2010/08/22

南蛮阿房列車


鉄道作家の宮脇俊三の書物は読むのがとても好きなのだが、そのなかで度々登場するのが阿川弘之のこと。宮脇俊三が平成に入ってからの鉄道作家としたら、阿川弘之は昭和の鉄道作家といったところだろうか。といっても、阿川弘之は鉄道関係以外の書物のほうが断然多く書かれているので、あまり鉄道作家だという意識はしたことがない。ただ、宮脇俊三いわく「阿川さんのような流れる文章は私は書けない」と尊敬のまなざしで見ていたようだったので、実際に阿川弘之の鉄道に関する本というのはいったいどういうものだったのだろうか?と、結構前から気になっていた。

何気にブックオフに行ってみたところ、100円コーナーのところに、ひょいと偶然見つけてしまったのが、阿川弘之の「南蛮阿房列車」である。

宮脇俊三も世界のいろいろな鉄道に乗って、その出発前のドタバタや列車に乗っているときの列車走行に関する時刻の正確さや、同一コンパートメントに載ってきたほかの乗客とのやり取りに関して、自称・猫的視線(他人にはわからないが、自分では詳細に分析しているつもり)で表現しているところは、拝読していて面白い視点で考察しているなーと感心するところばかりだったが、阿川弘之も負けじと道中のドタバタについては記載されていて、宮脇俊三とは違った列車オタクの面白さが伝わってくる。

宮脇俊三は、大抵は一人で列車に乗ることを喜びと感じている。つまり誰かと一緒だと誰かを気にしていて、のんびり列車に乗れないという性質なのだ。自分の世界に浸りたいという典型的な猫人間であるために、他人に邪魔されたり、他人を意識しながら行動することほど面倒くさいものはないと思っている人だ。しかし、阿川弘之は違う。絶対にひとりでは電車に乗らない。常に、半分相棒になっているマンボウこと北杜夫と、狐狸庵の遠藤周作の二人を伴っているところがおもしろい。双方とも日本の代表的な作家であるが、これらの人たちが、阿川弘之の電車ごっこに付き合わされることによって、人間味あふれ、たまには「もう嫌だ」と泣きを入れているところが面白すぎる。阿川弘之側から見たら、毎回泣きを見せられるのだが、それが面白いのだろう、毎回泣いたり、もう嫌だと言う北杜夫のほうを必ず同行させているから、彼は絶対Sっ子に違いない。

文章の中では北杜夫は医者ではあるのだが、躁欝激しい人のようで、欝の時の北杜夫を無理やり電車に乗せるところなんかは、大阪の商売人が勧誘をして無理やりモノを売っているように、むりやり列車に乗せているやりとりが面白い。

宮脇俊三は、海外で列車を乗って、そのレポートを記載する際には、列車が走る風景や列車の車両やあとは列車の通るエリアの文化的なことをすこしは記載する。しかし、阿川弘之の文書は全然違う。列車に乗るまでのことと、列車に乗ってこんなに楽しかったー!ということと、列車の旅っていうのはやっぱり面白いという、この3点ですべての文章を語っているところが違いだ。だから、列車オタクじゃない人にとってもこの文書を読むと、列車好きなオッサンが友達とトタバタで旅行をしている体験記を書いているんだなというように読めることだろう。でも、実際にその通りかもしれない。

本著において、記載されている海外列車旅行については次の通りである。

・パリからトゥールーズまでのTEE
・マダガスカル
・タンザニア
・カナダのオンタリオ州列車旅行
・カナダのトロントからジャスパーまでの特急旅行
・台北から東港までの莒光号
・ロンドンからエジンバラまで
・地中海飛び石列車旅行
・マイアミからウェストパームビーチまで

本書自体がめちゃくちゃ古い本であるために、もうそんなもの無いよというような列車が書かれているのは文章で歴史的なものを知るといういい手がかりになるものだ。特に、最初のヨーロッパ特急の話は、Trans Europe Express のことを書かれていて、今のInter City特急の前身になることを記載されているのは興味深い。TEEのことは、Kraftwerk の Trans Europa Express くらいでしか、実は名前はみたことが無かったからである。

さらに、ケニアまで行って、キリマンジャロまで繋がっている鉄道に乗るために来たのに、もう廃止になってしまったという話を聞いたのに、ここまで来て列車に乗らないのは自分が許さないという、意味不明な性分のために、他人を巻き込んで近隣国の列車に無理やり乗ろうとすることと、それに振り回される北杜夫とのドタバタ劇については、腹を抱えて笑ってしまった。

それと、自分の性である「阿川」と関係あるのではないだろうかというだけの理由で、カナダのオンタリオ州にある超田舎駅である「AGAWA」に行くという話しも面白い。自分の出土が山口県だから、山口県の移民と関係あるのではないかというやりとりとか、アメリカに留学している息子を使って、沿線に住んでいるAGAWA姓のカナダ人を片っ端から電話を掛けるという変な趣味を持っているのも面白かった。

すべての列車旅行が順風満帆に行かないところが、この著書のおもしろいところだろうと思った。全部うまく行ってしまっては、話にふくらみが出ないからだ。たまにはこういうドタバタ列車旅行の本を読んで、脳みそゼロにしてしまうのもいいだろうとおもう。

南蛮阿房列車
著者:阿川 弘之
出版社:新潮文庫
出版日:1980年11月15日

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