2007/12/02

孫文

孫文は中華民国の建国の父でもあり、中共のほうでも建国の父として崇められているのは周知の事項であろう。数千年続いていた中華世界の専制君主制を倒し、世界で最初の民主国を設立したのは大きな功績だろうが、彼はもともとそんなつもりで当時の王朝である清朝をぶっ潰したのではない。満州族つまり、漢民族にとっては夷てきだった民族が中華を治めていることが嫌だったのだろう。孫文が居た広東の地は、政治の中心地である北京から遠いところにあるので、なおさらその気持ちが大きかったし、多くの漢民族が同じような思いだったようだ。しかし、声を大にして清朝の悪口を言う事はできないし、集会をすることは法律で禁止されている。これはいまのシンガポールと同じである。公で政治不満や政府を馬鹿にすることは許されない。となると、アングラな世界を作ってそこで集会をし、仲間しかしらない暗号を使って秘密結社を作る必要がある。そこから生まれたのがいまのチャイニーズマフィアだということは実は重要だ。

この本は小説であるのだが、ほぼ史実を忠実に反映しているため、清朝転覆から孫文が死ぬまでの功績ややったことや失敗がほぼ全部網羅されている。中国の歴史の中で一番面白いのは、アヘン戦争以降から第2次世界大戦終了までの時代である100年間だろう。一番の激動の時代であり、たくさんの本を書いても書ききれないものだと思う。そして孫文はそのなかでも重要な登場人物の一人だ。孫文の名前は三民主義を掲げたひとというのでは知られているが、あまり日本人にとっては孫文のことは知らない人が多いのではないだろうか。台湾にいけば、中山記念堂を建てているくらい神様に崇められているが、日本ではチちょび髭のオヤジとしか認知されていないのが一般的だと思う。実は、日本にも何度も来ており、そこで清朝転覆のための協力者をたくさん作り、資金を集め、当時の日本の有力な政治家を巻き込んでいたのだ。日清戦争のあと、日本は中国にとって最先端技術と思想を持ち、中国よりも優れた身近な国という認識をされていたために、中国人にとっては当時もいまも日本への留学が盛んに行われていたこともバックアップされていたのだろう。
陳舜臣の小説はいつもながら、詳細の内容がかかれているため、膨大な中国に関する資料を集めて、知識の宝庫をもっているひとだと感心してしまう。孫文に対する知識も半端じゃない量を持っており、孫文と関係した数々の人たちとの関係も、この小説を通してすべて読み解くことができるので、大変勉強になり参考になる書物だとおもう。単なるチョビ髭のおっさんではないことも理解できるだろうし、中国最大の詐欺師と言われてしまっていたこともままあったようだが、何故そう中国人に思われるようになったのかも分かるし、中国人にありがちな自分の利権のために他人の利権を潰してでも成り上がって見せたいという欲望が渦巻いていたということも分かるし、世界中に広がったチャイニーズマフィアの卵のような組織が世界各地でどのような役割を演じたのかというのも良く分かる。また、清朝が一番の「お尋ね者」とみなしていた孫文を、ロンドンで拉致監禁したことが、さらなる孫文を世界中に名を広めてしまったという汚点も知ることができる。おかげで、いつでも暗殺できたはずなのに、暗殺できなくなってしまった清朝の愚かさが露呈されていて、歴史とは本当に痛快で面白いと改めて感じさせてくれる。

医師であり、キリスト教徒であり、革命化であり、集金能力の高い政治家でもあった孫文であるが、同時もいまもやはり世界各地に中国人が広がっているが、知人・同郷人というツテという伝手を使って何かを成し遂げようとしている考え方は、今も昔も中国人には変わらない考え方なのだなと改めて認識してしまうし、日本人とは異なり自分の生まれた土地はどうでもよくて、外に出てそこで成功したところが自分の故郷であると思う気持ちは日本人にはなかなか理解できない部分でもある。日本人であれば、自分が先祖代代管理している土地があるから、なかなか違う土地で成功を望むために移住したいという人は少ないのだが、中国人にとっては土地は一時的に定住した場所であり、財産ではないと考えているところの根本的な違いなのだろう。孫文の兄弟も親も、ハワイにその当時から移住して財を成していたし、孫文自体も故郷の広東省から脱出して、まだ植民地であったマカオで病院を開設していたし、こういう外に出て行こうという精神を物語を通してでも知ることはできる。

ちなみに、外国にでて成功している中国人が多く、客家系であるといわれている通り、孫文もやっぱり客家の人だった。広東省梅県といえば、客家のなかでも中心的な客家の集まる場所でもあるからである。純粋の漢民族である客家系のひとであればあるほど、清朝の中国支配は許したくなかった事実なのだろう。「復明倒清」をお題目のように唱えていたのは分かる気がした。

孫文(上)(下) - 陳舜臣
中公文庫
各 720円

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