2007/11/03

ソ連への旅行(古本)


昔の旅行本というのは、その時代を反映した内容をかなり盛り込んでいるため、いま改めて読んでみると、不思議だなーとか、あーっ、この頃はこういう考えが流行っていたんだとか、少し上からの目線で当時の人たちの心情を読み解くことができるのが楽しい。それも旅行記を書いているひとが訪れている場所が不変の地域であれば、今読んでみても違和感は全然無いと思うのだが、ダイナミックに変わってしまった地域を描写している場合は、ほとんど芝居をみているようにしか思えない。

今回近くの古本屋で100円で売られていたのが、「世界の旅行5・ソ連/東欧諸国」(中央公論社)がカバー付き売られていたので、思わず手に取ってしまった。出版期日を見てみると、昭和37年と書いてあるので、とても古い。戦後15年以上経過しているとはいえ、まだまだ戦争の記憶は新しいひとたちが書いている内容であるので、戦前・戦中・戦後の思想の変化も加味しつつ書かれている所が面白い。カバーは年季が入って、もうぼろぼろのようなのだが、中身のほうはというと、多少黄ばんではいるものの、本としては問題なく読めるし、丈夫に出来ている。さすが中央公論社と、この時ばかりは感心した。

そして、この本は、いろいろな作家や著名人が色々な雑誌などに投稿している内容を、寄せ集めた本ではあるのだが、その寄せ集められた作家群が凄すぎる。それを列挙してみると、こんな人たちが書いていた。

・野々村一雄「ソヴィエト紀行」
・瀬戸内晴美「30万円ソ連旅行」
・栗本和夫「ソ連文化交流の旅」
・竹山道雄「モスコーの地図」
・松田道雄「レニングラードの日記から」
・栗原武夫「アルメニア紀行」
・森恭三「東ヨーロッパ通信」
・開高健「夜と霧の爪あとを行く」
・近藤忠義「プラハの春」
・大江健三郎「若いブルガリア」
・阿部展也「ユーゴ民族芸術の旅」
・羽仁進「民族と抵抗のエネルギー」
・大宅壮一「もう1つの世界」

作家として今でも活躍している人はもちろんのこと、各界でも著名な人も並んでいるので、その蒼々たるメンバーを見たときに、内容はともかく、まぁ、100円だから買っても良いかなとおもった。しかし、昭和37年当時としてはこの本は370円で売られていたようで、今の貨幣価値だったらいったいどのくらいの値段なんだろうということも考えてしまった。

今では、社会主義とか共産主義というと、「ははは」とお笑いのネタになるくらい馬鹿げた主義であるのは明確ではあるが、ソ連崩壊後だからこういう感想が言えるのであって、昭和37年当時としては、戦前からのばりばりの社会主義者やソビエト万歳主義者は、かなり一杯いたはずであろう。さらに「進歩的思想家」と称する意味不明な共産主義者などもこのときには、大手を振って歩いていた時期であるから、ソ連を中心とする社会主義に対して、勝手な妄想と幻想と、実際に本場の現場に行ってみて、見れるところは狭いくせにそれが全体の様子をあらわしているところだというものと判断して、やっぱり社会主義は凄いというような感想を書いている内容を見ると、「ぷぷぷっ」と笑ってしまう。特に、一番最初に書かれていた、社会主義経済学者の野々村一雄が書いた内容は、いろいろな意味で抱腹絶倒できる内容だ。こういう人は、ソ連が崩壊したあと、どのような人生になったのか、または自分の思想に対してどのように修正をしていったのか、改めて聞いてみたいところがある。

いまでは旅行をするというと、自由でどこでも好き勝手にいけるのが普通だとおもわれるが、当時のソ連への旅行というものは、かなりハードルが高かったようである。ハードルが高いというのは値段が高いというのではなく、旅行の自由度がないというものなのだ。誰がいつどこにいくつもりなのかというものを、渡航前にヴィザと一緒に申請する必要があり、1人でふらふらすることは外国人は許されず、いまの北朝鮮への渡航と同じように、必ず現地の人間が半分スパイのようにつきっきりになる必要があるからだ。今はもう無いと思われるが、ソ連を旅行する場合には、インツーリストというところを通してでなければ、ソ連滞在中は何も出来ない。すべて前払いで、滞在中はお土産以外はお金を払う必要がないらしいのだが、自由がないが、インツーリストから派遣されてきた人に「明日はここに行きたい」ということをいう自由はあるらしい。決まりきったコースしか旅行ができないという北朝鮮とは違うようだ。「シベリア鉄道9400km」の本にも書かれているのだが、このインツーリストが絡んだ旅行中のやりとりは、ソ連への旅行者にとって、かなりあとから記憶として楽しいものだったと思うらしい。好き勝手に出来ない分、その制約のなかで楽しみを見つけるからだろう。

それと、不思議だったのは竹山道雄が書いている地図に関する話だ。旅行社にとって、地図とガイドブックは切っても切れない関係なのだが、この地図というものが曲者で、地図はスパイ活動に繋がるという意味から一般人には手に入らないものとして、ソ連では扱われている。ソ連はスパイ活動に対してKGBを中心とする目を光らしているため、外国人に対してはそのスパイ活動ができないように、街中に地図を売らせないという政策だったようだ。従って、色々なところを自由に歩いてみたいと思った著者が、地図を求めて本屋を駆け巡ったりする苦労とか、無理やりコンシェルジェからもらった地図を頼りに行きたい場所に行こうとするが、地図をローカルの人に見せて、現在地を教えてもらおうとしても、だれも地図が読めないというのが面白かったという感想は、漫画の世界のように思える。地図の中に指し示してくれたのはいいが、全然違う場所だったために、変な場所に出てしまったという話は、良くありがちだ。地図はタブーなのだというオチがとても新鮮に思えた。

ソ連国内としてまだ連邦国だったため、アルメニアもソ連に扱われてしまっているが、キリスト教徒の聖山として崇められているアララト山や、文化の交差点であるアルメニアは、その当時から美人が多いと書かれていて、やっぱりねーという感想はあった。それほど昔から文化的にはそれほど変化がないのだろうから、ここには一度行って見たいとおもうが、昔の話とはいえ、アルメニアのほのぼのとした様子を見ていると、なお一層行きたくなってしまうのは不思議だ。

行った事がある旧東ヨーロッパ諸国の、プラハやブダペストの話を見た場合、その文化性は理解できるが、この本が出版された直前に起こった、プラハの春とかハンガリー動乱の話が生々しく残っているのは、タイムリーな記事としてここに掲載されているので、とても不思議に思う。不思議に思うというのは、あんな事件はめちゃくちゃ過去のこととして感じていたところ、当時としてはまだ風化するには早すぎる事件として誰でも知っている出来事として書かれているからだ。従って、文化性とソ連による介入を連携させて、民族主義とソ連化以前からの経済体制など、複雑な要素を孕んでいるこの地域の説明をするには、ネタとして困らないし、読んでいるだけでわくわくしてくる。

阿部展也や大江健三郎の内容は、行った事がない場所であり、いまでも良く分からないので、彼らが昭和37年に書いている内容から、個人的にはこれらの国々に対するイメージは基本的な日本人としては変わっていないと思う。実際には、現在ブルガリアは農業国というのは未だに変わっていないが、イギリス人による移民が多い場所でも有名になってしまった。物価が安く治安がよく、黒海沿岸のため気候がよく、そして食べものが美味いからというのが理由のようだ。時代とともに、人と思想は流動的になるのだが、ヨーロッパのこういう一見したら時間が止まっていると思われていた地域が、実際には動いているというギャップが経済というものなのだろう。ユーゴの場合、今ではすっかり分裂してしまったので、まだ連邦だったというときの話は、とても違和感があるのだが、その中でもサッカーのワールドカップをきっかけに、クローズアップされたクロアチアは、旧ユーゴの中でも最近注目に値する国だといえよう。旧ハプスブルグ家の領土内だったから、その文化性の高さは今でも残っているところだ。次回ヨーロッパに行く場合には、スロベニアやクロアチアには行ってみたい。

しかし、45年以上も前の本をみると、下手な歴史書を見ているより、その当時の考え方がよく読み取れて楽しい。また別の機会に、他の古本を探してみたいと思う。

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