2009/02/21

オランダ坂


開港後のあとの長崎は、たくさんの西洋人とその子女がやってきて生活していた。そのために彼らの住居や生活の中心地というのが高台に作られたのであるが、その高台にほうに歩く西洋人をなぜか長崎の人たちは「オランダさん」と呼んでいたようだ。出島という閉鎖的な空間でしか行動が許されていなかったが、開港前から日本にやってきた西洋人はオランダ人だけであったためなのだそうだ。その「オランダさん」たちが使っていた坂だからと言う意味で「オランダ坂」というの名前がついた。

オランダ坂は噂で聞いていてのではあるが、これはとても急な坂である。上るのも降りるのもかなり難儀な坂だった。これを毎日歩いていたのだという当時外国人は足腰が強かったのだろうと予想される。まさか、ここを人力車で動いていたということは考えられない。いや、函館のロシア領事館も坂の上にあったが、そこにも人力車で通っていたというから、もしかしたら長崎でも怪力な人力車の労働者がいたのかもしれない。
足腰の強い人は、ここを駆け足で上って欲しい

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