2010/09/28

艋舺

2010年の正月映画として台湾では空前の大ヒットを飛ばした映画「モンガに散る(原題:艋舺[monga])」は、是非機会があったら観たいと前から思っていた。ここ数年、台湾映画はすばらしい内容の作品が毎年必ず1本は出てくることが定番になったし、それが台湾人だけではなく世界的にヒットする映画に発展することもお決まりになっていた。その中でもこの作品は、俳優陣が個性豊かであることは宣伝時にも知っていたので、ぜひ、その活躍を見てみたいと思っていたからである。

台湾映画のここ数年の輝かしい実績は、もともと映画の土壌があった台湾に各種の文化的要素がミックスされたために、あの小さい島なのにも関わらず、豊富な作品が産まれているのがすばらしい。ただ、日本で言うところの太秦や調布のような映画の町という大きな環境は台湾にはない。故宮博物院近くに中影文化城というのがあるのだが、これがまたショボいくらいショボい。勘弁してほしいくらいである。冷やかし半分に行ってみたところ、確かに昔の映画に使えそうなセットはあるものの、そこで映画の中の出演者に扮したりするようなことはしたくないし、また、お化け屋敷のようなものがあり、それを小さいトロッコのようなものに乗って移動しながら見ることができるのだが、これまた、あっという間に終わるし、何が楽しいのだ?というくらいつまらないものがある。作品を作ってもそれをベースに商業化するような土壌は台湾にはない。

さて、今回の映画にしてもそうだが、舞台は実際の街を使っており、特別のセットを組んで撮影をされたようには思えない。資源の有効利用という意味では実に理に適った方法を採用されているように思える。

出演者についても、やっぱり主演のイーサン・ルアン(阮經天)はカッコいい。モデルあがりのためにスタイル最高。実は彼が出演したドラマをこれまで見たことがなかったが、台湾渡航時に購入する雑誌類では何度か顔写真を見たことがある。動いている、喋っているイーサン・ルアンを今回の映画で初めて見た。飛輪海のメンバが多数出演していた、台湾のテレビドラマ「花ざかりの君たちへ(花樣少年少女)」の中にも出演していたようなのだが、全然出演していることに気づかなかった。眼力があり、スッとした顔立ちをしているイーサン・ルアンだが、やはり映画の中でもひと際重要な役柄になっていたのは良くわかった。役どころは、街の不良グループの副番長的な存在で、成績優秀な不良という、一番やっかいな役だ。映画の中では、不良の要素は出すが、素行が悪い人という役を演じているわけではないところがとてもすばらしい。どこまで演技として勉強したのかわからないが、自然な形で演じているのが観ていてすかっとする。しかし、この役、最後には裏切り者という2つの組織を行き来する面倒くさい役でもあるため、大変難しかったことだろう。

ストーリのことを述べる前に、イーサン・ルアンのことを記載してしまったが、これまた話が良くできている。台湾の映画はテレビドラマもそうだが、構成と内容がよく考えられているものが結構多い。「花さかりの君たちへ」みたいのは、日本のドラマのように、演者ありきの内容で、原作にはあまり忠実に表現していないというものもたまにある。もちろん今回の映画はちゃんと練られた内容の作品だ。

1980年代の萬華地区を舞台とした、不良グループの青春物語というのが主体である話だ。しかし、それに大人の世界が加わることと、台湾ではいまだに根が深い、本省人と外省人との抗争、それと近代に入って各国で問題化されている「いじめ」という、全く異質で複雑な要因を綺麗に、見事に、そして誇張せず、現実の世界に合わせた目線で表現しているところが素晴らしい。そして、何事よりも仲間や所属グループへの契りを大変大切にすることに対して生じる犠牲についても、細かい描写ながら表現しているところがすごい。大人の世界でいうところの結局は権力闘争に巻き込まれることになるのだが、そのときの立ち位置によって、人生が変わってしまうというのは、なにもヤクザやギャングの世界だけではなく、一般企業の中で、組織というところに属している限りにおいては同じことだ。やっと仲間という心を許せる他人を見つけたことにより、その仲間を何事よりも大切にしようとする主役のモスキート(蚊子:マイク・チャオ演, 趙又廷)と、最初から所属はしていたが、敵対勢力との共存と組織を離れて町全体を守ろうとしたために、結局は仲間を裏切ることになってしまったモンク(和尚:イーサン・ルアン演)。大きな組織に属していると、だいたいこういう両極端な立場になるような状況というのは陥る場合もある。自分だったら、どちらの立場になるだろうか?というのは、映画をみながら思った。複雑な人間関係、そして台湾ではどうしても日本に対する思いというのが切っても切れない要素のひとつとして映画には登場し、それが絵葉書の中の富士山と桜という日本を代表する風景で表される。

映画の中でも印象的なセリフがいくつかある。一番気になったのは、序盤に出てくるが、モスキート登校初日に不良グループに因縁をつけられ対決する。そのときの様子を見ていたドラゴン(志龍:Rhydian Vaughan, 鳳小岳)のグループが気に入り、モスキートを仲間に入れる。因縁をつけてきたグループを呼び出して殴らせようとしたが、モスキートは何もしない。じれったい時間が経過したあとに、ドラゴンの指示でモンクが言ったセリフ「お前がいまヤラなければ、明日、奴らがお前を殺す」と。これは恐ろしいほど心に響いた。

自分は本省人たちのヤクザグループに属することになったモスキートが、外省人のボスがたまに自分の家にやってきて母親がそのひとの髪の毛を切っていることに対して、母親を責める。そして父親は日本への出張後、伝染病で死んだと聞かされていたのだが、実際にはその外省人のボスがモスキートの父親。外省人勢力と本省人勢力の権力闘争の中に巻き込まれてしまう自分の子供に対して助けを施そうとするが間に合わず、5人組の裏切りであるモンクに撃たれるという事件が遭遇する。この場面でも先述の富士山と桜の絵葉書で、わが子の思いを父親は知る。しかし、前半のところで、モスキートは仲間から「将来はどうするのか?」という問いに対して「日本に行きたい」と言う。父親からもらった唯一のプレゼントである絵葉書のことをそのときに話し、父親のことをみんなに話す。そのあとの場面が泣ける。仲間全員から「おまえの父親に乾杯」と言って、杯を酌み交わすのだが、偶然指を切って流れ出した血が地面に作った血跡が桜の花びらの形をしたというところも映画のなかでの憎い演出だった。

登場人物すべてが、俳優・女優という枠を超えて、絶対こういう光景は台湾では存在するというのを身近に感じさせてくれるもので、映画の中に視聴者をどんどん仲間にさせるようなカメラワークとストーリを作った監督はすごいと思った。

日本では2010年の12月に上映することが決定している。是非機会があれば、この名作を見たほうがいい。3D映画「アバター」なんかより断然良く、今年最高の映画の1つだと思う。

ちなみに「艋舺」とはいまの萬華あたりの地域の古い名前。元々は、ケタガラン語で丸太の船のことを意味する「ヴァンクァ」が語源。そこから台湾語音節を利用して「艋舺」の漢字があてがわれ、その発音から日本統治時代には「萬華」に変わる。


艋舺(モンガに散る)
公式blog : http://mongathemovie.pixnet.net/blog
公開年:2010年, 台湾
出演者:イーサン・ルアン(阮經天)
    マーク・チャオ(趙又廷 )
    マー・ルーロン(馬如龍)
    リディアン・ヴォーン(鳳小岳)
    クー・ジャーヤン(柯佳嬿)

1 件のコメント:

おきらくごくらく さんのコメント...

2010年の東京国際映画祭の上映作品になっているのを知った。

ここから作品については見られます