たいだい旅行に行くときには、最近機内のエンターテイメントを見るより、自分で持参した本を読むことが多くなってきた。しかし、先日台湾に行ったときの飛行機(UA)では、なぜか機内の映画を見たいなと久しぶりに思ってしまった。アメリカの航空会社なので、日本で未公開になっている映画も放映されている。その中で見つけたのが、「
The Queen」だ。
この映画は、故ダイアナ妃が交通事故で死亡したときのイギリス王室の心境と舞台裏を表現したもので、ところどころで、事件当日および事件後の国民の様子や当時のニュース報道などを盛り込まれているドキュメンタリ-風の映画になっている。交通事故で死ぬまで、エリザベス女王はダイアナ妃をあまり快く思っていなかった。しかし、反面、国民には絶大な人気がダイアナにあったことは良くわかっている。従って、国民心情と王室としての威厳を保とうとする葛藤の間に揺れるエリザベス女王と、国民の様子をブレア首相が随時説得し、国民と同じように哀悼の意を表記するよう説得するところが見所だ。
しかし、なんと言ってもエリザベス女王を演じた女優ヘレン・ミレンの「激似」だろう。よくもまぁこれだけ似せられたものだと感心するくらい、現在のエリザベス女王にとても似ている。イギリス出身の女優であるために、イギリス英語を完璧にこなしてはいるが、如何せん、貴族ではないので発音が気になった。しかし、あまりにも似ているので、本物が演じているんじゃないのか?と思ってしまったほどだ。それに対して、ブレア首相を演じていたマイケル・シーンのほうだが、なんだかエリザベス女王の前では、テレビで見るような少し自身がありげな男性という感じではなく、その変の課長級のサラリーマンが無理して女王に取り合っているという感じに見えたのが印象的だ。もっと笑えたのが、実際にもそうなのかもしれないが、エリザベス女王の夫であるエジンバラ公フィリップは、何にもしない単なるお茶好きの年寄りとして映っているというところも笑えるが、まぁ、実際にもあまり目立った存在じゃないので仕方ないのだろう。
さて、女優のヘレン・ミレンであるが、実は彼女の祖父はロシアのロマノフ朝時代の貴族だったようだ。今では英語名の「Helen Mirren」を名乗っているが、実際にはロシア名の「イレーナ・ヴァシーリエヴナ・ミローノヴァ(Ilyena Vasilievna Mironov)」というのがある。ロマノフ朝時代に外交官をやっていた祖父がロシア革命と同時にロンドンに亡命を行い、そのままロンドンに住み着いたのだが、ヘレン・ミレンの父親の時代に、ロシア名のままだと生活に支障があるからという理由から「ミラー」という名前を名乗ったのだそうだ。だから、彼女が風格としては貴族としての風格はあるように見えるのが、こういう理由でもあるらしい。ちなみに、ヘレン・ミレンの母であるキャスリーン・ロジャー(Kathleen Rogers)のほうの家系は、ヴィクトリア女王時代にイギリス王室お抱えの肉屋だったらしい。日本版のウィキペディアには、「父親のヴァシーリイ・ミローノフはロシア帝国貴族の出であったが、ロシア革命により亡命を余儀なくされた。」と書いてあって、父親の時代に亡命したような書き方があるが、これは間違い。
苦悩する女王を絶妙な角度で演じているヘレン・ミレンの演技が光るが、ストーリーとしても国民の目、女王の目、首相の目、そして側近の目からみた故ダイアナ妃に対する思いがこれを見ると、いまのイギリスの状況が分かるというものだ。超有名人で下級貴族出であるダイアナと超上級貴族出身の現女王の「貴族観的視点」と人気の格の違いについて不服であることは良く分かる。伝統を守ろうとする王室と、開かれた王室を目指そうとする政府の間の軋轢についても良く分かるものだ。同じ王家を持つ日本も似た感覚に捕らえがちだが、やっぱりイギリスの皇室と日本の皇室は全く質が違うというものだ。ヨーロッパの諸国間にあった勢力争いに政略結婚が使われていた土壌と、所詮、島国の中で同じ民族のなかでの政治に皇室が使われていたのとは訳が違うと思う。ヨーロッパ人にとってはこの映画はとても分かりやすい映画だとは思うが、日本人にとっては何が問題になっているのか実は難しい映画かもしれない。一般市民と同じように、女王はなぜダイアナの死に素直に悲しまないのかというのかと考えてしまうことだろう。こういう映画を観て、ヨーロッパの複雑な貴族社会を感じ取れればと思う。
主役のヘレン・ミレンの演技が光っているので、ヴェネチア映画祭ではスタンディング・オーベーションが鳴り止まなかったというのは記憶に新しいところだ。