2010/02/02

永楽帝

明朝第3皇帝である永楽帝は、明朝のなかでも優れた統治者として有名な皇帝であるが、その皇帝の成り方が、通常の先代の皇帝からの引継ぎで成り立ったのではなく、簒奪という形で皇帝になったため、本人も含めて、あまり良い皇帝だったという評判は無い。ただ、明朝拡大と安定化のために、この皇帝が行った業績というのはとてもすばらしいものがあったのは事実である。

本著「永楽帝」というのは、タイトル通りに、永楽帝が永楽帝になるまでの過程と、永楽帝として君臨してからの事業についてを説明している文庫本である。永楽帝の人生はとても激しかったために、1冊の本にしただけでもかなり端折らなければ収まることができないほど波乱に満ちているのだ。それをコンパクトにまとめたという点では、著者はその研究の一人者であるためにすばらしい業績と知識を持っている方なのかなというのが理解できる。

中国の皇帝は創設者くらいは知っていたとしても、そのあとの皇帝は誰がいるのか実はあまりよくわからない。清朝の乾隆帝くらい超有名皇帝になれば、日本でも名は知ることになるのだが、永楽帝もそこそこ有名なのに、個人的にはあまり知らなかった。情けない。ただ、永楽帝が明朝で君臨していたときは、日本では金閣寺を作った足利義満の時代と合致するため、日本でも室町幕府のなかでは有名な将軍と、中国でも歴史上キーとなる皇帝が繋がっていたというのを、この書物を通して知ったことで、なんとなく世界はやっぱり繋がっているんだなーというが改めて解った。足利義満が推奨した勘合貿易の受け側がまさしく明朝の永楽帝であったのである。特に日本は中国の隷属国になったわけではないのだが、中国王朝の立場上、中国本土と交易を行う場合には、朝貢という形でしか面目上行うことができないという、本当に面倒くさい面子のために成り立っており、そのため、足利義満は日本では一番の権力者ではあったのだが、形式上、明王朝から日本統治王という名前をもらうことで、明との交易に大成功を収めた。そこまでして足利義満が明との交易を重視したのは、中国の立場を理解した上での策士であることがあとでわかる。というのも、中国は対面上、朝貢としてやってきた相手の国に対して、もってきた「贈り物」よりも高価な、そして大量の「お返し」を渡すからである。極端なことを言うと、日本から見れば、1円玉を中国に渡したら100万円になってお返しが返ってきたということになるのだ。相手がそんなに太っ腹なのであれば、自分の体裁はともかくとして、相手と交易をするのが先決と考えるのが普通だろう。足利義満はそのシステムを利用して、中国から高価なものをがっぽりもらってきて、それを町人を経由して売りさばき、幕府として大儲けをした張本人なのだ。

永楽帝は、皇帝になるまえ、初代明朝皇帝の子供として、いまの北京あたりを支配する燕王として封じられていた。前王朝の元の生き残りを徹底的にぶっ潰すために送り込まれた精鋭部隊を統括するリーダーの立場として君臨していたのである。だから、ちょこまかと万里の長城を越えて攻めてくるモンゴル軍に対して、全くひるまずに対応していたところから戦争の天才とも言われている。しかし、永楽帝自体が、初代皇帝の長男ではないため、皇太子としての資格はなかった。また初代皇帝の取り巻きが、率先して役立たずの長男を皇太子に推すような企てを露骨にやっていたことで、初代皇帝も「それではそうしよう」とあっさり決めてしまったところに、人生の歯車が狂ってくるのである。十分な実力と知性の持ち主が反旗を翻すのも無理は無い。また、永楽帝の取り巻きも「こんな立派なかたが皇帝にならないのはおかしい」と煽てたのも一理あったのだろう。

しかし、歴史とはおもしろいもので、皇太子として立てた初代皇帝の長男が早々と死んでしまったことで、また状況が怪しくなる。皇太子が死んだ場合、必然的にその子供がさらなる皇太子になることが決まっているのだ。残念ながら死んだ皇太子には子供が居た。よって、初代皇帝がまだ生きている間に、皇太子の権利は、死んだ皇太子の子供に移ってしまうことになる。これで、さらに永楽帝には皇帝になるチャンスがなくなってしまった。初代皇帝の長男に皇太子の権利があった場合には、「長男だし、仕方ないよね」くらいで済んだことなのだろうが、その子供に権利が移ったとなると、奪還したくなるのは無理も無い。そういうところを旨く著者は表現して、わかりやすく解説を入れているので、まるで小説を読むような迫力とスリリングが伝わってくる。

永楽帝の時代には、有名な宦官である鄭和による大航海の始まりでもあった。永楽帝による野望なのだろうが、解説によると、奪還した第2皇帝の取り巻きの残党を探して抹殺させるために遠出までしていかせたのがきっかけだというのを書かれていたのが面白かった。鄭和による大航海は、ヨーロッパ人による大航海時代の突入より前の時代の話である。これはこれで興味がある話だ。それを行ったのが永楽帝であったというのは、この本を読んで初めて解ったことである。

明の時代は文化的にも漢民族の栄光が反映された時代でもあったといえよう。景徳鎮を中心とする陶器として発達した時代でもあったが、これも永楽帝による保護がきっかけになって発達したというのもわかって、すばらしいと感じた。景徳鎮の白磁といったら、故宮博物館では名作品のひとつとして数えられ、その白さと完璧なる形からみて、惚れ惚れするものである。明の時代は、宦官がのさばってどうしようもなかったときだとは言われているが、文化的には極限まで発達した時代だったのではないだろうか。その土台を永楽帝が作ったとなると、永楽帝の業績を改めて確認したくなってくるものだ。

いろいろある永楽帝の業績に関してわかりやすく、そして、次はどんなことがあったのかというのを次から次へとおもちゃ箱をひっくり返したようにだして説明してくれている著者の文章力はすばらしい。是非、名著として残しておきたい1冊だと思う。

永楽帝
著者:寺田隆信
出版社:中央公論社
文庫:285ページ
発売日:1997年2月

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