2009/03/07

アヘン王国潜入記


アヘンは悪役である。悪薬と書いても良い。あんなものは体にとって良いというものは全くない。だけど、人間は悪薬に手をつけたがる。イギリス人が茶と陶器の購入の代償として中国に売りつけることに成功したアヘンは、あっというまに、貴族から民衆まで広まって、全民族がアヘン漬けになった。アヘンで国がめちゃくちゃになるのは嫌だと、さすがに清王朝も思い、まだ自ら世界最大軍事騎馬民族だとおもっていた清朝は無謀にも世界最強の海軍であるイギリス軍と戦い、あっという間に負け、中国の自信を失墜した。これが有名なアヘン戦争だ。

アヘンはこのときには終わらず、日本が満州に傀儡国家を作った際に、一番最初に行ったことは税の徴収であり、一定の税収を期待するにはアヘンを国家の専売物質にすることで、アヘンを売れば売るほど国家が儲かるという図式を作ることに成功した。アヘン戦争後でも、中国全体が阿片中毒になっていたことの現れであり、この様子を巧く使った日本軍は頭が良かった。

・・・っと昔のことのように思われると実は困る。アヘンの生産は、戦後でも脈々と続けられ、タイ・ミャンマー・ラオスの黄金三角地帯と呼ばれるところは、アヘンで儲けている軍事団体がいることは世界的には有名だった。どうやってアヘンを作り、どうやってアヘンを売りさばき、売りさばいた金をどうしているのかは、ほとんどの人がこの三角地帯で取材しようにもできないでいた。

世界を探検している自称フリータの高野秀行はすごいことをやってのけた。

あの黄金三角地帯に潜入するだけでなく、そこで一緒に現地の人間とアヘンを栽培することに成功しているのである。それだけではない。なんと作るだけには飽き足らず、モノは試しにと吸ってしまったアヘンのためアヘン中毒になってしまうのである。こんな日本人は他には居ないだろう。

高野の持って生まれた語学修得能力の天才さを随所に出てきており、タイ語と中国語とミャンマー語を自由に操る彼独自の世界のため、周りの人間も「変な日本人」と思わせるのに成功することから、潜入し、現地の人間と全員から信頼と愛情をもって受け入れられてしまうドキュメント作品だ。ちょっとでも日本人的理性があった場合には、相手は警戒感から受け入れられることは無いのだが、そこはどこに行っても友達になれると自負している彼だけ合って、読めば読むほど「おいおい、そんなことしていいのか?」と本に向かって突っ込みを入れたくなるところ満載である。

謎が謎のままで終わっていた黄金地帯の地理的様子、競合団体の相関図、ミャンマーのなかにあるのに自らはミャンマーの国民だと思っていない住民の住民意識、アヘンは害だと分かっていながらもアヘンが重要産業資源としているのがわかっているために育てている住民。育てているが絶対に自分たちは使うことがないアヘンに対する住民の立場。アヘン製造とその周辺に関する知りたいことが全部この本に書かれている。

アヘンを売ることで入ってくる収入のため、どこにも属さずとも擬似国家として形成することができるという分かりやすい図式がここには載っているのだ。ワ人と呼ばれるひとだけの問題ではなく、アヘン製造と売買には大いに中国人も絡んでいることがよくわかる。それも政府高官。やっぱり金の集まるところ中国人が集まるという図式はどこでも通用するのだ。さらにいうと、ワ国の間では、かなり中国語が通じるのである。一般用語が中国語であることが多く、ワ国以外にはミャンマーと中国しかこの世の中にはないと思っている人たちが大半なのだ。それだけ中国の影響はこの地域では大きい。

また、アヘンの生産から流通のルートを作ってしまうと、そのルートを使っていろいろな物資の供給が可能であることも良く分かる。

作るやつがいるからアヘンが無くならないというのではない。使うヤツがいるからアヘンがなくならないのである。つまり、使うヤツが居なければ、作っても売れないので、売れないものがないと生活が出来ない人達がいっぱい出てくる。そうすると、アヘンなんて作ることが馬鹿馬鹿しいとおもうような生産者が出てくるのだ。実際にはアヘンを使う人は減らない。ということは、生産者は売れるから作ってしまうのだ。

ただ、アヘン自体をそのまま吸い込むのはなかなか難しい。少し熟練の技が必要になる。高野はその技の習得を吸った後の爽快感と解脱感についてもきちんとレポートしている。アヘン中毒者としての様子を自らの体験で書いているのだ。もう要らないと思っていても、体が欲するので吸ってしまうというのは、禁煙をしようとしてやめられない喫煙者のひとにも言えることだろう。アヘンからさらに樹液だけを抽出するコカインの場合は、使用者にも使いやすい材料に変化する。これがいま巷に出回っている大半だ。しかし、高価であるため、手に入るのは容易ではない。アヘンもコカインもどちらも人間として滅ぼすものでいい事ではない。

本書はアヘンに纏わる数々の逸話とデルタ地帯の様子をしる名著だが、実際にアヘンを自ら吸うということはやめていただきたい。そんな人は居ないか。


アヘン王国潜入記
高野 秀行 (著)
出版社: 草思社
発売日: 1998/10

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