2006/08/25

実録越山会

 日本の戦後の歴史を語る上では、この男をはずして語ることは出来ないだろう。そう、誰もがしっている田中角栄元首相である。日本の高度経済成長にあわせた政治の有り方と、政治と民衆の関係を上手く作り上げてきた張本人であり、現在の首相である小泉純一郎首相が「改革」と称して行ってきたことは、簡単に言うと、この田中角栄が作り上げてきた基盤をすべてぶち壊すということを意味している。田中角栄が作り上げてきたものは、利権を作り上げることであったため、結果的に、小泉純一郎が行おうとしたことは、その利権にしがみ付いて多大な恩恵を受けていたひとたちからの、激しい抵抗であった。実に分かりやすいものである。利権をぶち壊すことで、その利権を多くの人に還元し、無駄を無くしていくという政治哲学が小泉純一郎にはあった。いまでは各種の抵抗勢力ができてしまっている基盤を、この本の中では適格に書かれている。

 「新潟県は田中角栄の「王国」である。いや、少なくともこれまでは王国であった。」で始まる本書の解説は実に端的に述べていると思う。田中が戦後第二回の総選挙でこの地に代議士として名乗り出て以来、新潟あっての田中角栄、田中角栄あっての新潟県の関係を保持してきた。田中角栄はこれまでの貧乏県であった新潟に飽く無き公共事業をこれでもかと国庫金の分捕り導入を図り、その選挙民はまた絶大な雹の上積みをもって田中角栄を中央政界に押し立ててきた。その王国の中枢を占めてきたのが、この本の題名にもなっている田中角栄の応援母体「越山会」である。

 話は脱線するが、現在の新潟県に注目すると、新潟と首都圏を結ぶ公共事業と称して作られたものは、すべて田中角栄が作ったものであることが改めて分かる。上越新幹線、関越自動車道、関越トンネル、国道17号線の整備、奥只見ダム開発、信濃川干拓工事などなど。他の地方にもやはり整備された道路はあるのだが、新潟県に向かう道路に関しては他の県に比べると雲泥の金をかけたあとがはっきりする。関越道路沿いの道路でさえ、そんなに車が多いわけでもないのに、どんな田舎でも片側に車線の道路が綺麗に整備されている。これも全部田中角栄のおかげである。しかし、同じ新潟県でも彼の選挙区ではない地域にいくと、他の地方と同様、道路もどうしよもないくらい整備もされていない。

 田中角栄はロッキード事件という賄賂で逮捕されるのであるが、あまり「田中角栄は悪い政治家だ」と言う人がいないのは不思議である。はっきり言えば、彼はみんなの相談役であり、アニキであり、指南役であり、実権行動派であった。田中角栄は政治的力量卓抜にして人間的魅力にたけ、戦後日本人の持つ体質をたっぷりと染み込ませた豊かなこのドラマチックな人間に、政治母体の越山会ならず、他の政治家も慕ってきたし、対決するひとたちも愛情を込めて批難していたように思う。外面は決して男前とはいえないのだが、見た目から「このひとはなにかやってくる」というような雰囲気は、彼がまだ現役ばりばりで活躍していた時にテレビで見ただけでも思った。

 民衆のやってほしいとおもっていることを全部聴き、それを実現してあげることで、1票を獲得する。「あの人に任せたらすべてよし」というこころを掴んでおけば、あとは田舎の人たちの性格上、親子・兄弟・親戚・知り合い等々の横のつながりが広がって、会員同士の鉄の結束ができあがる。民衆の心を掴むために、どんなに早く起きても、目白の大邸宅にやってくる陳情はすすべて聞き入れ、即座に関係省庁に電話一本で指示し、実現してしまうので、選挙区民にとっては、神様に思えたのは当然だろう。なんでもかんでも聞き入れるのではなく、すべての指示を覚えている記憶力により、陳情よりも逆に提案をもちかけていたことも驚きだ。そこまで「自分のためにしてくれている」という気持ちがわかれば、当然民衆も「次の選挙も田中角栄に入れる」という気持ちになるわけだ。だから、特に選挙運動をしなくても、いつも圧倒的ダントツで当選確実になっていたのである。娘の田中真紀子は、父親の基盤をそのまま受け継いで政治化になったのだが、民衆を重んじるわけではなく、単に政治利用にしていたので、すぐに飽きられてしまった。政治的手腕の未熟さが露呈にしたこともさることながら、選挙基盤の民衆を大事にしなかったことが選挙民の指示離れに繋がる。真紀子の場合、父親が特に有名で、すべての人が父親のところにやってきて、神様のように持ち上げてきたことを押さないときから見せられてきた。自分もそれを当然継承されるべき立場であるという考えがあるのだろうが、神様と思わせるようにするための努力を惜しんでいるため、周りは決して神様と崇めることはない。結果的に、真紀子の時代になり越山会は解散してしまった。

 政治の裏舞台や新潟県の発展の歴史を知るということでも重要な書物ではあるが、別の面として、いかに部下や周りの人や関係者を自分のなかに取り込んでいくかという手腕を書いている指南書ではないかと思う。田中角栄のようなブルドーザー性格であれば、周りはそれに応えるように対応してくれるだろうし、応えてくれるよう、日頃から細かいところに手が届くような見守りが必要であろう。一番見習わなければならないのは、すべて「おれの責任でやる」と、腹を括っているところだろう。何かあったら俺が責任を被るという意識は尋常の人間ではなかなかできない。大体の人は、困ったことが有った場合、そこから逃げたくなるものだ。これは真似したい。あとは、記憶力だろう。特にお金に関する記憶は人一倍だったらしい。是非、参考にしたい書物だ。

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