2013/01/26

カレル・チャペック-スペイン旅行記(書籍)

ヨーロッパの北部に住んでいる人にとっては、南欧の風景はいつの時代でも憧れであり、いつかは行ってみたい所のようだ。それは日本人でも沖縄に行きたいといっているようなものだろうが、日本の場合、北海道を除いたどこでも亜熱帯に近い気候に接することもあるので、ヨーロッパ人が南欧にあこがれるのと、日本人が沖縄にあこがれるのとは全然違うと思う。日本人の場合は、澄み切った空と青い海と朗らかな現地の人のことに幻想を求めているのだろうが、ヨーロッパ人の場合は違う。夏になってもそんなに気候が高くなるわけでもないし、ねっとりした気候であることもない、そして何と言ってもヨーロッパ北部のほうは、牛や豚と変わりないようなどうしようもないご飯しかないようなところなのだが、南欧の料理は天候と人柄と同じように何を食べても美味いところである。そういう無いものねだりをするために南欧にいきたがるという傾向は強い。いまでも北欧の人たちは夏休みになったら、めちゃくちゃ太陽を浴びるために南欧へ旅行に行くということもあるようだが、それは今に始まったことじゃない。

戯作家のヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goeth)はドイツ人、彼も南欧にあこがれて、それまで妄想的に思っていたイタリアに対して、出発時から道中までの様子を書いた「イタリア紀行」は名著中の名著だ。2年間の滞在中の様子もその中で断片的には伝えられているのだが、その中身は「最高、イタリア最高、やっぱりきてよかった」との絶賛である。

チェコの戯作家であるカレル・チャペックは、チェコでは誰もが知っている人だし、カレル・チャペックの書いたイラストも、そのまま店の看板キャラクターにしているようなところも結構あったりするくらいだ。そのチェコ人の彼も南欧にはめちゃくちゃあこがれていたようだ。実際にはどういうところかというのは渡航前からスペインの情報をよく知っており、その耳で聞いた知識を元に実際に現地に行ってみて感じるものを事象ごとにまとめて書いたのがこの本「スペイン旅行記」である。だから、日記風というのではなく、スペイン国内で見て・感じて・思ったことをジャンル別に分けているから、とても分かりやすいし、これは今でも結構実はスペインのことをどういう国かというために説明するにはかなり役立つ本ではないかと思っている。

特に本の中でたまにスペイン語の表現が出てくる。ということは、カレル・チャペックはスペイン語を知っていたのか?と思ってしまった。それも単語レベル程度ではなく、文章表現でスペイン語のところがあったりするので、これは作家として色々な国の作家の本を読んでいたから、そこから引用したのかもしれない。が、チェコ人の語学力は総じて高いので、ラテン語の1つでも知っていたら、スペイン語もその一派であるのは間違いないので、単語や表現についてはすぐに理解できたのだろうと想像する。

特にスペインの芸術や文化面に関する知識と着目点は注目するべきところだ。この着目点は実は現代のガイドに載せても全然遜色ないような中身になっている。やっぱりさすが作家だけあって、表現力が豊富だし、この本の原本が発行されたのが1930年であるが、それから既に80年以上経過しているのにも関わらず、いまでも書かれている状況が目に見えそうなくらい生き生きとしているところがすごい。そしてこれはスペインに行ったことがある人だったら誰でも感じるスペインのアグレッシブな人間性と陽気さと文化程度の洗練さというのを、カレル・チャペルは自国と対比をして、それをわかりやすいような表現で述べてるので、おそらくこの本を読んだチェコ人は、なおさら南欧への羨望は強くなったことに違いない。特に闘牛の場面については、闘牛の文化が無いチェコなのに、闘牛に対するスペイン人の思いについてもどこでどう仕入れて知ったのかわからないが、スペイン人に理解するような表現が目立つ。

そういえば、チェコは30年戦争が勃発するくらいの、バリバリのプロテスタントの地域である。スペインは反対に、バリバリのカトリックの地域である。だから、プロテスタントの人たちにとって、カトリックのひとたちの行動や考え方については、あまりにもいい加減で、あまりにも好き勝手すぎるという考えがあったに違いない。しかし、カレル・チャペックはその考えを一切捨て去って、カトリックだからとかプロテスタントだからとか、宗教色についてはあまり言及せず、結果的には宗教要素があったとしても、宗教を全面的に表現するための手段に使っておらず、あくまでも宗教はそれを信仰しているひとたちの内面から出てくるものであるということを前提に記載しているところが面白い。プロテスタントのひとからみて、カトリックの何でもありという様子は実はおおらかな人が出来るという意味ではあんまりそわそわした様子がまったく見られないので羨ましく思ったのだろう。

カレル・チャペックの柔らかい写生的な表現は是非他の旅行記を読んでみたいと思う気持ちになる。そして、彼が書いた挿絵もあるのだが、ささっとラフスケッチしただけの様子なのに、いまでもそれがアニメーションとして動き出しそうなくらいの表現力はさすがイラストレータとしての顔も持っているところだというのがよくわかる。そういう絵を描こうとしたときには、その場面を見たときの彼の感情が文章として表現しているため、挿絵を見ながら文章を読むと一段と理解できると思われる。

とにかく、彼にとってスペインへの旅行は行きぬきでもあり、重く苦しいナチスが台頭しようとしているドイツ・チェコ・オーストリアという中欧とは違う雰囲気を持っているところであることは感じ取ったようだ。たぶん、最終的には故郷のチェコには戻りたくなかったのだろう。なぜなら、その後、彼はゲシュタポに追われることになるからだ。

スペイン旅行記―カレル・チャペック旅行記コレクション
原題:Výlet do Španěl
著者:カレル チャペック(Karel Čapek)
出版社 : ちくま文庫
発売日 : 2007/03


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