2009/03/07

ヒトラー時代のデザイン


ナチスドイツは、負の遺産ばかりが目立ってしまい、あの時代のドイツを全面的に否定するような傾向が全世界的にある気がするが、ある一面から見た場合には、確かに負の遺産と思うのだろう。特に、連合国側や苛められてた民族であるユダヤ人から見た場合には、ナチスの「ナ」という字を見ただけでも、全否定になるのは理解できる。果たして、ナチスの時代のもの、つまりナチスが作ったものは全部が全部ダメなものなのだろうか。言い換えると、その時代に作られた形あるものから、形がないものまでの、あらゆる「モノ」はダメなのものだろうか。

個人的にはナチスが形成したもののうち「宣伝」という分野は、現代でも十分通用する手段であり、粗削りながらも理にかなった方法を造った素晴らしいものだと考えている。多かれ少なかれ、ナチスが造った宣伝方法を、いまでは各国が使っているのに気付いているひとはどれだけいるのだろうか?

本書は宣伝分野のうち「ポスター」などの「印刷物」についてまとめた本である。

ナチスは戦前からその団体として存在していたわけで、最初はナチス党の宣伝から始まる。ワイマール憲法下におけるナチス党は、ナチス党のみが大インフレで経済混乱していたドイツを立て直すことができるという宣伝を打ち出す。それはポスターから始まり雑誌などでインパクトの強い絵画的な描写で一般人に宣伝をし始める。この方法は、現在では実写真とCGを使ってよりリアルに演出しているが、ナチスの時代には、ドイツの敗北まで同じような演出で行っていく。昔、教会が信者を増やし、無知の人間でもキリスト教は素晴らしいということを教会という道具をつかって宣伝していたのと同じように、ナチスは視覚的な宣伝からナチスが素晴らしいということを訴えた。もちろん、ヒトラーの演説のサポートという位置付けであることはいうまでもない。

しかもこの本はその宣伝物の「デザイン」である。

ドイツ的質素倹約なデザインであるために、ド派手な演出はない。ところがそれがかえってインパクトが強くなる。

ニュルンベルクの党大会宣伝ポスターは、ナチスの象徴である鷲とハーケンクロイツをメインのデザインとして描かれていて、これ以上に主張するパラメータは不要である。今の日本のポスター宣伝であれば「~のための自民党」みたいな余計な修飾語がつくことが多いはずなのだが、ナチスはそんな修飾語がまったくない。標語がないのだ。これはこれで簡素で十分だ。

ドイツ大三帝国では各軍隊に、独自の軍旗があったことも良く知られている。空軍・海軍・陸軍がそれぞれ持っているのは分かる。なんと総統自らも旗を持っていたし、各軍司令官自体も旗を持っていたし、軍ではなく兵士としての旗もあったから驚き。こんなに旗を造って何の意味がとおもうが、実は旗には魅力があって、独自の旗を持つことでステータスを他人に印象付けるということができるし、身内に対しては同じは他の下にいるという自身をつけさせるという宣伝になるのだ。そして、旗の基調は、ハーケンクロイツか鉄十字であるから、威圧感は抜群である。

おもしろいところでは、外国人志願兵部隊を募集した際に利用したポスターだろう。ドイツはドイツを中心に東西のヨーロッパ各国を占領し、領土を獲得していった。ドイツ人だけでは戦争はできないため、占領した国でドイツのために戦うような兵士を募集する際に、各国語で形成されることになる。占領された民族が占領した民族になぜ荷担したかというと、自国政府が簡単にドイツに屈してしまったことに対する情けなさから反発して入隊したのだ。しかし、戦後、入隊していた彼らは入隊していた事実をひた隠して生きていくことになるが、宣伝になっていたポスターや切手類は物的証拠として残っているために、消せない辛痕として残ることになる。

フランス北部を併合したドイツは、親ドイツのフランス人向けに52週の週めくりカレンダを配布した。毎週毎週、ドイツ軍の素晴らしい勇姿を書いたデザインであり、いまの軍事オタクのひとが見たら、涎モノのものがたくさん描かれているものなのだ。絵の部分はそのまま絵葉書として使われるくらい素晴らしいデザインであるため、現存するのが少ないらしいのだが、運良く残っていたものを本には掲載されている。いやぁ、これを見るとドイツらしい力強く、そして、「ドイツよ、頑張ってくれ!」と応援したくなるような軍隊の各装備や軍人が描かれているのである。

全世界が軍国主義であったので、軍国主義が悪いとはこのときには言えるはずもない。軍国主義として覇権をとったものが強いもので、取れなかったものが単に弱かっただけ。軍国主義として君臨したかったが、欧米と日本に翻弄された中国は当時は負け犬だったのだ。だから、日本が悪いとか欧米が悪いとか、中国はだらしなかったとか、そういうことは中国人は言うべきではない。ドイツも、当時はナチスという軍事的政党がヨーロッパをめちゃくちゃにした悪者であって、ドイツ人はその過去のことに対して卑屈になる必要はない。時代が翻弄していただけなのである。

デザインを通してナチスを見る本ではあるが、シンプルであるが力強かったことは十分に伝わる本である。頭を柔らかくしてぽかーんとみるには良い本だが、資料としてみるべきであって、買ってまで見るべきかどうかは疑問。

ヒトラー時代のデザイン
柘植 久慶 (著)
出版社: 小学館
発売日: 2000/07

0 件のコメント: