現在、日本では映画「マリー・アントワネット」が公開中だが、その出身母体であるハプルブルグ家というと、泣く子も黙る、世界の王家として700年間ヨーロッパでは君臨していた家系である。このハプスブルグというのが、曲者も良い所の家系で、あちこちの国と政略結婚をしているために、誰がどこの統治をしているのか、全く訳がわからなくしてしまっている根源だ。今回は紹介しないが、もう1つヨーロッパの中世の歴史をぐちゃぐちゃにしているのが、イタリアの名家であるメディチ家だ。メディチ家のことは別の機会に書くことにする。
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文章の書き方を除くと、中心核であるハプスブルク家のことは当然だが、トルコを中心としたイスラム文化、ロマノフ家を中心としたロシア、そしてもともと専門家だったのかどうかはわからないが、スペインの歴史については、博識がある内容だと感じた。おそらく今回の著書を書く上で、古今の各種資料を紐解き、難解な中世ヨーロッパを一般庶民でもわかるように内容を落としてくれたのは良く分かる。歴史的背景と有名な事件を幅広い見識と角度から原因を記載しているので、歴史の授業で何でこんなことが起こったのだろうか?とか、何でこんな出来事になってしまったのだろうか?と知っている歴史について頭の整理をするにはちょうどいい内容だろう。ただ、やっぱり予備知識が無いと、この本でもやはり読解するのは難しいところがある。なんといっても、ハプスブルクの統治した700年間だけでも、それは長い期間だが、著書の中での歴史は、モンゴルを中心とした東アジアのことも知らないとだめだし、ローマ帝国時代のヨーロッパのことも知らないと意味がわからないからである。幸いにも、近世ヨーロッパ諸国につきものの植民地政策については、ここではあまり述べられていないが良い。これまで紹介されてしまったのでは、もう本当に地球規模の博学がないとついていけないからだ。運良く、メキシコの銀山程度くらいしか出てこないのがラッキーだ。
この本を読んで「へぇー」とトリビア的に思ったものもたくさんある。例えば、ウィンナー・コーヒーという名前は聞いたことがある人は多いと思うが、実はオーストリアの首都はコーヒーが盛んな場所であるし、カフェがたくさんある。コーヒー=アフリカ、南米と勝手に連想してしまっていたため、なんでウィーンにコーヒー?と昔から疑問に思っていたことがあったのだが、その理由がこの本には書いてある。トルコ軍がウィーンを囲むほど勢力が増していたとき、トルコ軍を戦い勝った神聖ローマ帝国軍が、退散したトルコ軍の陣地に「ヤギの糞みたいな」ものがたくさん山盛りになっていたのを発見。それが実はコーヒー豆だったというのが始まりらしい。その後すぐにウィーンにカフェが誕生したというから笑える。さらに、ウィーンで女性による「コーヒー反対」運動が起こったのも笑えるが、その理由が、「旦那がカフェで論壇や四方山話をするために出かけるため、妻の相手をしてくれない」貴族が増えてしまったらしいというのが原因。笑えるような事実だ。
他に前から気になっていたことなのだが、「男性と話をするときにはドイツ語、女性と語らうときにはフランス語、神と話すときにはスペイン語、そしてどんなときでも良いのはロシア語」と、ロシア語を勉強しようかなーと思い、かなり速い段階で挫折した経緯があるのだが、そのときに知った上述の言葉で「なんで、スペイン語が神と話すときに適した言葉なのか?」というの疑問も、この本では解消してくれた。他にも、たくさんトリビアな話が出てくるので、ご覧になっていただきたい。
一番分かりやすい表現だと思ったのが、「神聖ローマ帝国は西ローマ帝国を、ロシアは東ローマ帝国の正統継承者だと認識していた」という文章だろう。そう考えると、教皇との関係や領土の問題というのも分かりやすい。
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