2011/04/10

ハプスブルク帝国の情報メディア革命

今ではすっかりメールに変わってしまった手紙というのは、それまで離れた2点間の通信手段としては当然のこととして利用されているわけだし、その郵便制度というものは大昔から存在するものだとずっと思っていたのだが、大きな間違いだったということを知った。それを教えてくれたのが、「ハプスブルク帝国の情報メディア革命-近代郵便制度の誕生」である。

この本の中で、現在のような郵便制度がどのような経緯でできたのかということと、その背景になった社会背景がどのようなものだったかというのを歴史に則って説明し、その近代的な郵便制度はドイツが土壌で世界で始めて整備されてきたのだというのを説明している。大きく郵便に対する考え方が変わったのはドイツ地域が、神聖ローマ帝国として帝国と300以上の国家に分かれていた時代にまでさかのぼり、帝国の威信を普及させるために命じられたタクシス家がその伝達網を整備したということを説明している。

しかし、本の中の内容は、どうもしっくり頭に入ってこない。新書版の本なのでそんなに分厚いわけじゃないのだが、読みこなすためには背景となる予備知識がある程度必要になってくるために、その知識無しに読むと、ちっとも理解できないのである。日本人が歴史でならう「国家」というのがそのころには存在しないようなときに、どうやって情報伝達をし、どんな情報が必要となったのかということが必要であることと、その王が統治していた領土というのが、現代の言葉で言うと「飛び地」形式で保有していたので、その各王が統治していた分散化した領土をどのように統治していたのかというのがわからないと、郵便に対するニーズというのがいまいち理解できないのだと思う。

それでもこの書物は郵便事情と郵便形成の歴史を読み取るためには有益な書物だと思う。個人的にこの本を読むために必要なキーワードは、「印刷」「領土拡大」「駅伝」「識字率の向上」なのではないだろうか。

昔の手紙というのは、字が書ける人しかかけず、字が読める人しか読めなかったので、結局手紙や書簡のやり取りをしたひとというのは王侯貴族と僧侶しか出来なかった。なので、今では携帯で一般人が普通にメールを打っているという世界とは全く異なり、本当に一部の人たちだけしか文字のやり取りをしていなかったのである。そのやり取りとしては、政治的に決めた事項の地方への伝達や、王家同士の政治的駆け引きのための文書交換、そして、宗教的解釈や制度の普及のために使われていた。それを確実に広めるために目的地まで文書を運んだのが、飛脚みたいな人たちであり、出発地から目的地まで1人の特定のひとが運んでいたことになる。つまり送られる書簡というのがかなり秘密のものなので、書簡を送る側も送られる側も信頼している人間を介してのみ行われたというのが郵便の最初なのだそうだ。その書簡の運び屋を帝国内で買って出たのがタクシス家であり、タクシス家は皇帝から運用資金として独占的に受け取って商売していたとのこと。

しかし、送信元から送信先まで1人の飛脚が運び屋として運んだのであれば非効率であることに気づく。古代ペルシャでは、広範囲の政治が行われための伝達手法として駅伝方式を採用していたことをどうやらヨーロッパ人は思い出したようで、1人より複数の人たちでリレー方式にしたほうが時間的に短縮でき確実に到着するということに気づく。特に国家間が覇権争いをしている際には、短期間で確実に目的地に重要な連絡が伝わらないと戦略として立てにくくなるということから要望が強かったのだろう。もちろん、最短時間で到着するためには、2点間がほぼ直線で到達するのが一番だ。でも、道がある。中継をたくさん増やして中継間だけを運ぶ役割を演じれば時間は短く、そして集約して送ることができる。

しかし、同一国家内の郵便であればいいが、国家間の郵便の場合には郵便による収益というのをどうにかして得ようと生存争いになる。そこで提携というものが発生する。

手紙だけではなく郵便は人間を運ぶということと荷物を運ぶということも実は含まれていた。つまりいまの運送と運輸の役割が郵便には含まれていたことになる。この運送と運輸というのが莫大な利益を生む原動力になっていたために国家内の郵便を独占して行いたいという覇権争いがおき、それが国家間の場合には戦争にも発展する。それを相互接続料という通行税みたいなもので対応したところが大きい。

昔の郵便は送信側ではなく、受け取った側が払うことになっていたようだ。なぜなら、いろいろな国家を通って届けられたりするための通行税をその中に含めるからということなので、相当高い金額になる。それを払えるのはやっぱり貴族になるのだが、一般庶民でも郵便を使うようになると、送信と受信側で暗号的な文章を封書を読まないでも読み解けるようなことを埋め込ませて、郵便料金を払わないというやつらが出てくる。そこで生まれたのが切手であり前払いシステムなのである。これなら郵便会社も痛くない。なかなかうまいことを考えたものである。

一部の貴族だけが利用していたものであれば、たいした事が無いのだが、大人数が使うとそれなりに郵送料が手に入るので、郵便会社もがんばるものだ。

ただ、忘れてはいけないのは、本書とは関係ないのだが、1990年に死んだ郵便事業を皇帝から受けていた子孫であるヨハネス・フォン・トゥルン・ウント・タクシス侯の言葉であろう。彼はナチス時代にヨーロッパ最大のスパイ組織をつくりあげた。それは郵便事業による郵便網を使った人と組織と網羅性を総合的に支配していたところによる。民営化によって郵便事業を片っ端から買収することにより、郵便網に乗ってやりとりする情報を全部支配できると考えていた。これはネットの時代においても同じ。ビジネスの契約ではネット署名は全く有効ではない。いまだに郵便である。その間をちょっと操作してしまえば、契約疎通間の情報のやりとりを全部仕入れることが出来るというものである。これもだいたいの貴族的な考えの延長なのだろう。正式名はJohannes Baptista de Jesus Maria Louis Miguel Friedrich Bonifazius Lamoral Thurn und Taxis。長すぎ。しかもバイなのである。この禿げオヤジ。ハプスブルク帝国の情報メディア革命―近代郵便制度の誕生
著者:菊池 良生
出版社: 集英社
発売日: 2008/1/17
新書: 222ページ

世界最大のスパイ業者の遺言
http://alternativereport1.seesaa.net/article/123362070.html

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