2013/05/11

ペーナの宮殿(シントラ)

ムーアの城跡からさらに山間部に上っていくと、変な形の城が見えてくる。奇妙奇天烈な城の名前は「ペーナ宮殿(Palacio Nacional da Pena)」。この宮殿を立てたのは、フェルナンド2世(Fernando II)で、バイエルン王国の奇人であり、ノイシュバインシュタイン城を建てたルードヴィッヒ2世の従兄弟である。あの男のいとこだというだけで、「あぁ、やっぱりね」と思ってしまうくらいの感想が出てくるくらいの建物だ。でも、ルードヴィッヒ2世のことを知らない人にとっては、そんなに変人だったのか?ということは想像できないだろうし、ノイシュバンシュタイン城を作った人というイメージだけだと、なんだか繊細で清潔感があるような人だと思うかもしれないが、人格的には相当めちゃくちゃだった。

なにしろ建物が奇妙に見えるのは、その様式が節操無く、いろいろな様式をごちゃ混ぜに取り入れているからだろう。その取り入れ方が、部分的に様式が混在しているからめちゃくちゃに見える。ある建物はゴシック調で、ある建物はマヌエル様式というようなものであれば、まだ見やすい。ところが全くそんなのはお構いなくで、発注者フェルナンド2世が「こういうのを作りたい」とその場で思いついたのだろうと思うくらいの思いつきで作ったから、結果的にちぐはぐになったように見えるんだろうと思う。ちなみにごちゃごちゃ混在している様式は、イスラム、ゴシック、ルネサンス、マニュエルの各様式である。もう、この様式の列挙だけで、どうなっているわけ、それは?!と言いたくなるだろう。

従って、ここを訪れてみたときに思ったのは、ディズニーランドはきっとここにある建物をベースに、広い敷地内をごちゃごちゃしたおもちゃ箱をひっくり返したような建物を作っていって、ひとつのアミューズメントパークを作ったのだと思うが、ペーナの宮殿はそれをギュッと縮めたようなものだ。それも山腹に作っているので、ひとつの山を巨大なアミューズメントパークにするような形で建物が建っているようにも思える。

ちなみにこの建物の建設が始まったのは1838年。ノイシュバンシュタイン城はその30年後に建設が開始されている。完全に完成したのは、ペーネ宮殿は1885年であり、ノイシュバンシュタイン城は、主のルードヴィッヒ2世が死んでしまったので、その後は城を発展することが無かったので、1886年から建設は止まってしまっているという状態である。あとフェルナンド2世は「ポルトガル王」とよく言われているが、これは正式には間違いで、もともとの王は、彼の妻であるマリア2世が女王であり、彼は正式には「王配(King Consort)」である。。ただ、マリア2世は自分で統治するというよりも、夫婦で統治をしていたので、共同王という形になってしまったためにポルトガル王と言われているだけだ。

フェルナンド2世以降の王族は、1910年のポルトガル王国の終焉までここを根城にしていた。

切符売り場は、宮殿入口前にある簡易な切符売り場で購入する。どうせだったら自動販売機にしたらいいじゃんと思うのだが、どうもヨーロッパはこういう機械ものを設置するのが苦手なのかわからない。でも、実は自動販売機も設置されているのだが、メンテナンスをすることが面倒くさいらしく、自分たちが訪問したときも「使用禁止」の紙札が掲げられていて使い物ならずになっていた。それだったらもう廃止してしまえば良いのにとも思う。やっぱり人間が一番確実に販売するという結果で思ったのかわからないのだが、バカな観光客が1人ずつ複雑な料金体系について説明を求めてくるから、やっぱり人間を置いていたほうが効率的だと思ったのかもしれない。
しかし、この切符売り場から宮殿があるところまでは、結構な山道になっており、その山道をヒーヒー言いながら登るのがイヤだという人であったら、切符売り場傍のところから宮殿入口までいける乗り合いバスも用意されている。これに乗るには往復2ユーロを払えば乗れる。でも、これに乗るのは爺さん・婆さんだけにしておき、普通の人は山道をのんびり歩いていくのも良いのでは無いだろうか?
第1の門を潜ったところで、だいたいの人は写真を撮りはじめる。そして、その写真は一度撮り始めたらきっと終わらないだろう。なにしろ、もう見える範囲のものはありとあらゆるものが変なのだ。カメラフレームに入って見えてくるものが、どこからのアングルで撮っても不思議な国の建物にしか見えないので、写真の撮影をしていても時間を忘れるくらい厭きないのだ。
先にも書いたのだが、建物の様式が混雑しているし、色使いがめちゃくちゃなので、カメラが無くて、建物を見ているだけでも全く落ち着かない。この建物を設計した人、もちろんフェルナンド2世のことだが、この人の頭のなかは一体なんだったのだろう?と感じることだろう。
 少し宮殿内に入ってみると入口に石像彫刻でできた門を発見。しかし、その石像の門がおどろおどろしく、なにをモチーフにして作っているのか皆目検討が付かない。決して魔除けというわけじゃないと思うのだが、なんでこんなものを門に取りつけたのか分からない。ただこの奇妙な門はなぜか見事なアズレージョが施された壁が存在しており、決して1種類のアズレージョで統一されているというわけじゃないところもまた面白い。
 
 
 ここは王宮であり国王が生活する場所でもあったわけだから、地上にあるものはすべて存在すると考えていい。当然、この宮殿の中には礼拝堂も存在していた。豪華で荘厳な礼拝堂をこんな山奥に作ることはさすがにできなかったのか、生活しているのは国王とその家族だけだから、多くの人を集める必要がなかったためなのか、それはわからないのだが、形式上、礼拝堂としての機能は十分持っているほどの大きさの礼拝堂がここには存在している。

住居部分についてもいかにも王家の生活を反映させたもので被われているのだが、決して表の派手で、脳みそが壊れたような装飾というものはここには存在しない。あくまでも毅然とした王家らしい内装になっており、これはベルサイユでもシェーンブルンでもあるような優雅さも貴賓も備えている内装だ。ただ、先に述べた大きな宮殿とは圧倒的に違うところが、部屋の広さと部屋間の緊密さだろう。庶民の家よりは断然デカイのだが、他の王家の宮殿に比べると、家庭的な感じがする。どうもフェルナンド2世は、家族とのつながりをとても大切にしていたんだろうという気がするが、それは男の王からみた視点である。実際の王は、女王のマリア2世であり、母であり妻であり、これはハプスブルグ家のマリア・テレジアと同じ感覚であり、子供もたくさん産んだことから、家族を大切にしたいがために、こんな山間部での生活も家族全員が見える範囲で生活できるようにという配慮から、このような部屋のつくりにしたんだろうと勝手に想像した。
 
 
 
 
もともとは礼拝堂に使われていただろうとおもわれる、使い古しのステンドグラスが見学者用に見える範囲に置かれているのだが、まじまじとステンドグラスを身近で見ることなんかはまず無いから、それだけでもかなりおもしろい趣向だなーとおもったが、このステンドグラスは間近ではみてはいけないとおもった。なにしろ、書かれている絵がとても下手くそだからである。子供が描いた絵か?とおもうくらい本当に下手くそである。遠目でみて、それが光を通すためのガラスが絵として浮きだっているからステンドグラスは綺麗にみえるのであって、特に荘厳な雰囲気がないところでじっと見るには耐えられないものだったのはショックだった。
 
 
なお、ペーナ宮殿は、ご飯を食べるレストランも併設されているので、ここでお腹がすいたらご飯でもたべたり、疲れたらお茶でも飲んだらいいだろうと思う。なかなか種類も豊富にあるし、まぁまぁ食い物としてはよくできているとおもう。

ペーナ宮殿(Palacio Nacional da Pena)
URL : http://www.cm-sintra.pt/Artigo.aspx?ID=2903
Open : 09:30 - 20:00 (April - September)
       10:00 - 18:00 (October - March)
Admission Fare : EUR12.00

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