2008/01/26

エリゼ宮の食卓


晩餐会というのは、その会を通じて参加者に伝えたいメッセージを残しているものだとよく言われている。特に、政治の世界では、直接的に伝えるステートメントより、料理を通じて伝えられるメッセージのほうが強烈的で、かつ、言い難いことでも伝えやすいという点では良く使われるようだ。漫画「大使館の料理人」でも述べられていたとおり、単なるお客さんへのもてなしというわけではなく、さらに相手の好みをそのまま料理にすることも無いという意味では、怖い世界だと思う。

「エリゼ宮の食卓」も実は同じであり、それも中途半端な料理は全く出されない徹底としたこだわりぶりは、フランスの威信をかけて提供されるので、本場中の本場のフランス料理を堪能できるといえよう。それもそのはず、エリゼ宮は大統領官邸なのだからだ。フランスの一番頂点の場所で、フランス料理じゃないものを提供されるなんていうのは、全く想像ができないが、エリゼ宮のほうも他国に優秀なフランス文化を宣伝するという意味では威信をかけ、妥協を許さない料理を提供されるものだろう。料理人も政治に密着した舞台で提供するために、国家間の関係に影響するから、緊張とストレスも半端じゃないだろうと思う。

注目は、各国の首相や国王がきた場合に提供される料理が全部載っているところだろう。天皇が訪仏したときの料理も載っていたし、エリザベス女王が訪仏したときのことも載っていた。また、元首といっても王様ではなく、首相クラスがきた場合は政治と密接になるので、フランスとその国の関係が現在どうなっているのかを挿し計るバロメータになっていたり、定期的に代わる首相・大統領が新しく表敬訪問してきたときに、その元首に対して、現在フランスとしてはどこまで信頼や期待を置いているのかということを指し示す場に使われているかというのを読み取ることができるので、大変勉強になるものだとおもった。

料理の面ではどうかというと、典型的なフランス料理とはこういうものだと、高くて手が出せないような料理の様子を文面で伝えてくれるのはありがたい。また、料理には必ず添えられているワインについても、豊富な知識を披露して記載されているため、ワインについても詳しく述べられている。このワインは何の料理をたべるときには適しているとか、何年物のどこどこのワインは貴重品のために、晩餐会用に使用したいと考えた場合には、1本や2本を揃えるわけではなく、かなりの本数を揃えなければいけないから大変だとか。また長年ワインセラーで保管されていたものを動かすことは、そのときに飲む以外では絶対に厳禁であるため、エリゼ宮ではない場所で晩餐会を開くときには、エリゼ宮で保管されているワインを持っていくにはほとんど無いというのも勉強になる。ということは、フランスで買ったワインを日本に持ってきて、そのまま飲むというのは、あまり良くないという意味だろう。というものも、長年寝かされていたワインは、ワインの底にワインの渋みが溜まってくるため、それが輸送中に混ぜられてしまい、本来の味がなくなってしまう可能性があるからだ。のむとしたら、また同じくらいの年月をかけて一度寝かせる必要があるのだ。

エリゼ宮の主人である大統領が代わった場合、料理人とその給仕人も全員総取り替えになるのだ。昔は、さらにエリゼ宮で保管されていたワインも、大統領の所有物として扱われていたようで、大統領が代わった場合には、ワインも全部総取替えになっていたようである。しかし、それでは、晩餐会のときにまたワインをフランス中から集めてこなくてはいけない手間がかかるので、ミッテランの時代からはワインは大統領の所有物ではなく、エリゼ宮の所有物になったようだ。その大統領も、歴代の大統領の裏話や料理に関する逸話がいろいろ残されているので、フランスの大統領というものが食事を通して、政治をどのように見ていたのかというのを読み取るにはとても興味がある。

一番興味深く読んだのが、料理長が晩餐会に提供する料理を3種類くらい候補として提示するが、最終的な決定権は大統領が、客層と国家間の関係を考慮して、提供する料理の内容を全部決めるというのは驚いた。美食家ではなくてはいけないし、特にワインの選択においても大統領が決めるようだ。もちろんソムリエが居ることはいるのだが、助言をするだけであって、ワインの知識にも長けていないと大統領は務められないのは常識になっている。フランスの大統領は、代々ソルボンヌの文学部を卒業した博士がなっている。文才に長けた人たちが大統領になっているのだ。当然、食に関しても同じで、関心が無い人間は大統領の資格は無い。それだけ厳しい。日本の首相はそこまで考えている人がいるかは疑問である。宮崎知事になったそのまんま東が、いまでは宮崎の大々的なセールスマンになっているのは有名だが、フランス大統領はフランスの一番のセールスマンでなければならないという自負がある。日本の首相が日本の一番のセールスマンになっているかといえば、それはNOとしかいえない。日本はどちらかというと、いまだに敗戦国の自虐から脱却できていないので、売る側ではなく買わされる側になっているのだ。

フランスの政治の裏側を見るには、とても参考になる本だし、料理通やワイン通のひとにとっては、本場の本格的フランス料理ではどういう相性で提供されるのかという場合を知る良い参考書なのだとおもう。


エリゼ宮の食卓―その饗宴と美食外交
西川 恵 著
新潮文庫

0 件のコメント: