台湾を旅行するとあちこちで日本統治時代の残り香というのを感じることができるのだが、こと、鉄道に関しては、本当に日本統治時代の名残をそのまま踏襲しているし、現在の台湾繁栄の基礎はこの鉄道の敷設による物流の高速移動の賜物だというのを理解することができる。そこを台湾在住で鉄道オタクの片倉佳史さんが、日本統治時代に先人が台湾反映のためにいかに鉄道敷設を考え、そして先見の明で戦略的に鉄道の重要性と敷設に伴う悪戦奮闘があったかを1冊の書物にまとめた大作だと思うのが「台湾鉄路と日本人―線路に刻まれた日本の軌跡」である。
日本統治以前の清の時代にも短距離ながら鉄道が敷設されていたが、その重要性については全く当てにならず、そして高価な運賃だったためにほとんど利用者が居なかったというものを根本的に見限って、最初から鉄道建設に対してどこを重要拠点にし、なんのためにその鉄道を敷設するかという明確な理由付けを持って建設に紛争していたのかがこの本を読んでよくわかった。まさに児玉源太郎・後藤新平の黄金コンビによる台湾統治に対する強い思いだったといえよう。ヨーロッパ諸国の植民地政策は、現地から労働力と物資の搾取をすることしか考えてないのだが、日本統治をした統治者は、物資は台湾が独立しても産業化できるように育てたし、統治者による労働力の不足は原住民に委ねたのは仕方ないとしても、鉄道建設の際に世話になった原住民たちは、実は無料で鉄道を利用できたという話を知って、それはびっくりした。ゴミ捨てのように労働力だけ使って、使ったあとは捨てるだけというのが統治者のやり口が一般的なのだが日本人はここが違ったのを、証拠資料と存命している原住民の方たちに取材してそれを文章化したところは、論文に値する内容だと思う。
日本統治自体には台湾縦断鉄道の建設は絶対的に必要だった。なぜなら、基隆と高雄の2つの港を重要港とすることにし、それを結ぶ両端をつなげることが、台湾経済の発展に絶対必要だと考えた先人はすごい。また、すべての路線について、その路線の重要性についても理由をもって考えていたこともすごいのだが、台湾の西部の縦貫線を乗ると、台中あたりが海線と山線に分かれている理由というのがこの本を読めば解るのも面白い。ただ、当時の日本では作った後に「やっぱりこっちのほうがいい」と即効で諦めて、当初からあった山線をやめて海線にしたという決断の早さは、いまの政治家は見習って貰いたいところだ。
書物の中には、現在の台鉄の路線だけではなく、材木搬送用の路線やサトウキビ搬送用路線という特殊路線や、人力で押してタクシーのように使ったという台車軌道という、現代人ではあまり馴染みのないような路線まですべて網羅しているところが面白い。台車軌道は、台北郊外の烏來に観光用として電動化された路線が残っているのだが、ここがかつては人力で押していたと考えると、かなり苦労していたんだと感じることができるが、こういう路線は台湾全土にいたるところにあったことを本から知って、改めてびっくりした。一番びっくりしたのは、台湾南部は一大サトウキビの産地であったため、その産地から製糖工場へ運び、その先輸出のための港へ運ぶための鉄道が縦横無尽に敷かれていたのを知ったのはびっくりした。確かに、台湾中部から南部に行くと、「車站跡」というのを見ることがある。これは全部製糖路線のための駅跡なのであるのだが、こういう歴史のことは誰も教えてくれないので、頭の整理になってとても勉強になった。路線についても、言葉の説明だけではなく、筆者が鉄道オタクならではの、書店で売られている時刻表のように巻頭に路線図を掲載しているところが見た目でわかりやすい。
若干、途中でSL機関車の技術的な能力や鉄道の軌道幅に関する情報が記載されるが、これは補足資料であるだけで、鉄道の基礎知識なんか無くても十分に楽しめる本だと思う。インフラ設備を建設する際に必要な事前情報はどういうことが必要かとか、建設にはどういうポリシーが必要かとか、計画した内容を実行して完成するためにはどういうことが必要かという面でこの本を読むと面白い。経営者のひとはとても参考になると思う。決して、なにかを犠牲にするということはない。しかし、時には諦めも肝心だし、何が何でも敢行するという徹底性も必要だということ、そして、なんといっても、頭をフル回転にして短期間で決断をするという潔さが必要だということを知る。鉄道というものは単なる乗り物ではなく、100年先を見た総合プランナーの力がないと達成できない偉業だということを知ることができよう。
面白いのは、台湾の鉄道唱歌というのを巻末に載せていることだ。基隆から始まり、台湾一周をすべての駅を使って、その駅にちなんだ歌があるということ。現在の駅名とは異なる場合もあるのだが、元の駅名で作られている歌は味があって良い。そして、すべての歌には当時の地域の風景や周りの状況というのも盛り込まれているので、とても面白いから是非最後まで読破していただきたいところだ。
台湾に生きている「日本」の書評でも記載したのだが、同じ著者による作品なので、できれば、先に「台湾に生きている「日本」」のほうを読んだあとに、今回紹介している本を読んだほうが頭の整理になると思う。
それにしても、片倉さんの鉄道好きという趣味の部分と台湾の歴史や文化を探求するという研究心が融合すると、大学教授による論文なみの作品ができるもんだなというのはとても感服してしまう。
台湾鉄路と日本人―線路に刻まれた日本の軌跡
著者:片倉 佳史
出版社: 交通新聞社
発売日: 2010/02/15
0 件のコメント:
コメントを投稿