが阻止したのだろうか?

次回のオリンピックは、ブラジルのリオデジャネイロでの開催。日本の真反対の位置にある国での開催だから、日本から応援で行く人は格段に減ることと思う。ブラジルブームがオリンピック開催前にすごい盛り上がりが出てくることがあれば良いのだが、たぶん底までは無いだろう。サッカーとしてのブラジルは有名だとしても、それ以外のブラジルなんて、サンバとシュラスコくらいしか知られていないわけだから。ブラジルのことの宣伝がどこまで電通でできるかが、日本人がどれだけブラジルへ応援に行くかに懸かってくることだと思う。


参考リンク
韓国サッカー銅メダルはく奪あり得る 「政治的意図ない」の言い訳通用せず
【くたばれ韓国】韓国サッカー選手竹島プラカード問題、IOCとFIFAが処分検討!祝・朴鍾佑閉会式欠席!メダルも全員剥奪しろ!頭の悪い大統領候補発言、信じ難い反論「旭日旗のほうが問題だ」収まらぬ怒り!JFAにも猛抗議だ!"

2012/04/23

野川の桜のライトアップ

うちの近くにある野川という小さい川は、1年に1度だけ、どこから集まってくるのかわからないひとたちでごった返すときがある。それは、桜のライトアップが開催される時期である。このライトアップは、地方自治体が開催しているわけでもなんでもない。1個人企業が自社のために始めたライトアップが、近隣住民に「すごいね」と言われたことによって、年々規模を大きくしてしまったという結果、1つの巨大イベントになってしまったというものである。

1企業が開催していることもあり、その企業が開催しないとしたら、その年には桜のライトアップは楽しむことができない。また、企業がやっているため、数日間長期に渡ってライトアップを開催するということも資金面から開催することができない。つまり、桜のライトアップは1年に1日限りの限定イベントなのである。

したがって、このライトアップのイベントを楽しみにしている人たちにとって、毎年いつ開催するのだろうか?というのは情報収集するのが結構大変なことになる。管轄の地方自治体が管理しているイベントではないため、地方自治体のウェブサイトを見ても「いつ開催します」というのは載っていない。あくまでも開催は企業が行っているもなのである。しかし、その企業も一番いい時期に開催したいと思っているのは当然だ。なぜなら、その企業はカメラスタジオの会社なのであり、会社として一番綺麗な夜桜を撮りたいということから始めたものなのだからだ。だから、天候が悪いとまず開催しない。桜の開花が不十分だった場合も開催しない。だから、なんとか祭りと称して、日程だけ決まっているというようなことではないのである。

それも、その会社の公式サイトで開催される時期の掲載は、開催する2日前にならないと情報が出てこないのである。と、本人たちもそう述べているのだが、今回は違った。

2011年の桜のライトアップは、東日本大震災の影響で、なぜか自粛というわけのわからないムードに流されて、開催は行われなかった。近隣住民も半分「致し方ない」ということだったのかもしれないが、ライトアップされていなくても、野川の桜は消えるわけじゃないので、昼間にいけば十分に楽しめるものだった。しかし、今年の場合は、昨年の非開催のエネルギーもなんのその、待ってましたとばかりに開催するということは最初から会社としては表明されていたのだが、例のごとく、いつ開催するのかというのはかなりやきもきした。というのも、開催寸前までめちゃくちゃ天候が寒く、一体東京の桜はいつになったら咲くものかとおもっていたら、急に暖かくなって、そのために一気に東京の桜は開花した。幸い、満開の時期の週末は天候が良かったが、また天候が悪くなるという情報が翌週流れてきた。週末の段階でいつ開催するのかというのが全く情報として掲載されないし、掲載したら2日後にと言っている間に月曜日になったのだが、週間天気予報でその週の水曜日に大嵐がやってくるという予報があって(実際にすごい嵐になったのだが)、さぁ、いつ開催するのだ?とおもったら、4月9日の月曜日の夕方に突然「明日開催します」という情報が掲載された。

口コミというのはすごいもので、前日夕方からしか情報掲載されていないのに、火曜日の当日にはどこから沸いてきたのかめちゃくちゃ人がたくさん集まってきていた。この宣伝力というのは本当にすごいと思った。

さて、野川の桜のライトアップでいいところは、川沿いの桜を川側からライトアップしているという点で、桜の木が光に浮かび上がっているというようなスタイルで、一番桜が綺麗に見えるようになっているのだ。さらに、その長さがだいたい2km近くの長さもあり、川の両岸で行われているから、かなり大規模なイベントである。そして、野川自体がそんなに川幅の広い川ではなく、悪く言えばドブ川とでも言うべきのところなので、人が川沿いを歩いていると、それだけで満員になってしまう。したがって、人が集まるところにテキヤがやってきて、お好み焼きやらイカ焼きみたいな屋台が出てくるのが常なのだが、ここではそんな屋台がやってくるほどのスペースは無いので、全く静かだし、ご飯のにおいもしないので本当に良い。更に言うと、タバコを吸う変態野郎たちも、なぜかこのイベントで川沿いを歩いているときには、あまりにも人がたくさんやってきているということもあるので、タバコを吸える状況に無いということで、煙い思いをしなくてもすむというのもメリットだ。

さすがに今年は昨年開催しなかったからかもしれないが、規模がちょっとだけ大きくなっているような気がする。いちおう人がわんさかやってくるイベントなので、警察や消防のひとたちが協力的になって防犯・防火に努めているから、もう1つの会社のイベントとは言えなくなっている。ただ、会社側からすれば、会社の気分で開催されているのであって、もっとやってくれと寄付金を貰ってしまうと、止めるに止められなくなるからという理由から一切寄付金を受け取らない。この姿勢も立派ではないか。下手に周りのおべっかに振り回され内容にしているという点はとてもすばらしい。

株式会社 アーク・システム 
URL: http://www.arc-system.co.jp

2012/04/11

4月になったらがんばろうと思っている人たちが多くて困る

日本では4月は何かを始めるスタートの時期である。まずは、最初にリーマンの世界でスタートが始まる。この間まで好き勝手に過ごしていた学生が、4月1日から社会人としてスタートするというもの。それと、既にリーマンとして生活している人も、4月1日付けで異動をして、新しい職場でいろいろチャレンジをするというような人も居ることだろう。そのあとには新入学生が登場する。学生もどの階級の学校かによって、新入生の始まる時期が違う。一番早いのは大学生で、一番遅いのは小学校だろう。

いずれにしろ、4月の第一週というのは、上記の新人たちが、気合を入れてがんばろうとおもっており、そういう人たちが朝の通勤電車にわんさか乗り込んでくるのである。一番空いているのは、その新人たちがやってこようとする直前の3月終わりと、お盆の時だと思うのだが、まぁ、4月の第1週から第2週あたりの、新人たちの気合の入り方がハンパないときの電車の混みようは本当に嫌だ。

社会人に関して言えば、リクルートスーツをそのまま働くためのスーツに転用して、それでいかにも新人ですというのを丸出しにしているのは、見ていてすがすがしいという気はする。ところが、それは会社の中に居る間だけのことである。通勤時間帯での新人というのは、特に地方からやってきたやつらにとって、東京の電車の混みようになれていないことと、人込みに流されて、暗黙の了解のように人の流れになっているところに乗れない人も結構居るために、何やっているんだよー、こいつは!というような人が結構、駅のコンコースや改札口傍のところにはたくさんいる。更に言うと、特に地方出身者は、東京のひとが駅の中をさっさと歩くスピードに付いていけない人もいるみたいで、そのうち慣れるんだろうが、一人だけ周りのスピードに遅れるために、その後ろを歩いていると、本当にイライラしてしまうときがある。

通勤電車で言うと、特に新人や新しい職場に移ったひとは、最初は職場のひとにいい印象を持ってもらおうとするあまりなのか、始業時間のだいぶ前に会社に到着するような時間帯の電車に乗る人が多いみたいで、そのために早い時間帯なのに異様に混んでいるというときもあるのだ。ただ、人間、長く気合が入っていることを続けることができないようで、2週間もすれば、だいぶチラホラと分散して出勤してくるようになることだろう。もっと言うと、学生も含めて4月だけは早い時間帯に乗っている人が多いけど、ゴールデンウィークという、途中の中休みを経過してしまうと、その気合は全くなくなってしまうようで、ゴールデンウィーク後の電車は、普段の通りの混雑振りに戻ることになる。

社会人だけではなく学生なんかもこの現象は同じなのだが、学生なんか最初だけ登校して、そのうち学校に来なくなるんだから、最初からいかなければいいのにと思ってしまうのはダメだろうか?日本の大学は勉強しなくても卒業はできる仕組みになっている。人間関係を保ち、いかに横のつながりを作って、過去問を仕入れて、情報を収集しておくかがテストをクリアするための唯一の手段になっているからだ。だったら、最初から情報を持っている人を探しておいて、あとは必要なときに必要な情報を引っ張ってこられるインデックスを作ればいいだけのことなのだが、それが最初の4月には分からないので、やっぱり学校に行ってしまうことなんだろう。

新学期や新年度になったら気合が入っている人が増えるのはわかる。みんな期待をしているからなのだろう。しかし、その期待に胸を膨らませている人が、ずっとその希望を持ち続けていることはかなり少ないと思う。だいたいが途中で脱落する。気合が入っているのを、アニマル浜口みたいに持ち続けている人であれば、それは応援したい。しかし、途中で投げ出すひとが大半なのだが、そういう人を見ていると、最初から気合なんか入れなければいいのにと思う。

そういう現象を垣間見られるのがこの時期なのだろう。

2012/04/08

新宿中央公園の花見(2012)

桜の開花の季節になると、日本人はどうしても花見をしたくなる。花見と言いながらも、だいたい花なんか見ないで、飲んだり食べたりするのが定番である。さて、今年の花見はどうしようかなーとおもっていたところ、どこに行っても花見会場となるようなところは人がたくさん居て鬱陶しいので、桜はそこそこあるが、人があんまり来ないというような贅沢な場所はないのかと探そうと思ったが、そんなところは日本にはほぼ無いに等しい。でも、前に行ったところと同じだと芸が無いので、今年は新宿西口にある新宿中央公園のほうに行ってみることにした。

新宿中央公園というと、ここは実は新宿あたりでは有名な、浮浪者の溜まり場。普段から雰囲気はそんなにいいというわけじゃない。傍には都庁もあるし、大型のホテルもたくさんあるビル街のところにある公園なのだが、新宿あたりに浮浪者は歌舞伎町などの歓楽街で出てくる食料品ゴミを目当てに集まっているんだろうとおもう。そして、寝床としては一般市民にはあまり目に付かず、そして警戒巡回している人たちに追い払われることがない新宿中央公園に集まってきたんだろうと思う。
さて、そんな浮浪者の溜まり場みたいなところにある桜並木を見るために、花見をしにきているひとたちがどのくらいいるのだろうという興味はあった。実際に行ってみると、新宿御苑ほどの芋洗い状態ではなかったというのだが、浮浪者と桜と花見で酔っ払っている普通の人たちという、このアンバランスな組み合わせにすごい違和感を抱いた。本当なら、通常この公園は浮浪者たちのパラダイスになっているはずなのに、花見の時期になると一般人がやってくるので、彼らにもいちおう「申し訳ない」という気持ちがあるのか、普段から広げているダンボールやらをまとめてうず高くダンボールタワーを作るように片付けるとともに、広場になっているところは、メインで桜の花見客が使うからと、ダンボールタワーに隠れるようにして浮浪者が地ベタに座っていた。
桜自体はどうかというと、ここの桜はたくさんの木があるわけじゃなく、数本があるよう並びかたになっている。しかし、1本1本が比較的ボリュームがあるような枝ぶりになっているので、ちょっと豪華に一瞬見えるようだ。しかし、他の桜の名所にあるような桜の豪華な咲きっぷりに比べるとちょっと寂しい気がする。
花見をするには、それほど人がたくさんいるわけじゃないので、新宿でお花見をしたいと思っている人ならこの公園がいいと思う。しかし、個人的にはこの公園は、視覚的に浮浪者がたまに目に入るのと、臭いを感じない人は幸せだと思うが、結構浮浪者の体臭が臭ってくるので、その臭いが嫌な人は近づかないほうがいいと思う。

2012/04/03

首都圏に季節外れの暴風がやってきた!

今年は異常気象だと言われているが、東京を襲った2012/3/31(土)と2012/4/3(火)の両日の嵐のような暴風雨については、もう、春一番だというような悠長な感覚は通り越して、泣きっ面に蜂のようなダメージを与えたと思う。

3/31の嵐は休日だからということもあるので、単に遊びに行けないという悲しさがあったのだが、4/3の嵐は通勤というものに大きく影響することになったので、この嵐への対応が結構大きく人によって異なっているのではないだろうか?天気予報が前から「酷いことになります」という注意勧告を出していたこともあり、東京の場合には朝の出発時から「早めに帰ったほうがいい」というような心の準備と、あとは勤務状況との駆け引きが出来たと思う。これは2011/3/11に襲った東日本大震災のときとは大違いの災害に対する事前予防だと思う。

従って、地震のようないつ災害が来るのかよくわかんないという、予告なしボディーブローよりも、事前に災害が起こることがわかっていたという対応は、会社を休む・早く帰る・残業がなくてもその辺で飲んで災害時を切り抜ける・帰らないというような各種の選択をいくつかプライオリティをつけて準備ができたことは非常に大きい。個人的には最初から「早く帰れるんであれば早く帰る」ということを念頭において出勤していた。

天気予報によると、午後6時から9時が一番暴風雨のピークですと言っていたので、これは帰宅時の通勤にモロにヒットしてしまう。不幸にもうちは勤務地から遠いところにあるので、早めに勤務先から帰らないと、このピーク時にぶち当たってしまうことが心配だ。単に雨が強く降るだけだったら別にいいのだが、困ったことに、通勤は電車を利用しているため、あまりにも風が強いと途中で通る川が渡れず、そのまま電車が「運転見合わせ」になってしまい、結果会社を早く出ても、帰れなくなるという一番悲惨な結果に陥る可能性があるのだ。だから、なんとしても、電車が動いている間にはせめて家の近くにまではたどり着いていたいという希望はあるのだ。震災の時には、東京周辺の電車を含めて全面運休してしまったので、何キロも歩いて帰ったという人が多かったことだろう。しかし、今回は暴風雨である。風は強いし、雨は横殴りで降っているようなところを何キロも歩いて変えるスーパーMっ子のひとがどこにいるのだろうか?絶対そんな悪い環境で歩いて帰りたいとは思わない。

天気予報の通りの時間に嵐がやってくるというのであれば、午後年休にしてしまうくらいの余裕の休み方をしなくてもいいだろうと思っていた。しかし、どの時点で帰宅の準備をしなければいけないのかというのは、全然天気予報で見ても分からない。こういうときには災害時に十分な威力を発揮するツイッターで情報を得ようと思っていた。

自社では個人携帯のオフィスへの持込が全面禁止になっているため、携帯でツイッターを見るのはできない。しかし、社内ネットワークからアクセスしていると、ログを取られるので、誰が遊んでいるのかというのは一目瞭然になる。しかし、こういう天候が怪しいときには、誰も彼もが天気サイトや交通情報のサイトへアクセスして、社外へのネットワークトラフィックが格段にあがることが予想できるので、そこの状態でツイッターを使っても全然平気だろうと思ったし、情報取得と言う意味で使っているのであれば、特に何も言われないだろうというと、半ば確信犯的にアクセスしてみた。閲覧は出来ても、社内セキュリティポリシーによって書き込みは不可なのである。

昼ごろまでは西日本のほうで、強風のために転んだとか死んだとかのニュースは入っていたし、関東では風がちょっとずつは強くなってきたとはいえ、雨は全く降っておらず、電車もまだまだ全然通常運行をしていたのは確認した。それと同時に、いろいろな会社が、早期退社指令が出ていたようなので、そのために、2時ごろから帰るとか3時ごろに帰るというような呟きがツイッター上に流れるようになる。そして、一緒に「こんな災害が起こる予定なのにそれでも早期退社指令が出ない会社はクズだ」というようなことも多々見られるようになった。わが社はどういう命令が出るのだろうか?とこのときには思っていたが、最終的には全く出ることはなかった。管理者だけは残るべきだと思うが、一般社員はさっさと安全を考えて家に帰すべきなのが当然だったのに、それを怠っていたわけである。

しかし、そんな会社のぐーたらな態度を待っていても仕方ないので、ここはまず1時半のタイミングで帰るか帰らないかというステップを踏み、次に1時間後の2時半に帰るかどうかの再考をすることにした。昼ごはんのころぐらいから、オフィスがあるあたりに雨が降り出しており、外も風が徐々に強くなってきた。帰るときに電車が動いていないというのが一番の最悪状態だが、駅まで行く間に雨でぐしょぐしょになるのもイヤである。

13時過ぎくらいから流れる情報もだんだん深刻化してきた。それまでは西日本から東海地方に関する情報しか流れてこなかったのに、一番最初に運休っぽいっという情報が出てきたのは、常に弱い路線である京葉線である。そうなると、次に武蔵野線や埼京線が止まって行くだろうと思っていたのだが、13:30の段階では他のJR線および私鉄各線とも平常運転をしているようだった。ただ、嘘か本当か分からないが、山手線の池袋~大崎間で運転見合わせだというのが出ていたときには、こりゃちょっとヤバイかもしれない、早めに切り上げたほうがいいかもと思うようになった。

意を決して14:30には会社を離脱しようと考える。このときに悠長にも他の人は結構会社に残ろうとしている人が多かったようだ。しかし、電車が止まることを懸念として早めに帰る人もちらほら見えたのだが、会社として社員にどうするかというのを全く何の通達もしなかった会社の対応が悪すぎる。だいたい客商売をしているのだから、確かに担当者がいなくなったときの取次ぎや対応の先端者がいなくなるのはマズいとおもうのだが、担当者としてはお客様から連絡を受けられるように会社携帯を持ち歩いているので、現地に駆けつけないといけないと言う状態以外は仕事が全くできなくなるというわけじゃないとおもうのだが、そういう決心を会社側ができないのは、なにが悪いんだろうか?たぶん上の人たちが無能すぎて、さらに言うと責任の回避をしたいがためなんだろうと思う。

会社から出たときには風は相当強かったが、まだ雨も小雨の状態だった。傘を差してもよかったのだが、傘を開いたらお猪口の状態になるかもしれないと思ったので、駅までの道のりは傘を指さずに突風の中を歩いていった。駅についてみると、電車は定刻どおりに動いており、特に遅延も間引きもないように思われた。しかし、油断は禁物である。途中で大きな川を越えないといけないので、この川を越えるときに、風速がある程度高くなってしまったら、川越えができなくなるからである。その前には川を通過しておきたいところであるが、乗った電車は特に何もなくすんなりと乗り換え駅まで運行した。車内アナウンスでいつ「止まります」という話が出てもいいように、ボーっとしないで乗っていたのだが、要らぬ心配だったようだ。

ところが、乗換駅についてびっくりしたのは、その駅は朝晩の通勤ラッシュのときに、ホームにあふれんばかりの人がわんさか電車待ちでいることでも有名なのだが、その光景が15時の段階で見られたわけである。つまり、早く帰ろうとしている人たちが結構たくさん居たということなのだろう。そう考えたら、ホームに入ってきた電車もいつも以上に、そしてこの時間にしてはめちゃくちゃ人が乗っていたのでビックリしてしまった。しかし、後で聞いた情報だと、なんと東京都が「早めの帰宅者の要請は厳禁」というお触書が出たらしく、そのお触書を忠告どおり従った会社と、反対に、従わなかった会社にきれいに分かれたんだなという思いもある。

ちょうど家に着いたときに、突風と共に大雨が降り始めてきた。もうこれ以上遅い帰宅だった場合には、家につくまでにびしょびしょになることだったろうし、電車もまともに動かないので、腸弱人にとっては天敵が体を蝕んでくることだったろう。家に帰ってツイッターを眺めていたら、徐々に都内の電車も止まり始めていた。帰れなくなる人は、やっぱり1晩どこかで野宿するのだろうか?翌朝に対応状況について聞いてみたいところである。

2012/03/26

ヴィヴィアン・ウェストウッドの財布

友達にプレゼントとしてもらったVivianne Westwood の長財布がとても使いやすくて便利だ。それまでは折りたたみ式の札束入れと、別に小銭入れを持ち歩いており、ちょっと近所へ買い物というときには、小銭入れだけを持って歩いていくという便利なことだったのだが、やっぱり小銭入れと札束入れを別々にしているのはとても不便であるということが解ってきた。そして、札束のほうも折りたたみにしていると、そんなに金持ちではないのだが、何枚も紙幣を入れていると、それだけで豚カバンみたいになるのでかっこ悪い。そして、なんと言っても、どんなカードを持っているのかが丸見えになっているのかが他人にわかるのはいやだなと思っていた。

そこへ今回の長財布は、いろいろな不満な点を全部払拭してくれたものであったので、大変重宝している。

まずは表面なのだが、いちおう色としてカーキ色というものだったのだが、同見ても最初は薄グレー色のようなもの。どうやら使っていくうちに艶が出てきて、もう少し本当のカーキ色になっていくらしい。表面自体は、ツルツルのビニールというわけではなく、毛がないフエルト生地の様な素材になっている。だから、持った感覚が少し不安定な感じになるのだが、別に常に手に持っているようなものではないので、その当たりはどうでもいい。

さて機能的にはどうかというと、メインのカバーを開いたら、小銭を入れる部分がチャックの入口で真ん中に存在する。これは前から他人の財布を見ていて気になっていたのだが、小銭をさすがに最近はそれほど使わなくなったとはいえ、たまに小銭を使わざるを得ない店にいったときに、小銭が溜まってしまったり、各種の小銭を財布の中から探すのが面倒くさいと思っていたときに、あれだけ広い口だと探しやすくて便利だ。できれば、ガマ口みたいなデカイ財布があるといいのだが、それはそれで邪魔くさい。なので、今回の財布のような小銭が入れられるのは便利だ。
お札はそのチャックの前後に入れるところがあるのだが、やはり後ろ側にある場所がとても使いやすい。ただ、これからはできれば貰ったレシートや領収証は財布に入れっぱなしにしないようにしたいと思う。これ、結構がさばるし、邪魔になるし。

この財布を使って一番いいなと思ったのは、持っているカードをすべて隠すことができるということ。別に空いている札束入れのところにまとめて入れておくというわけじゃない。外側のさらに中にカバーがあり、そちらはカードホルダーに刺さっているカードを全部隠すようにできている。8枚分が入るポケットがあるのだが、それを財布からお金を出すときに、レジの人や他の客に見られることはないので良い。ただ、ブラックカード保有者なんかは、カードを持っていることを見せびらかすことで自慢したい人が多いので、こういうカードの存在を隠すようなタイプの財布は嫌うんだろうな。

Vivianne Westwood - ラウンドカット F付長札入
URL : http://www.viviennewestwood-tokyo.com/f/dsg-1134

2012/03/23

欝であること

鬱になることは決して恥ずかしいことではない。誰にでもちょっとしたきっかけで鬱になることはあるものだ。実際に、今考えれば軽度の鬱になっていたのだとおもう。家族や医者を含めて、本人に「あなたは欝だ」ということを決して言わなかったことはありがたいことだったと思った。たぶん、あの時点で「鬱ですね」と言われていたら、きっともっと精神的に参ってしまい、二度と復活することは無かったかもしれない。なぜなら、鬱になるのは精神的に弱い人がなるものであって、自分は決して鬱になるタイプじゃないと思っていたからである。そのように勝手に思っていたために、人格的に否定されてしまうような宣言を受けることは生きているのに値しないと、これまた短絡的に考えてしまい、きっともっと悲惨な結果になっていたことだろうと思う。

自分の場合の症状は、最初は耳が痛いというところから始まった。そのときに、中耳炎かもしくは虫でも耳に入ってしまったかと思ったくらいのものだと思っていたのだが、実際に調べてみると、突発性難聴だったことが発覚した。異動先の部署は、プロジェクト自体が破綻していたようなところで、なんとかして立て直さなければならないという圧迫が各方面から強く訴えられていた部署だった。そこへ何も知らずにのほほんと異動してきたのはいいのだが、プロジェクトとして責任者の上長はいるのだが、正式な上長のほかに、アドバイザーみたいな形で他に2名の上長が存在しており、上長同士が全く意思疎通が出来ておらず、さらにその上の部長クラスとも話が出来ておらず、まずプロジェクト内の意思確認を進めるために、自分が媒酌人にならないと全く先に進まないというひどすぎる部署だった。最初のころは面倒くさいなと思っていたのだが、あまりにも4者4様で好き勝手なことを言って、決めることも決めないで「んで、なんでそれにしようとしたの?」と責任の押し付け自体も担当者に振りかぶるようなやり方が続いてきたので、途中で不満は爆発してしまった。他部署からはプロジェクトの早期建て直しの圧力は掛かるし、内部では方針を全く決めない・責任は取らないような人たちがふんぞり返っているという世界だったために、ちょっとしたことも全く前に進まないというものだった。決して自分のフットワークが悪かったというわけじゃないと思うのだが、あまりにも内部にいる肩書きの偉そうな人たちが非協力的だったことが原因でストレス性の突発性難聴になってしまったのだとおもう。異動して3ヶ月目のことだった。

それでもがんばろうと思っていたのだが、症状がだんだん酷くなってきて、次に頭痛もしてきた。偏頭痛の始まりである。このときも、最初は、左右の視力のバランスがもともと悪いので、長時間のデスクワークのせいによる凝視で偏頭痛が始まったのかと思っていたくらいである。小脳の左側の奥が痛くて、医者にも診てもらっていたのだが、あまり効果はなかった。いまでは一般的に出回っているロキソニンを服用していたが、それでも偏頭痛が出るときは出た。

さらに酷いことに、今度は心臓が圧迫されるような痛みがたまに出てきたのである。水泳をやっていたので心肺機能は強いと思っていたのに、この痛みはいったい何なのだろうか?とかなりあせったのは言うまでもない。早速心臓専門の病院に掛け合ってみるのだが、特に決定的な症状が出ているわけじゃなかった。でも、ニトログリセリンは絶えず持ち歩くように言われていたので、財布に持っていた。

この時点で、なにかがおかしい・・・と自分では思っていたのだが、まさか鬱だとは決して思わなかった。たぶん疲労によるものなんだろうなと思っていたのである。しかし、心身ともに疲れているのであれば、睡眠もすぐにぐっすり寝るということになると思うのに、全く寝られないのである。寝られないから、疲れが取れない。疲れすぎて、打ち合わせのときにも居眠りをしてしまう。そして家では寝られない・・という悪循環が続いた。もうこの時点でもっと早く気づけばよかったのに、体の調子が悪いのは業務が大変だからと勝手に思ったのは失敗だった。生まれて初めて睡眠薬を服用したのもこのときである。しかし、睡眠薬による睡眠は実はそんなに自分には効果が無かったと思う。飲んでも寝れないときは寝れないのだ。

いままでは自分の身に起こったことばかりを記載したが、この状態の自分に対して家族や友達はまともに向き合ってくれたことは、非常にありがたかった。たぶん、家族に対してもすごい喧嘩っぽい口調で接していただろうと思うし、もちろん業務が忙しかったので、毎日夜12時すぎの帰宅で朝は7時には家を出るという生活が続いたから、それに対応してくれた家族には本当に感謝している。おかげで付き合った親は、体調を悪くしてしまい、迷惑をかけてしまったことは自分に原因があると思うので、いまは感謝の意味も兼ねて世話になった分を恩返ししようと努めている。友達の場合も、できるだけ一緒に遊んでくれたのはありがたかった。これも口調としてはあまり優しくないような言葉遣いを結構使っていたことだと思う。自分に余裕が無かったから。そんな口調に対しても嫌がらずに接してくれた友人たちにはお礼を言っても言っても言い切れないところだ。励ますとか、ハッパをかけるとか、そういう接し方ではなく、今まで通りなんの変化もないような接して方をしてくれたことが良かったのかもしれない。会社の同僚に関して言えば、愚痴によく付き合ってくれたと思っている。

ブログをめちゃくちゃ書き始めたり、短期間ながら旅行にも行き始めたのは、ちょうどこの精神的に病んでいるときだったと思う。たぶん、自分なりには、文章化したり、生活環境とは違うところへ逃避することによって、現状から打破したいという思いがあったのだと思う。でもこれが既に鬱の状態だったのだが、それをもっと早めに認めていたら気が楽だったのだろうと思う。

周りの人たちの協力無しには鬱の状態を回復させる方向に持っていくことはたぶん不可能だ。自分ひとりでなんとかしようと思っている人がいたら、それは絶対無理だといえる。何とかしても何にも出来ないし、むしろ悪循環に陥ることになると思う。是非、味方になるサポータをつけるべきだとおもうし、見つけるべきだと思う。受け入れ側も鬱になった人を責めたり、「がんばれ」というような言い方をして励ましあうのも良くない。すべてを聞き流すくらいの聞き上手にならないといけないと思う。そして、鬱になったひとは、極力がんばらないようにしたほうがいい。上手く表現できないのであるが、他人と比較して自分の劣っていることを悔やんでいても仕方がない。その比較をすればするほど、現実と理想とのギャップに悩み苦しむことになる。理想は高く持ったほうがいいが、あまり真剣に持たないほうが良い。たまには息抜きをするべきである。そして、息抜きをするときには、上手な息抜きをすることが良いのだが、これは個人差があるので、一概にこの方法が良いというのは無いので、残念ながらアドバイスができない。

そういえば、一番自分が病んでいたと思うときには、ヘミシンクにも手を出して、脳の世界から現実逃避しようと試みたことがある。しかし、もともと妄想癖がないので、脳内麻薬がバンバン出てきて、妄想の世界にどっぷり嵌れるヘミシンクは全く効果が無かった。ヘミシンクは幽体解脱を音の周波数のずれにより幽体解脱できるというものだったが、全くこれは出来なかった。素晴らしい妄想の世界を持っている人は、このヘミシンクは大変有益な現実逃避手段に使えたことだろう。

2012/03/13

腸弱人の世界

トイレに近い人の中でも、「小」ではなく「大」のほうが頻繁に行きたくなる人のことを、ネットの世界では「腸弱人」というニックネームで呼ばれるようになって久しい。google先生を使って「腸弱人」のキーワードで調べてみると、たくさんのサイトが出てくる、出てくる。世の中にはそれだけ腸弱人の状態の人がたくさんいるということであり、それぞれのサイトでは、自分の苦しみや、苦しみを解決するための予防手段とか、内容はいろいろあるので、他人のサイトを見ていると結構有益な情報があったり、同情したりするような余地があったりするところも出てくる。

なにを隠そう、自分も「腸弱人」の分類に入るもので、毎朝の通勤時間帯が一番ひどい。通勤時間帯を過ぎると、一般的な人間になることができるのだが、一度、通勤時間でトイレに駆け込みでひどいことを経験してしまうと、また同じようにひどい目に遭うのではないだろうか?という、今度は不安要素として、微妙なストレスがお腹にきて、また余計にトイレ駆け込みになってしまうというような悪循環に陥ってしまう。

ちなみに自分の場合は、「今日はめちゃくちゃダメそう」というのは朝からなんとなく分かる。朝食を摂って、出かける準備をしている間に、一度トイレに行くのだが、そのときの排便でわかるのだ。残糞ならぬ、なんだかまだ出し切っていないような気がするというような感覚が残っているので、しばらく便座に座っているのだが、それでもその瞬間は出てこない。それで、一度トイレを出て、また出かける準備をしていると、すぐにトイレに再度駆け込みたくなってしまうのである。こうなると、もう定期的に「トイレに行かないと爆発するぞ」ボタンを押したように、家から出るきっかけがなかなかでなくなってしまうのだ。じゃ、この腸弱人になる条件というのは何か?と尋ねられると、これが答えられない。前日に食べたご飯にあたったとか、寝冷えをしたとかならわかるのだが、そんな確定的な答えに合致するようなことは無い。ダメなときはダメなのである。会社に行くときに、その日は何か特別なストレスがたまっているからとか、そういうのもない。最近では、冬は寒いので、外の温度に対応できないからお腹を壊すのだろうといわれたこともあるのだが、それも該当しない。なにしろ、冬だけじゃなく、夏もなるのだから。もちろん、冬の場合は、お腹と腰のあたりに、1枚ずつ懐炉もつけているのだから、お腹が冷えたという状態になっているわけでもないのだ。

だから、医者に行って、状況を説明するのだが、これといって有益なスーパー薬というのがあるかというと、どれもこれも飲んでもたいした効果はないのだ。最近テレビでやっていたことのなのだが、もしかしたら、小腸に虫が沸いて、そいつが腸内で発酵物質を出しているということも考えられるが、腸内を洗浄し、同時に足らなくなった水分も吸収できる飲料水をドラッグストアで買っても全然効果はない。

ちなみに通勤時に、一番酷いときには、自宅で出かける前に2回、最寄り駅で1回、2つ隣の駅で1回、さらに2つ隣の駅で1回、またさらに2つ先の駅で1回、ターミナル駅で1回、勤務地の最寄の駅で1回と、合計7回も行ったことがある。通勤時間は普段でも確かに90分位掛かっているのだが、このときには、トイレ待ちにも遭遇しているので、150分も掛かってしまった。このくらい頻繁に行くような緊迫感がある場合には、駅のトイレに駆け込んだときに、待ち行列が出来ていた場合のショックはかなり大きい。個室の数が多くて、それでも並んでいるひとがいるというのだれば、5分も待てば、どこかの個室が絶対開くので、待っていようという気にはなるのだが、個室数が2個しかなく、それで待ち行列が4人とかになっている場合には、2周入れ替えがない限りには自分の番は廻ってこないということなる。それを頭の中で考えた場合には、余計お腹・・・というより、腸のほうの緊張感が抜けてしまって、いまにでも「こんにちはー」と便が出てきそうになってしまうのだ。そのとき待っている自分の立ち姿といったら、ソワソワしているのが丸分かりだろうと思う。たまに、自分にはまだ余裕があるのだが、同じように並んでいる人の中で、「10秒後には限界が来ちゃう」というような表情をして、腰をくねくねしながら待っているひとがいるのだが、その心情も分からないでもない。

普段から腸弱人の状態に成っているので、上記のように比較的個室トイレの数が多い場所は事前に自分なりに押さえている。おそらく同じような腸弱人たちも、自分なりにトイレマップを作成して、情報を持っているんじゃないのだろうか?いざとなったときには、あのトイレを使えばいいという情報を持っているのと持っていないのとでは、どこまで我慢すればいいのかということに関わってくるので、踏ん張りの我慢度にも影響してくる。駅のトイレだけじゃなく、最寄り駅からオフィスや家の間で、トイレが借りれそうなコンビにやファミレスというのを押さえておくというのも、また情報としては必要なことだろう。そして、企業のBCPじゃないが、あるトイレがもしかして使用不可になっていた場合に、代わりに使える場所を事前に押さえておくという、コンティンジェンシープランも考えておくのは重要なことだ。個人的には駅のトイレが使えないときには、駅傍のファーストフードの店に飛び込むことにしている。

以前、埼玉のある駅でトイレに行こうと思ったら、そこのトイレは、なんと個室が1個しかなく、既に誰かが使っている状態だった。ちょっと待っていたのだが、いつまで経っても中から人が出てこないで、ドア越しでどうなっているんだろう?と聞き耳を立てていたら、なんと中で寝ている馬鹿がいたことが判明した。ドアを蹴ったりして「はよ、出んかいっ、われー」と思っていたのだが、それでも出てこなかったので、あわてて改札を出て、ちかくのミスタードーナツに駆け込んだという経験がある。菊の門からちょっと顔を出している状態だったので、もうちょっと遅かったら、駅で脱糞するという史上最悪の辱めに遭うことになったので、それを回避できたときには本当に安堵した。

腸弱人にとって、列車自体も実は乗るのを間違えると大変な目にあってしまう可能性に遭遇するという危険がはらんでいることは、一般健常者には全く分からないだろう。たとえば、東海道線のように長距離電車では、たいてい、数箇所にトイレが設置されているので、その付近に乗っていれば、いざ車内でトイレに行きたくなった場合にでも駆け込むことが出来る。なにしろ、東海道線のような電車は、一駅の間隔が長いので、次の駅まで10分止まらないということもままあるのである。しかし、そんな同じ長距離路線でも、たまにトイレが設置されていない電車が走っている場合もある。そのときには、駆け込むこともできないし、ましてや、駅間で電車が故障してしまったり、前の電車が動いていないので、しばらく停車するというような状況になったときには、逃げ場がない。緊急非常ドア開閉ボタンを押して、外に出て、車内のひとたちが「迷惑なやつだ」と罵りの目で見ながら脱糞するという勇気があるならやればいいが、そんな肝っ玉の据わったような人は腸弱人には存在しないと思う。これもコンティンジェンシープランの中の1つではあるのだが、トイレが設置されていないような長距離列車には乗らないように普段から気をつけるということも手段の1つなのである。とはいいつつも、山手線や京浜東北線のように、もともとトイレが設置されていないような車両は存在するが、その場合、駅間がそんなに長くないので、次の駅までは我慢できるという気合は必要である。

以前は、ちょっとした地震でもすぐに電車は安全確認という名目で立ち往生をすることが常だった。ところが、東日本大震災後、頻繁に地震が東京では起こっているが、地震が起こったとしても、そう簡単に電車が緊急停止をするようなことはなくなったことはうれしい。それでも、何度かは停止を余儀なくすることには遭遇したのだが、それは安全上仕方ないことだ。だが、腸弱人にとっては、こういういつ動くのか分からない状態のときが一番不安になる。いまは安心だけど、すぐにまたヤバい状態になるかもしれないという不安は常に頭にあるからだ。案の定、先日、比較的大きな地震が東京で起こったとき、ちょうど乗っていた電車が大きな川を渡っている最中だった。そのときに緊急停止信号を列車が受信したことで、橋の真ん中で立ち往生するという自体に巻き込まれた。幸いには、その日は腸弱人の状態ではなかったので、不安はなかったのだが、これが普段からの腸弱人状態だった場合には、脂汗だらだら掻いていることになったのだろうと思うと、末恐ろしい。

腸弱人同志たちよ、一緒に終わりなき戦いに臨もうではないか。

2011/11/23

草間弥生

初めて草間彌生の作品を見たときは、確か2001年に開催された横浜トリエンナーレだったと思う。そのときに展示されていたのは、銀色の少し大きめな球体が広いスペースにこれでもかぁというくらい敷き詰められていて、これが芸術か?とよく理解ができないという印象があった。それまでも前衛的な芸術を掲げるアーティストの作品はたまに見ていたいのだが、それでもこんな単純でしかもそのときには、その球体に対してなんのメッセージ性も感じ得ないという自分の未熟さは棚において、この芸術家はいったい何が言いたかったのだろうか?と常に疑問に思っていた。

そのあと、草間彌生作品として、香川県の直島に水玉模様のカボチャのオブジェを展示したり、携帯電話に水玉模様をあしらったデザインを発表したりと、やたら水玉模様を演出した作品を世の中にぶちかます。このあたりから、「草間彌生=水玉模様の作家」と勝手に自分の中で思うようになっていった。何かしらの水玉模様の作品が発表されたり、それが眼に衝撃的なデザインだったりすると、だいたいが草間彌生だろうという認識はあった。

しかし、これまで草間彌生の作品集として集合体では見たことが無く、この人は若いころからどういう作品を出していたんだろうと常に疑問になっていた。芸術家になったころから水玉模様をあしらったものを作品の基本とし始めたのだろうか?それともあるきっかけで水玉模様に異様にして固執したのか?というのが拭えなかったのである。だいたい、ちょっと前にNHKで放映されていた草間彌生に関する特集番組を見たときにも、一心不乱に巨大なキャンバスにキチガイじみた色使いで水玉ばっかり描いており、その気持ち悪い色の水玉には何か意味があるのか?そして100枚もの水玉ばかりの作品を作るということに固執していたことに何のメッセージ性があるのかということばかりを気にして放映された番組を視聴していた。

そこに青山のワタリウム美術館で草間彌生展が開催されるという話を聞いて、草間彌生のこれまでの作品を大量に展示するということから、ぜひ行ってみたいとおもっていくことにした。だいたい、草間彌生の作品集といっても、最近美術書籍で作品が載っている本も出ているのだが、それを見るよりは、実際に作品を見たり、解説を聞いたりするほうが楽しいだろうと思って乗り込んでみた。

渋谷駅からハチ公バスという渋谷・原宿界隈を走るミニバスに乗り込んで、ワタリウム美術館近くの停留所まで乗る。このバス、どこまで乗っても100円であるので重宝するが、ちょこまかとへんてこりんな場所を通るので、渋谷のような坂道を歩く必要がある場合には大変重宝しそうなバスだと思われる。ただし、乗るのであれば、ハチ公前のバス停から乗ることをお勧めしたい。なぜならこのバス停の始発がハチ公前なのだが、そこから乗らないとバスはまず座れないからである。

ワタリウム美術館では、チケットは開催期間中何度も見ることができるシステムである。最初にチケットを買うときに名前を書き、次回からの入場の際には、その名前を証明する身分証証明書と一緒に提示すれば入館できるのである。なかなか何度も出入りできる美術館というのは存在しないので、なんども同じアーティストの作品を見たいという人にとってはありがたいシステムだ。

ワタリウム美術館自体はそれほど大きな美術館ではない。地下2階、地上4階建てのスペースに作品が展示されている。吹き抜けの場所もあるため、巨大な作品はここに設置されたりするのだろう。配置の工夫は美術館のひとのセンスによるものだと思われる。

草間彌生展では、2階の作品展示から、草間彌生の生い立ちから始まる説明に出くわす。小さいころから絵を描くことに執着し、戦後の大混乱の時代にも関わらず、そんなときに松本からアメリカへ旅立ってしまうという勇気はどこから沸いてきたのだろうか?渡米した年齢が28歳ごろだったと思うが、そのころに渡米したいという気持ちを確固たるものにしたものはなんだったのだろうか?説明資料にはそのあたりのことは全く書かれていない。たぶん、精神的にイッちゃっている危ない子が絵を描くことで、本人の存在性をアピールできるものと認識したのは良いが、その行動があまりにも田舎の一般人には理解できなかったために、閉鎖的な環境から逸脱し、なんでも許容するアメリカへ逃げたほうが幸せなのかもしれないという思いがあったのだろうというのは推測される。

今回のワタリウム美術館で見た作品を通してわかったことが1つある。「草間彌生=水玉模様」というのは後から形成された代物であるということだ。元々は、草間彌生自体が世間一般からイッちゃっている子として認識されていたため、本人のコンプレックスとしては「自己の存在をこの世から消したい」という思いが小さいころからあったようだ。だから、作品の当初としては、自分を消せるのは何かしらの布という思いを発想する。ところが布を被せたのではまるっきり何を描いているのかわからない。そこで少し本人の姿が見える「網目模様」に変えた。なんでも網目にすることで、全体像の大枠は見えるが、すべてをさらけ出さなくても良いという環境を二次元の中で形成することに固執する。さらにこの網目の作品を派生したのがいまの水玉模様に発展するのだが、網目の空間部分だけを今度はフォーカスし、さらに網の目の形を単純化したものが「○」であることを発見する。そこからの草間彌生作品は水玉模様の作品に一気に花が開いていくというわけである。

しかし、水玉模様にたどり着くまでもかなり紆余曲折をしていた模様である。それは本人が写っている写真集およびビデオインスタレーションを見ればよくわかることなのだが、まず、キャンバスという枠を超えたところで、世界全てを水玉模様にしてしまえという発想を起こす。この生存しているすべての物象及び環境を水玉模様にしてしまい、どこまでがその物象なのか境をなくすことを模索する。水玉というフィルターを通してしまえば、全て眼に見えるものが水玉模様なのであり、その裏側にあるであろう対象物も境をなくすことで、水玉模様の中にいる草間彌生自体も隠れるのではないかと思ったようだ。だから、作品製作過程の映像が残っていたりするが、牧場の牛を水玉にしてそこに寄り添っている草間彌生や、池の蛙、蓮の葉、水面、すべてを水玉模様にしてしまい、そのなかに草間彌生が存在しても水と同化しているように見せるということをしている。まるで水玉によって自分を隠すかのようにだ。

かといって、アメリカ生活では時に意味不明な活動をし始める。たぶん、「水玉模様による個体の消滅」を演じるための延長活動だとおもうが、男女ヌードを公開写生したり、ヒッピー社会が流行してしまったことにも影響を受けたのだろうが、屋外乱交を企画したりしているのである。こんなことをしたら当然アメリカ当局に眼をつけられるのは当たり前である。さらに日本に帰国した際には、アメリカでの活動の過激さから、危ない女芸術家のレッテルを貼られてしまい、せっかく自分を認めてほしいためにアメリカに行っていたのに、日本では罵倒され続けることになるため、苦悩したことが良くわかった。最近まで、やっぱり「草間彌生=精神病的芸術家」と思われ、岡本太郎のように、常に麻薬でも打っているかのような感覚を持っている人と思われていたかもしれない。違うのだ。彼女は常に自分を何かで隠したいと思っているのである。この世から消滅したいと思っているのである。でも、本当に消滅するということは、生きている自分がいるのでしたくない。ならば、作品の中だけでも消滅したいという思いがあるのだ。

ただ、NHKのアーカイブで放映されていた草間彌生の映像の中で、見たくない部分も放映されていた。それは、草間彌生を全面的に売り出すことをサポートする人がいたのだが、そのサポートするひとがとても優秀であり、オークションに草間彌生作品を出すことでも、高値をつける結果になるきっかけを作った人がいた。その人のおかげで、草間彌生作品の多くを見ることができる機会を作ってくれたわけだが、草間彌生自体も、作品が高く売れるということにどうやら気づいたらしく、「どこか高く買ってくれるところはないかしら?」と映像の中で言っている。金儲けに芸術家が走ると、ろくなことは起こらない。芸術性が失われるのである。現に、ビデオの中で100枚の巨大キャンバスに水玉模様の作品を描くということを「体力的無謀な挑戦」と称して紹介していたが、1枚でも大きなキャンバスを描くことで、高く作品が売れるかもしれないから描いているというように見えて成らなかった。だから、作品自体が100枚並んだ映像もあったのだが、「んで、それで?」と思ったのは言うまでもない。なんの芸術的なメッセージ性を感じ得なかったからである。これは自分が鈍感だからなのか、それとも作品自体に本当に100枚全部を通して伝えたいことが何なのか特に無いというものなのか、よくわからない。

ワタリウム美術館を出るときに、地下に売られていたお土産屋の中に、草間彌生のニューヨーク滞在時代の書簡や作品作成途中の写真、それといろいろ事件を起こしたときに彼女が思った事柄などを紹介した本が売られていたので買ってみた。作品集ではない。ニューヨークで何を感じて、それを作品化したのかというのを知りたかっただけである。ただ、読んでみてわかったが、今より相当自由奔放に作品つくりを精力的に行っており、どんな縛りも気にしなかったという思いと、それと平行して、作品つくりには、法律ギリギリのラインを通らないと実は感動は得られないということを良く心得ていて、そのために個人弁護士を10人も抱えていたことを知ったことだ。用意周到の上で、奔放な作品つくりをしていたということが読み取れる。いまはどうだろうか?なにか、自分の中で大きな殻を作ってしまい、その殻のなかで動ける範囲を決めちゃっているように草間彌生は見える。年齢も年齢なので、いまから水玉以外の、自分を隠せる集合体を探しきれれば作品に奥味が出てくると思うが、もうその発想は無いのだろう。そこがなんとなく残念に思う。

よくわからないのは、草間彌生作詞・作曲という意味不明な歌を映像インスタレーションとして紹介しているのだが、これ、彼女がその歌の中で何を伝えたかったのだろうか不思議だ。映像だけ見ていると、本当にイッちゃっている人に見える。

ワタリウム美術館での開催は2011年11月27日(日)まで。そのあとはまたどこかで草間彌生作品を見る機会があるかもしれない。それまで待ってみたい。

2011/04/10

放射能問題と自粛ムード

福島第一原発が、東日本太平洋大震災によって生じた大津波により、破壊的なダメージにぶち当たり、結果的にチェルノブイリに匹敵するような事故になりつつある。政府と東京電力は、実際の原発の事故を針小棒大に発表することに積極的に行うようにし、事実とは異なることをアピールして、嘘でも「安全です」「心配しないでいいです」と言い続けている。そんなもの、毎日報道されているテレビ映像のなかで、水素爆発なのか本当の爆発なのかぜんぜんわからないが、原発の建物がミサイル攻撃を起こしたような爆発している映像を見せられたり、空からの映像として爆発した原発の建物の、悲惨的な壊れ方を見せられれば、そんなもので「安全」なんてどこの口がそんな馬鹿なことを言っているのだ?と文句を言いたくなるのも当然だろうし、ますます政府と東京電力対して信頼性を確保するのが難しくなる。政府や東京電力が、実際の被害の大きさよりも小さく報道する理由は簡単で、要は事故処理後の補償・賠償金をできるだけ少なくさせたいということからなのである。最初から事故を小さく見せることにより、後ほど発表する事故処理後の補償金を「いやいや、あの事故はこの程度の事故だったから、これだけの補償金を出せばいいのだ」という裏を自ら作るために必死になって宣伝している。テレビ局と大手新聞社の場合は、東京電力から毎年数百億円という宣伝費をもらっているので、広告主としては巨大なお得意様である。そのお得意様の悪い風潮を自ら宣伝させることは、今後の宣伝費用をもらえなくなってしまうという目先のことだけを考えてなかなかまともな報道をしようとしない。しかし、国民は知っている。本当の事故の酷さと、収まらない事故処理について。

ネット上で、実際の原発現場に行っている人や、海外のメディアが報道している情報というのは必然的に入ってくるし、それを通して、いかに国民がバカでも本当のことを知ってしまう。実際には放射能漏れはありませんと、バカみたいに会見で発表していても、ちょっと東京電力と政府の息が掛かっていない記者が「プルトリウムの測定はやったのか?」という質問に対して「全くしていない」と正直に暴露してしまっていることを観ると、実際の状況を東京電力や政府は口が裂けても絶対に言ってはいけないということを露呈しまった。

そこで国民はどう考えたかというと、「日本政府と東京電力の発表はすべて嘘である」ということと、政府と東京電力が発表していることは「第二次大本営発表である」という認識がとうとう植えつけられてしまった。こうなると、いかに政府や東京電力が発表しても、すべての発表は最初から「疑いの目」で見るしかなくなる。ただ、記者会見では自分たちには都合の悪い記者たちを排除した状態で会見を開こうと最近は躍起になっているようで、それがさらに国民の「知りたい内容」と懸け離れた内容になって発表されるから、ますます東京電力と政府が発表することに信憑性と信頼性を持たなくなる。

放射能漏れが無いという報道に対しても、最初は「無い」と言っていたのに、だんだん「数値は小さいが少しもれている」になり、今度は意味不明な造語を利用して「低濃度の放射能が漏れている」とまで言い始めた。低濃度?なんじゃ、それ?低濃度の放射能なんていうのは無い。だいたい、その放射能量についてもすべて嘘。日本国内に日本語で発表している内容と、海外の国際機関に提出している内容が全く異なり、さらにその内容についても過小申告していることが、さらに国際的に「バカ」扱いされることなった原因だ。特にアメリカ、フランス、ドイツの報道機関と国際機関からの「バカ扱い」は見ていて笑える。ここまでバカ扱いされてまでも隠し通したい日本政府と東京電力の思惑はいったいなんなのか?補償金と被害賠償金のほかに何があるのか?と言いたくなる。しかし、そういう質問に対しては、東京電力も政府もどちらも口を開かないし、殺されても言ってはいけない事項になっているようで、どうやっても口を開かない。

そうなると、放射能に関しては自分で測定したくなるのが人情だ。高校の化学の授業で言葉だけしか聞いたことが無い「ガイガーカウンター」がここまでメジャーになって、一般人の口から出てくるとは思わないくらい一般化してしまった。独自にガイガーカウンターを購入して、それをUstreamを通して1日中ネットに送信しているひとたちが、日本全国に出てきたことは嬉しい。これを通して、現在空気中の放射能量というのがどのくらいなのかというのを少し垣間見ることができるようになる。そういう動きがなければ、政府と東京電力の嘘のデータを信用するしかなくなるからだ。

それで問題になったのが放射能が放出したあとの土壌と水質の問題。空気中に放出された放射能は、大気の流れによって大きく各地に分散される。どれだけの量が放出されているのかいまでも不明なのだが、もう測定不能なくらい大量に排出されているということだとすると、その大気に漂った放射能が、最終的にどうなるのかというのは、いろいろな文献を読んだとしても、ほとんどの場合が半減するのも消滅するのもすごい時間がかかるために、結局はどこかに残っているというのを一般人が知ってしまう。

今でもまだまだ続いている水や食料の買占め、そして、物流の停滞というのは、この放射能の問題により、より一層顕著になっているのではないだろうか。

もう1つ分からない世の中の動きがある。それは自粛ムードというもの。震災後は、何かのプロジェクトが一旦中止になり、見直しになったり延期になったりするのだが、それは短期的な目で見たときに、プロジェクトが遂行されるための土壌と環境が揃っているかというのが一番の重要ポイントである。したがって、土壌と環境の策定から始まることになるため、プロジェクトの中止や延期は分かる。しかし、一般人の生活に落としてみたらどなのか?なぜか震災で被災にあったかたたちの悲惨な生活が連日テレビで放映されることが影響しているのか、震災の人たちが可愛そうなので、自分たちが派手に遊んだり食べたりするのはやめることにしようという動きがある。これは意味が分からない。そんなことをして何の意味があるのだろうか?たとえば、外食をしないという自粛が被災者にどういい影響を与えるのだろうか?外食しないことにより使わなかったお金を、被災者のために募金をするというのであれば意味が分かる。実際にはそうじゃない人たちが多いはずだ。そんな自粛が何かに二次的に生産的な影響として出てくるのであればいいが、そうならない自粛は何の意味もなく、単なる日本の経済活動を止めてしまうだけの結果しか生まなくなる。外出についても同じで、外出を控えるということが何の意味になるのだろうか?たとえば、大気が放射能汚染が酷いために、外出すると病気になるとか死ぬというのであれば分かるが、そんなに大気中の放射能が死ぬほど高いわけじゃない。30年くらいの長い目で見たときにはどうなのかわからないが、即死するほどではない。だったら、普通に外出したらいいではないかと思う。

花見の季節になろうとして花見も自粛しようという動きがある。これも意味が分からない。暗いニュースがあったのであれば、パーっと楽しむことはしたらいいのではないだろうか?外食産業を擁護するわけじゃないが、外食や外で飲み食いすることを自粛しても、全く被災者にはいいことがない。経済が低迷するだけ。外食産業が倒産しても別に気にしないのだが、街が殺風景になっていくことは耐え難い。経済的に反映していくことが、人間社会として着実に成長していることではないのだろうか?

電気力不足により、夜間営業を短くするという自粛は仕方ないことだろう。これは環境が揃っていないからなのだ。しかし、環境があるのに、それを利用しないというのはばかげている。東京は特に被害があったわけじゃないのだから、どんどん震災前と同じように外出し、外で遊べばいいと思う。が、パチンコのような無駄なものは無くしてもいい。できれば、自粛というのは辞めてほしいと思う。

というか、政府がだらしないから、みんなが自粛するような動きになるのだ。政府が嘘は言わなくても、自粛しなくても良いような環境つくりをしないところが仕事放棄していると言われても仕方ない所以である。

2011/03/19

停電と交通網の麻痺

東日本大震災では、東京には被害は少なかったとはいえ、影響がまったくなかったかというと、かなり大きな影響があった。一番大きいのは停電だ。ここまで電気に縛られている現代社会においては、電気が通じていないということがなんと生活に影響が大きくかかわり、電気なしには生活ができなくなるということを身にしみたかわからない。

東京電力が13日の夜遅い時間に発表して14日早朝から実施しようとしていた、輪番計画停電は本当に困惑した。13日の晩の発表の際には、いったい自分のところが何グループに該当して、いつ停電するのかというのがそのときには不明確だったからである。なにしろ、停電するという範囲が関東全域にわたってなのである。たまたま14日は何もなかったのだが、実際に停電が始まったのは15日から。15日も決められた時間帯に停電があったり、途中で実施をやめたり、やるのかやらないのか、その時にならないとまったくわからないという方法を取っているのである。

確かに電気というのは、蓄積することができない。一気に電力を作るとしても、それを時間をおいて数時間後に利用するということができないため、節電するためには、その瞬間瞬間の電力使用量を抑える必要がある。電気の使用量というのは、使用する電気製品の使用率があがると必然的に上がる。その使用量がどの程度あがるのか、どの程度使われるのかというのを予測しないと、停電が要・不要というのを判断できないという特色を持っている。したがって、東京電力としては、過去の使用事例や経験によって、停電が必要かというのを判断しなければならない。しかし、そのオペレーションとしては、かなりユーザに迷惑が掛かった。ユーザとしては、あらかじめこの時間帯に停電すると確証していれば、それにあわせて生活様式を変えることができる。しかし、「停電するかもしれない」という非常に曖昧な実施予定だった場合には、停電しないかもしれないという半分期待のほうが強かったりするのが住民の思いである。それで、予定されているから、停電されるのは当然だとしても、その停電に対して不満が出てくる。やるんだったら、電力量の限界値に来ているのか来ていないのかは関係なく、実施したほうが良かったと思う。

これがなぜそう思うかというと、列車の運行状況に非常に関ってくるからである。JRの場合には独自の電源供給設備があるために、あまり東京電力の停電に合わせて電車の本数が減るということはないのだが、私鉄の場合には予備の電源設備がないために、電力供給予定地域が停電になった場合には、電車の運行ができなくなる。最初から停電であるということがわかっているのであれば、電車の運行についても、本数を減らして、定期的な運行サービスを提供できるのであるが、停電しないかもしれないという状態になると、鉄道会社はなんとか運行し続けたいという思いが顧客サービスから当然考えるわけなのだが、それを見越して乗客も甘い期待をして鉄道駅にやってくるから、駅自体が大混雑になったり、パニックを起こしてしまうということに繋がるからなのだ。やるなら、最初からやる。やらないなら、最初からやらないと電力会社としても腹を括ってほしかったところだ。

電車の運行でいえば、全線運行できるかというと、そうではない。電力削減のために運行頻度が少ないところや、乗客の影響が少ない路線や区間はサービスを提供停止を行ったり、本数を減らしたり、運行時間の制限を取り入れたりしている。それが普段利用している乗客にはとても影響が出てくることであり、特に通勤時間帯にがっちり食い込んでしまった場合には、会社に行けるのか、または会社から帰れるのかというような大問題に直結する。電車の運行にあわせて出勤・帰宅するような人たちが一斉に同一路線に乗り込もうとすると、ターミナル駅での大混雑は大変なものである。または乗り換えの駅でも同じような状態に陥る。ましてや、通常の時刻表とはまったく関係ないような時間帯で運行されるとなると、駅の案内としても、次は何線から何処行きの電車が発車しますというアナウンスを常に行っていなければならないということになる。

そこで提案だが、運行上、特に時間が掛かっても問題ないと思うのだが、私鉄の場合数多くの種類の列車サービスがあるが、これを全部各駅電車にしてしまえばいいのではないだろうか?むやみやたらに快速・急行・特急のような電車を運行するから、その運行している高速列車と各駅列車を区別したり、入れ子になって運行しなければならないというようなことに頭を使わなければならない。そんな手間を全部なくしてしまうために、全部各駅したらいい。ただ、どこで折り返しをしたらいいのかというのは、同一時間帯に線路上を走っている台数を何台管理しなければならないのかに直結するから、その管理能力を超えないくらいの本数であるのなら、特にサービスには文句が出ないと思う。しかし、これでも単純細胞の在日韓国人のような人たちにとっては、「なぜ快速を走らせない」というような理不尽な文句を言ってくることだろうが、そこは列車サービスとして腰をすえて、ポリシーを固めているのであれば、頑として主張に対抗できるはずである。

停電というと、企業活動にもかなり影響が出てくる。通常のオフィスビルでは、電力会社からの電源供給だけを頼りにビルは運用されているとおもうため、独自の予備電源を確保しているというわけでもない。予備電源を持っているような建物の場合には、1回や2回くらいの特別なときにしかその予備電源は動く必要がないため、「動く」という最低限のミッションをとりあえずは遂行できる。しかし、しばらく恒常的に停電が続くというのであれば、ある程度の電源確保をするためのバッテリーを回すのに必要な燃料は確保ができる。しかし、ガソリンが個人の馬鹿マイカーの単なるわがままのためにガソリンスタンドにやってきているやつらが多いために、そのため必要な燃料が企業や必要な車両に回っていないことが現実である。わがままな個人マイカーのやつらは、公共の交通機関を極力使うようにして、燃料は予備バッテリーが必要な企業や緊急車両のガソリンにまわすようにしてほしいところだ。そうじゃなければ、せっかくの予備電源を用意していたとしても、数回の停電には耐えたとしても、その後の停電には耐えることができなくなるのだ。

そういえば、都庁や県庁のようなところが停電時間帯に、明かりが煌々とついていて、周辺住民が「なぜ官公庁には電源が入っているのだ?」とクレームの電話が入ってきたという話しを聞いた。クレームを入れる馬鹿は本当に大バカだと思うのだが、官公庁としても、住民の安心・安全を恒常的に提供するためには、自分たちの仕事ができる環境を確保することが先決であり、それができるためには、夜であれば電源を確保して、ネットワークサービスや情報整理等のためのPCを稼動させなければならないはずだ。そこを住民を今度は意識過剰に思い、住民が苦労しているのに自分たちだけ電源を使うなんていうのはおかしいという、どこかのあたまのおかしい部局の偉い人がいったことにより、停電時間においては、夕方だろうが、まったく業務に支障が起きるのはわかっていても、予備電源の供給を今後はしないようにするようである。これって、なんか根本的な間違いをしているのではないだろうか?

家庭に話を移すと、普段停電に慣れていないので、ご飯時や通常の停電にも困らないようにと、懐中電灯が異様に売れている。電気屋にいったら、どこを探しても懐中電灯がもう在庫がない状態になっている。懐中電灯は乾電池を使って利用するものが多く、手巻き式で利用できるというものがあまり多くない。乾電池式のほうが手軽だからなのだろう。こういう停電のときにも困らないように実は手巻き式の懐中電灯を購入しておいたほうがいいかもしれない。懐中電灯もないのだが、利用するためには必要な乾電池も実はどこを探しても存在しない。特に大きな懐中電灯を使うために必要な単1電池や単2電池が売られていないのである。売られているのは単3乾電池よりも小さいサイズの乾電池か、または四角の乾電池、そして丸電池である。単1電池がない場合、単3乾電池で代用するような方式については、こちらのサイトを参考にしたらいい。それでも普通の乾電池だと1回使ってしまうと、それで無用になる。ということは、エネループのような充電式の電池を利用するのが一番いい。停電は常に停電になっているわけじゃなく、電気が使える時間帯があるはずなので、その時間帯に充電しておけばいいのである。ヨドバシカメラに行ったら、「お一人様3個まで」と単3電池式のエネループが売られていた。しかし、電池が売られているエリアと離れたところのレジで会計をしたときに、エネループの束を5個持っていったのだが、特にレジの人には何も言われないで買うことができた。結構店の人も混乱時には混乱しているんだなというのがわかる。コンビニに行っても、ドラッグストアに行っても、まったく電池らしいものは売り切れているので、本当にたまたまヨドバシカメラで見つけてラッキーだったと思った。

東京電力
URL : http://www.tepco.co.jp/index-j.html

単3電池から単1電池を作る方法
URL : http://meteor.blog.avis.jp/archives/218

災害時の政府の役割

今回の東日本大地震が発生した後の政府と東京電力の対応は、巨大組織におけるありがちな多数の間違いを、一般国民に露呈したという意味で、大変興味深いことだった。

トラブル発生時には、トップが率先して指導や方向性について陣取らないといけない。大きな会社にありがちなのは、そのトップが形だけの「災害対策本部」みたいな組織だけを立ち上げて、そこに情報を集めさせるのはいいのだが、集めた情報をまったく処理できず、集めた情報をまた別の人間に処理させて、そこからでてきた回答のみを受けて納得するという手段をとるのが結構多い。つまり、トップの人間は、なんちゃら本部という形だけの意味不明な長には属しているのだが、その役割はまったく何もせず、温かいコーヒーでも飲みながら、柔らかいソファにどっかりとふんぞり返っているだけの無能な存在でしかない。彼らにとっては組織を作ること自体が指名であり、その責任は絶対自分では取りたくないと思っている。したがって、あがってくる情報から、自分に責任が降りかかってきそうなところに対しては、十分になにか他責になるような努力をするのだが、そうじゃないようなところについては、「良きに計らえ」と無関心でいることもよくある。現場で起こっていることが第一主義だというのが、口癖のように言っているくせに、いざ、ほんとに何か困ったことが現場で起こったことになると、ほとんどが逃げ腰になる。逃げ腰になるのは簡単で、責任を取らなければならなくなるという危機感がいきなり自分のみに降りかかってくるからである。

自分が属している会社で、あるとき、頭がおかしいんじゃないのか?というような掟が回ってきた。それは簡単に言うと「社内の人間もお客様だと思え」ということ。なんでそんな考えが出てくるのか意味がわからない。社内の人間より社外の人間のほうが断然重要である。社内の人間同士のほうが良く知っているからやりやすいという安心感があるのだろう。そりゃぁそうだ。社外の人間とやりとりすると、社内の法則がまったく通じないような事態に直面することはよくあることだ。社内だと、そんな事態が表面化する前に、上部組織を使って揉み消しが行われたりするからである。つまり、「事なかれ主義」であることが重要であり、表面化することにより、誰かが傷つくことがいやだからというのを避けているだけである。誰かが悪者にならなければならない場合が絶対にある。そのときに、部下に責任を押し付ける馬鹿リーダが結構いたりするのだが、それはおかしい。責任を取るのはたとえ部下が悪かったとしても、それを管理している管理者が悪いのである。その管理者が責任を取るべきなのである。概して、管理者の多くは、自分のクビや出席ばかりに目が行き、本来の目的である、トラブル回避やトラブル鎮圧に関して、どうあるべきかということをまったく頭になく、常にそれは部下に「なんとかしろ」とか「なにか案を出せ」とか、無責任にも指令を出すものだ。そして案を出した場合、文句ばかりは言うのだが、それに対して何も良いも悪いも判断できないようでは、もうその管理者はまったく存在価値がない。

今回の大地震における政府の対応のまずさは、いくつかあるだろう。1つは現場に政府関係者が行かなかったこと。それから、東京電力に対して今後のスケジューリングを提示させなかったこと。さらに言うと、最悪のケースを想定してトラブルの鎮圧をしなかったこと。もっと言うと、地震被害全体についての広い目線でモノをみず、目の前の出来事だけにしか注目せず、多くのことを後回しにしてしまったことというもので分けられるだろう。

まず、現場に政府関係者がいなかったことだが、首相を初めとする多くの官僚たちは、いち早く被災地に飛んで、自分の目で状況を確認するべきだという行動が必要だが、なにか困ったことがあったら、単にあたふたするだけで、先述したとおりに「災害対策本部」なる組織を作ったのはいいが、その中に閉じこもって、周りから情報だけを仕入れようとするだけである。そのときにどんな情報がほしいのかということをまったく指示しないので、結局自分たちもどんな状況になっているのかということが理解できない状態になる。そのまま、記者会見を開いて、伝聞された情報だけを伝えるが、記者や一般人が知りたい情報とは程遠いことをその場でようやく知ることになり、慌てて別の情報を仕入れようとするということになるのである。馬鹿首相の菅直人は、自己責任を取りたくない典型的な馬鹿人間なので存在すらどうでもいいものになっているのだが、枝野官房長官が記者会見を定期的に開くのはいいのだが、そのたびに官邸からの中継しかないことが気に食わなかった。よくもまぁ、官邸にしか居ないで状況の説明ができるなと感心する。本当の状態を知りたいのであれば、野営地でも作ってでも現場に乗り込んで、その場所から記者会見を開くべきである。そうすれば、官僚や東京電力の報告についても、少しはなぜそうなっているのかということに対して理解できるのだろうと思うし、どれだけ現場が逼迫しているのかとか、危険な状態になっているのとか、そういうのを知ることができ、国民に対して知らしめることができるわけである。そして、記者会見を開いている場面をテレビで見るたびにびっくりしたことは、閣僚の人間たちが記者会見に臨む時に、意味不明に作業服を着て会見を開いていることだ。これが災害現場で行われているのであれば、その井出達で登場するのは納得する。ところが、汚れどころか、電気が煌々と点いて温かい環境にいるような人たちに、あんな作業着を着せてなにか意味があるのだろうか?汚れるような場所に居ないにもかかわらず、「政府もがんばってます」というのをアピールするためにだけ、あの服装をして会見をしていること自体がナンセンスだし、腹立たしさこの上ないと思った。本人たちはがんばってますというのを単に見せたいのだろうが、まったく現場の大変さとか危険さというのが伝わってこないのは、あぁいう会見をきれいな服装で行っているために、視聴者のほうが「あほくさい」と感じてしまうのだろうと思う。

続いて、政府が東京電力に対して改善のためのスケジューリングを提示させなかったことについて。だいたいトラブルがあった場合、そのトラブルを鎮圧化するための段取りについて、検討し、それをどういうスケジューリングでやるのかというのを考えるのが常だ。政府も東京電力にまずはこのスケジュールの提示を求める必要があった。いつまでにどんなことをどのようにして実施するかということだ。よくお勉強の世界で「5W1Hで考えよ」というのを政府はまったく今回は行っていないのである。だから、東京電力側としても入ってきた情報をそのままなんとか手探りでやろうとしていて、結局長いスパンでモノを見ることをせず、今やっていることが今後どのような影響が出てくるのかというのをあまり考えないでやっているように見えた。または、内部で馬鹿な勢力があって、あまり表立って東京電力の評判を落とすような悪い状態を見せるなと言っているのが居たかもしれない。そのために、本当の状況についてを政府に報告せず、なんとか見えないところで収めてしまおうと考えていた馬鹿勢力が居たのだろうと思う。そういう勢力が大手を振って行動しないように、政府としても、長期で何をするべきかというのを出させることで、余計な思惑を企業に持たせないようにするグリップをしっかり持つような事をするべきだった。だから、記者会見で発表するたびに、「それがいったい何に役に立つのだ?」という記者からの問いに対して「次回、調査して発表します」なんていう子供の使いか?というような返答しかできないのである。

続いて、最悪なケースを想定して行動していないという点。トラブルがあった場合、その影響が最悪どのような状態になるのかということを頭に常に入れて行動しなければならない。その最悪以上の悪いことは起きようがないのだから、何かの判断材料があれば、その最悪な状況から良い状況にだんだん状況のステータスを移動すればいいのである。政府は楽観的に、まずは「被害は最小程度である」という状態が当然だというところからスタートしていたから、後手後手に処理が間に合わなくて、結局本当なら国民に隠していようというようなことも勝手に情報が漏れてしまって、隠し切れなくなってしまうという状態に陥り、それはどう見ても「ダメだろう」というのが国民がわかってしまっているのに「まだ安全です」というふざけた回答を記者会見で行うことになるのだ。常に最悪のケースを想定した上で、事故処理をどうするのか、住民の処理をどうするのかというのがまず大切なことである。少し記載したのが、この最悪のケースを想定した行動と指針の提示には、国民に対して現状を正確に報道発表するということが絶対不可欠になってくる。国民にすべてのことを隠して行動することは、さらに国民が混乱し、パニックになるからだ。頭の良い人にありがちなのは、情報を開示すると、パニックになって、そのパニックを収拾するのが大変になるから、情報公開はしないというような発想を持つ人が居る。これは大きな間違いである。情報がないから、国民は勝手な想像をして、無意味な行動に走り、それが雪だるま式に情報の流布が膨らんでしまって、政府が想定しないような混乱が出てくるのである。一番良い例は、東京に水や食料やガソリンがスーパーやコンビニからなくなってしまったことだろう。これは国民に情報を開示しないから、国民としては勝手な想像で「ご飯がなくなる」とか「水が飲めなくなる」と勘違いしているために、国民が勝手な食料調達の買いだめをしているからである。それもこれも、政府がまったく情報公開をしないからいけないのである。それと、政府の発表することが、いつまでたっても大本営発表というのを踏襲していることだろう。戦時中の発表というのは、すべて大本営発表が正しいことで、それ以外の情報が漏れると、国家反逆罪にあたり豚箱に入れられた。敵国アメリカやフランスのラジオを聴いて本当の戦局を聴いていたという先人たちはたくさんいる。まさしく今回の情報公開についても同じで、政府は最悪のケースを想定した現状の発表をまったくしないで、常に「安全です」とか「心配要りません」というような報道しかしない。ところが、原発が爆発してそれが動画として残っているのに、それでもまだ「安全です」なんていうのを平気で言っていること自体が信じられない。おそらくパニックになられるのが困るからなんだろうが、情報がないほうがパニックになるのだ。首都圏2500万人が西日本に逃げられるのが困るのか?!今回の災害のあとの報道に関しても、アメリカやフランス、そして原発に関してはロシアのほうが正確にそして迅速に報道をしていたので、ツイッター経由でよく情報を収集した。

最後に、政府は目の前のことばかりの処理に重きを置いて、地震災害全体に関する対応がまったくできていないのではないかと思う。今回の災害では、複数のことが同時に起こった。被害地域は三陸沿岸から茨城までの太平洋沿岸と、東京湾の一部であるが、そこではインフラや道路、そして家屋が粉砕しているのであるので、その避難民への食料、水、物資、薬品等の供給がまずは必要である。それと同時に、福島の原子力発電所がぶっ壊れたことによりその放射能汚染の対応というのが求められた。いち早く、各国から救援対応が日本政府に来ていたにもかかわらず、あまり日本政府はそれに対して「是非よろしく」というのをなかなか承諾しなかったようである。海外から「日本政府がなかなか承諾しないので、日本への救援ができない」という報告を受けたから、その事実がわかった。地震が発生したときから福島原発はヤバイと言っていたのに、最初から政府は安全だ、問題ないと発言した。ほんとか?という疑問はすぐに解消されて、「ほら、やっぱりだめだったじゃないか」という確信に変わる。地震直後の場合には、津波で町がぐちゃぐちゃになったことに皆が関心が行ったためか、広く分散している災害の各地区について政府も対応していたのだろうが、あるときから原発がダメだということがわかったので、そのときから政府はほとんど原発のことしか頭にないような気がする。そのために政府が率先して災害地域に対して、物資の供給をしたのかとか、インフラをどうするように指導したのかというのがまったく情報としてあがってこない。それもこれも災害全体のことを頭に入っていないからだろう。それと、なんでもかんでも自力でなんとかしようとしていたことが痛手になっているのではないのだろうか?アメリカやロシアが率先して救援に駆けつけるとか、原発についてはプロが手伝ってやるといったのに、東京電力や政府は最初は「要らない」と言ったのだが。よくもまぁ、こんなことが平気で言えたと思う。なにか知られてはまずい情報でも隠しているのだろうか?こういう危険な状態になっているのであれば、もう自分たちの手で何とかしようとするのではなく、他人の力を借りてでも鎮圧化することに努力をすることが重要だと思うのだが、それを怠った政府と東京電力にかなりの落ち度がある。

いずれにしろ、今回は対応がすべて悪かった。悪かった対応の全責任は菅直人にあるのだが、彼はほとんど記者会見の場に出てこなかった。国民がこんだけひどく困惑している状態なのに、一国の首相がほとんど表に出てこないというのは、やつはいったい何者だと考えているのだろうか?天皇気取りをしているとしか思えない。「愚民たちよ、良きに計らえ」と枝野官房長官に全部任せて、すべてが鎮圧したあとに、のこのこと表に出てきて「みなさんご苦労だった」と言うだけなのだろう。的確な指示もできない指導者は不要であり、邪魔であり、存在価値がなく、むしろ死んでもらいたい。たまにテレビの記者会見で菅直人がなにかを話をするのだが、そのときには、解決をするためにこんなことを具体的にしているというようなことをまったく話さず、精神論でガンバろうみたいなことばかりしか言っていないで、具体性がない。具体性がないコメントほど時間の無駄と、聴いていてイライラするものがない。これが天皇陛下が話をしたのであれば、別にかまわない。天皇陛下は日本国の象徴であるからである。首相は違う。首相はどのようにするべきかを考えて、それを行動に変える人でなければならないのである。ところが彼はしない。まるで上皇のように裏に篭って何もしない。一言口を開くと、馬鹿丸出しの発言しかしないから、もう表に出るなとほかの人から言われているようにしか思えない。

菅直人を見ていると、わが社の偉い人たちの行動にそっくりだと本当に思った。そしてテレビ等をみて思ったことは、つぎのとおりである。

「決めるのがリーダー。
 決められない人はリーダーになれない。
 非難されても決める。それがリーダー」

これに限る。