2011/05/14

オノフリオの大噴水(ドブロブニク)

ピレ門を入ってすぐの場所に低いドーム型の石造りがあるが、これがオノフリオの大噴水(Velika Onofrijeva fontana)というものである。こちらは、1438年にイタリアの彫刻家、ピエトロ・ダ・ミラノ (Pietro di Martino da Milano)によるレリーフと、ナポリの建築士オノフリオ・デッラ・カーヴァ(Onofrio della Cava)ものである。ガイドを見ると「華麗なる装飾」なんて書かれているのだが、そこまで華麗なものとは決して思えないが、水が出てくる部分がなにかのモチーフでできた彫刻は360度のいろいろな場所に設置されているのは面白い。
この噴水はもちろんドブロブニクの市民のために設けられたものであり、夏の暑い日でも懇々と冷たい水が出てくるために、観光客が掬って飲んでいるという光景もよく観られるようだ。が、本当に飲んでも大丈夫なものなのかは、よくわからない。もっと沸いているという量が温泉のようにドバドバ出ているのであればわかるのだが、そうではなく老人の小便のようにちょろちょろと出ているのであれば、これは水が出てくる蛇口の清潔感がゼロに等しいのではないかと勘ぐってしまう。
そもそもなんでこんな噴水ができたかというと、ドブロブニクの街自体が、周りを歩いてみるとすぐわかるが、柔らかい土地に建っているわけでもなく、地中海の中でも雨が極端に少ないところでもある。ましてや近くに大きな川が流れているというわけでもないので、常にドブロブニクの街は水の確保だけは問題になっていたようである。町の人たち、少ない雨水を共同で貯めたり、家の近くに貯水槽を用いたり、道路に共同井戸を掘ったりして水を確保していたに違いない。または、海が傍にあるので、海水を塩と水に分離して使ったり、海洋国家だったから、水が豊富なところから水を運んできていたことだろう。

そこであまりにも困ったので、当時のラグーザ共和国はオノフリオに頼んで、スルジ山の北側にある水源から町まで送る建設を頼んだというものである。このおかげで、新鮮な水をいつでも汲める泉が市内にできたことにより、大変喜んだことだろう。泉は市民であれば誰でも自由に無料で利用できるように提供されたことも、共同体として生活することになっているドブロブニクの市民にとっても誇りだったに違いない。

そういえば、小さい噴水 (Mala Onofrijeva fontana)がレストラン「アルセナル」の前にもあるのだが、ここは観光客にとってはほとんど無視されている存在になっている。あんなに目立つのに誰も相手にしない。いまの時代になっては水は当然存在するものであり、苦労せずに手に入るものになっているので、水で苦労したという話については、別に興味が居ないのだろう。それもペットボトルの水を手に持って訪れたときには、なにも感じないに違いない。

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