2013/09/26

ロンドンのチャイナタウン

どこでも寄生虫のように固まって生活している中国人は、当然ロンドンにも存在する。むしろ、ロンドンは昔から中華系の人たちが結構固まって住んでいるところでも有名。なにしろ、香港がアヘン戦争後にイギリス領土になったことによって、まずは広東省のひとたちがイギリス人になったことによって、香港からイギリス本土に行き来が可能になったことから、ロンドンにもチャイナタウンの基礎が出来る。だいたい、もともとは中国人がイギリスの植民地政策により、東南アジア一帯でイギリスの植民地ビジネスの片棒を担ぐために、現地の人たちとイギリス人との間を取り持つ役割として、船乗りとして乗り込んでイギリス人の手伝いをしていたのだろう。それがそのままイギリスまで渡った船乗りが、ロンドンでの一次滞在地として、中国人コロニーを作り、そこでまずは、船乗りからコックに代わって、他の船乗り用のための食事を作ることで、徐々にロンドンの地に中華街が出来たんだろうと思う。

なにしろ、あの孫文が革命を起こすためにロンドンで資金を調達するなどの活動拠点としても、ここロンドンのチャイナタウンは重要な役割をする。ロンドンで逮捕されて、そこから脱出するときの事件もこのチャイナタウンが重要な地点になったのは有名。

広東系の人たちが香港からやってきたことによって徐々に膨らんでいった街なのであれば、香港人が勢力を一番大きくしているものかと勝手に思っていた。それだと広東語または北京語の中国語がわーわー騒いでいるものかと思うのだが、チャイナタウンの街の様子を見ると、看板が繁体字ではなく簡体字で表記されているのがほとんどであって、ちょっと拍子抜け。以前は繁体字だったとおもうのだが、中国大陸からたくさんの人たちがイギリスに観光に来るようになったこともあるし、東南アジアのエリアが早い段階で繁体字をやめて簡体字を採用することによって、中国よりも中華系がいるほかの地域の人たちがイギリスに先にやってくるようになり、そして、昨今の中国バブルのせいで中国本土からたくさん人がくるようになったので、簡体字が定着したのではないかと睨んだ。じゃ、もともと香港の人や早くから海外渡航をしていた台湾人はあんまりここには根付かなかったのだろうか?
それにしても、なんでこんなソーホー地区に中華街ができたのだろうか?ソーホーというと、本当にロンドンでも繁華街のど真ん中というところだ。おそらく歌舞伎町あたりが大きくなっていったのと同じ経緯なんだろうとは思う。人がいないところには街が出来上がらない。それなりに人が集まって、その人目当てに商売をするようなことで成功し始めると、そのひとを頼りに、地縁・血縁など薄っぺらい縁を頼って人がより集まってくるのだろう。どこの国のチャイナタウンの形成の仕方も同じだとは思う。ただ、ロンドンの場合は、イギリスという背景があったために、イギリス植民地との関係は切っても切れない。
ご飯のマズいと言われているイギリスにおいては、料理として食べられるものの中に中華料理があるのは当然だろう。トルコ料理とカレーと中華料理というイギリスが占領したところの料理がイギリスに根付いているのは当然だと思うし、根付いたのはそれらの料理が美味しいからだ。そういえば、以前、シンガポール人にイギリスに行くと、どこでご飯を食べるのか?と聞いたときに、イギリスは高いだけでまずいので、いつもチャイナタウンに行っていると聞いたことがある。イギリス渡航前にそれを聞いてしまったのでは、本当にイギリスはご飯が不味いところなんだろうと想像しちゃうじゃないか。確かに、中華系の人は美味くて、お腹が一杯になって、安いものだったらなんでもいいとおもっている。でも、それが開けてみたら中華料理だったというのであれば、そんなのイギリスに行かなくてもどこでも食えるじゃないかというオチになるのに気づいていないし、たぶんそれはあまり気にしていないことで、渡航地を本人が楽しめて、ご飯はいつもの通りでも良いというようなことを思っているからなんだろうと思っている。

しかしまぁ、どこのチャイナタウンに言っても、一目瞭然で中華系だとわかる門とランタンと、縦書きの漢字で道路にはみ出すくらい出ている看板を見たら、そこはチャイナタウンだというのはよくわかる。

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