中世から存在しているヨーロッパの都市のどこにでもあるのがローラント像。一番有名なのはドイツのブレーメンにあるローラント像だとは思うのだが、ドブロブニクにも町の中心地であるルジャ広場に堂々と立っている。中世では、各都市が独立国のような役割をしていて、王国は各都市の緩いつながりで成り立っていたこともあり、都市の自由と独立を象徴するものとして町の中心地にだいたい立てられている。そして、ドブロブニクでは、市民評議会で作られた決定事項を布告や法律は、この像の前で読み上げられ、裁判の判決もここで市民に告げられたようだ。つまり、この像の前ではすべてはJustifyであることが前提である習慣として使われたようだ。
また、ドブロブニクは商業の都市として地中海世界を君臨したのはその商売のうまさからということもあるのだろうが、売買される商品の正当性を計るために、ローラント像をつかったようだ。この像は1418年に制作され、ローラントの右腕の半分の長さ、つまり左手の肘から手までの長さ51.2cmを、商取引に使うときの長さの基準に使ったのである。これは「ドブロブニクの肘」と呼ばれ、メートル制ではメートル原器というのがパリにあるが、それと同じ役割を担っていたとのこと。この肘の長さが物差しのように刻みがあるのだが、巻尺や物差しが普及されていなかった当時は、もし買った織物などの長さがごまかされたとおもったものは、住民であれ、外国商人であれ、誰もがこの肘で長さを確かめ、不正を訴えることができた。こういう人間の体の一部を長さの基準にするのは、日本ではもう使われていないが、アメリカではフィートがまだ使われているくらいなので、実はとても身近な単位だったと思う。
先の法律発布も市民の前で堂々と宣言するということも、長さの正当性を主張するのも、この像の前で行うということは、それだけこの像が商業的な聖書の役目を担っているのだろう。
それにしても、内戦時にもこの像がぶっ壊されないで残っていたということのほうが素晴らしいと思う。
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