2007/01/21

九份

台湾北部の観光地の1つであり、台北からの日帰り旅行の定番地になっているところとして「九份」がある。台北に住んでいる人たちにとっても、土日の休日になったら電車やバスに乗って九份に行っているようだ。電車で行く場合には、「瑞芳(Shui Feng)」駅で下車する。週末の花蓮・台東方面に向かう電車は、台中や台南へ南下する電車の本数より断然少ないので、どの電車もほぼ満員状態で台北を出発する。満員というのは空きの座席がないのは当然だが、通路もぎゅうぎゅう詰めで立っているひとが大量にいることを意味する。そもそも長距離列車に採用されている列車は、1両に1箇所しか乗り降りする場所がないために、近郊列車のように大量に乗降者がいる場合には、乗るまでに時間がかかる。発車ベルが鳴っているというのに、まだ乗り込もうとしている人がホームに図ラーッ都並んでいることは日常茶飯事になっている。だから、台北駅の停車時間はどの電車も長い。台北から瑞芳駅までは、40分くらいの距離である。だが、満員電車における40分は、東京の通勤電車に慣れているとはいえ、辛いものだ。特になれていない旅行先での立ちっ放しは辛い。バスで行く場合には、MRTの忠孝復興駅からも基隆客運バスの金瓜石行きがも出ている。本数が多いし、乗ったら途中高速道路を通るため、意外に早く到着する。電車の場合は、瑞芳駅まで復興号で52元。さらに駅からバスに乗り換えて、15元が必要。週末に電車に乗っていこうというひとは、絶対事前に指定席を取るべきである。それも出発3日前くらいに取らないと無理だ。それだけ日帰り旅行先として人気がある場所なのだから。

さて、電車で行った場合の説明をここでしよう。

九份駅を降りると、駅前の超広いロータリーまがいになっていて、タクシーが異様にたくさん止まっている場所を通り抜け、線路と平行に走っている道路まで出よう。その道にでたら左折をする。少し駅から歩く(といっても200mくらい)と前方にコンビニがあり、その前辺りにバス停がある。台湾のバス停は本当に分かり難いのだが、だいたい人が固まっているので、それを頼りにしよう。ちなみに、コンビニの目の前といっても、駅から歩いてきた側からみると、右側が九份方面にいくバスが通る場所だ。逆のバス停に乗ってしまうと、そのまま台北に戻ってしまうので注意である。ほとんどのバスは台北または基隆から来るバスなので、すでにこの駅に到着するときには、満員であることが多い。電車と違って、バスのなかの満員ほど辛いものは無いと思う。なぜなら、九份は山の上にある場所なのだ。つまり、バスは駅から山道を通って行くことになるため、うねうねとした坂道を通るから、つり革などに捕まっている場合、体重移動でバランスを取るのが大変なのだ。バスの運転手も心得ているもんで、九份の入り口になっているところに到着したら「到九份了!」と教えてくれる。ほとんどの乗客はここで降りるので、バスは一体どこで降りたらいいのだろうなんて考える必要は全く無し。それに、バスを降りる場所付近は、ほとんど渋滞状態なので、賑わっていることがバスの車窓を通して分かるので、それで判断することでも良いだろう。まぁ、本当に混んでいる場所なのだ。
なにしろ、入り口はめちゃくちゃ混んでいる。ちょうど登り坂のヘアピンカーブに接しているところなので、車の渋滞はあるわ、ここでバスを降りる人もいれば、タクシーを降りる人もいる、そして帰りのバスに乗ろうとしている人もいるので、かなり戦後の帰宅時の駅のような感じだ。(見たことないが、勝手な想像。)一本の狭い道を歩いていくと、両側にいろいろな店があるため、本当に目移りする。食べもの屋も多いし、お土産やも多い。それらを見ているだけで楽しくなるから不思議だ。
台湾にいくと、なんでも「老舗」とか「元祖」とか「伝統」とかを掲げている店を目立つ。もちろん九份も同じだ。もう何も言わない。九份で売られている店を片っ端からおもしろいので撮ったので、掲載してみた。
途中に九份でお茶を飲みたいというのであれば、「九份茶坊」が良い。この店の建物は100年以上前とは言われているのだが、実際のところ誰もこれがいつ作られたのか分かっていない。現在は芸術家の洪志勝が経営を行っているのだが、建物が持つ雰囲気の素晴らしさに感動したことでここで芸術をさらに磨きをかけようと腰を落ち着けたようだ。ここで提供される陶器はすべて彼が焼いたもので、その作品を見るためにこの店に来る人もいるくらいだ。特に地下にある作品展示群をご覧になると良い。もちろん、ここでは茶を飲むだけでなく、その作品を買うこともできる。
肝心のお茶なのだが、台湾では有名な凍頂烏龍茶はもちろんのこと、各種高山茶は用意されているし、東方美人のような茶も当然用意している。だいたい台湾で飲める茶葉は全部のめると思ってよい。しかし、如何せん、ここは観光地であり、さらに九份でも有名な場所なので、地上よりも多少高い。単にお茶を飲んでいるだけなのに、1000元の茶葉は平気で売っているし、お世辞でも安いというわけじゃない。しかし、味はそれなりにいいものを使っているので美味いので、坂道が多い九份を歩き疲れたら、ここによるのはお勧めだ。

九份を有名にしたのは、もちろん、元来町が発展した台湾版ゴールドラッシュにあたるのだが、現代人でも九份を魅力の有る場所のひとつとして、毎週末は観光客がやってきている理由として、映画の影響は避けられないだろう。台湾外省人の監督・侯孝賢(Hou Hsiao Hsien)の映画「悲情城市」は外せない。その映画の舞台になったのが実際に九份であるし、撮影にも使われている。特に階段のエリアは、九份の代名詞になっている雰囲気がある場所だ。
元映画館である場所の「昇平戯院」も映画「悲情城市」の中にでてくるため、観光名所になっているのだが、実際に行って見ると、かなりがっかりだ。なにしろ、廃墟でしかないからである。少しは、見栄でもいいから直してくれとおもうのだが、壊れたものは壊れたままがいいとおもっているのか、いつまで経っても復元する予定がない。この「昇平戯院」は、元々基山街のショッピングモールにあったのだが、1934年に今の場所に移動する。最初は木造建築ではあったが、のちに今のようなコンクリート製に変更する。ところが、1951年の大型台風により、映画館もめちゃくちゃにぶっ壊れてしまい、それ以来ずっと壊れたままになっているのだ。放ったらかしもここまでくれば立派なものだ。ちなみに、壊れる前の状態では席数624個もあり、ゴールドラッシュで燃えていた住民の重要な娯楽施設になっていたようだ。
「昇平戯院」をさらに階段を下っていくと、日本家屋が見える。これは「彭園」という場所。元々は「臺陽礦業株式会社」に働く従業員用サロンルームとして使われていた。ところが当時の社長である顔欽賢氏が、どうやら炭鉱で働く従業員には職業柄として、塵肺病が発生しているのではないかと気付き、1948年に日本の東北大学を卒業した彭慶火医師をこの地に招聘した。それ以来、サロンとして使われてこの建物は、会社の付属病院として使われるようになった。住民のとっての唯一の病院機能としていただけではなく、炭鉱労働者に対してその健康障害給付を行う場所としても利用された。1972年に炭鉱閉鎖したあとは、「彭外科医院」と名前を変更。1988年8月に医師の死亡後は、遺族の意向により現在まで保存されることになった。
炭鉱の栄枯盛衰を見るには最高の場所である。また、九份は山の上にあるため、海側の景色をみると、本当に素晴らしいと感じることができる。
帰りは行きに降りたバス乗り場から帰るのではなく、少し金瓜石方面に歩いていくほうが良い。そのほうが乗る人も少ないので、台北まで乗って帰りたい場合にはお勧めだ。ただ、途中左側に大きな山が見える。これは「鶏籠山」という登山ができる山であり、登山道の入り口もちゃんと用意されている。九份からみると、気持ちよさそうなきがするのだが、実際にはかなり頂上まで距離があるとおもわれるので、体力に本当に自身があるひとはチャレンジしてみると良い。

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