2009/05/16

ドリウス(アムステルダム)

泊まっているクラウンプラザホテルの中に、アムステルダムのなかでも名門中の名門レストランが実は存在する。その名がドリウス(Dorrius)。不味いと言われているオランダ料理を覆すような料理を提供してくれる典型的なオランダ料理を提供してくれるところだ。ニシンの踊り喰いのような食べ方ばかりが注目されているのがオランダ料理と思われがちだが、このドリウスに行ってからオランダ料理を語ったほうが実は良い。こんなことを言っている自分も、ドリウスに行くまでは「三大不味い料理国」と思っていた場所だったからだ。

ドリウスにはいろいろな客がくるために、給仕する人たちもそれなりに小慣れた人たちが気さくに対応する。ほぼ主要な国からの観光客に対応できるように、最初の挨拶くらいは各国語で出来るようだ。日本語で挨拶されたときには、一瞬ドキッとしてしまった。また、ここには日本語のメニュもあるので頼めば持って来てくれるところも嬉しい。だいたいもともとオランダ料理なんて食えたもんじゃないとおもって、どんだけ不味いか試してみたいと言う気持ちで入ってきていたのだから、現地語や英語ではどんな料理なのかは想像するのが難しい。やっぱり日本語のメニュはそれなりに嬉しいものだ。・ヘンドリーカのニシン、ポテトサラダとビーツ、トマト添え : 11.00ユーロ・国境を超えてその名を知れた自家製エビコロッケ : 8:50ユーロ・当店で評判のドリウス・ザウワークラウト料理、7種のサイドディッシュ : 19.50ユーロ・牛肉の煮込み料理に紫キャベツの煮物とアップルソースをそえたもの ドリウスのオリジナルレシピ : 18.50ユーロ名前の通りにここの海老コロッケは、ほぼ全員が頼む定番メニュの1つになっている。たかが海老コロッケかとおもったら大間違いで、ほとんど海老だけ?というようなコロッケだ。冷凍のコロッケだと、海老の風味がちょっとだけするコロッケになりがちなのだが、ここでは全然違う。評判になるのは当然だろう。

ニシンとポテトサラダの前菜というのは、手の込んだフランス料理のような感じで、食べるのがもったいない気がした。ニシンとポテトサラダって合うのか合わないのか、想像しにくかったが、食べるととてもおいしい。前菜としての量はちょっと多いかもしれないが、是非頼んでみたいところだ。

7種のサイドディッシュの肉料理は、見た目だと「ちょっと足らないんじゃないのか?」と思いがちだが、意外に結構量が多い。ザウワークラウトのせいなのかわからないが、多少肉厚な肉をちょっとずつ食べていると、それなりに固まりの肉を食べているのと同じなのだと思う。

メインの店よりも奥の小部屋のほうで、表を歩く人が眺めることが出来る席で食べるのは、結構落ち着く。

戦没者追悼日(アムステルダム)

5月4日にアムステルダムに着いたときに、街じゅうに警官がたくさん立っていて、見たい建物も見れず、道は通れず、人はめちゃくちゃ広場にいるわで、一体なにか祭りでもやっているのかとおもっていたところ、アムステルダムでは・・・というよりオランダでの毎年行われているイベントの開催中であった。それは5月4日が戦没者追悼日(Nationale Dodenherdenking)であったからである。だからといって、オランダではこの日は祝日になっているわけではない。祝日は翌日の5月5日に解放記念日(Bevrijdingsdag)という名前で祝日になる。

解放記念日はどういう記念日かというのは分かりやすく、それはナチスドイツからの解放を意味する記念日である。ドイツによる占領からの解放だから、独自性を貴重とするオランダ人にとっては大切な日だ。戦没者追悼日というのは、ちょっと分かりにくい。名前から考えると、戦争で亡くなった方たちを偲んでそれを追悼する日である。だからこのときにはオランダ人全員が主役として活躍する。もちろん軍人や王室や政界の関係者は参加しているのであるが、あくまでも主役はオランダ人全員である。

伝統的に、式典は王宮前のダム広場(Dam Squate)で行われ、式典への参加者は上記のとおりだが、一般人も「見学」と言う形でダム広場に入れることは可能だ。戦没者の関係者だけじゃなく観光客もダム広場にごったがえしになっているので、もうこのときのダム広場はめちゃくちゃな混み合いである。もちろん、式典を観に来た人に、インタビューしているテレビ局はたくさんやってきて、式典の様子をテレビでもずっと生中継している。日本で考えると式典なんて言うのは午前中から昼くらいにやるものだというのが常識なのだろうが、オランダでは全然違った。この日も式典自体は18時半くらいから始まって終わりは20時半くらいまで。ヨーロッパも北のほうなので、太陽が遅い時間でもまだ高いので、時計の針が遅い時間をさしていたとしても、まだ空は明るい。だから、夜に式典を行っても問題無しなのだろう。たぶん、ダム広場での式典の前にも、王室関係者としては、その日1日ずっとなにかイベントに駆り出されているのだと思う。

現に、ダム広場でのイベントの前には、アムステルダムの歴史博物館にベアトリクス女王と王女が見学に来ていた。最初は、なんで歴史博物館前に、豪勢なリムジンと厳重な警官がたくさんいるんだろうとおもっていて、観光客や地元民がずらーっと誰かが出てくるのを待っていたのを観たから、きっとどこかの有名人が来ているのだろうと勝手に想像していたところ、博物館から女王が出てきた時には吃驚した。もちろん護衛付きだったのだが、結構気さくに沿道の人たちに手を振ったりしていたので、北部ヨーロッパの王室の開放感を感じ取られたところだ。話を追悼式に戻すと、ダム広場には、過去のオランダ軍に従事していた、いまはもうじいさんになっている退役軍人が貫禄のある服装をきて歩いていたり、そのあとを現役軍人が歩いていたりするのは観てみて、なにがなんだかわからないが、勇ましいと思う。王室や政界の代表者、あとはどこかの社会団体に属しているがきんちょたちが、式典のなかで花輪をあげているのが印象的だった。あとでテレビ中継されていたときのニュースをテレビでみていたのだが、女王の疲れきった顔をアップで映っていたのを見て、「女王も毎回のことだから、面倒くさいなーと思っているのだろう」と勝手に想像した。ちなみに、20時になると2分間の黙祷の時間になる。これはオランダにいるひと、つまり旧戦勝国・旧敗戦国と関係なく、全員が黙祷しなければならない。交通機関に乗っている場合も、20時になると、電車やバスは停車し、運転手を含めて黙祷が始まる。レストランでバカ話をしている場合には、これの対象ではないらしい。

アムステルダム中央駅

東京駅のモデルになったことで有名なアムステルダム中央駅は、1889年に誕生。東京駅と同じように中央入り口を挟んで両替に塔がある。でも、良くみると、右側の塔のところにも、左側の塔にも時計らしいものがある。右側は本当の時計だが、左側はこのとき下を向いていて、一体どこの国の時間を示しているのだ?とおもったのだが、あとで調べてみると、左側の時計と思っていたものは、なんと風向計なのだそうだ。風車の国オランダならではというかんじだ。しかし、そこまでして風向きは重要だったのだろうか!?風があるなしは、アムステルダムのような低地には重要だったろうとおもうが、風向というのはどうなんだろう・・・。謎だ。

アムステルダムの風景

アムステルダムは何でもありというイメージのある街だ。確かに公的売春はありだわ、コーヒーショップによるガンジャは簡単に手に入るわで、何でもありが故に、それは悪いことでもOKというイメージがどうしても出来てしまっている気がする。観光客もそんな観光を実際に見てみたいと思って、自分が参加しなくても、ちょっと雰囲気を触ってみたいという欲望からアムステルダムに来ている人は少なくないはずだ。しかし、実際にアムステルダムの街中を歩いていると、予想以上に整然とした風景が広がっており、夜遅い時間になったら違うと思うが、昼から夕方にかけてだとすると、代官山辺りの風景と変わんないんじゃない?と思える。しかし、やっぱりアムステルダムは運河を越えると、違った顔が見えてくる場所のようで、あるところは飾り窓地帯とアダルトショップがわんさかこれでもかーと店を連ねているところもでてくるし、あるところに来れば、一瞬お茶でも出来るのかな?とおもわせておいて、実際にはガンジャを売っている店から、ガンジャの匂いを、まるで鰻屋が客寄せのように通りに匂いを漂わせているエリアにぶつかる。

今回アムステルダムに行ってみてびっくりしたのは、アムステルダムにチャイナタウンが出来ていたことだろう。オランダ料理は、世界の三大不味い料理のひとつとして有名であるために、旧植民地として支配していたインドネシア料理が結構あったりするが、そこへ鍋とお玉だけでやってきた中国人が「美味いもの食わしてやる」と乗り込んで住み着いたのだとおもうのだが、ある通りではほぼ全部中華料理屋だったというところに出くわしてびっくりした。さらにいうと、関帝廟まであったから、もう吃驚である。どこにいってもチャイナタウンを形成してしまう中国人的パワーには脱帽だ。オランダは同性愛者に対しても全く同意的なところであるため、新宿二丁目ほど狭い範囲に密集しているわけじゃないが、あちこちにレインボーカラーの旗を掲げた店はたくさんあった。入り口に気持ち悪いおっさんが、客の選別でもするかのようにじっと立っているのがいたので、近寄らないようにしたのは当然だ。

あと、上記のような場所や飾り窓地帯などでは、いたるところに監視カメラが付いている。2000年にアムステルダムにいったときには、そんなのは設置されていなかった気がするのだが、単に気付かなかっただけだろうか?まぁ、あのときにアムステルダムに行ったのは観光ではなく、単に友達がイベントをするというのにかこつけて、行ったことがない場所に来てみたという感覚だから、満足にアムステルダムを観光した記憶がない。ちょうど今回滞在したときのアムステルダムは、ダム広場を中心にイベントがやっていたため、普段は人通りが多い通りに、あまり人がいなかったのが不思議だった。これだけ殺風景な街に出くわしたのは、夕方の全部店が閉まった後のコペンハーゲンにある歩行者天国・ストロイエに次いだものだと思った。

アムステルダムの運河

アムステルダムはやっぱり運河の町だ。平坦な地形に、時折、運河の直線的な遮断が入ることで、街に地形的な複雑さと、地域の特色を生む自然の境界線を作っているのではないと思う。橋を渡ると風景が異なるというのはよくある話だ。実際に王宮がある場所から、運河を一本越えることで、すっかり街の様子が異なるというものだった。オランダの建物は直線的で、色使いがレンガ色を中心としたものなので、イタリアのような大理石や白系の石を使っていないぶん、黒ずんだ印象を受けないところが、玩具箱のようだといわれる所以だと思うが、その建物を運河越しで観てみると、これほど絵になるような風景はないと感じる。同じように運河の待ちとして、ベルギーのブルージュがあるのだが、ここも運河が建物に映えているために、ブルージュの風景は人気があるのではないかと思う。
どの位置から運河と建物を見てもたのしいとおもえるのが、アムステルダムの特徴だといえよう。できれば、運河から船に乗ってアムステルダムの街中をクルージングするというのもよいとおもう。

王宮(アムステルダム)

アムステルダムの代表的な観光名所として存在するダム広場の前には堂々たる王宮が建っている。先にマグナプラザを見ちゃった後だと、正直、この王宮の外観を見てもそんなに感慨深く思わないのは不思議だ。オランダ人に対しては大変申し訳ないと思う。こちらも内部に入れていないので、どういう装飾があり、構造がどのようになっているのか記載することができなかったのが残念である。更に言うと、ダム広場でイベントがやっていたために、まともに王宮を正面の写真を撮るということができなかったのが悔しい。

新教会(アムステルダム)

マグナプラザと同じ通りにあり、道路を挟んで向かい側にあるのが新教会(Nieuwekerk)。あとで記載したいが、アムステルダムに行った日はイベントが開催されていたために、教会への入館も出来ない状態だった。だから、内部の写真をとってくることさえできなかったのは残念である。オランダは、プロテスタントの先端を行っている場所で、宗教的な問題から、ハプスブルグ家からの脱退を市民が表明したことでも大きな場所である。そのプロテスタントの教会というものは、どんなに質素なのかというのをあまりよく知らない。かつて、フランダースの犬でネロとパトラッシュが最後にレンブラントの絵画を見ながら死んでしまった題材に使われたアントワープの教会に行ったときのことを、この新教会を見たときに似たような内部構造なのかなと勝手に想像していたのだが、本当のところはどれだけの規模なのかも分からないので、想像の域から出ることが出来なかった。

王宮の隣に立地しているために、王室との関係はとても深い。ベアトリックス女王の戴冠式が行われたり、皇太子の結婚式もここで行われたところでもある。

ただ、建物としてはバリバリのゴシック調の様式であるため、なんとなく硬いイメージはある。古めかしい教会のように見えるので、15世紀頃には建てられたんじゃないかとおもうが、実際にはいつなのかよくわからない。なにせ、内部に入っていないので参考になるのをみていないからだ。

マグナプラザ ショッピングセンタ(アムステルダム)

王宮を挟むように南北に通っているメインストリートのNieuwe Zijds Voodburgwal添いを歩くと、すぐにレンガつくりの、一瞬モスクワの赤の広場にあるような建物に思えてしまう立派な建物に出くわす。これが、アムステルダムにある最大のショッピングセンタのマグナプラザ(Magna Plaza)である。オランダ語では「マフナプラーザ」と発音することになるのだろうか?

王宮よりも美しい外観を持つので、最初この建物を見た際に、こっちの建物のほうが王宮かと思ってしまった。実際に内部には時間切れで入れなかったのだが、40店舗以上の店が入っているようだ。入り口には、ブティックの入り口のようにドアマンが立っているため、一瞬入るのに躊躇う気もあるが、そこは堂々と入っていったほうがいいだろう。各種のウェブサイトを見てみると、内部のほうがもっと装飾としても作りとしても立派に見えるようで、特に1階から3階への吹き抜け構造は、いまではどこのビルでもありがちなのだが、古い建物でこのようなつくりをしているのはとても灌漑深いと思う。

東南アジアの店のように遅い時間までショッピングセンタが開店していればいいのだが、そこはやはり北部ヨーロッパの伝統が残っているのか、残念ながら19時には閉店である。

クラウンプラザ アムステルダム シティセンター

アムステルダムに宿泊する際、結局1泊しかしないこともあり、アムステルダム中央駅から近いところに宿を取りたいと考えていた。そうすれば、アムステルダムに来る場合も、またはアムステルダムから出て行く場合にも楽だと思うからだ。アムステルダムは高級から激安までかなり幅の広い種類があるため、何を選んでも良いと思うのだが、今回は駅からとても近くてどこにいくにもとても便利なところにあったクラウンプラザ・アムステルダム・シティセンタ(Crowne Plaza Hotel AMSTERDAM CITY CENTRE)を選んだ。

駅から歩いて5分以内だから、とても簡単な場所にある。ただ、アムステルダム中央駅を南側に下りたあと、どこの道を歩いていいのか、初めてアムステルダムに来た場合には和かりにくい。ただ、運河を目安に考えればどの道を行けばいいのか結構分かる。ただ、幸いにもアムステルダムはどこに行っても平地なので、荷物を運ぶのは楽だ。

今回泊まった時点では、正式な入り口は工事中であったため、怪しいコーヒーショップの入り口みたいなところが、今回の入り口になっていた。事前にインターコンチネンタルグループで予約していたため、到着と同時に、特に必要なチェックイン手続きをせずに部屋に入ることができた。これは便利である。さて、実際に部屋に入ってみて、部屋の内装は思った以上に綺麗だった。国内のANAホテルのようなシックなデザインのベッドルームになっていたし、アメニティも充実していたし、寝具やスリッパも用意されていたは良い。もちろん、お茶を飲むためのセットも用意されていたので、お茶好きの人間にとっては、自分の茶葉を持っていけばいつでも飲める。浴室は、今回の部屋には浴槽がなくシャワールームだけだったが、連泊するのであれば浴槽のある部屋を選んで、脚のマッサージをしたほうが良いだろう。Crowne Plaza Hotel AMSTERDAM CITY CENTRE
N.Z. VOORBURGWAL 5, AMSTERDAM, 1012 RC
予約受付: 0120 730 743
TEL: 31-20-6200500
FAX: 31-20-6201173

プラフッタ(ウィーン)

ウィーンのガイドを見ると必ず載っているレストランが、ターフェルシュビッツの名店であるプラフッタ(Plachutta)だ。地元での評判のいいウィーン料理を提供するレストランであり、いつも混んでいるので、好きな時間に食べたいのであれば予約は入れておいたほうがいいが、予約無しでももちろんOKである。ただし、待つことを覚悟しないとダメな場合が多い。たくさんの人が、地元・観光客を関係なくやってくるというのは、それだけ周りからお墨付きが得られているレストランだと思う。ここの看板メニュは、オーストリア名物にもなっているターフェルシュピッツ(Tafelspitz)だし、絶対これは注文しておきたいところだ。柔らかく煮込まれた牛肉は、頬が落ちてしまうくらい美味い。付け添いになっているほうれん草のペーストや西洋わさびをつけて食べると、なおさら旨みが増して美味い。提供される際には、鍋に入った形でくるために、スープも一緒に提供されるのだが、これがまた牛肉の旨みが染み込んでいるのでとてもおいしい。

今回注文したものは下記のとおり。

・Kruegel Zwickel (0.5リットルのビール): 4.00ユーロ
・Spargel Vinaigre (白アスパラの前菜): 13.50ユーロ
・Gustostuecker : 21.80ユーロ
・Tafelspitz : 21.50ユーロターフェルシュピッツもグストシュトゥッカーにしても、どちらもホットプレートがまず敷かれ、その上に鍋が置かれて保温されながら提供されるので、常に温かい。一緒に黒パンを摘みながら食べるというのは、さらに食欲が増すというものだ。
Plachutta
場所 Wollzeile 38, 1010 Vienna
電話  (+43 1) 512 15 77
FAX  (+43 1) 512 15 77-20
Email wollzeile@plachutta.at
URL http://www.plachutta.at
営業時間 11:30-24(キッチン11:30-23:15)
席数 288席