日中戦争中といおうか、満州事件前後といおうか、そのあたりの中国大陸の歴史というのは、一番中国が面白い時代だったのではないだろうかと思う。孫文が出てきて、ほとんど詐欺まがいに世界中から金を集めて民主国家を作ろうとするが徒労に終わったり、蒋介石が出てきたり、毛沢東が出てきたりで、中国が一枚岩ではなくなったあたりのころだ。個性溢れる中国人キャラクターがたくさん出てきている時代だからこそ、たぶん面白いとおもうのだろうし、キャラクターだけじゃなく、一寸先が闇ともいうべき、何が将来起こるのかわからないような時代だったから、当時をタイムリに住んでいる人たちにとってもハラハラドキドキの時代だったことだろう。
強烈なキャラクター勢ぞろいの中で、決して中心人物にはなれなかったが、脇役としては絶対に外せない人物が張作霖。東北・旧満州地帯の豪族として収めていて、清朝が倒れたあとは、自ら満州王として地域を治めていたのだが、清朝が倒れたあとの中国は、誰もが次の中国を治める新王として君臨することを願っていたわけであり、そのなかの1人が張作霖であったことは否めない。時には連携、時には敵対ということをして、常に自分を優位に立たせようとした。時に張作霖は中国の軍隊の中の総司令官を意味する大元帥を名乗っていたのは有名だ。しかし、実際に張作霖の息がかかっていたのは、北京から北のエリアばかりで南部のほうにはその威力は至っていない。しかし、張作霖の軍隊は強力であったため、成り上がり軍隊や匪賊の人たちは張作霖を仲間にいれようとすることはまず最初に行わざるを得なかったこと。
張作霖は国内にも敵がたくさんいたのだが、国外に対しても敵がいたことも有名だ。だから、誰に暗殺されるか分からないという緊張の状態で過ごしていたことは当然だろうが、起こるべきにして起こったのが有名な張作霖爆殺事件である。北京から自分たちの本拠地である奉天に自らの御用列車で戻るときに、列車ごと爆発し、そのために殺された。
さて、この書物の表題である「謎解き・張作霖爆殺事件」の真相を色々な角度から検証をしているものである。最近までの通説では、その後の満州事変と満州国建設のために邪魔者であった張作霖を抹消させることで事を進めようとしていた関東軍によるもの、それも関東軍の参謀・河本大作大佐による爆殺というものだが、筆者は検証の中で参謀・河本大作による爆殺が決定的なものではなく、あらゆる人間や組織が張作霖を殺そうとしていたし、殺し方と事件現場の惨事の様子から違う組織が行ったものではないかと言うのを検証している。もちろん、その検証を進めていく上では、張作霖の人物像と張作霖が中国の政治的、軍事的な位置づけを事前に知っておく必要があることと、中国を搾取する欧米列強と日本の当時の動きを知っておく必要がある。その予備知識が無いと、この書を読むのは実は読み取れない部分があるからだ。補完情報として巻末に説明があるような本であればいいのだが、スペースの関係上それは無いためである。
張作霖自身も自分が暗殺されるかもしれないという危機感は常に持っていたわけで、張作霖が乗る列車の運行情報というのは、絶対に他には漏らさないようにしていたし、張作霖の移動とともに、偽装の列車を数列走らせて、どの列車に張作霖が乗っているかを断定させないという手段を取っていたわけだが、長い連結列車には必ず豪華客車が存在しておりそこに張作霖本人が乗っている可能性があるというのは当然だろう。しかし、客車をピンポイントで爆発させるには、それも走っている列車の客車をとなると、それは相当な技術と道具がないと無理なのに、河本大作が行った昔ながらの誘導線と爆薬で実施した方法では、線路が爆発によって壊れることもないし、列車の底が壊れているということもないし、爆発による致命度を上げるためには密室性で実施するのが一番効果があるというものだが、河本大作のやりかたではその威力は発揮できていないと指摘している。
爆殺された場所は駅構内というような誰もがいけるような簡単な場所ではなく、その後の南満州鉄道の路線と交差する場所で起った。その場所は普通のひとでは行くのが面倒くさいところなのに、爆殺されたあと、すぐに新聞記者が飛んできて、事件の結果を生々しくそして時間経過がなく報道されたと言うのも怪しいと思われているひとつである。そして、張作霖は国民党と組んで成り上がっていったわけだが、もともとは孫文の下で一緒に活躍していた共産党軍は、国民党と張作霖が組こと自体が邪魔だった。中国共産党軍にとっては、力もあるし、武器もある強そうな張作霖を排除するためには、それまで援助されていたソ連と連絡を取り、張作霖をやっつけて欲しいと願っても居るだろうということだろう。その結果、なんの問題も関係ないソ連のコミンテルンが張作霖を爆死させたというとも考えられるとし、その証拠として、名著「マオ」のなかでも張作霖は関東軍に爆発されたというわけじゃなく、コミンテルンの仕業だということをのべていることである。これは「マオ」を読んだ人であれば、誰もが「え!?」と読んでいる途中で詰まったことがあるだろう箇所である。
あとは個人的には知らなかっただけなのだが、張作霖の実の息子である張学良による父親殺しという点も逃さず論じていることである。張学良はその後の西安事件や、蒋介石と一緒に台湾に拠点を移すなか、父親が殺されたのは日本軍のせいだという理由から、日本をぶっつぶすために蒋介石の力を借りようとしていたくらいだから、ん名わけないじゃんとおもっていたが、父親があまりにもでかすぎたために、その鬱陶しさから消したくなったという優秀な一代目に継ぐ代の劣等感の表現というのもわからなくもない。たぶん、張学良による暗殺はないだろうが、噂になっているという点の信憑性についても検証をしているところが素晴らしい。
歴史の教科書の中では単なる爆殺で終わっている事実を、いろいろな敵によってその実行の可能性を示している点ではとても勉強になった書物だと思う。また、定説になっている内容を「それはうそだろう?」という疑問点を歴史には常に持っているべきだということはよくわかった。そこから新しい事実がどんどん数珠繋ぎのように出てくるわけだし、なぜ定説といわれていた案が広まっていったのかという検証にも役に立つからである。
謎解き「張作霖爆殺事件」
著者:加藤 康男
出版社: PHP研究所
発売日: 2011/5/18
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