2009/12/28

山の上ホテル

神保町界隈に勤務地があったときには、よく神保町のいろいろな店にご飯を食べに行ったり、サボりにいったりしたこともあって、大変よく知っている町並みであるのだが、どうしても利用したことがないところがあった。それは東京に住んでいるから東京にあるホテルに泊まるということである。それも神保町・御茶ノ水界隈のホテルに宿泊である。知り合いが宿泊しているのであれば、遊びにいくという名目で利用するのもありだが、そんなことはまずない。となると、強引に宿泊するというイベントを作るしかないなとおもいたち、クリスマス時期にどこ、贅沢な宿泊として、御茶ノ水のかの有名な「山の上ホテル」に宿泊してみた。

このホテルは、歴史的にはとても古く、場所柄、たくさんの著名な作家が缶詰になって作品を書き上げるために宿泊する定番の宿として利用されていたことで有名である。出版社からの担当者が「○○さーん、まだできませんかぁ?」とドラマにも出てくるような光景をこのホテルの中で行われていたと考えると、生々しいし、いまにも作家たちの「いま書いているんじゃい。黙っとけ!」と罵倒していたりする様子が見えてきそうだ。このホテルを利用していた著名中の著名作家として、ホテル内のいたるところに記念品が置かれていることでもわかるように、まずは池波正太郎が上げられるだろう。それから、ホテルのメニュにも記載されているのだが、三島由紀夫もここの常連で、ホテルの従業員のもてなしに大変感動している様子が残っている。川端康成もここで作品をしあげたことでも残されている。

また、このホテルは、お客さんへのもてなしかたがとても上品であり、かつ懇切な対応をしていたことと、東京都内には昔は、旅館は存在していたが、ホテル呼べるような宿泊施設が皆無で、東京オリンピックの際にホテル建設ラッシュでホテルは作られたのだが、そのときにどのように外人と接客をしたらいいのか、ホテルらしい接客はどのようにしたらいいのかということが誰もわからず、この山の上ホテルの従業員が、いまでは有名になったホテルオークラや帝国ホテルなどに対してレクチャーをしていたというくらい、東京のホテルの中ではその存在に対して一目置かれているホテルでもある。(詳細については、「山の上ホテル物語」に載っている)

実は、神保町勤務のときに、このホテルに昼ごはんだけ食べにはよく来ていた。オフィスがあった場所からは少し離れていたので、関係者が絶対にこんなところまではご飯を食べにくるわけが無いということと、名前の通りに駿河台の丘の上にあるため、こんな坂の上まで上ってきてまでご飯を食べに来る人なんか会社の人間にはいないだろうということを想定していたからである。想像通り、在勤中は昼ごはんに関係者に遭遇したことは全く無かったので、のんびりご飯が食べられた。ホテルの中のレストランだから、めちゃくちゃ高いだろうと想像されるだろうが、そんなことはない。ランチメニュであれば、1000円くらいで食べられたので、お財布にもやさしかったのである。それに美味いし。まずくてこの値段だったらリピータにはならない。

ただ、昼ごはんにきたことはあっても、作家たちが使われる宿だと知っていても、中に泊まった事はなかったので、頭の中では作家たちの怨念と熱気が渦巻いているホテルなのだろうと勝手に想像していたが、実際に宿泊してみて、そんなことは微塵も無いことがわかる。

ホテルは、本館と別館の2つの建物から成り立っており、本館は戦前から建てられて由緒正しいコンクリート建築である。中に入ると、真っ赤な絨毯と、昔から使われているだろうと思われる、重厚なソファセットを使った応接ロビーに出くわし、一般素人からみたら、いきなりド肝を抜かれてしまう。こんなところに若造が泊まることは、100年早いわ!とホテル側から客を選別されているような気になってしまうくらい臆してしまう。しかし、そんなビビリの客に対して、即座にホテルスタッフのひとが気づいて、客があたふたしないように、そしてどっしり構えていてほしいという意味をこめて(いると思うが)、宿泊者および訪問者に対してフレンドリーな対応をしてくれるところがうれしい。大きなホテルだと、客が右往左往してどうしたらいいのかわからないような状態に陥ったり、またはホテル側が、「お前みたいな奴がこんなところによく泊まれる資格があるよなー」というのを無言で訴えてきたりするところがあるのだが、ここでは全く存在しない。むしろ、「ようこそ、我が家へ」という、田舎の民家で経営している民宿のような雰囲気を出してくれるところがいいのだ。しかし、民宿と決定的に違うのは、スタッフの躾の良さだろう。身だしなみから、接客態度、そして姿勢があまりにも正しいのだ。まるで台北の忠烈祠にいる衛兵のように、普段、客を応対していないときの姿勢が見事なまでにシャキッとしていることに驚かされた。こういう光景を見られるのであれば、リピータができるのは必然的だと感じた。
今回泊まったのは、別館7階にある、こだわりの家具とAV機器を設置したスタイリッシュな空間を演出したといわれる「アート・セプト・フロア」の中にある「セプトハリウッド・ツイン」に泊まってみた。本館の作家たちが使った歴史ある部屋にもとまってみたいとおもったが、あまりにも宿泊料が高いので、やめた。このハリウッド・ツインという部屋はなにがハリウッドなのかと言うと、薄型の液晶42インチテレビと、DVDプレイヤの設置、そして、壁掛けのバング&オルフセン製のおしゃれなAVプレイヤが装備されていた。もちろん、iPod 保有者なら iPodも接続することができる仕様である。今回は壁掛けのAVプレイヤはほとんど利用しなかったのだが、DVDプレイヤは非常によく利用した。エロ系ではなく、ここでは、昔のテレビ番組である「紅の介」のDVDを観ていた。部屋の中のAV関連は以上のとおりだが、ベッドはそれほど広くは無いが外人サイズのツインベッドがあり、簡易リビング用のソファが備え付けられていた。アメニティとしては、食器類とセルフ用の茶・コーヒーが用意されている。ところが湯沸かし器はない。じゃ、どうしたらいいのかというと、ルームサービスにいって「お湯ください~」と言えばすぐに持ってきてくれる。なお、ポットは常設されているものには「おみず」、そして持ってきてくれるポットには「おゆ」と書かれているところが面白い。寝巻きやガウンも用意されているので、何も持たなくてもここで泊まってもいいだろう。また、全室100Mbpsのネットが使いたい放題になっているので、PC持参できる人は便利だと思われる。なお、LANケーブルはフロントで頼めば無料で貸してくれる。しかし、無線LANを利用したいとおもっているひとにとっては、全館無線LANは利用できないため、残念ながら有線LANが利用できる端末持っている必要がある。

浴室は、昔ながらのユニット系の良くそうなのだが、ちょこちょこと現代風にリノベートしているのでおもしろい。まずは、シャワーのところだが、一般的なシャワーの口ではなく、最新のシャワータイプの、細い管形式になっていた。また、洗面台はとても低い位置にあるのだが、蛇口が一般的な廻すタイプではなく、壁からスイッチが出ているものを押して出すタイプになっていて、これはすごいと思った。また、トイレは当然ウォシュレットだし、アメニティもRENOMAブランドで統一されたものが用意されていた。朝食はレストランで食べるスタイルと、部屋へ持ってきてくれるタイプと選ぶことができる。その際には、和食と洋食の2種類を選択することができる。今回は和食を選んでみた。実は単なるルームサービスで洋食の朝食と和食の朝食を選んだ場合、断然和食の朝食のほうが高かったからである。なんと1名分2500円。値段で選ぶというのはケチ臭いのだが、2500円の朝食って一体なんなのだ?と興味深かったので、選んでみたのだ。時間指定で朝食は部屋へ持ってきてくれるのだが、これが驚いたことに時間ぴったりで部屋に持ってきてくれるので、なんとしっかりしているところなんだろうと感激してしまった。今回は9時に持ってきてと頼んだら、9時ちょうどにドアをたたくノックが聞こえて、びびった。山の上ホテルの徹底したサービスに驚愕で
ある。部屋を担当していたお姉さんは、どこか田舎臭いところがまだ残っていて、言葉遣いもまだ都会言葉になっていないというのも愛らしい。実際に提供されたご飯は、好みの薄口味で、丁寧に作られていて、とても満足であった。減点のつけようが無い朝食というのは、久しぶりのことだった。

ホテル自体は決してあたらしいものではないので、建物自体はどことなく野暮ったい気がする。しかし、それは歴史をはぐくんできた証拠として、ホテル全体を楽しんでもらえればいいと思う。なお、ホテル全体は、禁煙・喫煙を徹底的に分けているため、タバコ嫌いの人にとってはとてもいいホテルだ。ホテルをくつろぎの空間ととるか、エンターテイメントの一部と観るかは、その人の主観によるのだが、いずれにしてもこのホテルが日本のホテルの中で一目置かれているという理由が、実際に宿泊をしてみて今回はっきりわかった。もし、東京に住んでおらず、東京で宿泊しなければならないのであれば、是非このホテルに宿泊したいところである。どの外資系ホテルに比べても遜色はなく、むしろ勝っているのではないかと思う。

山の上ホテル
URL : http://www.yamanoue-hotel.co.jp/
Address : 〒101-0062東京都千代田区神田駿河台1-1
Tel(03)3293-2311

山の上ホテル物語

常盤 新平(著)
出版社: 白水社 (2007/02)

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