2012/05/21

アムステルダム歴史博物館


ホテルから目の前の通り Nieuwezijds Voorburgwal を南下して、王宮をもさらに通り過ぎると左側にひっそりとした建物が出てくる。これがアムステルダム歴史博物館(Amsterdam Historisch Museum)であるが、もっと博物館が単独で立っているのかとおもうくらい、他の建物の中に同化してしまっているので、パッと見たときにはどこが博物館なのかよくわからないと思われる。たまたま、訪問時は表通りからの入館ができないときだったようなので、横道の Sint Lucienstraat から入る中庭からの入館になった。

もともとこの博物館は孤児院だったところを再利用して使われているために、上述のような印象を持ったのかもしれない。個人的には買い物通りになっているカルファー通り(Kalverstraat)のほうから入る入口のほうが好きだ。なんだかいかにも裏門から入っている感じが好きだからだ。ただ、その裏門を通り抜けると、そのまま中庭に出くわすので、表や裏通りの喧騒な雰囲気から、同じような場所なのかと疑うくらい静寂な雰囲気が漂ってくるから面白い。
ここでは本当なら個別に入場券を買うべきのところだが、ミュージアムカルトを持っているので、入口でカードを見せるだけで入館可能。入館可能なのだが、なぜかチケットを発行させられるのが面倒くさい。その建物にやってきたという記念になるから個別発行されるチケットは無料とはいえ、持っていても良いんだが、あとで絶対ゴミになることは変わらない。

入館してみると、オランダおよびアムステルダムの形成の歴史について模型とパネルと展示物で遊べるようになっている。ここで初めて知ったことなのだが、アムステルダム自体、そんなに古い町ではないということ。ローマ帝国はイギリスがあるブリテン島まで来ていたのだが、オランダのあるあたりは、ほとんど海だったので、人が住むような場所ではなかった。そこへ人がちょっとやってきて住み始めるのだが、アムステル川を堰きとめて作り、無理やり土地をつくったところからが始まりだ。そのときに、1300本の杭を打ってせき止めを作ったという事実がいまでも掘り返すと出てくるというから面白い。それだからかもしれないが、結構アムステルダムの街中を歩いていると、建物がどうしても傾いているところが結構ある。地震があるわけでもないのだが、地盤が軟らかいため、そのうえに無理やり重い建物を立てているから、重心がずれてくるのだろう。オランダの各地域が海面下どの程度低いところにあるのかというのを図解しているのを見るとよくわかる。

16世紀になるとスペイン・ポルトガルについでオランダが海洋国家として世界を君臨してくる。その様子をパネルで表しているのだが、奴隷をアフリカやインドから連れて行き、現地で砂糖を仕入れるためにこれを交換し、砂糖をヨーロッパへ持ち帰ってくるという三角貿易をしていたわけだ。東インド会社が一番分かりやすい貿易会社だったのだが、まさしくその礎を作ったのがオランダである。でも、このとき、アムステルダムの人口は、なんと1000人しか住んでいなかったようで、ほとんどの人が貿易に従事していたとのこと。
 スペイン王の支配ではあったのだが、大阪が殿様がいない町として発達したのと同時にアムステルダムも王様はおらず、貿易商人がオランダを支配していたような状態だったから、スペイン・ハプスブルグからの独立を希望するのは必然的な話である。特にオランダはカトリック教徒が多いところではなく、新興宗教であるプロテスタントがたくさんいるところであったため、カトリックのスペインとは仲良くできるわけが無いのも当然だ。

とまぁ、オランダの歴史をわかりやすく説明しているものなのだが、近代に近くなればなるほど情報が多くなってくるのは当然かもしれない。特筆するべき点は、じつはいくつかある。1つは同性結婚が世界で初めて許されたところだということ、2つめはオランダ王室不要論が一時期出ていたことだろう。最初のことは知っていたのだが、その最初の婚姻を決めたひとの顔がそのまま紹介されているというのは面白い。このゲイカップル、その後も続いているのかどうかは不明なのだが、まぁ、写真をみれば、いかにもゲイだという顔つきをしているので笑ってあげよう。2つめのことは、ビデオ映像として残っているものが館内では紹介されているが、王室なんかやめちまえーという暴動がアムステルダムに起こっている衝撃的な映像を観てしまった。あのおとなしいオランダ人がこうまでしか激しくなる理由はなんだったのだろうか?オランダ王室が一体オランダ国民になにをしたというのか?その理由を考えようとしても、映像を観ただけでは全然分からなかった。しかし、現代はどうかというと、現女王のベアトリックス女王は国民からとても愛されている存在となっている。決して、日本の右翼だか左翼だかみたいな過激な人たちが、王室不要だ!とまだ騒いでいるということは無い。国家としても「オランダ王国」なのである。

歴史をみると、国家はどこを目指してどういう体でありたいかというのがわかるというものだ。日本みたいに何がしたいのか一体分からないような国家では、世界からナメられるのもわかる。

アムステルダム歴史博物館 (Amsterdam Historisch Museum)
URL : http://www.amsterdamshistorischmuseum.nl/
Fare : 10 Euro
Open : 10:00 - 17:00

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