2009/06/20

孔廟(北京)

中国で二番目に大きい規模を誇っている孔子廟(孔廟)は、北京の町を常にスモッグでかすんで騒がしい通りから少し離れ、たくさんの樹木に覆われている場所だ。1302年に元の時代に創建されたこの廟は、フビライ・ハンが儒教に重きをおいたこともあるが、漢民族を統制するための懐柔策として建設したことから始まる。そのあと、明の時代と清の時代にだんだん拡張工事されて、いまの大きさになったということらしい。今でこそ物静かな雰囲気を残している園内だが、文化大革命の時には頭のおかしい狂った紅衛兵によって、作家で超売れっ子だった老舎がここに引きずり込まれて、京劇の衣装を焼いた炎の前で、反革命の罪を告白するように強制され、殴られている。そんな作家も翌日に湖で入水自殺したという歴史が残っているのだが、もちろんそんな汚点的歴史を中国共産党の統制されている現在の孔廟では一切説明記載はない。が、事実は事実である。門を入ると、目の前にまず広がるのは、巨大な石の碑の塊だろう。これは科挙の試験に合格したひとたちの名前が刻まれた石碑と、63万語からなる13の孔子の教えが掘られている石碑なのである。遠めでみると、石の塊なのだが、近寄ってよく見ると、すべてが明朝体で書かれた漢字の文字列になっているので、これは掘るのも大変だっただろうと思うと考え深い。最初の門(大成門)の前には孔子の像があり、なんか文句あるのか?と言わんばかりの威厳を持った姿で立っている。しかし、孔子の顔は本当のところどうだったのかは、今となっては分からないので、どこまで特徴を捉えているのかどうかは疑問だ。大成門のちょうど下には鐘と太鼓が置かれている。なぜ、この2つはいつも対になって置かれていたり、建物が建てられているのだろうか?たくさんの人に音として伝える道具であることは変わらないが、笛やドラじゃないところが不思議だ。敷地内のメインである大成殿に入ると、ここは孔子に関係しているのかな?と思われるようなものが展示されている。孔子には12人の弟子がいるのだが、それらの記念位牌が12個飾られている。それはそれで良いと思う。入口付近に12人の弟子についての簡単な説明文があるので、知らない人はそれを見れば良いと思うし、ネットでもすぐに内容はわかるだろう。分からないのは、ここに各種楽器があることだ。琴や太鼓のような見て分かるものもあるし、楽器の名前がわからないが、きっと叩いて音感の違いを出して演奏するのだろうと想像できるものもあるし、武器を楽器にしたのではないか?と思うようなものまであった。名前がわからないので知っている人は教えて欲しい。

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