2008/01/26

マルコポーロ

マルコポーロは、ベネチアの商人として元の時代に中国に来て、帰国後、「東方見聞録」を通して、黄金の国日本をヨーロッパに紹介した歴史上の人物として有名な人である。ただ、実際にマルコポーロが日本を見たわけではなく、聞き知った内容を勝手に妄想のように「書いた」ことが、ヨーロッパ人の日本への渡航熱を上げたというのが結果だ。それも全員が黄金を得るためにという欲望のため。嘘から出てきた結果とはいえ、その結果、ヨーロッパでは航海術と天文学が発達するとともに、アジア諸国に対してもヨーロッパの列強が津波のようにやってくる元凶を作ったことにもなるし、日本に到達したヨーロッパ人は、最初はキリスト教徒の伝道師の顔をしてやってきてヨーロッパ文化を日本に多数残した。このマルコポーロが居なかったら、きっともっとヨーロッパ人のアジアに対する視点はもっとアフリカ並みに思われていただろうし、アジアの近代化もかなり遅かったに違いないと思われる。

しかし、実際にマルコポーロの東方見聞録は、帰国後自ら筆を取って書いたのではなく、マルコポーロ一家がベネチアで捕まって、そのときに牢屋で喋っていたことを別の人間が書いたというのが実情だ。だから、話も、妄想甚だしいほど誇張されて書かれたことは言うまでも無いし、どうせ、誰も見たことが無いんだからという理由からか、誇張表現で喋ったというのが実情だ。それにマルコポーロは元朝の皇帝の下、皇帝の命令で色々なところに派遣されて皇帝のために仕事をしたことは、東方見聞録で知られることになるのだが、実際に皇帝のために何をしたのかは、ほとんど秘密にされている。筆者・陳舜臣は、そのマルコポーロの中国での活躍を謎としながらも、きっと「CIAのように、皇帝のために諜報活動をしていたのではないか。」という推測をする。母国イタリア語のほかにペルシャ語、モンゴル語、中国語を巧みに操ることができたという事実を元に、彼が中国で何をしたかというと、少数民族モンゴル人が支配した大帝国の統治に必要な、各地の情報を皇帝に知らせることだったという着目点は面白い。

大元帝国は、漢民族王朝の宋を滅亡に追い込んだあと、中国大陸を支配下においたが、最後まで宋帝国の生き残りである人たちに苦しめられたことは有名である。あと、陸ではヨーロッパまで支配下におさめるほど、百戦錬磨だった帝国軍は、日本侵略にかけては2度も試みたのにいずれも失敗している。それもモンゴル軍を派遣したのではなく、モンゴル人は陸は強いが海の戦いはできないので、南宋の支配地域の人間を使うことと、高麗の人間を使うことで、自らの被害を抑えつつ、異民族の人間の力を殺ぎ落とすために、外敵に戦力をぶつけることで、内部からの武力による抵抗を抑えたというのも歴史的事実である。そんな事実とフィクションをまぜこぜにして、マルコポーロを特に南部の旧南宋地域に派遣して、南宋の生き残りの元への服従の状態を随時知らせるというところに面白みがある。元の時代には、色目人と呼ばれる非漢民族が政治の重要な職に就いていた。ペルシャ人やモンゴル人やウイグル人のような人が職についていた。漢民族は奴隷のように使われていただけである。だから、マルコポーロのようなどうみてもヨーロッパ人、言い換えれば中国人ではないひとが、中国で活躍していてもそれは全然違和感がない時代だったということなのだろう。

いちおう本は小説であるため、ほとんどフィクションであるが、時代背景だけは歴史事実に則っている。小説のなかでのマルコポーロはとても頭がよく、万能で、スーパーマン的な活躍をしているので、こんなのがいるわけないじゃんと、つっこみどころ満載なのだが、一気に読むことができるので、東方見聞録のおっさんという印象だけではないマルコポーロを垣間見るのも良いだろう。

小説 マルコ・ポーロ―中国冒険譚
陳舜臣 著
文芸春秋

0 件のコメント: