2009/06/13

北京の気候

日本の6月というと、梅雨に入ろうという時期になるため、毎日がじめじめしていて気持ちが悪いと思う季節だ。しかし、最近は、温暖化現象のせいか、6月になっても梅雨らしい梅雨にならないで、晴天が続くことが多い。だから、ジューンブライトの時期は結婚式として人気があるが、天気が悪いのが難点というのが昔からよく言われていたが、そんなことも最近はなくなってきたのだろうと思う。

北京の5月終わりから6月にかけては、ほとんど夏になりかけの時期である。自分たちが北京に到着した5月30日は、東京での気温は高々22度くらいの程度であったのだが、北京では既に32度をさしていた。そして、北京の空港に到着したときに、ここは地中海の空港か?と思わんばかりの日差しのきつさには吃驚した。眩しいというのを超えて、眼が開かないくらいの光度が空港を照らしていたからである。ということは、それだけ日差しがきついので、表にでると、刺すような日差しにぐったり来るのだろうというのは想像できた。
表を歩くにはサングラスが必須である。そうじゃないと眼がやられてしまう。台北やシンガポールでも日差しが強いというのを感じる場合があるが、それは台北やシンガポールでは道路に緑がたくさんあるため、その緑が緩和されて眼に直接日差しが入らないようになっている工夫もある。しかし、北京の場合、道路には街路樹らしい街路樹があまりない。ほとんどコンクリートの建物と、その建物からの反射光と、路面はアスファルトおよび土ぼこりで覆われている。これでは眼がやられて仕方が無い。

しかし良い事もある。北京は内陸性気候であり、海が傍には無い。従って湿気が全く無いのである。冒頭に「地中海みたいな」と書いたのはまさしくそのとおりで、地中海も暑い割りには乾燥しているため、日差しが強いが、日陰になるところに行くと、とても涼しいのだ。北京も同じように日陰になっているところになると、かなり涼しい。そしてそよ風でも吹いてくれると、日陰でのんびりしているというのも、なかなかおつなものと感じることができる。

北京は建物が広い敷地をもっているためか、かなり広いため、歩いていると嫌になる。地図で見て近いなーと勝手に思い込み、意気込んで歩いてみると、途中でグロッキーになること間違いないだろう。紫禁城のような場所では乗りものに乗ることができないから仕方ないが、普通の市内を移動する際には、できれば歩かずに交通機関を使うことをお勧めしたい。どんなにちかいところでもタクシーを使うのが一番いい。きっとタクシーのオヤジたちは嫌がるが、こっちは客なのである。立場は上なのだ。強く言い張ればいい。嫌だったら、車のナンバーとオヤジのドライバーライセンスが助手席に見えるように書いているので、名前を覚えておけばいい。名前をメモに取ろうとする格好をするだけで、客の言いなりになるはずだ。

もう1つ北京の気候に関して思うことがある。それは「空が常に黄色い」ことである。どんなに晴天でも、北京は真っ青の空になることはない。これは砂漠化している華北地方特有なのかもしれないが、黄砂と土ぼこりが空を常に覆っているためだと思う。黄砂の酷さは日本にいながらにしても、その報道をよく見ることができたので、実際にこの眼で見るまでは「嘘だろう」とおもっていたが、半端じゃない。あれは喉が痛くなってもおかしくない。街中にいても気付くのだが、山間部のほうに行くともっとよく分かる。近くの山なのに、その稜線が全くはっきり見えないのだ。自分の目がくすんできてしまったかのような光景なのである。それでも北京市内の人たちは、マスクをして歩いている人は居ない。マスクをしていると、病人と間違えられるからなのだそうだ。さらにいうと、タクシーのおっさんが教えてくれたが、これでも以前に比べると空の黄色は、マシになってきたと言っていた。一体前はどんな様子だったのだろうか?

それでも、北京に住んでいるネット友達は「空は青いよ」と、こちらが北京へ渡航する前にはしきりにいっていて、「日本は報道が極端だ」と言っていた。半分信じていたのだが、実際にこの眼で見てみて、報道のほうが正しく、おまえらのほうが自分たちの不甲斐なさや実情について面子を保てないというような情報をすべて「嘘」と片付けるほうがおかしいと、帰国後第一声として返答しておいた。中国での報道は嘘ばかりであり、それを信じて疑わない北京市民たちは、可愛そうな奴隷民族と、自由報道のある日本人から見ればそう思えてならない。

土ぼこりについても追記したい。大きな通りは本当に綺麗に整備している。最近開発したばかりだから、街路樹があってもそれがまだ貧相な状態になっていて、歩道を歩いていてもあまり日陰が無い。まぁ、そのうちその街路樹も大きく成長するのだろうが、北京は慢性的に水不足であるため、亜熱帯の地域にある都市の街路樹に比べると成長は遅いと思われる。そんな大通りから一歩路地に入ると、もうそこは胡同の世界である。胡同に入ると、街路樹なんていう代物は全く存在しない。舗装もろくにしていないような道路がまだまだたくさんある。いちおう舗装途中とか、下水道の敷設をしている最中という名目で道路に穴を掘っているところが結構あったりするのはまぁいいとしても、ほとんどの道路がノン・アスファルトなので、土ぼこりの道になっているのである。そこを車が猛スピードで走ると、映画で砂漠地帯を車が走っている光景を想像してくれればいいのだが、車が走った後は、街中なのに土煙がもうもうと立つのだ。そこを普通に歩行者があるいているのだから、毎日鼻の中が真っ黒になるし、顔も真っ黒になる。胡同なんて歩くもんじゃないと分かるだろう。それよりも、もっと酷いのは、工事現場で、日本の場合、工事現場では建設・破壊のどちらでも、あまり土煙が立たないように水をかけながら、作業を進めることが多い。ところが水不足の北京では、無駄に水を使うことが許されていないのか、まず建設現場で水を使って、土煙が立たないようにしているという光景は、全く存在しない。だから、建設ラッシュの北京しないでは、いたるところで土煙が立ち込めており、それが拡散しているから、空が土煙で黄色から白くなって見えているのである。

教訓:街中は歩くな。日焼け止めクリームは厳重に塗る。日傘か防止は必須でサングラスももちろん必須。

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