2009年2月9日に、おもしろいニュースが夜にネット上で飛びまくっていた。それは何かというと、中国の国営放送局であるCCTVの新社屋が燃えているということだった。確か、テレ朝のニュースステーションでその放映を見てから、ネット上で祭りになっていたのではないかと記憶している。
実際に燃えていたのは新社屋の隣に建っていた高層ビル「北配楼」で、その中にはマンダリンオリエンタルホテルが入る予定だったビルなのだ。更に言うと、CCTVの新社屋ビルは、そのビルの形が奇抜で、そんな形のビルにして大丈夫なのか?というようなものだった。運営されれば、絶対に北京の観光スポットの1つになっていたに違いないところだったのだ。
ところが、火事で大きく様子が変わってしまった。
東三環北路に面しているこれらのビルは、車を使う人であれば必ず通る道である。その道からこれらのビルが、いまだに燃えたまま、そのまま放置状態になっているのが見えるのである。もちろん敷地内には入れないようにバリケードが貼られている。最初は、火事で燃えてしまったビルだけなのかと思っていたら、車が進むとその思いは間違いだと分かる。つまり、燃えていないCCTVの新社屋ビルのほうにもバリケードが続いていて、結局CCTVの新社屋ビルも使われずじまいになっているのである。
昔、赤坂に「ホテルニュージャパン」という老舗のホテルがあり、それが火事を起こして、日本では「まる適マーク」というのをつけるように消防法の指導が出来た経緯があるホテルがあった。ホテルニュージャパンも火事の後、かなりの時間の間、そのまま放置状態になっていて、一時期お化け屋敷と言われていたこともあった。もしかしたらCCTVの新社屋および隣接の北配楼ビルも、しばらくホテルニュージャパン状態になったまま年月が過ぎるのだろうと思う。
そういえば、北配楼が燃えている当日、北京にいる中国人に「いま、CCTVの新社屋ビルが燃えているという報道が日本であったのだが、実際にはどうなの?」とMSNで聞いたことがある。そのときの答えとして、当の中国人は「近くに住んでいるが、そんな様子は微塵も無い」と嘘ばっかりの返答をしてきた。翌日になると、隠し切れなかったのか、新華社通信もCCTVも報道してしまっていたのだが、なぜ北京の人間は全員最初は隠そうとするのだろうか。北京の自慢になろうとしていたビルが、もろくも崩れてしまって、いまでは鉄くずにしかなっていないことにがっくり来てしまったからなのだろうか。
あとで調べてみると、火災発生当日の夜、CCTVは新社屋火災の報道は殆どなく、そのときに起こっていたオーストラリアの山火事を繰り返して報道していた。さらに、当局はインターネットの各サイトに対して、「新華社の報道内容のみを報道し、写真は出さない、ビデオも流さない、深く報道しない、チャットの貼り付けを削除し、ブログはページのトップに置かない、この情報の報道を勧めない」との通知を下したという。
ふざけた国の中枢で起こった事件は、今でもそのまま爪あととして残しているというのは、急いで開発を進めている北京市当局にとって痛い事件だったに違いない。
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