2011/03/19

災害時の政府の役割

今回の東日本大地震が発生した後の政府と東京電力の対応は、巨大組織におけるありがちな多数の間違いを、一般国民に露呈したという意味で、大変興味深いことだった。

トラブル発生時には、トップが率先して指導や方向性について陣取らないといけない。大きな会社にありがちなのは、そのトップが形だけの「災害対策本部」みたいな組織だけを立ち上げて、そこに情報を集めさせるのはいいのだが、集めた情報をまったく処理できず、集めた情報をまた別の人間に処理させて、そこからでてきた回答のみを受けて納得するという手段をとるのが結構多い。つまり、トップの人間は、なんちゃら本部という形だけの意味不明な長には属しているのだが、その役割はまったく何もせず、温かいコーヒーでも飲みながら、柔らかいソファにどっかりとふんぞり返っているだけの無能な存在でしかない。彼らにとっては組織を作ること自体が指名であり、その責任は絶対自分では取りたくないと思っている。したがって、あがってくる情報から、自分に責任が降りかかってきそうなところに対しては、十分になにか他責になるような努力をするのだが、そうじゃないようなところについては、「良きに計らえ」と無関心でいることもよくある。現場で起こっていることが第一主義だというのが、口癖のように言っているくせに、いざ、ほんとに何か困ったことが現場で起こったことになると、ほとんどが逃げ腰になる。逃げ腰になるのは簡単で、責任を取らなければならなくなるという危機感がいきなり自分のみに降りかかってくるからである。

自分が属している会社で、あるとき、頭がおかしいんじゃないのか?というような掟が回ってきた。それは簡単に言うと「社内の人間もお客様だと思え」ということ。なんでそんな考えが出てくるのか意味がわからない。社内の人間より社外の人間のほうが断然重要である。社内の人間同士のほうが良く知っているからやりやすいという安心感があるのだろう。そりゃぁそうだ。社外の人間とやりとりすると、社内の法則がまったく通じないような事態に直面することはよくあることだ。社内だと、そんな事態が表面化する前に、上部組織を使って揉み消しが行われたりするからである。つまり、「事なかれ主義」であることが重要であり、表面化することにより、誰かが傷つくことがいやだからというのを避けているだけである。誰かが悪者にならなければならない場合が絶対にある。そのときに、部下に責任を押し付ける馬鹿リーダが結構いたりするのだが、それはおかしい。責任を取るのはたとえ部下が悪かったとしても、それを管理している管理者が悪いのである。その管理者が責任を取るべきなのである。概して、管理者の多くは、自分のクビや出席ばかりに目が行き、本来の目的である、トラブル回避やトラブル鎮圧に関して、どうあるべきかということをまったく頭になく、常にそれは部下に「なんとかしろ」とか「なにか案を出せ」とか、無責任にも指令を出すものだ。そして案を出した場合、文句ばかりは言うのだが、それに対して何も良いも悪いも判断できないようでは、もうその管理者はまったく存在価値がない。

今回の大地震における政府の対応のまずさは、いくつかあるだろう。1つは現場に政府関係者が行かなかったこと。それから、東京電力に対して今後のスケジューリングを提示させなかったこと。さらに言うと、最悪のケースを想定してトラブルの鎮圧をしなかったこと。もっと言うと、地震被害全体についての広い目線でモノをみず、目の前の出来事だけにしか注目せず、多くのことを後回しにしてしまったことというもので分けられるだろう。

まず、現場に政府関係者がいなかったことだが、首相を初めとする多くの官僚たちは、いち早く被災地に飛んで、自分の目で状況を確認するべきだという行動が必要だが、なにか困ったことがあったら、単にあたふたするだけで、先述したとおりに「災害対策本部」なる組織を作ったのはいいが、その中に閉じこもって、周りから情報だけを仕入れようとするだけである。そのときにどんな情報がほしいのかということをまったく指示しないので、結局自分たちもどんな状況になっているのかということが理解できない状態になる。そのまま、記者会見を開いて、伝聞された情報だけを伝えるが、記者や一般人が知りたい情報とは程遠いことをその場でようやく知ることになり、慌てて別の情報を仕入れようとするということになるのである。馬鹿首相の菅直人は、自己責任を取りたくない典型的な馬鹿人間なので存在すらどうでもいいものになっているのだが、枝野官房長官が記者会見を定期的に開くのはいいのだが、そのたびに官邸からの中継しかないことが気に食わなかった。よくもまぁ、官邸にしか居ないで状況の説明ができるなと感心する。本当の状態を知りたいのであれば、野営地でも作ってでも現場に乗り込んで、その場所から記者会見を開くべきである。そうすれば、官僚や東京電力の報告についても、少しはなぜそうなっているのかということに対して理解できるのだろうと思うし、どれだけ現場が逼迫しているのかとか、危険な状態になっているのとか、そういうのを知ることができ、国民に対して知らしめることができるわけである。そして、記者会見を開いている場面をテレビで見るたびにびっくりしたことは、閣僚の人間たちが記者会見に臨む時に、意味不明に作業服を着て会見を開いていることだ。これが災害現場で行われているのであれば、その井出達で登場するのは納得する。ところが、汚れどころか、電気が煌々と点いて温かい環境にいるような人たちに、あんな作業着を着せてなにか意味があるのだろうか?汚れるような場所に居ないにもかかわらず、「政府もがんばってます」というのをアピールするためにだけ、あの服装をして会見をしていること自体がナンセンスだし、腹立たしさこの上ないと思った。本人たちはがんばってますというのを単に見せたいのだろうが、まったく現場の大変さとか危険さというのが伝わってこないのは、あぁいう会見をきれいな服装で行っているために、視聴者のほうが「あほくさい」と感じてしまうのだろうと思う。

続いて、政府が東京電力に対して改善のためのスケジューリングを提示させなかったことについて。だいたいトラブルがあった場合、そのトラブルを鎮圧化するための段取りについて、検討し、それをどういうスケジューリングでやるのかというのを考えるのが常だ。政府も東京電力にまずはこのスケジュールの提示を求める必要があった。いつまでにどんなことをどのようにして実施するかということだ。よくお勉強の世界で「5W1Hで考えよ」というのを政府はまったく今回は行っていないのである。だから、東京電力側としても入ってきた情報をそのままなんとか手探りでやろうとしていて、結局長いスパンでモノを見ることをせず、今やっていることが今後どのような影響が出てくるのかというのをあまり考えないでやっているように見えた。または、内部で馬鹿な勢力があって、あまり表立って東京電力の評判を落とすような悪い状態を見せるなと言っているのが居たかもしれない。そのために、本当の状況についてを政府に報告せず、なんとか見えないところで収めてしまおうと考えていた馬鹿勢力が居たのだろうと思う。そういう勢力が大手を振って行動しないように、政府としても、長期で何をするべきかというのを出させることで、余計な思惑を企業に持たせないようにするグリップをしっかり持つような事をするべきだった。だから、記者会見で発表するたびに、「それがいったい何に役に立つのだ?」という記者からの問いに対して「次回、調査して発表します」なんていう子供の使いか?というような返答しかできないのである。

続いて、最悪なケースを想定して行動していないという点。トラブルがあった場合、その影響が最悪どのような状態になるのかということを頭に常に入れて行動しなければならない。その最悪以上の悪いことは起きようがないのだから、何かの判断材料があれば、その最悪な状況から良い状況にだんだん状況のステータスを移動すればいいのである。政府は楽観的に、まずは「被害は最小程度である」という状態が当然だというところからスタートしていたから、後手後手に処理が間に合わなくて、結局本当なら国民に隠していようというようなことも勝手に情報が漏れてしまって、隠し切れなくなってしまうという状態に陥り、それはどう見ても「ダメだろう」というのが国民がわかってしまっているのに「まだ安全です」というふざけた回答を記者会見で行うことになるのだ。常に最悪のケースを想定した上で、事故処理をどうするのか、住民の処理をどうするのかというのがまず大切なことである。少し記載したのが、この最悪のケースを想定した行動と指針の提示には、国民に対して現状を正確に報道発表するということが絶対不可欠になってくる。国民にすべてのことを隠して行動することは、さらに国民が混乱し、パニックになるからだ。頭の良い人にありがちなのは、情報を開示すると、パニックになって、そのパニックを収拾するのが大変になるから、情報公開はしないというような発想を持つ人が居る。これは大きな間違いである。情報がないから、国民は勝手な想像をして、無意味な行動に走り、それが雪だるま式に情報の流布が膨らんでしまって、政府が想定しないような混乱が出てくるのである。一番良い例は、東京に水や食料やガソリンがスーパーやコンビニからなくなってしまったことだろう。これは国民に情報を開示しないから、国民としては勝手な想像で「ご飯がなくなる」とか「水が飲めなくなる」と勘違いしているために、国民が勝手な食料調達の買いだめをしているからである。それもこれも、政府がまったく情報公開をしないからいけないのである。それと、政府の発表することが、いつまでたっても大本営発表というのを踏襲していることだろう。戦時中の発表というのは、すべて大本営発表が正しいことで、それ以外の情報が漏れると、国家反逆罪にあたり豚箱に入れられた。敵国アメリカやフランスのラジオを聴いて本当の戦局を聴いていたという先人たちはたくさんいる。まさしく今回の情報公開についても同じで、政府は最悪のケースを想定した現状の発表をまったくしないで、常に「安全です」とか「心配要りません」というような報道しかしない。ところが、原発が爆発してそれが動画として残っているのに、それでもまだ「安全です」なんていうのを平気で言っていること自体が信じられない。おそらくパニックになられるのが困るからなんだろうが、情報がないほうがパニックになるのだ。首都圏2500万人が西日本に逃げられるのが困るのか?!今回の災害のあとの報道に関しても、アメリカやフランス、そして原発に関してはロシアのほうが正確にそして迅速に報道をしていたので、ツイッター経由でよく情報を収集した。

最後に、政府は目の前のことばかりの処理に重きを置いて、地震災害全体に関する対応がまったくできていないのではないかと思う。今回の災害では、複数のことが同時に起こった。被害地域は三陸沿岸から茨城までの太平洋沿岸と、東京湾の一部であるが、そこではインフラや道路、そして家屋が粉砕しているのであるので、その避難民への食料、水、物資、薬品等の供給がまずは必要である。それと同時に、福島の原子力発電所がぶっ壊れたことによりその放射能汚染の対応というのが求められた。いち早く、各国から救援対応が日本政府に来ていたにもかかわらず、あまり日本政府はそれに対して「是非よろしく」というのをなかなか承諾しなかったようである。海外から「日本政府がなかなか承諾しないので、日本への救援ができない」という報告を受けたから、その事実がわかった。地震が発生したときから福島原発はヤバイと言っていたのに、最初から政府は安全だ、問題ないと発言した。ほんとか?という疑問はすぐに解消されて、「ほら、やっぱりだめだったじゃないか」という確信に変わる。地震直後の場合には、津波で町がぐちゃぐちゃになったことに皆が関心が行ったためか、広く分散している災害の各地区について政府も対応していたのだろうが、あるときから原発がダメだということがわかったので、そのときから政府はほとんど原発のことしか頭にないような気がする。そのために政府が率先して災害地域に対して、物資の供給をしたのかとか、インフラをどうするように指導したのかというのがまったく情報としてあがってこない。それもこれも災害全体のことを頭に入っていないからだろう。それと、なんでもかんでも自力でなんとかしようとしていたことが痛手になっているのではないのだろうか?アメリカやロシアが率先して救援に駆けつけるとか、原発についてはプロが手伝ってやるといったのに、東京電力や政府は最初は「要らない」と言ったのだが。よくもまぁ、こんなことが平気で言えたと思う。なにか知られてはまずい情報でも隠しているのだろうか?こういう危険な状態になっているのであれば、もう自分たちの手で何とかしようとするのではなく、他人の力を借りてでも鎮圧化することに努力をすることが重要だと思うのだが、それを怠った政府と東京電力にかなりの落ち度がある。

いずれにしろ、今回は対応がすべて悪かった。悪かった対応の全責任は菅直人にあるのだが、彼はほとんど記者会見の場に出てこなかった。国民がこんだけひどく困惑している状態なのに、一国の首相がほとんど表に出てこないというのは、やつはいったい何者だと考えているのだろうか?天皇気取りをしているとしか思えない。「愚民たちよ、良きに計らえ」と枝野官房長官に全部任せて、すべてが鎮圧したあとに、のこのこと表に出てきて「みなさんご苦労だった」と言うだけなのだろう。的確な指示もできない指導者は不要であり、邪魔であり、存在価値がなく、むしろ死んでもらいたい。たまにテレビの記者会見で菅直人がなにかを話をするのだが、そのときには、解決をするためにこんなことを具体的にしているというようなことをまったく話さず、精神論でガンバろうみたいなことばかりしか言っていないで、具体性がない。具体性がないコメントほど時間の無駄と、聴いていてイライラするものがない。これが天皇陛下が話をしたのであれば、別にかまわない。天皇陛下は日本国の象徴であるからである。首相は違う。首相はどのようにするべきかを考えて、それを行動に変える人でなければならないのである。ところが彼はしない。まるで上皇のように裏に篭って何もしない。一言口を開くと、馬鹿丸出しの発言しかしないから、もう表に出るなとほかの人から言われているようにしか思えない。

菅直人を見ていると、わが社の偉い人たちの行動にそっくりだと本当に思った。そしてテレビ等をみて思ったことは、つぎのとおりである。

「決めるのがリーダー。
 決められない人はリーダーになれない。
 非難されても決める。それがリーダー」

これに限る。

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